フライングキッズ
―翌日ガーブ地方の領境
いかれたガーブ地方と、その他を隔てるのは、レナ川と言う大河である。
この川を遡ってママと一緒に、過酷なガーブにやってきたのは9か月前の事だった。
今俺は再びレナ川の畔に辿り着く……
「げぇっぐわぁぁぁぁっ!(よっしゃ行くぞっ!)」
「おうっ!」
俺は大河レナ川の畔に立ち、服を破かないようにロープで脇やら股間やらを縛り付ける。
つまり服の上から、ハーネスの様な縛り方をしたと言う事だ。
一応、言っておくが……
自分自身を亀甲縛〇にしたらこんな感じかなぁと、不埒な事は……もちろん考えた。
俺には縛られる趣味なんかない。
無い、が。もし仮にだ……
ズボン姿のルーシーが「ラリー、ここが良いの?」と言い出したら、ピリオドの向こう側に行っても良いかもしれない。
「げ―げっげぇぇ(こんな時に笑うなんて大した奴だ)」
「へっ!ああ。空なんて初めてだしね……」
思わずニヤけていたらしく、俺の表情を見たペッカーが感心したように言う。
……まさか、いやらしい事を考えていたとは言えない。
実はこれからこのハーネスの様な縛り方をしたロープを掴み、ペッカーが俺を掴んで空を飛ぶのである。
通常ペッカーに掴まれて空を飛ぶ人間は、ことごとくその顔を青くし、恐怖におののくそうだ。
ところが俺が全く恐れないので、彼は俺を見直したらしい。
なので“勇敢な俺”を装い、親指を立てて男らしさをアピールした。
ごめんね、ルーシー、そしてペッカー……
◇◇◇◇
さてどうして空を飛ぶことになったのかを話そうか……
約二日御者を変えながら走った乗合馬車は先程レナ川の渡しに辿り着き、ここから船に乗って川を下ろうとしたのだが、困った事が判明した。
なんと保護者が居ないと17歳以下の少年少女は乗船の為のチケットの購入が出来ないのだ。
つまり船に乗れない。
……それは何故か?
実はガーブウルズに剣術修行にやって来る少年達が、絶えずここから脱走しようとするからだ。
その為脱走防止の為にここで学校の関係者が見張っているのである。
分かる……少年達の気持ちが痛い程に。
文明世界からこんな所に来たら逃げ出したいよな。
ガーブウルズに来てから、俺は娯楽らしい娯楽に触れることなく、生きる為に戦いと訓練に明け暮れた。
気が付くと俺は意識もせずに、ネィチャーな生き方をしてしまっている……
……サバイブかよ。
麻痺していたから分からなかったけど、やっぱりここガーブ地方はおかしい。
これじゃあまるで刑務所じゃないか。
むしろここはアルバルヴェなのかと俺は言いたい、問い詰めたい……
まぁそれは良い……それよりも大きな問題がある。
あそこまで啖呵を切ってガーブウルズを抜け出した俺である。
ここで学校関係者に捕まって“狼の家”に連れ戻されたら、カッコ悪いの騒ぎではない。
……それは憤死物の、恥辱である。
そこで渡しに辿り着いた俺は、ペッカーに相談した。
すると奴は「げ―げー、ぐわぁ(だったら任せろ、俺が川の向こうまでお前を運ぶ)」と言ってくれた。
ただ服の襟首をつかんで長時間飛ぶのは、服が破けるから無理じゃないか?と言う事になった。
そこで俺は一つのアイデアを出す。
縄をハーネスの様に両脇、両足の根元に通して力を分散させ、この縄を掴んだペッカーが飛んで、俺を運ぶのはどうかと提案したのだ。
ペッカーもそれには賛同、どうやら彼には重さなんて関係なくモノを運べる能力があるそうだ。
そこで人の目のつかない川の畔を目指すことになったのである。
さて、馬車がレナ川の渡しに辿り着くと、まるで人殺しの様な目で、学校関係者らしき人がウロウロしているのに出くわす。
しかもだ、年若の少年少女を見かけては威圧的に声を掛けている。
……まるで刑務所の看守の様な教育者達。
その目から”逃がさねぇぞっ!”と言う、恐ろしい気迫が放たれる。
そんな様子を横目に、俺は建物の壁をよじ登って屋根の上に逃げだす。
屋根に辿り着くと、丁度下では見知らぬ少年が「嫌だー!いやだーっ」と叫び声をあげ……
……ああ、犠牲者が生まれたんだ。
きっと一緒の馬車に乗っていたんだね。
彼の犠牲は無駄にはしない。
……安らかに眠ってほしい。
彼が人の注目を集めてくれている内に、俺はサッサと屋根伝いに逃亡を敢行。
まるでスパイの様に人の目を避けながら、見知らぬ建物の屋上にあった、ロープを盗み。
渡しから離れ、人目につかない川岸へと逃げおおせた。
そして先程の川岸の場面になるのである。
◇◇◇◇
首の裏からググっと力が入り、そして全身が浮かび上がる。
背後のペッカーが、まぶしいほどの緑色の光を放ちながら、俺を掴んで空に飛び立った!
全身を包む濃厚な魔法の気配、そして川の匂い……
高度はぐんぐん上がり、そして渡しや崖を見下ろしていく。
「すごい、凄いや!」
高い所が苦手な人には辛いかもしれないが、俺は小さなころから高い所が大好きだった。
そのせいか、この風景の中で高揚感に胸が満たされる。
空中でぶらぶらと揺れる足元の不安定さも、恐怖と同時に楽しさを胸に運び入れた。
「ペッカーっ、もっと高くに行ける?」
「げぇ―!(任せろっ!)」
さらに高く飛ぶペッカー、空気は冷たくなり、そして風が吹き荒ぶ。
それをものともせずに、鳥は俺を運んで飛び続けた。
落ちたら死ぬと言う事は分かってはいるが怖くなかった、ただただ最高である!
眼下にあれほど広大だった大河が過ぎ去る。
そして遠く遠くの山並みが、身近に感じる。
「げぇ―、げぇ―げぇ―(もう降りるぞ、どこに降りるか言ってくれ)」
やがてペッカーが疲れた様子で俺に声を掛けた。
俺は慌てて周りの様子を見、そして遠くに見えた街道を指さして言った。
「ペッカーあの街道沿いに降りよう!」
天空から見ると、思ったよりも自分がどこに居るのか分からない。
無数に走る小さな街道が何なのか、眼下に点在する集落がどこの誰の領地なのか……
ただ、太陽の方角から大体ここが南だろう、と言う方角に伸びるあの街道。
直感だけど、あれが正解に違いないと思った。
目指す街道に向けて、羽ばたくのを止め、滑空し始めるペッカー。
徐々(じょじょ)に高度は落ち、森の木々や、岩場を掠めるように飛び交う。
上空よりもはるかに恐ろしい風景が、低い高度ではいつ終わるとも知れずに続く。
そして遂に森の切れ目から街道が見えた。
スピードが急速に落ち、そして柔らかに地面に辿り着く。
何歩か走りながら着地した俺は、流石に足が笑いだし、思わずへたり込む。
「げぇ、ぐぐぅぅぅわぁ(疲れた、俺は休むわぁ)」
ペッカーもお疲れだったらしく、彼はそう言うなりそのまま俺のポケットの中に潜り込み、そしてゼェゼェ言いながら体を横たえた。
「ああ、ハァハァ。お疲れペッカー、ありがとな……」
俺はへたり込むや否や、ナイフを取り出してハーネス代わりの縄を切り裂き、体を自由にして座り込んだ。
楽しかったけど怖かった、今でも心臓がバクバクする……
やがて動悸が収まった俺は、荷物を背負い直して街道を南へと向かう。
次の集落で情報を集め、王都に向かう乗合馬車を探す為だ。
小麦街道にさえ出れば、王都には間違いなく辿り着く。
まずはここから小麦街道を、目指さなければならない……
―二時間後……
あれからしばらく歩くが、人が住んでいる家が一軒もない。
打ち捨てられた廃屋と、使う人もいない井戸を幾つか見かけただけだ。
そして、まともなベッドでしばらく寝て居無い体は、その節々(ふしぶし)がどこか痛い。
特にひどいは足のむくみと関節で、絶えず体のどこかしらに鈍痛が走る。
……頬もだ、熱を持っている。
軟膏のおかげか、腫れていないのが唯一の救いかな……
一度立ち上がってからは、休むことなく歩き続けた。
普段から体力をつけていた事が、ここで役に立つ。
夜になっても、荷物を背負いながら歩く俺。
ところがだ、悲しい事に途中見つけた井戸で、ノドの渇きを潤したが、食事は未だにとれないでいた。
腹が遠慮なくグーグー鳴る。
食料の手配を忘れた事に後悔する。
(ああ、子供の頃の空腹って耐え難いものがあるな……)
別に一食二食抜いたからと言ってどうと言う物ではないと思うが、店長やっていた時の空腹の辛さよりも今の方が辛い気がする。
だから子供が「おなかが空いた!」と言って暴れるのか……と妙に納得がいった。
さらに悪い事にペッカーもいつもの様にご就寝し、話す相手も居なかった。
気を紛らわせる方法も無い。
……こうして孤独に歩き続ける。
歩くと言う単調な作業が、先程の空腹と年齢の違い等々……そんなどうでも良い発見を俺にもたらした。
暇だからである……
やがて街道沿いに一台の小振りな幌付きの荷馬車が止まっているのが見えた。
人の気配が珍しかった事もあって、思わず近寄る。
近寄ると薪が火にくべられた独特の匂いが、漂ってくる。
パチパチとはぜる焚火の音と、赤い光、白い煙が俺に人の気配を伝える。
荷馬車に近付くと一人の女性がどこかくたびれた顔で火に手をかざしていた。
「あのすみません……」
俺は耐えきれなくて彼女に声を掛けた。
目を見開き、彼女が俺に目線を投げる。
「すみません、食料を分けてもらえませんでしょうか?
お金なら持ってます、結構持ってるんです……」
「……あなたは誰?」
「ああ、すみません。
ガーブウルズから来た、ゲラルドです。
王都に向かう途中なのですが、食料がなくて……」
彼女は俺を頭から足元まで見ると、周りを見て「ひとり?」と尋ねた。
俺が「はい」と答えると彼女は手招きして、火の傍に来ることを許した。
焚火の光と、その匂いはどこか安心させる力がある。
その安堵感の中で、彼女はパンと塩漬けの豚肉、そしてまだ青いリンゴをだして「これしかないけど……」と言った。
俺は「ありがとうございます、これで十分です!」と言って路銀の中から銀貨を3枚出した。
彼女はそれを受け取るとフライパンを汚れた布で拭き、そして豚肉を焼き始める。
この臭いにペッカーも起き出し、そして何も言わずにリンゴを食い始める。
彼はヴィーガンなので野菜しか食わないのだ、キツツキなのに……
ペッカーは半分眠たい目で存分にリンゴを食うと、又何も言わずに俺のポケットの中に戻った。
この様子を見て、彼女は「あなたのペット、個性的ね……」と言って笑った。
「そうですね……個性的じゃないペットは、これまで飼った事が無いですね」
姉貴は普通のペットを飼っていたけど、俺のペットと言えばあれだ、歌って踊って喋れて飛んで、そしてファラオな連中だけである。
……別に俺自身、珍獣ハンターではなかったはずなのにどうしてこうなったんだろう?
まぁいいや、食事をとろう。
食い残したおペッカー様の残り物を食べ、肉が焼けるのを待つ。
やがて焼けた肉とパンを平らげ、一息付けた俺は彼女に感謝の言葉を述べた。
彼女は「これだけの事で300サルトも貰えて悪いわ」と言った。
「いえお気になさらず……」
「ガーブウルズから来たと言ったわね、もしかして脱走?」
「うぐっ!」
「図星ね、まぁよく居るわよそう言う子……」
「結構見かけるんですか?」
「ここはレナ街道って言って、小麦街道の幹線に繋がる支道なんだけど皆小麦街道に出るとすぐに捕まるから、いったんここを使って山向こうの合流地点を目指すの。
だから腰に剣をぶら下げた、身なりのいい腹ペコの子供を見たら大概は脱走少年ね。
あなたはガーブの騎士の所で小姓になっているでしょ。
主は心配しないの?」
「どうしてです?」
「あなたもう14歳ぐらいでしょ?」
「いえまだ自分は9歳です」
よその国では小姓つまりペイジは8歳ぐらいから始める、アルバルヴェでは11歳の義務教育終了後だ。10歳で義務教育は終了する。
つまり年上に見られたと言う事だ、思わず笑って首を振る俺に、女性が感心したように言った。
「嘘ぉ!あなた老けてるわねぇ……」
ガクッと来た!
老けてるって、老けているってそんな……
「アハハハハ、ごめんなさい。
貫禄がある、そう貫禄があるわよアナタ。
脱走少年だけど……あっはっはっはっ!」
なんぞっ、なんで俺は初めて会った女に笑われないといけんの?
……理不尽だわぁ。
「まぁね、人生色々あるよね。
私も君と似たようなもんだから。
私も逃げている最中よ……」
「借金取りから?」
「言うわねぇ、アンタ。
私ね、こう見えていい暮らししていたんだ。
ブティックの針子をして、貴族の夜会服とか作っていたんだ。
それでまぁ出会いがあってね。
好きな人が出来たのよ。
立派な騎士様でね、それでまぁ……恋人だったのよ。
私お父さんいないからさぁ、年上が好きで。
で、子供が出来ちゃった訳。
それでその人の傍に居られなくなってね、それで逃げ出したのよ……」
「フーン……」
人生は色々だ。
嘘であるかどうかを疑うことなく、ただ彼女の言う事に耳を傾ける。
「私から子供を取り上げようって、その人の奥様が言うの。
私には育てられないからって……
冗談じゃないわよ、失礼な話。
お前と違って私には腕があるって言うの!
伯爵の寝間着だって私は作ったことがあるんだから!
お前と一緒にするんじゃないわよっ!
あははははは」
「あ、あのご婦人……」
「ご婦人じゃないっ、お姉様と呼びなさい!」
え?姉さんて歳では……
あ、いえお姉様かしこまりました。
「分かりました、じゃあ俺の事はラリーと呼んでください」
「ラリーね、うん分かった。
あんたおっさんみたいだけどよく見ると可愛い顔しているわね」
「そうですか?」
「きっといい男になるわよ、チンピラみたいな目つきしているけど……」
そう言うとお姉様は「がハハハハハっ」と豪快に笑いだした。
……なんだろう、嫌いじゃないなこの人。
俺は短い時間ですっかりこの人と打ち解け、普段話さない、故郷に残した彼女の話などを話した。
その結果「遠距離はもたないから止めなさい……」と言う、実にありがたいアドバイスを貰う。
……なんてこと言うんだ、この人。
そうこうしている内に姉さんの旅のお話になった。
どうやら彼女は護衛も無くどうやら一人でこの荷馬車と、一頭の馬で旅をしているらしい。
物騒じゃないのか?そう尋ねるとお姉様は「物騒よ、世界はまだまだ……それでもこの国はまだいいけどね」と言って笑う。
「私ダナバンド王国から来たの、そして少し“悪い事”をしてお金を貰うの。
そうしないと、自分のお店が持てないから。
雇われている内は、お金は貰えない、自分で仕事をしないとね……」
彼女の言う“悪い事”の内容は聞けなかった、察して口をつぐむ俺。
やがて俺は答えてくれないかも?と思いながらこう尋ねた。
「この荷馬車でどこまで行くんですか?」
「荷馬車は次の街までかな。
そこで知り合いにこれを引き渡すと、代わりに王都までの乗合馬車の切符をくれるの。
アタシ本業は針子だから、王都に行けば仕事はあるし、それで子供と暮らすつもり」
「ふーん、俺もあれです。
王都に父親が居るので、そこまで帰るつもりです」
「そうなんだ、じゃあ明日まで一緒に来なさい。
子供が一人じゃ大変よ。
明日はホーツリッツの街に入るから、そこで乗合馬車の王都行きに乗ると良いわ」
「いいんですか?」
「歩いてホーツリッツに行くのは大変よ、馬車に乗っていきなさい。
子供なんだから、ねっ!」
こうして俺は面倒見のいい、このお姉様に助けてもらう事になった。
このお姉様流の野宿は大変興味深いスタイルだった。
荷馬車の下に麻布のをひき、その上に寝転がると言うモノである。
こんな経験初めてなのでビックリだ。
そして今晩このお姉さんの傍らで寝る俺。
野宿だって初めての経験である。
興味が湧いたので、どうしてここで寝るのかを聞いてみると。
荷馬車の中は荷物が散乱して、足が伸ばせないから、天気がいい日はこうして寝るのだそうだ。
なるほど納得である、見上げる星空も大変綺麗だし悪くはない。
だけど果たして寝れるかな?
そう思っていたが俺だが、足を延ばして寝るのは実に久しぶりで、思ったよりも苦ではない。
なので気が付いたらそのままぐっすり寝てしまった。
翌日朝になり、周囲が明るくなった事で目が覚める。
目が覚めた瞬間ペッカーと路銀の存在を確かめた。
良かった、ちゃんとある……
本能的に熟睡したことに恐怖した。
野宿の危険はバームスやら、ジリから聞いていたので何事も無かったことに安堵である。
同行者がそのままお金をもって逃げるケースが大変多いそうだ。
今回は信頼のおける、良い人に巡り合えたとほっとする……
「起きた?」
不意に声がしたので、その方角を見ると、焚火の傍では、昨晩出会ったお姉様がヤカンに火をかけていた。
「お湯だけど飲む?
生水を飲むより体にいいわよ……」
「ありがとうございます、頂きます」
俺は遠慮せず頂くことにした。
こうして朝日を浴びながらお湯と肉、そしてリンゴとパンと言う、昨日食べたものと全く同じ物を朝食として食べ、俺はガーブウルズで味わった9か月間を、多少誇張しながら面白おかしく彼女に披露した。
彼女は特に幽霊の剣士の話を聞いて目を輝かせ、そしてバームス親分の無理難題に大笑いである。
こうして一しきり朝食を楽しんだ後、俺は荷馬車の後ろに乗り、そして彼女は御者台の上に乗って馬を歩かせる。
道中彼女は俺の知らないダナバンドの歌を唄い、そして俺はその様子を耳にする。
ペッカーは幌の中を飛び回り、荷馬車の荷物を興味深げに確かめる。
これを見ると(やっぱ動物なんだなぁ……)と思ってほのぼのとした思いを持った。
やがて道は悪路に差し掛かり、ガタガタと激しく揺れ始める。
そんな荷馬車の中で、一つの荷物の紐がほどけ、中の荷物が零れ落ちた。
元在った場所にしまおうと、拾い集める。
すると零れた荷物の正体は、綿に包まれた大量の宝石だった
「…………」
お姉様は悪路に負けじと馬を制御し、道を右に左にジグザグと必死に進んでいる最中だった。
後ろを振り向いた形跡はない。
俺は見なかったことにして、そっと零れた荷物を元に戻し、そして紐を縛りなおした。
ペッカーもすました顔で、俺の肩にとまる。
……宝石の話をしようか。
アルバルヴェでは琥珀以外の宝石は取れず、全部輸入である。
その為外貨流出を防ぐ名目で、宝石には高額な贅沢税が、輸入業者に課せられる。
その為宝石を密輸して、しれッと販売するケースが後を絶たない。
店頭で普通の値段で売るだけで、莫大な差益が生まれるからだ。
税金がかかっている宝石と、同じ金額で販売すれば、税金を払っていない宝石がどれだけの利益率になるか分かるだろう?
同じ宝石でも全然儲けが変わる。
だからこんな怪しい持ち込まれ方をした宝石と言うのは大概非合法なものだ。
昔俺と喧嘩したルシナン伯爵の息子の家が、男爵へと降格したのも、宝石密輸に関わったからである。
俺はとにかく何も見なかったことにして、お姉さんの素性は知らないことに決めた。
さて道は続き、馬車は進む……
お姉様は時折馬に、川の水を飲ませ、道草を食わせながら、山の端沿いの道を撫でるように進む。
昼を過ぎ気温が一番高くなる時刻。
彼女が道を登りきったところで御者台から俺に声を掛けた。
「ラリー、街よ!」
俺はその声に促されるまま、馬首の先にある道の向こうを、荷馬車の幌の中から見た。
「あ、ああ……」
ホーツリッツ……小麦街道とレナ街道の交わるところにある大きな街である。
見た瞬間感嘆の声が上がった。
街の建物が、城が……柔らかで優美な印象で出来ている。
「ああ、武骨じゃない……」
思わず最初に漏れた言葉は自分でも思いがけず、こんな言葉だった。
ズーン、とかドーン……ていうあの重々(おもおも)しさから解放され、日差しの中で煌めくような街の美しさに思わず涙がこぼれる。
(ガーブウルズじゃない……
この景色はガーブウルズじゃない!
元の世界に戻れたんだ……)
何故か見ていたら涙がこぼれる。
「ぶ、くくくく……」
そんな俺の様子を見て、彼女は笑いをこらえきれない。
「ガーブから逃げる子は、まずこの街並みを見て故郷を思い返す子が多いみたいね。
昔から仕事で、何度かこの界隈に来たから、何人か送ったことがあるけど……
皆アンタみたいな反応をしていたわ。
そんなにガーブウルズって違う所なの?」
「ええ、久しぶりにシャバに出て初めて分かったのですが……
アレは外国ですらありません、刑務所です」
「そんなに厳しいの?」
「きっと強くは成れるでしょう。
だって、それしかやる事も無い世界ですから……」
娯楽は喧嘩、やる事は訓練、生きる為に狩猟、認められる為に勝利……
それが剣士達の聖地、ガーブウルズの全てである。
あそこで暮らして弱くなったら目も当てられない。むしろ何をしていたのか聞きたい。
それと対照的な風景が目の前にある。
それが文明世界の光に満ちたホーツリッツの街並み。
それは王都、セルティナの日々を思い起こさせた。
……俺の生まれ故郷はセルティナ、光り輝く美しい町。
あそこで暮らし続けていたら、きっと優しい人間に育つだろう。
実際パパも、兄貴も姉貴も、そしてママだって王都に居た頃は優しかった。
イリアン、シド、殿下にルーシー、イフリアネ、クラリアーナ。
皆、親切な人ばかりだった。
……あ、ボグマスは厳しかったな。
とにかく王都には野獣みたいなやつが幅を利かせると言う事は無かった。
王都に居た時から喧嘩っ早い所があった俺だが、それがガーブウルズではますますそれが研ぎ澄まされてしまった。
ママだってあんなにピリピリした人ではなかったのである。
それを思うと悲しさがこみ上げた。
(本当の俺はあんなキラキラした街に居た時の俺なんだ)
ホーツリッツの街を見ていると、不意にそんな確信が胸に沸いてきた。
うっすら涙がこぼれる。
そして心に浮かぶのは王都に素晴らしい日々の記憶だった。
そこで俺はこう思う。
(今回の件が終わったらパパに頼んでセルティナに帰ろう、そして本当に自分を取り戻すんだ。
男爵家の息子らしい暮らしをして、野生動物として強い自分を目指すのはもうやめよう)
都会らしい都会を見た瞬間それを希望した俺。
ソードマスターになる為の修業だったら、ボグマスの下でやればいい。
彼だってソードマスターなんだから不都合はないはずだ。
そう言う考えが胸に響く。
これまでの生活のリズムが、こんな風景を見ただけで、もろくも崩れて行くのが分かった。
……人は弱い生き物である。
ホーツリッツの街に入り、俺は謝礼の金貨を無理に彼女に渡すと、そのまま乗合馬車の駅舎に向かい、彼女と別れる事になった。
分かれしなに彼女は、こう言って俺を送り出す。
「じゃあねラリー、あたしはあの丘の上のお屋敷で仕事してくる。
あのあたりの宿屋に今日は泊まるから、何かあったらネルネさんを訪ねに来たと言いな。
王都は遠いけど頑張ってね……」
「ありがとうネルネさん……」
「ネルネさんじゃない、お姉様!
ふ、ふふ……じゃあね」
そう言って意気揚々(ようよう)と馬車を走らせて、目の前を通りゆく彼女。
その幌を見送りながら(いい人に会えてよかった)と感謝の気持ちで胸が満たされた。
俺は背中の荷物を背負い直し、目の前の駅舎に入る。
中は非常に活気があった、いくつかの目的地に応じてカウンターが異なり、それぞれに乗客が並んでいる。
そして王都行きの馬車を探す。
調べてみると、どうやら馬車を乗り継いでここから一週間の旅の様だ。
前回ママと一緒にガーブウルズに向かった時は、その倍以上掛かったが、アレは雪が所々積もる冬だからだったらしい。
……納得である。
「次の方どうぞ」
列に並び、順番を待っているとしばらくして俺の事を係の人が呼んだ。
そこでカウンターの前に進み出る。
「最初の馬車は夕方に出発しますがどうしますか?」
「お願いします」
俺は一刻も早く王都に辿り着きたくて、駅舎の係員にそう言って頼んだ。
俺は路銀の大半をはたいて、王都行きの切符を買う。
切符の値段だが想像以上に高かった。
海外旅行並みの運賃がかかるのである。
馬車の時代の旅行がこれほど大変だと知ってびっくりした。
さて夕方までは時間がある、そこで久しぶりにこの文明的な街並みを楽しもう。
そうウキウキしながら駅舎を出た俺は、お世話になったお姉さんが向かった道の先に足を延ばしてみる事にした。
丘に続く道はガラの悪そうな男が、日当たりの良いベンチでたむろっているのをよく見かける。
(あんまり治安がよさそうな場所じゃないな……)
お姉様も悪い事していると言っていたし、そう言う人が集まる街区なんだろうな。
行って見て逢えたらこれはこれで面白い。
多分逢えないだろうけど……
そう思って歩いていると、悲鳴にも似た声が響き渡った。
「話が違うじゃない!」
その声に聞き覚えがある俺は立ち止まり耳をすます。
ポケットからペッカーも首を出し「げぇ、げぇぐぐぅぅ?(おい、あの声はあの女の声じゃねぇか?)」と俺に告げる。
俺は急ぎその声のする方に足を向けた。
するとそこにはやはり先程分かれたお姉様がいて、ガラの悪そうな4人の男に目を吊り上げて怒鳴っているところだった。
そしてその傍らにはあの幌付きの荷馬車がある。
「顔役のアンタが恥ずかしくないのかっ!
私はあんたの望んだ通りにこの馬車をここまで運んできたんだ!」
すると男達はニヤニヤと笑ってこう言った。
「だからと言って俺も犯罪を犯す訳にはいかない。
お前さんは騎士ヨーフス様のお子様を連れて逃げてしまったんだからなぁ」
「子供を連れて?
馬鹿言ってるんじゃないよ、私は誰も子供を連れて逃げた覚えはないね!」
そう言って身の潔白を訴えるお姉さん、すると彼等は笑ってこう言いた。
「ハハッ、馬鹿言っちゃあいけないよ。
え?お前さんは嫡子を連れて逃げたんだ。
ほら、お前さんのおなかの中に居る子がそうだ」
「な、何を言っているんだい?
私はただの針子だよ、奥様ではないし嫡子だなんて……」
「分からないふりはやめろ、ヨーフス様の家には子供は居ない。
仕える家人もヨーフス様が死んだら散り散りになる、家が絶える訳だからな。
だがようやく子供が生まれた、後は庶子だろうと何だろうと嫡子として育てれば済む話だ……
あんたにはご苦労だが、俺達もさ。
こんな話をつい先日聞いたばかりなんだ。
外国の騎士家とは言え、さすがに騎士家に睨まれる様な事はさすがに出来ねぇ。
悪いがあの話はなかったことにしてもらうぜ!」
その話を聞いたお姉様はワナワナと唇を震わせて悲鳴のように叫んだ。
「アタシを騙したね!
この国の人間は!
アルバルヴェ人は嘘つきだっ!」
聞いた瞬間俺の胸が痛んだ“そんな事無いよ”と言ってやりたいと思った。
ところが目の前の男は良心の呵責は感じないらしく、お姉様にふんぞり返りながら言った。
「ダナバンド人に対してはそうだ。
俺は身内には親切な人間なんでね。
あ、そうそう。荷物はありがとうな……
お礼にダナバンドまでの旅費はこっちで持つよ、じゃあな」
奴がそう言うと取り巻きの男が、下卑た笑いを浮かべながら言った。
「……と、言う訳だ。
ヨーフス様の所に一緒に来てもらおうか!」
そう言うと男達はお姉さんににじり寄っていく。
その様子に恐怖も露に後ずさりするお姉様、それはさせまいと男達も逃げ道を塞ぐように動く。
「げぇ、げ―げぇ!(野郎、目にもの見せてやる!)」
この話を聞いていたペッカーが堪え切れない様子でそう呟いた。
彼は俺のポケットから飛び出して、上空へと、幌付きの馬車に向かって飛び立つ。
何をするかは知らないが、奴が企んだら大概悪い事が……いやこの場合は“素敵な事”が起きるので黙って見送る。
気が付くと、この騒動に野次馬も集まり、皆してお姉さんの不幸を見届けようとし始めた。
俺はここで揉め事を起こしてやろうと、ウキウキしながら奴らに声を掛けた。
「何が“俺は犯罪は犯せない”だ。
お前達だって立派な犯罪者じゃないか!」
『何?』
4人の男は凄んだ目で俺を見つめる、俺の前の人垣が割れ、俺と4人の男を隔てるものが消え失せる。
「ラリー!」
「ラリー?どこのガキだか知らねぇが与太こくとタダじゃ置かねぇぞ!」
俺は顎を上げ、挑発的に見降ろしながら奴に言った。
「嘘(与太)話ぃ?俺を嘘つき呼ばわりしようって言うのか。
上等じゃねぇか、テメェは契約も守れねぇ嘘つきのクソ野郎で、加えて怪しげなチンピラじゃねぇか。
テメェ、鏡見て物を言ったらどうなんだ、アン?」
俺が殊更そう言って煽り立てると、連中は見る見るうちに顔を真っ赤にし、そして俺に近寄って来る。
その最中、ペッカーが幌の中に飛び込み、そして何か荷物を引っ掴んで外に飛び出す。
彼は幌の上に荷物を載せると器用に袋の紐をほどいて、俺に邪悪な笑みを見せた。
……お前、最高。
「はい注目ソコのチンピラと野次馬の皆さん、今からみんなにプレゼントでーす」
そして俺が指さすと、ペッカーが「げぇーっはっはっ!ぐぇーっはっはっ!」と素敵な笑い声をあげながら、ポイっ、ポイっ!と白い綿の塊をみんなに投げ与え始めた。
その現場に、全員が目を向ける。
拾った人は、石畳の道の上に落ちたその綿を開くと、興奮して叫んだ!
「宝石だっ、宝石だぞ!」
ペッカーはその声を聴くと、凶暴な顔で「ぎゃぁぁぁぁぁっはっはっはっ!」と笑いながら更に景気よく宝石を投げる。
それが合図で、全員が幌の上のペッカーめがけて走り始めた。
「それは俺の、俺の宝石だぁぁぁっ!」
お姉様ににじり寄る男達も例外ではない、彼等は宝石めがけて突進し、綿を持つ人間を殴り飛ばし、そして奪い返そうとしだす。
「え?えっ、ええ……」
この展開について行けず、お姉様は茫然とここに立ちすくむ。
俺はこの機会を逃さず、手にした王都行きの切符をもってお姉さんに近付いた。
「お姉様!」
「ラリー……」
「コレ(チケット)上げる、急いで乗合馬車に向かって」
「でも……」
「夕方(の便)だから間もなく出るから」
「貰えないわよ!」
「時間がない、もし問題が起きたらセルティナの魔導大学分校の剣術学校に行って、ラリーから貰ったって言えば良いから」
ここで遠くのチンピラが、俺の様子に気が付き「あ、女が逃げるぞ!」と叫び出した。
「お姉様行って!時間がないからっ」
俺がそう言うと、お姉様は一つ大きく頷いて丘の下めがけて走り出した。
「まてクソ女ぁー!」
男達は宝石を諦めたのか、こっちに向かってくる。
出来れば大人しく宝石を拾って欲しかったが仕方がない、ここは殿を務めよう……
「このガキィ、よくも俺達を愚弄してくれたな!」
「密輸で儲けようとした挙句、強欲に憑りつかれたカス野郎が良く言うぜ!」
「なんだと!」
「約束の報酬も払わず、テメェは宝石も外国の仕事の報酬もモノにしようなんざ、アルバルヴェ人の風上にも置けんッ、恥を知れ!」
「貴様ぁぁぁ!」
俺の挑発に乗って、男達が威圧しながら近づき、そして俺に掴みかかろうと手を伸ばす。
俺はその手を掴み逆に引き込むように引っ張り、そして同時に俺自身は一歩体を半身回転するように素早く踏み込む。
そして相手の足を持って肩で持ち上げて、相手を頭から叩き落とした
レスリング技の肩投げ。
背中、後頭部を強打した男は一瞬で意識を刈り取られる。
『野郎っ!』
さらに激昂する男達、目線が全て俺に集まる。
その一瞬をついてペッカーが、俺と男達の間に上空から宝石の入った綿をばら撒いた。
それをめがけて群がる街の住民たち。
それを見届けた俺は踵を返して逃げ出した!
「待てガキィ!ぶっ殺してやるぞぉっ!」
群がる街の住民に手間取り、初動が遅れる男達。
毎日欠かさず走っている俺である、瞬く間に連中を引き離す。
ところが連中は地の利をわきまえていて、近道を通っては、俺を逃がさないように追い詰める。
「そのガキを捕まえろ!」
その声を聞きつけ、町でたむろうチンピラが次々(つぎつぎ)と俺を追うのに参加し始めた。
背負う荷物の重さにも俺も辟易し始める。
やがて俺は袋小路に追いつめられた。
「へぇ、ゼェゼェ、も、もう逃げられ……
ゼェゼェ……」
追いかけてくる連中もバテバテで、俺を追い詰めた事に安堵した様子だ。
奴らは勝った様にいやらしく笑い始める。
「おい、ガキ、観念しろ……」
「ハァハァ……ヤダね」
「このガキぃ、舐めてんじゃねぇぞっ!」
連中はそう言うなり剣やナイフを抜いた。
俺はそれを見ると、手を腰に下げた剣の柄に置いて言った。
「お前から剣を抜いたんだ、覚悟は良いんだな?」
「じゃかぁしい!
この生意気なクソガキが!
大人を舐め腐るのも大概にしろっ!」
俺はそれを聞くと剣を抜いた、そしていつものように剣を空に向け、屋根に構える。
「聖騎士流?はッはぁーん。
お前ガーブウルズから逃げ出したな、半端なガキが舐めた事を……」
奴が何かを言い終える前に、俺は後ろ足をこっそり前足に近付け、そして飛ぶように踏み込んで相手の手首めがけて撃ち落とす!
骨を切る手ごたえがして、相手の手首が空を飛んだ。
「…………」
そして無言のうちに下に落ちた剣を上に車輪斬りで跳ね上げる。
また別の誰かの手首が飛んだ。
「あ、あああああああああっ!」
飛んだ手首を追いかけて、男が俺の前から走り去る。
驚愕する周りの男達。
俺は車輪斬りで上に上がった剣を、今度は頭の横に、牛の角の様に切っ先を相手に向けて寝かせる。
牡牛の構え……
そして俺を囲む男達の中で、威勢のよさそうな男を見つけた俺は、次はコイツを殺してやろうと、心に決めてにじり寄る。
「狂ってる、このガキ狂ってるぞ!」
誰かがそう言った瞬間、男達はそのままこの場を全員で走り去る。
「はぁ、はぁ……」
随分とあっけない幕切れであるが、殴り合いだってこんなモンである。
5分と戦う前にカタが付くもんだ……
ソレよりも生まれて初めて人間を斬った、その事実が手元に感触として残る。
正直ゴブリン狩りと何ら変わらなかった……
心臓をバクバクさせながら剣を服の袖で血を拭う。
追い掛け回されたからなのか、それとも初めて人を斬ったからなのか。
とにかく激しい動悸に見舞われ、手が震える。
「チクショウ……」
俺は剣を鞘にしまうと、震える手を揉んだり、振るったりして落ち着こうと考える。
(終わってからこれじゃあ締まらないな……)
どういう理屈か、頭は冷静さを取り戻したのに、心とバラバラに震え続く俺の両手……
本当は落ち着いていないと言う事なのだろう、飛んだ手の映像が頭をよぎる。
さて、それは良い……ソレよりもここから抜け出さなければ。
袋小路から素直に出るのに抵抗と言うか、連中が出てきたときの事が頭をよぎる。
心の動揺ぶりから考えて、今日はもう戦わないほうが良いと思った。
なので、見張られていそうな、大通りに出るのは気が引けた。
だからそのまま家の壁をよじ登って屋根伝いに立ち去る。
◇◇◇◇
こうして威勢よくケンカを始めたはいいモノの、その後はひたすらコソコソと隠れながら乗合馬車の駅に向かった。
夜になり、お姉様を乗せた馬車が旅立った後。
その付近の屋上で、下をうろつくチンピラを恐れながら俺は佇む。
チンピラは宿屋から、馬車駅、そしてレストラン……とにかく余所者が立ち寄りそうな場所を見張り、俺を探す。
どうしましょうか?
正直分からない、チンピラが時折「女もガキもまだ見つからねぇのか!」と叫んでいるから、たぶんお姉様は逃げられたのだろう。
屋上で困り果てていると、ようやく俺を探し当てたペッカーがこちらにやってきた。
「げぇ(上手く行ったぞ)」
「ああ、ありがとう。
それはそれとして。見ての通りだ」
「…………」
「本当にありがとうね、ペッカー先生」
「げぇ……(ああそう……)」
「で、それはそれとしてなんだけど。
もう一つ仕事が出来まして……」
「ぐわ?(なんだよ?)」
「まぁこの様にだ、もう乗合馬車は使えない。
しかもお金も無くなった。
そこで、空で行こう!」
「はぁ……」
「お願いしますペッカー先生!
空を飛ぶしかないんです!」
「げぇ……(夜が更けたらな……)」
亀甲〇りも二度目なら、だいぶ慣れたものである。
俺達はそのまま夜まで屋根の上に隠れ、そのまま寝静まった夜にフライアウェイを決めてホーツリッツを後にした。
飛びながら俺は思った。
多分、二度とこの街に来ることは無いだろうと……
さて余談だが、自分を縛っていると。なぜかムラムラ……まぁその話は別に良い。
ああ、チューしたい。
月を見ながら「あれがルーシー」と、俺は呟いた。
そしてペッカーは“死ね……”と呟いた。
こんな調子で、ここから俺の旅は4日に渡って続く事になる。
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