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俺の騎士道!  作者: 多摩川
少年剣士修行編
63/147

フライングキッズ

―翌日ガーブ地方の領境(りょうざかい)


いかれたガーブ地方と、その(シャバ)(へだ)てるのは、レナ川と言う大河である。

この川を(さかのぼ)ってママと一緒に、過酷(かこく)なガーブにやってきたのは9か月前の事だった。

今俺は再びレナ川の(ほとり)に辿り着く……




「げぇっぐわぁぁぁぁっ!(よっしゃ行くぞっ!)」

「おうっ!」


俺は大河レナ川の畔に立ち、服を(やぶ)かないようにロープで(わき)やら股間(こかん)やらを(しば)り付ける。

つまり服の上から、ハーネスの様な縛り方をしたと言う事だ。


一応、言っておくが……

自分自身を亀甲(きっこう)縛〇にしたらこんな感じかなぁと、不埒(ふらち)な事は……もちろん考えた。

俺には縛られる趣味(しゅみ)なんかない。

無い、が。もし仮にだ……

ズボン姿のルーシーが「ラリー、ここが良いの?」と言い出したら、ピリオドの向こう側に行っても良いかもしれない。


「げ―げっげぇぇ(こんな時に笑うなんて大した奴だ)」

「へっ!ああ。空なんて初めてだしね……」


思わずニヤけていたらしく、俺の表情を見たペッカーが感心したように言う。

……まさか、いやらしい事を考えていたとは言えない。

実はこれからこのハーネスの様な縛り方をしたロープを(つか)み、ペッカーが俺を掴んで空を飛ぶのである。

通常ペッカーに掴まれて空を飛ぶ人間は、ことごとくその顔を青くし、恐怖におののくそうだ。

ところが俺が全く恐れないので、彼は俺を見直したらしい。

なので“勇敢(ゆうかん)な俺”を(よそお)い、親指を立てて男らしさをアピールした。

ごめんね、ルーシー、そしてペッカー……


◇◇◇◇


さてどうして空を飛ぶことになったのかを話そうか……

約二日御者(ぎょしゃ)を変えながら走った乗合(のりあい)馬車は先程レナ川の(わた)しに辿(たど)り着き、ここから船に乗って川を下ろうとしたのだが、困った事が判明(はんめい)した。

なんと保護(ほご)者が居ないと17歳以下の少年少女は乗船(じょうせん)の為のチケットの購入(こうにゅう)が出来ないのだ。

つまり船に乗れない。


……それは何故か?

実はガーブウルズに剣術修行にやって来る少年達が、絶えずここから脱走しようとするからだ。

その為脱走防止の為にここで学校の関係者が見張っているのである。

分かる……少年達の気持ちが痛い程に。

文明世界からこんな所に来たら逃げ出したいよな。

ガーブウルズに来てから、俺は娯楽(ごらく)らしい娯楽に触れることなく、生きる為に戦いと訓練(くんれん)に明け暮れた。

気が付くと俺は意識もせずに、ネィチャーな生き方をしてしまっている……

……サバイブかよ。

麻痺(まひ)していたから分からなかったけど、やっぱりここガーブ地方はおかしい。

これじゃあまるで刑務所(けいむしょ)じゃないか。

むしろここはアルバルヴェなのかと俺は言いたい、問い詰めたい……


まぁそれは良い……それよりも大きな問題がある。

あそこまで啖呵(たんか)を切ってガーブウルズを抜け出した俺である。

ここで学校関係者に捕まって“(おおかみ)(いえ)”に連れ戻されたら、カッコ悪いの騒ぎではない。

……それは憤死(ふんし)物の、恥辱(ちじょく)である。


そこで渡しに辿り着いた俺は、ペッカーに相談した。

すると奴は「げ―げー、ぐわぁ(だったら任せろ、俺が川の向こうまでお前を運ぶ)」と言ってくれた。

ただ服の襟首(えりくび)をつかんで長時間飛ぶのは、服が破けるから無理じゃないか?と言う事になった。

そこで俺は一つのアイデアを出す。

縄をハーネスの様に両脇、両足の根元に通して力を分散(ぶんさん)させ、この縄を掴んだペッカーが飛んで、俺を運ぶのはどうかと提案(ていあん)したのだ。

ペッカーもそれには賛同(さんどう)、どうやら彼には重さなんて関係なくモノを(はこ)べる能力があるそうだ。

そこで人の目のつかない川の畔を目指すことになったのである。


さて、馬車がレナ川の渡しに辿り着くと、まるで人殺しの様な目で、学校関係者らしき人がウロウロしているのに出くわす。

しかもだ、年若の少年少女を見かけては威圧(いあつ)的に声を掛けている。

……まるで刑務所の看守(かんしゅ)の様な教育者達。

その目から”逃がさねぇぞっ!”と言う、恐ろしい気迫(きはく)が放たれる。

そんな様子を横目に、俺は建物の壁をよじ登って屋根の上に逃げだす。

屋根に辿り着くと、丁度(ちょうど)下では見知らぬ少年が「嫌だー!いやだーっ」と叫び声をあげ……


……ああ、犠牲者が生まれたんだ。

きっと一緒の馬車に乗っていたんだね。

彼の犠牲(ぎせい)は無駄にはしない。

……安らかに眠ってほしい。


彼が人の注目(ちゅうもく)を集めてくれている内に、俺はサッサと屋根伝いに逃亡を敢行(かんこう)

まるでスパイの様に人の目を()けながら、見知らぬ建物の屋上にあった、ロープを盗み。

渡しから離れ、人目につかない川岸へと逃げおおせた。

そして先程の川岸の場面になるのである。


◇◇◇◇


首の裏からググっと力が入り、そして全身が浮かび上がる。

背後のペッカーが、まぶしいほどの緑色の光を放ちながら、俺を掴んで空に飛び立った!

全身を包む濃厚(のうこう)な魔法の気配(けはい)、そして川の匂い……

高度はぐんぐん上がり、そして渡しや崖を見下ろしていく。


「すごい、(すご)いや!」


高い所が苦手(にがて)な人には(つら)いかもしれないが、俺は小さなころから高い所が大好きだった。

そのせいか、この風景の中で高揚(こうよう)感に胸が満たされる。

空中でぶらぶらと揺れる足元の不安定さも、恐怖と同時に楽しさを胸に運び入れた。


「ペッカーっ、もっと高くに行ける?」

「げぇ―!(任せろっ!)」


さらに高く飛ぶペッカー、空気は冷たくなり、そして風が()(すさ)ぶ。

それをものともせずに、鳥は俺を運んで飛び続けた。

落ちたら死ぬと言う事は分かってはいるが怖くなかった、ただただ最高である!

眼下(がんか)にあれほど広大だった大河が過ぎ去る。

そして遠く遠くの山並みが、身近に感じる。


「げぇ―、げぇ―げぇ―(もう降りるぞ、どこに降りるか言ってくれ)」


やがてペッカーが(つか)れた様子で俺に声を掛けた。

俺は(あわ)てて周りの様子を見、そして遠くに見えた街道を指さして言った。


「ペッカーあの街道沿いに降りよう!」


天空から見ると、思ったよりも自分がどこに居るのか分からない。

無数に走る小さな街道が何なのか、眼下に点在する集落がどこの誰の領地なのか……

ただ、太陽の方角から大体ここが南だろう、と言う方角に伸びるあの街道。

直感だけど、あれが正解に違いないと思った。

目指す街道に向けて、羽ばたくのを止め、滑空(かっくう)し始めるペッカー。

徐々(じょじょ)に高度は落ち、森の木々や、岩場を(かす)めるように飛び交う。

上空よりもはるかに恐ろしい風景が、低い高度ではいつ終わるとも知れずに続く。

そして遂に森の切れ目から街道が見えた。

スピードが急速に落ち、そして柔らかに地面に辿り着く。

何歩か走りながら着地(ちゃくち)した俺は、流石に足が笑いだし、思わずへたり込む。


「げぇ、ぐぐぅぅぅわぁ(疲れた、俺は休むわぁ)」


ペッカーもお疲れだったらしく、彼はそう言うなりそのまま俺のポケットの中に(もぐ)り込み、そしてゼェゼェ言いながら体を横たえた。


「ああ、ハァハァ。お疲れペッカー、ありがとな……」


俺はへたり込むや否や、ナイフを取り出してハーネス代わりの縄を()()き、体を自由にして座り込んだ。

楽しかったけど怖かった、今でも心臓がバクバクする……

やがて動悸(どうき)が収まった俺は、荷物を背負い直して街道を南へと向かう。

次の集落で情報を集め、王都に向かう乗合馬車を探す為だ。

小麦街道にさえ出れば、王都には間違いなく辿り着く。

まずはここから小麦街道を、目指さなければならない……




―二時間後……


あれからしばらく歩くが、人が住んでいる家が一軒もない。

打ち捨てられた廃屋(はいおく)と、使う人もいない井戸(いど)(いく)つか見かけただけだ。

そして、まともなベッドでしばらく寝て居無い体は、その節々(ふしぶし)がどこか痛い。

特にひどいは足のむくみと関節(かんせつ)で、絶えず体のどこかしらに鈍痛(どんつう)が走る。

……(ほほ)もだ、熱を持っている。

軟膏(なんこう)のおかげか、()れていないのが唯一の救いかな……


一度立ち上がってからは、休むことなく歩き続けた。

普段から体力をつけていた事が、ここで役に立つ。

夜になっても、荷物を背負いながら歩く俺。

ところがだ、悲しい事に途中見つけた井戸で、ノドの(かわ)きを(うるお)したが、食事は(いま)だにとれないでいた。

(はら)遠慮(えんりょ)なくグーグー鳴る。

食料の手配(てはい)を忘れた事に後悔(こうかい)する。


(ああ、子供の頃の空腹(くうふく)って()(がた)いものがあるな……)


別に一食二食抜いたからと言ってどうと言う物ではないと思うが、店長やっていた時の空腹の辛さよりも今の方が辛い気がする。

だから子供が「おなかが空いた!」と言って(あば)れるのか……と(みょう)(なっ)(とく)がいった。

さらに悪い事にペッカーもいつもの様にご就寝(しゅうしん)し、話す相手も居なかった。

気を(まぎ)らわせる方法も無い。

……こうして孤独(こどく)に歩き続ける。

歩くと言う単調(たんちょう)作業(さぎょう)が、先程の空腹と年齢(ねんれい)の違い等々……そんなどうでも良い発見を俺にもたらした。

(ひま)だからである……


やがて街道沿いに一台の小振りな幌付(ほろつ)きの荷馬車(ワゴン)が止まっているのが見えた。

人の気配が珍しかった事もあって、思わず近寄る。

近寄ると(まき)が火にくべられた独特(どくとく)(にお)いが、(ただよ)ってくる。

パチパチとはぜる焚火(たきび)の音と、赤い光、白い(けむり)が俺に人の気配を伝える。

荷馬車に近付くと一人の女性がどこかくたびれた顔で火に手をかざしていた。


「あのすみません……」


俺は耐えきれなくて彼女に声を掛けた。

目を見開き、彼女が俺に目線を投げる。


「すみません、食料を分けてもらえませんでしょうか?

お金なら持ってます、結構(けっこう)持ってるんです……」

「……あなたは誰?」

「ああ、すみません。

ガーブウルズから来た、ゲラルドです。

王都に向かう途中なのですが、食料がなくて……」


彼女は俺を頭から足元まで見ると、周りを見て「ひとり?」と尋ねた。

俺が「はい」と答えると彼女は手招(てまね)きして、火の(そば)に来ることを許した。

焚火の光と、その匂いはどこか安心させる力がある。

その安堵(あんど)感の中で、彼女はパンと塩漬(しおづ)けの豚肉、そしてまだ青いリンゴをだして「これしかないけど……」と言った。

俺は「ありがとうございます、これで十分です!」と言って路銀(ろぎん)の中から銀貨(ぎんか)を3枚出した。

彼女はそれを受け取るとフライパンを汚れた布で()き、そして豚肉を焼き始める。


この臭いにペッカーも起き出し、そして何も言わずにリンゴを食い始める。

彼はヴィーガンなので野菜しか食わないのだ、キツツキなのに……

ペッカーは半分眠たい目で存分(ぞんぶん)にリンゴを食うと、又何も言わずに俺のポケットの中に戻った。

この様子を見て、彼女は「あなたのペット、個性的ね……」と言って笑った。


「そうですね……個性的じゃないペットは、これまで()った事が無いですね」


姉貴は普通のペットを飼っていたけど、俺のペットと言えばあれだ、(うた)って(おど)って(しゃべ)れて飛んで、そしてファラオな連中だけである。

……別に俺自身、(ちん)(じゅう)ハンターではなかったはずなのにどうしてこうなったんだろう?

まぁいいや、食事をとろう。

食い残したおペッカー様の残り物を食べ、肉が焼けるのを待つ。

やがて焼けた肉とパンを(たい)らげ、一息(ひといき)付けた俺は彼女に感謝(かんしゃ)の言葉を()べた。

彼女は「これだけの事で300サルトも(もら)えて悪いわ」と言った。


「いえお気になさらず……」

「ガーブウルズから来たと言ったわね、もしかして脱走(だっそう)?」

「うぐっ!」

図星(ずぼし)ね、まぁよく居るわよそう言う子……」

結構(けっこう)見かけるんですか?」

「ここはレナ街道(かいどう)って言って、小麦街道の幹線(かんせん)(つな)がる支道(しどう)なんだけど皆小麦街道に出るとすぐに捕まるから、いったんここを使って山向こうの合流地点を目指すの。

だから腰に剣をぶら下げた、身なりのいい腹ペコの子供を見たら大概(たいがい)は脱走少年ね。

あなたはガーブの騎士の所で小姓(こしょう)になっているでしょ。

主は心配しないの?」

「どうしてです?」

「あなたもう14歳ぐらいでしょ?」

「いえまだ自分は9歳です」


よその国では小姓つまりペイジは8歳ぐらいから始める、アルバルヴェでは11歳の義務教育終了後だ。10歳で義務教育は終了する。

つまり年上に見られたと言う事だ、思わず笑って首を振る俺に、女性が感心したように言った。


「嘘ぉ!あなた()けてるわねぇ……」


ガクッと来た!

老けてるって、老けているってそんな……


「アハハハハ、ごめんなさい。

貫禄(かんろく)がある、そう貫禄があるわよアナタ。

脱走少年だけど……あっはっはっはっ!」


なんぞっ、なんで俺は初めて会った女に笑われないといけんの?

……理不尽(りふじん)だわぁ。


「まぁね、人生色々あるよね。

私も君と似たようなもんだから。

私も逃げている最中よ……」

「借金取りから?」

「言うわねぇ、アンタ。

私ね、こう見えていい暮らししていたんだ。

ブティックの針子(はりこ)をして、貴族の夜会(やかい)服とか作っていたんだ。

それでまぁ出会いがあってね。

好きな人が出来たのよ。

立派な騎士様でね、それでまぁ……恋人だったのよ。

私お父さんいないからさぁ、年上が好きで。

で、子供が出来ちゃった訳。

それでその人の傍に居られなくなってね、それで逃げ出したのよ……」

「フーン……」


人生は色々だ。

嘘であるかどうかを疑うことなく、ただ彼女の言う事に耳を(かたむ)ける。


「私から子供を取り上げようって、その人の奥様が言うの。

私には育てられないからって……

冗談(じょうだん)じゃないわよ、失礼な話。

お前と違って私には腕があるって言うの!

伯爵(はくしゃく)寝間(ねま)()だって私は作ったことがあるんだから!

お前と一緒(いっしょ)にするんじゃないわよっ!

あははははは」

「あ、あのご婦人(ふじん)……」

「ご婦人じゃないっ、お(ねえ)(さま)と呼びなさい!」


え?(ねえ)さんて(とし)では……

あ、いえお姉様かしこまりました。


「分かりました、じゃあ俺の事はラリーと呼んでください」

「ラリーね、うん分かった。

あんたおっさんみたいだけどよく見ると可愛(かわい)い顔しているわね」

「そうですか?」

「きっといい男になるわよ、チンピラみたいな目つきしているけど……」


そう言うとお姉様は「がハハハハハっ」と豪快(ごうかい)に笑いだした。

……なんだろう、嫌いじゃないなこの人。

俺は短い時間ですっかりこの人と()()け、普段(ふだん)話さない、故郷(こきょう)に残した彼女の話などを話した。

その結果「遠距離はもたないから止めなさい……」と言う、実にありがたいアドバイスを貰う。

……なんてこと言うんだ、この人。


そうこうしている内に姉さんの旅のお話になった。

どうやら彼女は護衛(ごえい)も無くどうやら一人でこの荷馬車と、一頭の馬で旅をしているらしい。

物騒(ぶっそう)じゃないのか?そう(たず)ねるとお姉様は「物騒よ、世界はまだまだ……それでもこの国はまだいいけどね」と言って笑う。


「私ダナバンド王国から来たの、そして少し“悪い事”をしてお金を貰うの。

そうしないと、自分のお店が持てないから。

(やと)われている内は、お金は貰えない、自分で仕事をしないとね……」


彼女の言う“悪い事”の内容は聞けなかった、(さっ)して口をつぐむ俺。

やがて俺は答えてくれないかも?と思いながらこう尋ねた。


「この荷馬車でどこまで行くんですか?」

「荷馬車は次の街までかな。

そこで知り合いにこれを引き渡すと、代わりに王都までの乗合馬車の切符(チケット)をくれるの。

アタシ本業(ほんぎょう)は針子だから、王都に行けば仕事はあるし、それで子供と暮らすつもり」

「ふーん、俺もあれです。

王都に父親が居るので、そこまで帰るつもりです」

「そうなんだ、じゃあ明日まで一緒に来なさい。

子供が一人じゃ大変よ。

明日はホーツリッツの街に入るから、そこで乗合馬車の王都行きに乗ると良いわ」

「いいんですか?」

「歩いてホーツリッツに行くのは大変よ、馬車に乗っていきなさい。

子供なんだから、ねっ!」


こうして俺は面倒(めんどう)()のいい、このお姉様に助けてもらう事になった。

このお姉様流の野宿(のじゅく)は大変興味深いスタイルだった。

荷馬車の下に麻布(あさぬの)のをひき、その上に寝転(ねころ)がると言うモノである。

こんな経験初めてなのでビックリだ。

そして今晩このお姉さんの(かたわ)らで寝る俺。

野宿だって初めての経験である。

興味(きょうみ)()いたので、どうしてここで寝るのかを聞いてみると。

荷馬車の中は荷物が散乱(さんらん)して、足が伸ばせないから、天気がいい日はこうして寝るのだそうだ。

なるほど納得である、見上げる星空も大変綺麗(きれい)だし悪くはない。

だけど果たして寝れるかな?

そう思っていたが俺だが、足を()ばして寝るのは実に久しぶりで、思ったよりも()ではない。

なので気が付いたらそのままぐっすり寝てしまった。




翌日朝になり、周囲(しゅうい)が明るくなった事で目が覚める。

目が覚めた瞬間(しゅんかん)ペッカーと路銀(ろぎん)の存在を確かめた。


良かった、ちゃんとある……


本能的に熟睡(じゅくすい)したことに恐怖した。

野宿の危険はバームスやら、ジリから聞いていたので何事も無かったことに安堵(あんど)である。

同行者がそのままお金をもって逃げるケースが大変多いそうだ。

今回は信頼(しんらい)のおける、良い人に(めぐ)り合えたとほっとする……


「起きた?」


不意(ふい)に声がしたので、その方角を見ると、焚火の傍では、昨晩出会ったお姉様がヤカンに火をかけていた。


「お湯だけど飲む?

生水を飲むより体にいいわよ……」

「ありがとうございます、頂きます」


俺は遠慮せず頂くことにした。

こうして朝日を()びながらお湯と肉、そしてリンゴとパンと言う、昨日食べたものと全く同じ物を朝食として食べ、俺はガーブウルズで味わった9か月間を、多少誇張(こちょう)しながら面白おかしく彼女に披露(ひろう)した。

彼女は特に幽霊(ゆうれい)の剣士の話を聞いて目を輝かせ、そしてバームス親分の無理難題に大笑いである。


こうして一しきり朝食を楽しんだ後、俺は荷馬車の後ろに乗り、そして彼女は御者(ぎょしゃ)台の上に乗って馬を歩かせる。

道中彼女は俺の知らないダナバンドの歌を(うた)い、そして俺はその様子を耳にする。

ペッカーは(ほろ)の中を飛び回り、荷馬車の荷物を興味深げに確かめる。

これを見ると(やっぱ動物なんだなぁ……)と思ってほのぼのとした思いを持った。


やがて道は悪路(あくろ)に差し掛かり、ガタガタと激しく()(はじ)める。

そんな荷馬車の中で、一つの荷物の(ひも)がほどけ、中の荷物が(こぼ)れ落ちた。

(もと)()った場所にしまおうと、(ひろ)(あつ)める。

すると零れた荷物の正体は、綿(わた)(つつ)まれた大量の宝石だった


「…………」 


お姉様は悪路に負けじと馬を制御(せいぎょ)し、道を右に左にジグザグと必死に進んでいる最中だった。

(うし)ろを()()いた形跡(けいせき)はない。

俺は見なかったことにして、そっと零れた荷物を元に戻し、そして紐を(しば)りなおした。

ペッカーもすました顔で、俺の肩にとまる。


……宝石の話をしようか。

アルバルヴェでは琥珀(こはく)以外の宝石は取れず、全部輸入である。

その為外貨(がいか)流出を(ふせ)名目(めいもく)で、宝石には高額(こうがく)贅沢(ぜいたく)税が、輸入業者に()せられる。

その為宝石を密輸して、しれッと販売するケースが後を絶たない。

店頭で普通の値段で売るだけで、莫大(ばくだい)差益(さえき)が生まれるからだ。

税金がかかっている宝石と、同じ金額で販売すれば、税金を払っていない宝石がどれだけの利益率になるか分かるだろう?

同じ宝石でも全然儲(もう)けが変わる。

だからこんな(あや)しい持ち込まれ方をした宝石と言うのは大概非合法なものだ。

昔俺と喧嘩(けんか)したルシナン伯爵の息子の家が、男爵へと降格(こうかく)したのも、宝石密輸に(かか)わったからである。


俺はとにかく何も見なかったことにして、お姉さんの素性(すじょう)は知らないことに決めた。

さて道は続き、馬車は進む……

お姉様は時折(ときおり)馬に、川の水を飲ませ、道草(みちくさ)を食わせながら、山の端沿(はぞ)いの道を()でるように進む。

昼を過ぎ気温が一番高くなる時刻(じこく)

彼女が道を登りきったところで御者台から俺に声を掛けた。


「ラリー、街よ!」


俺はその声に(うなが)されるまま、馬首(ばしゅ)の先にある道の向こうを、荷馬車の幌の中から見た。


「あ、ああ……」


ホーツリッツ……小麦街道とレナ街道の交わるところにある大きな街である。

見た瞬間感嘆(かんたん)の声が上がった。

街の建物が、城が……(やわ)らかで優美(ゆうび)印象(いんしょう)で出来ている。


「ああ、武骨(ぶこつ)じゃない……」


思わず最初に()れた言葉は自分でも思いがけず、こんな言葉だった。

ズーン、とかドーン……ていうあの重々(おもおも)しさから解放(かいほう)され、日差(ひざ)しの中で(きら)めくような街の美しさに思わず涙がこぼれる。


(ガーブウルズじゃない……

この景色はガーブウルズじゃない!

元の世界に戻れたんだ……)


何故か見ていたら涙がこぼれる。


「ぶ、くくくく……」


そんな俺の様子を見て、彼女は笑いをこらえきれない。


「ガーブから逃げる子は、まずこの街並(まちな)みを見て故郷(ふるさと)を思い返す子が多いみたいね。

昔から仕事で、何度かこの界隈(かいわい)に来たから、何人か送ったことがあるけど……

皆アンタみたいな反応(はんのう)をしていたわ。

そんなにガーブウルズって違う所なの?」

「ええ、久しぶりにシャバに出て初めて分かったのですが……

アレは外国ですらありません、刑務所です」

「そんなに厳しいの?」

「きっと強くは成れるでしょう。

だって、それしかやる事も無い世界ですから……」


娯楽(ごらく)喧嘩(けんか)、やる事は訓練(くんれん)、生きる為に狩猟(しゅりょう)、認められる為に勝利(しょうり)……

それが剣士達の聖地(せいち)、ガーブウルズの全てである。

あそこで暮らして弱くなったら目も当てられない。むしろ何をしていたのか聞きたい。


それと対照(たいしょう)的な風景が目の前にある。

それが文明世界の光に満ちたホーツリッツの街並み。

それは王都、セルティナの日々を思い起こさせた。

……俺の生まれ故郷(こきょう)はセルティナ、光り輝く美しい町。

あそこで暮らし続けていたら、きっと(やさ)しい人間に育つだろう。

実際パパも、兄貴も姉貴も、そしてママだって王都に居た頃は優しかった。

イリアン、シド、殿下(でんか)にルーシー、イフリアネ、クラリアーナ。

(みんな)、親切な人ばかりだった。


……あ、ボグマスは(きび)しかったな。


とにかく王都には野獣(やじゅう)みたいなやつが(はば)()かせると言う事は無かった。

王都に居た時から喧嘩っ早い所があった俺だが、それがガーブウルズではますますそれが()()まされてしまった。

ママだってあんなにピリピリした人ではなかったのである。

それを思うと悲しさがこみ上げた。


(本当の俺はあんなキラキラした街に居た時の俺なんだ)


ホーツリッツの街を見ていると、不意にそんな確信(かくしん)が胸に沸いてきた。

うっすら涙がこぼれる。

そして心に浮かぶのは王都に素晴らしい日々の記憶(きおく)だった。

そこで俺はこう思う。


(今回の件が終わったらパパに頼んでセルティナに帰ろう、そして本当に自分を取り戻すんだ。

男爵家の息子らしい暮らしをして、野生動物として強い自分を目指(めざ)すのはもうやめよう)


都会らしい都会を見た瞬間それを希望した俺。

ソードマスターになる為の修業だったら、ボグマスの下でやればいい。

彼だってソードマスターなんだから不都合(ふつごう)はないはずだ。

そう言う考えが胸に(ひび)く。

これまでの生活のリズムが、こんな風景を見ただけで、もろくも崩れて行くのが分かった。

……人は弱い生き物である。




ホーツリッツの街に入り、俺は謝礼(しゃれい)金貨(きんか)を無理に彼女に渡すと、そのまま乗合馬車の駅舎(えきしゃ)に向かい、彼女と別れる事になった。

分かれしなに彼女は、こう言って俺を送り出す。


「じゃあねラリー、あたしはあの丘の上のお屋敷で仕事してくる。

あのあたりの宿屋に今日は泊まるから、何かあったらネルネさんを(たず)ねに来たと言いな。

王都は遠いけど頑張(がんば)ってね……」

「ありがとうネルネさん……」

「ネルネさんじゃない、お姉様!

ふ、ふふ……じゃあね」


そう言って意気揚々(ようよう)と馬車を走らせて、目の前を通りゆく彼女。

その幌を見送りながら(いい人に会えてよかった)と感謝の気持ちで胸が満たされた。

俺は背中の荷物を背負い直し、目の前の駅舎に入る。

中は非常に活気があった、いくつかの目的地に応じてカウンターが異なり、それぞれに乗客が並んでいる。

そして王都行きの馬車を探す。

調べてみると、どうやら馬車を()()いでここから一週間の旅の様だ。

前回ママと一緒にガーブウルズに向かった時は、その倍以上掛かったが、アレは雪が所々積もる冬だからだったらしい。

……納得である。


「次の方どうぞ」


列に並び、順番(じゅんばん)を待っているとしばらくして俺の事を係の人が呼んだ。

そこでカウンターの前に進み出る。


「最初の馬車は夕方に出発しますがどうしますか?」

「お願いします」


俺は一刻(いっこく)も早く王都に辿り着きたくて、駅舎の係員にそう言って頼んだ。

俺は路銀の大半をはたいて、王都行きの切符を買う。

切符の値段(ねだん)だが想像以上に高かった。

海外旅行並みの運賃(うんちん)がかかるのである。

馬車の時代の旅行がこれほど大変だと知ってびっくりした。


さて夕方までは時間がある、そこで久しぶりにこの文明的な街並みを楽しもう。

そうウキウキしながら駅舎を出た俺は、お世話になったお姉さんが向かった道の先に足を延ばしてみる事にした。

丘に続く道はガラの悪そうな男が、日当たりの良いベンチでたむろっているのをよく見かける。


(あんまり治安がよさそうな場所じゃないな……)


お姉様も悪い事していると言っていたし、そう言う人が集まる街区(がいく)なんだろうな。

行って見て()えたらこれはこれで面白い。

多分逢えないだろうけど……

そう思って歩いていると、悲鳴(ひめい)にも似た声が響き渡った。


「話が違うじゃない!」


その声に聞き覚えがある俺は立ち止まり耳をすます。

ポケットからペッカーも首を出し「げぇ、げぇぐぐぅぅ?(おい、あの声はあの女の声じゃねぇか?)」と俺に告げる。

俺は急ぎその声のする方に足を向けた。


するとそこにはやはり先程分かれたお姉様がいて、ガラの悪そうな4人の男に目を吊り上げて怒鳴(どな)っているところだった。

そしてその(かたわ)らにはあの幌付きの荷馬車がある。


顔役(かおやく)のアンタが恥ずかしくないのかっ!

私はあんたの望んだ通りにこの馬車をここまで運んできたんだ!」


すると男達はニヤニヤと笑ってこう言った。


「だからと言って俺も犯罪(はんざい)(おか)す訳にはいかない。

お前さんは騎士(きし)ヨーフス様のお子様を連れて逃げてしまったんだからなぁ」

「子供を連れて?

馬鹿言ってるんじゃないよ、私は誰も子供を連れて逃げた覚えはないね!」

そう言って身の潔白(けっぱく)を訴えるお姉さん、すると彼等は笑ってこう言いた。

「ハハッ、馬鹿言っちゃあいけないよ。

え?お前さんは嫡子(ちゃくし)を連れて逃げたんだ。

ほら、お前さんのおなかの中に居る子がそうだ」

「な、何を言っているんだい?

私はただの針子だよ、奥様ではないし嫡子だなんて……」

「分からないふりはやめろ、ヨーフス様の家には子供は居ない。

仕える家人もヨーフス様が死んだら()()りになる、(いえ)()える訳だからな。

だがようやく子供が生まれた、後は庶子(しょし)だろうと何だろうと嫡子として育てれば済む話だ……

あんたにはご苦労だが、俺達もさ。

こんな話をつい先日聞いたばかりなんだ。

外国の騎士家とは言え、さすがに騎士家に(にら)まれる様な事はさすがに出来ねぇ。

悪いがあの話はなかったことにしてもらうぜ!」


その話を聞いたお姉様はワナワナと(くちびる)(ふる)わせて悲鳴(ひめい)のように(さけ)んだ。


「アタシを(だま)したね!

この国の人間は!

アルバルヴェ人は嘘つきだっ!」


聞いた瞬間俺の胸が痛んだ“そんな事無いよ”と言ってやりたいと思った。

ところが目の前の男は良心(りょうしん)呵責(かしゃく)は感じないらしく、お姉様にふんぞり返りながら言った。


「ダナバンド人に対してはそうだ。

俺は身内(みうち)には親切な人間なんでね。

あ、そうそう。荷物はありがとうな……

(れい)にダナバンドまでの旅費(りょひ)はこっちで持つよ、じゃあな」


奴がそう言うと取り巻きの男が、下卑(げび)た笑いを浮かべながら言った。


「……と、言う訳だ。

ヨーフス様の所に一緒に来てもらおうか!」


そう言うと男達はお姉さんににじり寄っていく。

その様子に恐怖も(あらわ)に後ずさりするお姉様、それはさせまいと男達も逃げ道を(ふさ)ぐように動く。


「げぇ、げ―げぇ!(野郎、目にもの見せてやる!)」


この話を聞いていたペッカーが(こらえ)()れない様子でそう(つぶや)いた。

彼は俺のポケットから飛び出して、上空へと、幌付きの馬車に向かって飛び立つ。

何をするかは知らないが、奴が(たくら)んだら大概悪い事が……いやこの場合は“素敵(すてき)な事”が起きるので黙って見送る。


気が付くと、この騒動(そうどう)野次(やじ)(うま)も集まり、皆してお姉さんの不幸を見届けようとし始めた。

俺はここで()(ごと)を起こしてやろうと、ウキウキしながら奴らに声を掛けた。


「何が“俺は犯罪は犯せない”だ。

お前達だって立派な犯罪者じゃないか!」

『何?』


4人の男は(すご)んだ目で俺を見つめる、俺の前の人垣(ひとがき)が割れ、俺と4人の男を(へだ)てるものが消え失せる。


「ラリー!」

「ラリー?どこのガキだか知らねぇが与太(よた)こくとタダじゃ置かねぇぞ!」


俺は顎を上げ、挑発的に見降ろしながら奴に言った。


「嘘(与太)話ぃ?俺を(うそ)つき呼ばわりしようって言うのか。

上等(じょうとう)じゃねぇか、テメェは契約(けいやく)も守れねぇ嘘つきのクソ野郎で、(くわ)えて(あや)しげなチンピラじゃねぇか。

テメェ、(かがみ)見て物を言ったらどうなんだ、アン?」


俺が(こと)(さら)そう言って(あお)り立てると、連中は見る見るうちに顔を真っ赤にし、そして俺に近寄(ちかよ)って来る。

その最中、ペッカーが幌の中に飛び込み、そして何か荷物を引っ掴んで外に飛び出す。

彼は幌の上に荷物を()せると器用(きよう)に袋の紐をほどいて、俺に邪悪(じゃあく)な笑みを見せた。


……お前、最高。


「はい注目ソコのチンピラと野次馬の皆さん、今からみんなにプレゼントでーす」


そして俺が指さすと、ペッカーが「げぇーっはっはっ!ぐぇーっはっはっ!」と素敵な笑い声をあげながら、ポイっ、ポイっ!と白い綿(わた)(かたまり)をみんなに()(あた)え始めた。

その現場(げんば)に、全員が目を向ける。

拾った人は、石畳(いしだたみ)の道の上に落ちたその綿を開くと、興奮(こうふん)して叫んだ!


「宝石だっ、宝石だぞ!」


ペッカーはその声を()くと、凶暴(きょうぼう)な顔で「ぎゃぁぁぁぁぁっはっはっはっ!」と笑いながら更に景気よく宝石を投げる。

それが合図(あいず)で、全員が幌の上のペッカーめがけて走り始めた。


「それは俺の、俺の宝石だぁぁぁっ!」


お姉様ににじり寄る男達も例外ではない、彼等は宝石めがけて突進し、綿(わた)を持つ人間を(なぐ)()ばし、そして(うば)(かえ)そうとしだす。


「え?えっ、ええ……」


この展開(てんかい)について行けず、お姉様は茫然(ぼうぜん)とここに立ちすくむ。

俺はこの機会(きかい)を逃さず、手にした王都行きの切符(チケット)をもってお姉さんに近付いた。


「お姉様!」

「ラリー……」

「コレ(チケット)上げる、急いで乗合馬車に向かって」

「でも……」

「夕方(の便)だから間もなく出るから」

「貰えないわよ!」

「時間がない、もし問題が起きたらセルティナの魔導大学分校の剣術学校に行って、ラリーから貰ったって言えば良いから」


ここで遠くのチンピラが、俺の様子に気が付き「あ、女が逃げるぞ!」と叫び出した。


「お姉様行って!時間がないからっ」


俺がそう言うと、お姉様は一つ大きく(うなず)いて丘の下めがけて走り出した。


「まてクソ(アマ)ぁー!」


男達は宝石を(あきら)めたのか、こっちに向かってくる。

出来れば大人しく宝石を拾って欲しかったが仕方がない、ここは殿(しんがり)(つと)めよう……


「このガキィ、よくも俺達を愚弄(ぐろう)してくれたな!」

密輸(みつゆ)(もう)けようとした挙句(あげく)強欲(ごうよく)()りつかれたカス野郎が良く言うぜ!」

「なんだと!」

「約束の報酬(ほうしゅう)も払わず、テメェは宝石も外国の仕事の報酬もモノにしようなんざ、アルバルヴェ人の風上(かざかみ)にも()けんッ、(はじ)()れ!」

「貴様ぁぁぁ!」


俺の挑発(ちょうはつ)に乗って、男達が威圧(いあつ)しながら近づき、そして俺に掴みかかろうと手を伸ばす。

俺はその手を掴み逆に引き込むように引っ張り、そして同時に俺自身は一歩体を半身(はんしん)回転するように素早(すばや)()み込む。

そして相手の足を持って肩で持ち上げて、相手を頭から叩き落とした


レスリング技の肩投(かたな)げ。

背中、後頭部を強打(きょうだ)した男は一瞬で意識を()()られる。


『野郎っ!』


さらに激昂(げきこう)する男達、目線が全て俺に集まる。

その一瞬をついてペッカーが、俺と男達の間に上空から宝石の入った綿をばら()いた。

それをめがけて群がる街の住民たち。

それを見届けた俺は(きびす)を返して逃げ出した!


「待てガキィ!ぶっ殺してやるぞぉっ!」


(むら)がる街の住民に手間取(てまど)り、初動(しょどう)(おく)れる男達。

毎日欠()かさず走っている俺である、(またた)()に連中を引き離す。

ところが連中は()()をわきまえていて、近道を通っては、俺を逃がさないように追い詰める。


「そのガキを捕まえろ!」


その声を聞きつけ、町でたむろうチンピラが次々(つぎつぎ)と俺を追うのに参加し始めた。

背負う荷物の重さにも俺も辟易(へきえき)し始める。

やがて俺は袋小路(ふくろこうじ)に追いつめられた。


「へぇ、ゼェゼェ、も、もう逃げられ……

ゼェゼェ……」


追いかけてくる連中もバテバテで、俺を追い詰めた事に安堵した様子だ。

奴らは勝った様にいやらしく笑い始める。


「おい、ガキ、観念しろ……」

「ハァハァ……ヤダね」

「このガキぃ、舐めてんじゃねぇぞっ!」


連中はそう言うなり剣やナイフを抜いた。

俺はそれを見ると、手を腰に下げた剣の柄に置いて言った。


「お前から剣を抜いたんだ、覚悟は良いんだな?」

「じゃかぁしい!

この生意気なクソガキが!

大人を舐め腐るのも大概にしろっ!」


俺はそれを聞くと剣を抜いた、そしていつものように剣を空に向け、屋根に構える。


「聖騎士流?はッはぁーん。

お前ガーブウルズから逃げ出したな、半端(はんぱ)なガキが()めた事を……」


奴が何かを言い終える前に、俺は後ろ足をこっそり前足に近付け、そして飛ぶように()み込んで相手の手首めがけて()()とす!

骨を切る手ごたえがして、相手の手首が空を飛んだ。


「…………」


そして無言のうちに下に落ちた剣を上に車輪(しゃりん)斬りで()ね上げる。

また別の誰かの手首が飛んだ。


「あ、あああああああああっ!」


飛んだ手首を追いかけて、男が俺の前から走り去る。

驚愕(きょうがく)する(まわ)りの男達。

俺は車輪斬りで上に上がった剣を、今度は頭の横に、牛の(つの)の様に()(さき)を相手に向けて寝かせる。 

()(うし)の構え……

そして俺を囲む男達の中で、威勢(いせい)のよさそうな男を見つけた俺は、次はコイツを殺してやろうと、心に決めてにじり寄る。


「狂ってる、このガキ狂ってるぞ!」


誰かがそう言った瞬間、男達はそのままこの場を全員で走り去る。


「はぁ、はぁ……」


随分(ずいぶん)とあっけない幕切(まくぎ)れであるが、(なぐ)()いだってこんなモンである。

5分と戦う前にカタが付くもんだ……

ソレよりも生まれて初めて人間を斬った、その事実が手元(てもと)感触(かんしょく)として残る。

正直ゴブリン狩りと何ら変わらなかった……

心臓をバクバクさせながら剣を服の(そで)で血を(ぬぐ)う。

追い掛け回されたからなのか、それとも初めて人を斬ったからなのか。

とにかく激しい動悸に見舞(みま)われ、手が震える。


「チクショウ……」


俺は剣を(さや)にしまうと、震える手を()んだり、振るったりして落ち着こうと考える。


(終わってからこれじゃあ()まらないな……)


どういう理屈(りくつ)か、頭は冷静さを取り戻したのに、心とバラバラに震え続く俺の両手……

本当は落ち着いていないと言う事なのだろう、飛んだ手の映像が頭をよぎる。

さて、それは良い……ソレよりもここから抜け出さなければ。

袋小路から素直(すなお)に出るのに抵抗(ていこう)と言うか、連中が出てきたときの事が頭をよぎる。

心の動揺(どうよう)ぶりから考えて、今日はもう(たたか)わないほうが良いと思った。

なので、見張(みは)られていそうな、大通(おおどお)りに出るのは気が引けた。

だからそのまま家の壁をよじ登って屋根(やね)(づた)いに立ち去る。


◇◇◇◇


こうして威勢よくケンカを始めたはいいモノの、その後はひたすらコソコソと隠れながら乗合馬車の駅に向かった。


夜になり、お姉様を乗せた馬車が旅立った後。

その付近の屋上で、下をうろつくチンピラを恐れながら俺は(たたず)む。


チンピラは宿屋から、馬車駅、そしてレストラン……とにかく余所者(よそもの)が立ち寄りそうな場所を見張り、俺を探す。

どうしましょうか?

正直分からない、チンピラが時折(ときおり)「女もガキもまだ見つからねぇのか!」と叫んでいるから、たぶんお姉様は逃げられたのだろう。

屋上で困り果てていると、ようやく俺を探し当てたペッカーがこちらにやってきた。


「げぇ(上手く行ったぞ)」

「ああ、ありがとう。

それはそれとして。見ての通りだ」

「…………」

「本当にありがとうね、ペッカー先生」

「げぇ……(ああそう……)」

「で、それはそれとしてなんだけど。

もう一つ仕事が出来まして……」

「ぐわ?(なんだよ?)」

「まぁこの様にだ、もう乗合馬車は使えない。

しかもお金も無くなった。

そこで、空で行こう!」

「はぁ……」

「お願いしますペッカー先生!

空を飛ぶしかないんです!」

「げぇ……(夜が()けたらな……)」




亀甲〇りも二度目なら、だいぶ慣れたものである。

俺達はそのまま夜まで屋根の上に隠れ、そのまま寝静(ねしず)まった夜にフライアウェイを決めてホーツリッツを後にした。

飛びながら俺は思った。

多分、二度とこの街に来ることは無いだろうと……


さて余談(よだん)だが、自分を縛っていると。なぜかムラムラ……まぁその話は別に良い。

ああ、チューしたい。

月を見ながら「あれがルーシー」と、俺は呟いた。

そしてペッカーは“死ね……”と呟いた。

こんな調子で、ここから俺の旅は4日に渡って続く事になる。


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