胎動……
―あれから3カ月後
「ぐ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ドッスーン
俺は派手な音を立てて、豪快に地面に投げ飛ばされた。
激しく打った背中の痛みで、一瞬息が止まる。
「ラリー、何度言ったらわかるんだ!
不用意に腕を上げるんじゃねぇ!」
「はい、すみま……ウッグ、げほっげほっげほっ」
なぜ俺が、投げ飛ばされたのか、そこからまず話さないといけない。
バームスに連れられたあの日から、俺とジリは“狼の家”で戦いの訓練を受ける事になった。
カリキュラムはそれぞれ少し異なり、ジリは剣術を、そして俺は主に格闘術を学んでいる。
そして今俺は、レスリングを師範代のゴッシュマ直々に掛けられたところなのである。
そんな俺に、溜息を吐きながら、ゴッシュマは言った。
「いいかラリー、お前さん剣術は中々だが戦いの術の基本は、むしろ肉薄しての格闘にある。
その中でもレスリングは基本中の基本だ。
王都では野蛮だからとかで教える奴は少ないと言うが、ここガーブではレスリングも出来なきゃいけねぇ。
殴り合いもだ!
剣を失ったらと言って、戦いが無くなるかと言ったそんな事はねぇ。
この首が体から離れるまで戦うんだ!
俺達が教えるのは戦いの術であって、上品とか、なんとかなんざクソっ喰らえ!
そう言うやり方だ……実際に戦場で戦う術だ!
分かったかラリー!王都での上品な教えなんざこの荒れ地(ガーブ地方)で通用しねぇからな」
「ハイッ!」
ああ、こいつはバームスの父親である。
……俺はかつて恐れていた通り、男の中の男の道を歩かされる。
俺は師であるゴッシュマの教えに返事をし、次に急ぎ立ち上がって前傾姿勢を取り、片腕を上げてゴッシュマに向ける。
「そうだ、ラリー。心折れるなよ。
もう一回だ!」
◇◇◇◇
まぁ毎日がこの様に過ぎる。
夕方、朝からぶっ通しで参加した訓練を終え。
俺は、ヘロヘロになりながら噴水のたもとに、ジリと一緒に休んでいた。
「ああ、疲れたぁ……」
「まったくだ……」
二人とも生傷が絶えず、そして筋肉は痛みと疲労でパンパンに腫れ上がる。
疲労で意識は朦朧とする、そして俺達は下着姿で茫然と夕方の空をいつまでも眺めている。
夏の夕方、汗ばむ俺達を風が優しく撫でる。
ジリはそんな中、疲労困憊の中で呟いた。
「俺……騎士に成れないかも」
それを聞いてびっくりしたのが俺である。
コイツが居なくなったら、俺が今度は奴らのしごきに耐えられなさそうだ。
こう言うのが正しいか分からないが、某魔法少女よろしく、俺の中ではジリとコンビで“二人はキシ(騎士)キュア”である。
そこで俺は必死になって彼を引き留める
「ふざけんな!お前逃がさねぇからな。
俺だけが苦しいなんて、絶対にダメだ」
「絶対にダメって……」
ム、反応が悪い。
確かにこの言い方は無いよなぁ……
そこで掌を反して説得してみる。
「すまん、ジリ。でも大丈夫だよ。
お前才能あるよ、だって剣を習ってまだあれだけ(だいたい半年)しか経ってないのに、もうこれだけ戦えるんだぜ!」
これは事実である、元々ゴブリン狩りをやって居たジリは戦いに対する勘が鋭く、学んで半年の頃の俺よりも剣が振れている。
……あの頃の俺は6歳ではあるが。
まぁ細かい事はどうでも良い、とにかくこの男が逃げるのを阻止せねば……
そこで別の視点から、訓練のメリットを説くことにした。
「それに今これより実入りが良い仕事がない。
畑の手伝いで一日50サルトの仕事なんてお前やれるか?」
「……無理、お前と会ってから稼げるようになってさぁ。
俺、贅沢になったもん。妹も……」
そう、かつてジリは稼いだ僅かなお金を病で苦しむ妹に用立てていた。
妹にはおいしい肉を、自分は塩漬け肉の脂身を齧りながらだ……
しかし俺と出会って効率よく狩りをするようになり、結果彼の生活が劇的に変わった。
彼は妹と一緒に贅沢ではないが、おいしい食卓を囲み、家の丸太小屋をさらにもう一棟、人を雇って立てた。
この新しい丸太小屋は作業小屋兼、物置として使っている。
この様にして稼げるようになったら、その分だけ彼の生活水準は上がる事になった。
だから昔やっていたような低い給料の仕事を、嫌がるようになったのだ。
それを思い返し、ジリはさらに憂鬱そうな声でこう言った。
「それに、実は妹を今年の冬はガーブじゃなくて別の暖かくて空気の良い場所に移そうと思うんだ」
「え!悪いのか?」
「……医者が常時滞在している場所を探している」
ジリははっきりとは言わなかったが、口ぶりから妹ちゃんの容態が良くないことが伺えた。
「昨日会ったときは元気そうだったのに」
「……夜、空気が冷えると血を吐くんだ。
夏の今でこれだ、冬になったらとても……」
不意に身近に感じた死の匂いに、俺は心の奥底から寒気がこみ上げた。
舌の根が痺れ、そして俺は可愛らしいラーナちゃんの姿を想像して、首を振った。
あの子が居なくなるなんて、想像もしたくない……
俺は力ない声で「俺に出来る事があれば言ってくれ」と言った。
ジリは「ああ、ありがとう」と答える。
彼は次に踏ん切りがついたのか、さっぱりとした声でこう俺に告げた。
「ラリー、今俺はこの仕事を辞める訳にもクビになる訳にもいかない。
俺の歳でこれだけ貰える仕事は他に無いしな……」
「ああ……」
「妹の、治療費を稼がなきゃ」
「ああ!」
「なぁ、少し休んだら、俺の剣の構えを見てくれないか?
他の奴らに聞いても『見ればわかる』と、しか言わなくてさ、どこがどうダメなのか教えてくれないんだ」
「マジか!分からないから聞くのに、見て分かれば苦労はないよな」
「ほんとだよ、特に赤毛!アイツ本当に偉そうでさぁっ……」
……俺とジリの関係は、今こう言う感じである。
こうやって互いに高め合い、そして支え合いながら笑い、そしてこの苦しい訓練を共に過ごす。
そう言う日々を過ごしている。
会話が途切れた時、不意に夕日で赤い空が目に入った。
その先にある金色の太陽は老いぼれ、昼間見せた苛烈な輝きを失っている。
……その姿は悲しくも美しい。
俺はそれを見ながら、隣にいるジリの事を思い(ああ、これが剣友かぁ……)と思った。
剣友と、夕日との間に関連は無い。
ただこの時間にそう思っただけである。
だが、同じ苦しみ、同じ喜び、同じ不安、そして共通の敵、共通の話題……
これらを共に分かち合う友は、やはり何かが違って見える。
それが“剣友”とはこういうモノだと言う、確信につながったのだろう。
なぜかこの時間に……
もちろん故郷の殿下、シド、イリアンに対して親しみが無くなった訳ではない。
ただ彼等は親友であって、剣友ではないかもしれない。
ジリとは一緒に苦しみを分け合っているという点で、殿下達とは異なる気がした。
……いやいや何を思っているのやら。
きっとそんな心の声を聞かれたら、俺は彼等と友人ではいられなくなる。
人は何より目の前のモノにすぐに影響される。いけないことだ。
ジリへの感謝はジリへの感謝であって、彼等と比べてどうすると言うのか……
「ラリー、どうした?」
不意に白昼夢に囚われた俺は、ジリに呼ばれて正気を取り戻した。
白昼夢に落ちた事も今気が付く。
俺はかぶりを振るい、彼に気付かれないように明るい声で言った。
「なんでもない、今日は疲れたよ。
さてと……ジリ、じゃぁさっき言っていた剣の構えを見せてみろよ」
「ああ、じゃぁちょっと頼むわ……」
こうして俺達は、日が暮れて剣の手元が見えなくなるまで、互いに剣やレスリングの練習をしてから帰った。
◇◇◇◇
同じ敷地内に自分の家があると言うのは相当便利なもので、俺はすぐに家に帰りつく。
歩いて8分と言ったところ、バルザック邸は広い物である。
元御者のワナウに出迎えてもらった俺は家の中に入り、居間に向かった。
「お母様、ただいま戻りました」
「あらラリーお帰りなさい」
ママはすっかりお腹も大きくなった。
来月辺り生まれてくるらしい。
ママは部屋の奥のソファーに半分寝るように腰かけながら、俺に言った。
「ごめんねラリー、私座ったままで……」
「へ?ああ……別にいいよ。
ソレよりもどう?
赤ちゃんお腹を蹴った?」
俺は生まれてくる赤ちゃんに、実は心ときめかせていた。
もう早く会いたい!
どんな子なんだろう、これまで年上の兄弟ばかりだったから、もう楽しみでしょうがない。
弟かな?妹かな?
俺は帰ってくるなりママのお腹に耳を当てた。
お腹の赤ちゃんは、俺の頭を蹴り飛ばす。
「凄い、ねぇお母様。いつ生まれるの?」
来月だと分かっていながら尋ねる、ママは苦笑いを浮かべながら「来月の中位かなぁ?」と答えた。
「男かな?女の子かな?……」
「生まれてくるまでは分からないわ。
ラリーはどっちが良い?」
「妹かなぁ?あ、でもベガ達みたいなのが生まれたら嫌だから弟かな!」
「あははは、あの子達は良い所もあるんだけどね」
そう言ってママは笑った。
「そう言えばポンテス達は居ないね?」
俺はふと、あの問題児達の姿がここに無い事に気が付いた。
「そろそろ帰るんじゃない?
最近外をうろついているらしいわよ」
そう話し合っていると、玄関の扉をカリカリと引っ掻く音が……
やがて元御者のワナウが扉を開け、ネコとキツツキが帰ってきた。
「ママにゃん、ただいまニャン!」
「二人ともお帰りなさい、最近遅いわね」
「ごめんなさいニャぁ……」
「いいわ、それよりもご飯にしましょうか」
そう言うとママはポンテスを抱き上げ、皆を引き連れて食卓へと向かう。
ウチのクソ猫は、ノドをゴロゴロ爆音を響かせ、ママの腕の中でご満悦だ。
こうしていつもの様に夕飯を食べていると、不意に猫が言った。
「そうニャ!小僧。
面白い物を見つけたから教えてあげるニャ。
家の傍にこんなのがあったと、きっと言うニャ!」
「ほう、何があるんだ?」
「まぁ来れば分かるニャ」
猫はそう言ってもったいぶったように笑った。
なので夕飯を食べた後、俺はネコに連れられて外に出た。
猫に案内されたのは、キレイなコスモスが咲いているところだった。
そこで猫が振り向いて行った。
「大変ニャ、このままだとママにゃんのお兄さん死んじゃうニャ!」
「どういう事だよ!」
実は呼び出された瞬間、何となく嫌な予感がしていた。
ポンテスが俺を連れ出そうとする時は、何か秘密を打ち明ける場合が多いからだ。
ポンテスは言う。
「叔父さんの顔を見た事はあるニャ?」
「ある訳ないだろ、ずっと寝て居るのに」
「……もう長くないニャ」
「え?」
「今お前の叔父さんは、体内に流れる時間を止める魔法で時間を稼いでいるだけニャ。
4人の魔導士が交代で、魔法をかけ続けているニャ。それで生きてるニャ。
でも、この前一人事故で倒れたニャ……」
「え?それでどうなるの」
「3人の魔導士で時止めの魔法陣の維持は難しいニャ。
実際魔力が枯渇して、何時間か毎日魔法がかかって無いニャ」
「そんな……叔父さん」
「だから今、あの屋敷の中は、一体だれが次の男爵になるのかで話し合っているニャ」
「そうなのか……」
「皆助からないと思っているニャ。
……ニャーはこんな事たくさん見てきたニャ。
多分ママにゃんも小僧も皆大変な目に合うニャよ……」
「え、どうして?」
「ママにゃんを保護しているのは、あのマルキアナ男爵夫人ニャ。
そしてマルキアナ夫人は、叔父さんが眠っていても“生きている”から男爵夫人ニャ。
そして二人の間に、男爵の位を継承できる男の子は居ない。
と言う事は、このままだと次の男爵は、マルキアナ夫人と全く血縁関係のない人に必ずなるニャ。
爵位継承者はそれしかいないからニャ。
だからもし叔父さんが死んだら、マルキアナさんはただの元男爵夫人ニャ。
すると新しい男爵は、ママにゃんと血の繋がらニャイ余所者になるニャ。
だとしたらお前の叔母さんはどうなると思うニャ?
ニャーの予想では、この屋敷から追い出されるニャ。血縁も何もないものに、誰も優しくなんかしないニャ。
それに、言ったら悪いけどニャ……
お前の叔父さん親戚から恨まれているニャ。
ペッカー先生が、窓の外で聞き耳を立てて調べてくれたニャ。
……余所者は、決してママにゃんを歓迎しないニャ、きっと追い出そうとするニャ。
ニャーは幾つもこんな家を見てきたニャ。
今回も絶対にそうなるニャ……」
話を聞いた瞬間俺は自分の足元が、恐怖と共に崩れ落ちるような感覚に襲われた。
顔からも血の気が引く。
これからどうなるのか分からなくなった。
そんな俺に、ポンテスが言う。
「皆が諦めているニャ、ただお前の叔母さんが、ママにゃんには、それを伝えないでいるみたいニャ。
もうすぐ赤ちゃんが生まれるから、遠慮しているみたいニャね」
「そうか……」
「小僧……もうこの手しかないニャ。
話を聞いてほしいニャ」
ポンテスはそう言って俺の目を覗く。
逆に俺はポンテスの言葉に驚いた。
まだ手段が残っていると、彼が言ったのだ。
「前、話したことを覚えているかニャ?
エリクサーの話ニャ」
「エリクサー……ああっ!」
「もし叔父さんを助ける事が出来るとするニャら……もうこれを使うしかにゃいニャ」
「そうか、そんな事を言っていたな……
どこにある?」
「王都のおウチにゃ。
誰かに取りに行って貰えれば……
ただ、エリクサーは売れば一生遊んで暮らせるだけのお金が入るニャ。
そうでなくとも苦しんでいる身内なんて、誰でも腐るほどいるニャ。
お願いする人を間違えたら、間違いなくエリクサーを持って居なくなるニャ……」
「分かった、それなら俺がとって来る。
何とかママを説得して、そして……」
ここまで言い切って、俺はふと気が付いた。
9歳の男の子を一人で行かせる親が居るだろうか?
ここから王都までは、馬車を使っても2週間かかる。
それに路銀はどうなるのだろう?
だがポンテスは俺がそう申し出る事を待ち望んでいたようで「よかったニャ!ママにゃんを説得してみようニャ」と言った。
……この時初めて分かった。
ポンテスとしても、信頼できる人が、俺しか心当たりが居なかったのだ。
だからポンテスは本心から、安堵した様子だった。
「すぐに旅立てるとは思えニャイから、実はこっそりニャーが魔法で、魔導士の代わりに叔父さんの体に流れる時を止めているニャ!
実は最近ニャーが遅いのはその為ニャ!」
「……ポンテスお前」
何百年も生きている筈のポンテスは、なぜかこの俺の家族の為に全力を尽くしてくれている。
彼にしてみれば自分を飼った、幾つもある家の一つに過ぎないはずなのに……
貴重な思い出の品である、エリクサーまで使ってまで、俺の家族を助けてくれる。
俺はその事を思い、涙が浮かんだ。
「感謝するニャよ」
猫はいつもの調子だった、尊大でおどけたポンテス。
その様子に思わず笑みがこぼれ、そしてこう答える。
「あ、ああ……感謝する。
感謝するよポンテス。
ありがとう、ありがとうな……」
俺はこの偉そうな猫に、生まれて初めて感動し、そして初めて心から感謝した。
こんなにも俺達の為に懸命になってくれて、本当に申し訳ないと思った。
俺は屈んで猫に抱き着き、そしてこいつを抱きしめて男泣きに泣いた。
猫は珍しく嫌がらずに俺の抱擁に身を任せる。
「ママにゃんには内緒ニャ。
お腹の子供が生まれて、体が良くなるまで。
分かったニャ?」
「うん、うん。
グス、ぐす……
分かった、出来るだけ急いで王都に行くよ。
それまでお前もしんどいだろうけど……」
「ニャーに、ペッカー先生もいるニャ。
任せるニャ!ニャーは凄いんニャよ!」
おどけたポンテスの不思議な明るさに慰められ、そして俺は誓った。
ママにさっそく王都に行きたい、パパに会いたいとお願いすると。
それがこの絶望的な状況をどうにかするただ一つの道なのだ。
なので彼に約束した“明日、お願いする”と……
◇◇◇◇
「ああ、ママがあんなに怒るなんて……」
俺は翌日の朝、ここ最近の日課である“狼の家”に向かう途中で、今朝起こしてしまった事件の事を考えた。
俺達は勢いに任せ、早速朝ママに、王都に帰りたいとお願いをした。
どうなるのか分からないから(無くなっている場合もある)エリクサーの話は伏せながらだ。
ところがだ、俺の話を聞いたママは、まぁキレるキレる……あんなに怖いママの顔を見たのは久しぶりだ。
彼女は「お前は私を裏切って、あの男の元に行くと言うのか!」と静かだけど、苛烈な言葉で俺をなじった。
あまりの恐ろしさに、俺は黙り、隣のネコとキツツキも沈黙する。
その後は何も言えず、俺は急いで仕事場に逃げ出してきたのだ。
……ああ、パパのDNAを感じます。
彼もこうして職場に逃げ込むことを選んだんだね……
こうしていつもより早く“狼の家”に辿り着くと、クリオン・バルザックの像の前でたくさんの男達が……
なにやってるんだ?
「お、ラリー!ちょうど良かった」
俺が戸惑ってこの様子を見ていると、その男達の群れから、バームスが現れて俺に声を掛ける。
「どうしたんですか?」
それに返事を返すとバームスが言った。
「ラリー今日の訓練は無しになった」
「え?」
「気に入らねぇが、マスターワースモンが、弟子の敵討ちの為にこれから悪魔の谷に入る。
あの野郎、ダブリャン家を動かして、大々的に“母無し子”を追い込むつもりよ。
俺達には許可を与えなかったと言うのに、忌々しいクソ野郎!」
バームスがそう言うと後ろの連中が「嫉妬するなよバームス!」と言ってゲラゲラと笑う。
「笑うなっ、クソがぁ!」
『あーっはっはっはっ!』
バームスの抗議に対し、お構いなしとばかりに笑うワースモン配下の剣士達。
バームスはまるで赤鬼の様に顔を真っ赤にしながら、この屈辱に耐える。
「くっそぉぉぉぉぉっ。
……見ての通りだ、クッソ忌々しい。
ジリには今使いを出した。
お前達は今日、こいつらを案内しろ、この連中は悪魔の谷の事が全く分からん」
「え?だってこれまでの偵察は……」
「ライオ・フレル・ダブリャンと、ワタレル・ワーマロウの命令だ、とても逆らえん。
いいかラリー。仕事はしろ、ただし親切である必要はない、分かるな?」
バームスはこれまで大金をはたいて“母無し子”を追い続けた。
俺達に払ったお金も相当な額に登る。
これまで溜めた悪魔の谷のレポートや地図はその証だ。
それをタダで横からかっ攫おうとする行為に我慢がならないのだ。
それが分かる俺は「分かります」と言って答えた。
バームスは頷き「それじゃぁ、ジリを待って出発だ」と言った。
次に彼は「ついてこい」と言って、一人の男の元に俺を連れて行った。
連れて行かれた先には、日差しに輝く一人の男が、仲間を引き連れ立ち話をしている。
聖甲銀の鎖帷子に全身を包み、品良く笑う一人の男。
だがその口元にどこか凄みを讃えた老人である。
バームスはそんな老人に近付くと、普段見せない礼儀正しさで声を掛けた。
「マスター、ご挨拶をよろしいですか?」
「うん?バームスか……どうぞ」
「こいつと、あともう一人が後で皆様を案内します。
私はここから離れなければならないの、まずはこの男から……」
するとバームスは目線で、俺に挨拶を促した。
俺はそれに答えて「ラリー・チリです、よろしくお願いいたします」と言った。
マスターワースモンは一回大きく頷くと、俺には何も言葉を発することなく周りと会話を続けた。
まるで俺なんか目にも入れない様子である。
それがあまりにも自然だったので、特に何も感情を荒げる事も無かった。
バームスはその様子に慣れているようで、俺の肩を抱きながら言った
「ラリー、後でジリが来たらお前がここまで連れて挨拶をさせるんだ。
ではマスター失礼します」
ワースモンは一瞬バームスの顔を見ると、大きくなずいてやはり会話を続ける。
俺とバームスはこの場から離れた。
「いいかラリー、ワースモンはなんだかんだ言ってもマスターだ。
決して怒らせるなよ、賢く働くんだ。
良いなっ!」
「分かりました」
「後、それと……」
そう言ってバームスは目線で一人の男を指し示した。
「あいつの事に目を配れ」
「誰です?」
「ガストン・カルバン。
連中は今回、アイツに手柄を立てさせたいらしい……
どんな腕前なのか、目を配れ……」
「はい……」
「じゃぁ、俺は行く。後は頼んだ」
バームスはそう言ってこの場を離れた。
ジリが来たのは間もなくである。
そして彼の到着を待って、一行は悪魔の谷を目指した
石鹸の匂いに満ちた、服装で……
評価、お気に入りありがとうございます。
それらがモチベーションになっております。
作品の良かったところ悪かったところ、ありましたらコメントしてください。
いつも読んでくださり、大変感謝しております。