4馬鹿が行く!
ガサガサ、ゴソゴゴソゴソ……
「あったよ、鉄の剣だ!」
遂にシドがお目当ての剣を発見した。
あれから俺達は大学付属の剣術学校の、ボグマス個人用の用具室に忍び込み、鉄製の武器を探していた。
何故なら生徒の用具置き場には、自分用の鎧兜がそれぞれちゃんとあるが、武器は安全のために木剣しかないからだ。
あんな化物(偽ポンテス4号)を打ち取ろうと言うのだ、切れ味鋭い剣が必要だろう。
シドは発見した剣を構えると、どうやら思っていたのとは違ったらしく、首を振って王子様に「両手剣だけど誰か振るえる?」と聞いた。
『…………』
俺達は全員黙って首を横に振るった。
大人が振るう両手剣はでかく、そして重い。
当たれば一発であの化け物を倒せそうなほど、頼もしいゴツさではあるが、いかんせん8歳の俺達には無理がある。
そこで俺達は片手剣、または片手用の馬上刀を探した。
用具室に何がどれだけあるのかは、シドが把握していて、彼はいくらか悩んだのち全員分の剣と小盾を持ってきた。
鉄の剣やら小盾を構えていると、その頼もしい重さが、俺達の気持ちを高揚させる。
よし、此処はチャンプの俺が切り込み役をやってやる……
俺は“この中で自分が一番なんだ”と、自分に言い聞かせ、あの化け物にいの一番で飛び出してやるんだと心に決める。
……万能感が湧いてくる“俺は出来る!”と自分を信じた。
……興奮が俺の心を逸らせる。
俺は高まる気分に唆されるまま、鉄の剣を手に取り、そして誰もいない虚空にブンと振り上げ……ピギャァァァァァァァァッ!痛いぃぃぃィッ。
「ラリー大丈夫?」
イリアンが心配そうに俺に尋ねる。
「な、何が?」
「始まる前から涙目になって、すごく痛そうだぞ?」
声なき絶叫を、無言で豊かな表情と共に表現した俺。
手が……掌が裂けるように痛い!
しまった、軟膏をつけ忘れた。
乾燥した掌が異常に痛い!
ヤバイなんてもんじゃない、これは“ヤヴァイ”だ!
とはいえこれから俺達は初陣を迎える。
掌が痛いから辞めますなんて言えるはずがない。
此処で脱落したら、こいつらに一生言われるのは間違いないだろう。
それには耐えられないと思った俺は、さわやかな笑顔を一つ浮かべると、イリアンを勇気づけるように言った。
「大丈夫だ、問題はない」
「いや、涙目で、かつ引き攣った笑顔で言われてもさぁ……」
あっれぇ?上手く誤魔化せなかった……
この様子を見て、王子様は盾と紐を俺に渡して言った。
「ラリーそれじゃあ君は盾役だ」
「それじゃあ、誰が攻撃を……」
「僕がやる」
「え?」
「ラリーの次に強いのは僕だ、僕がやる」
そんな!俺が無理に押しとどめようと口を開くと、フィラン王子はこれまでよりも強い口調で言った。
「これは命令だラリー!君は盾役に専念しろ」
「ですが……」
「ラリーっ!」
強く有無を言わせない、彼の言葉に、思わず息をのむ俺。
逆らえない……王家の人間だからなのか、生来の威厳ともいうべき迫力で、俺に否は言わせない迫力が彼に備わる。
だから俺は「分かりました、では僕は命を懸けて殿下をお守りします」と答え、盾を受け取るや否や、取っ手に紐を通し、肩から盾をぶら下げた。
……話は変わるが盾は手に持つものと、この世界に来るまでは先入観が俺にはあったが。
実際の運用だと状況によっては両手を自由にできるよう、肩からこうして紐をぶら下げるのは珍しくはない。
騎士の絵で、体の半分を大盾の様な、鎧の一部のようなもので覆って歩いている絵をよく見るが、アレはこの様に盾を肩から紐でつるしているからである。
ぶら下げた盾を手で持って相手の攻撃を受け止めたり、肩からぶら下げて両手を自由にできるようにして戦っているのだ。
某宇宙戦記のハマなんちゃら様が乗っていた、キ〇ベレイと言うロボットの姿がこれに近い。
……まぁ、アレは巨大な肩当てだけどな。しかも両肩。
コレは両手剣や、両手持ちのメイスを使うための知恵で、甲冑に身を包んだ相手にも、重たい一撃を加える事ができる。
実は甲冑を着た相手は本当にとどめを刺すのが難しく、むしろできない場合が多い。
片手剣では全身鎧(甲冑)の隙間から剣を突き入れないと、まずもって不可能だ。
剣術の試合で有効打の事を色々言われるのはこうした理由からである。
……さて話が脱線したので戻そう。
こうして俺達は各員武装を整えた。
俺は盾と短い片手剣、殿下は片手剣を両手もち、イリアンも同様で、シドは馬上刀を手にした。
俺達は互いに鎧の装着を手伝い、ついに武装を完了する。
殿下はそんな俺達の様子を見て、興奮のあまり顔を真っ赤に上気させると、 俺達に「皆、手を出してくれ」と言った。
こうしておずおずと差し出された、俺達の手。
その手を取った殿下は、その手を自分の手に重ねると、仲間の目を見ながら言った。
「今日がどんな結果に終わっても、僕は今日のことを一生忘れない……」
彼はまっすぐな目でそう俺達に告げた。
この言葉で、俺はなぜか満たされたような心持になった。
そして静かに微笑んでうなずく。俺だけではなく、イリアンもシドも同様に頷いた。
殿下はそんな俺たちの顔を見渡すと「皆、初陣だ!」と言い、次の瞬間、景気よく集まった手を上にぱっと払いのけ、勢いよく叫んだ。
「行くぞ!」
◇◇◇◇
少女は目の前にいる変な怪物になぜかおずおずと手を伸ばした。
周りの大人たちはその様子に顔面を引き攣らせる。
「バフン、フニャン……」
偽ポンテス4号は変な鳴き声を発したのち特に何も言わずに、少女の成すがままにされる。
少女が尻尾を握りしめても、特に不快な表情も見せない。
この様子に少女はキラキラとした目を、嬉しそうに大きく見開きながら言った。
「ネコちゃん!」
いやいや、蝙蝠の翼が生えて、瞳が七色に光るのはネコじゃないだろうと思うが、少女的にはネコ認定に至ったらしい。
とにかく嬉しそうにそう言った。
それを見て直感的に自分も触りたいと思ったのだろう、一人の男の子が女の子のマネをしてネコに触った。
バッシーンッ!
ところがこっちはすごい音を立てて、高速ネコパンチを食らい、男の子は床に吹っ飛ばされる。
こんな目に合わせられると思っていなかったのだろう、悲しむというより、びっくりした顔で床から偽ポンテス4号を見上げる男の子。
その子に向けて、偽ポンテス4号は不気味な声で言った。
「バフ、男は……嫌いフニャン、バフンバフ」
「ヒック……ふぎぃ、ふわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
嫌いと言われていい気がするはずもない、痛いやら悔しいやら悲しいやらで男の子はガン泣きした。
彼は親にそのまま抱えられるようにここから連れ出される。
女の子も同様に猫から引き剥がされた。
「お、おのれ化け物めっ!」
小さい子供がいなくなったのを見計らって、兵士が槍で偽ポンテス4号を突き伏せようとする。
次の瞬間偽ポンテス4号は天高く飛び上がり、空中で翼をはばたかせ、別のテーブルに着地する、そしてそのままそのテーブルの食べ物を食べ始めた。
こうして荒ぶる偽ポンテス4号。
コイツは会場に混乱もたらし、離れた場所に面白がる見物人の群れを誕生させる。
……そんな騒乱の最中、ソードマスターのボグマスが、グラニール・ヴィープゲスケ男爵。つまりパパさんに相談を持ち掛けていた。
「ええ、そうです。あの猫と同じ種類の人形を、つい数日前にラリーから貰いまして……」
ボグマスにはあの乱入してきたへんてこな生物に心当たりがあった。
……ついこの前、ボグマスはゲラルドに偽ポンテス2号を貰ったばかり。
なので当たり前だけど4号を見て、心当たりがある。
とにかくその話を聞いてパパさんは、静かな微笑み人形のような表情で呟いた。
「ラリーがまたやりましたか、マスター……」
感情もなく、どこか淡々とした声のパパさん。
ボグマスは「いや正確にはあの子ではないのです、男爵ご安心ください。これまでと違って、今回は関与が薄いはずですっ!」と、努めて明るい声で励ました。
パパさんは「今回は……かぁ。これまでを聞くのが怖いね」と、素敵な笑顔で囁いた。
「……あ、ああ。お気になさらず」
そんなパパさんの笑顔に、内心恐怖したボグマス。
彼は落ち着いてもらえるよう、パパさんにそう答えるしかない。
そんなボグマスに、真顔になったパパさんが言った。
「とにかくマスター。知っている事を……」
「はい、ラリーの話だと。
この猫は姉貴が作ってくれたものだと」
「ああ、そうですか。
そうですね、若干ウチのネコによく似ているからそうなんでしょうね。
何故マスターはそれをご存じで?」
「実はついこの前、息子のおもちゃにどうか?と、ラリーに貰いまして……」
「なるほど……」
「あんなに人を騒がせるものではなかったのですがね、ただ犬みたいな鳴き声で歩き回るだけで、翼なんてなかったのですが……
まぁその、スゥー。ふぅ……
ちなみに御作りになったのは、ベガ様、アイネ様、ウィ……」
パパさんはハイライトの消えた目で、兵士と大立ち回りをする偽ポンテス4号をみると、次の瞬間ここから離れたところで、慌てふためく自分の娘のうち、問題ばかりを起こす3姉妹を発見した。
「ベガ、ウィーリア、アイネェェェェッ!」
もう次の瞬間我慢がならなかったパパさん。
彼はそう叫ぶと、すごい勢いで3姉妹に向かって走り出した。
3姉妹はやばいと思ったのだろう、次の瞬間脱兎の如く逃げだした。
「逃がすか貴様等ぁぁぁっ!」
次の瞬間、彼は高速で空を飛び、娘に向かって飛び掛かる。
瞬く間に3姉妹を拘束するパパさん。
3姉妹は、パパさんに捕まると観念したのか、いまさら『ごめんなさい、パパぁ』と泣いて詫び始めた。
「お前たちは何であんなものを用意したんだ!」
するとベガが泣きながら言った。
「ヒック、この国でしか……ヒック、できない研究をしようと思ってぇ」
まぁ普段なら魔導の発展に貢献したと言う事で、ほめる事もあるが今日はさすがにそんな気分になれない。
パパさんは激怒しながら「あんな不気味な生き物はこの国にもいないだろうが!」と叫んだ。
するとウィーリアが「でも、パパがいつも独創的な魔導を組みなさいって……」と言う。
「独創的な魔導を組むと言うのは、あんな化け物を作る事じゃない!
第一アレをどうして今日のパーティに持ってきたんだ!」
するとアイネが急いで言葉を発した。
「持ってきてないよ!
私達研究棟に、あのアホな弟のネコと一緒に監禁しておいて……
判ったパパ、真犯人はあの喋る猫だっ!」
「お前達だっ!
第一なんでポンテスを監禁したんだっ!」
責任を回避しようとしたアイネを叱りつけ、パパの怒りはさらにエスカレートする。
ただパパさんも時間がない、会場では偽ポンテス4号が派手な大立ち回りをしている。
急いであれを鎮圧したいパパさんは、目ギラギラと血走らせながら娘たちに言った。
「あのネコは一体何なんだ?
一体どういうモノか説明しろ」
するとベガが、ゴクリと唾を飲み込みながら言った。
「わ、分かった。
あのねパパ、アレはウッドゴーレムの骨格に、皮で出来た外殻と、毛を生やしておいて、そして関節部分に魔石を入れた軟骨を入れた物なの」
次にウィーリアが言った。
「で、その異なる素材をつなぎ合わせるためにマンドラコラで作ったノリを使って、魔導的に一つに合わせたの。
術式もサークルではなくて、小さなスクエアをラインでつないだ、今流行りの術式に、新しいアイデアを加えたモノなんだよ!」
次にアイネが言った。
「でね、兄貴の奥さんのナファリアさんがすっごい出来る人で出来る人で!
魔力を使って動かすんだけど、最初に起動させたらご飯を食べる事で、エネルギーを補給できるようにしたんだ!」
「……そうか」
パパさんはその話を聞いて眩暈が止まらない。
3姉妹は……反省してない。
たぶん研究で業績を上げたとしか思っていないのだろう。少なくともパパさんにはそう思えた。
パパさんはこのアホ娘たちの話を聞き続けるのが嫌になり、痛む頭をさすりながら静かに3姉妹に尋ねた。
「そんなことはどうでも良い、あの化け物はどうやったら止まるのだ?」
『…………』
3姉妹は顔を見合わせた。
本来ならあの人形は壊されたくはなかったが、さすがにこれ以上はまずいという意識が働く。
そこで三人は互いに頷き合いこう言った。
「あのネコは牙も無いし、爪も無いからパンチしかできないんだ。
だからそのまま攻撃して外殻を破壊できれば止まるよ」
「でも、その前にたぶん動きが止まると思う。
食べ物をエネルギーに変えるって言っても、やっぱり魔力に変換するのに時間もかかるし、効率も悪いから……
もうすぐ止まるんじゃない?」
それを聞いてパパさんは、少し安堵したような顔を見せるが、次の瞬間娘達の目を睨みながら言った。
「本当だな?それなら今からお前達で……」
そう言いかけた時だった。
背後のパーティ会場で大きなざわめきが起こった。
「殿下っ、おやめくださいっ、殿下ぁっ!」
パパさんはその声に驚き、そして振り返った。
そしてこの場から見たのは……武装して怪物と対峙する、4人の武装した少年たちの姿だった。
「嘘だろ、嘘だろぉぉっ!」
遠くからでもわかる、息子と殿下……所謂王の言う所の4馬鹿が、危険も顧みず偽ポンテス4号と対峙している。
もしフィラン王子の身に何かあったら、流石のパパさんもタダでは済まされない。
下手したら死刑だってありうる……
焦るパパさん、何も考えずに体が動いた!
パパさんは再び空を飛び、そして会場に戻る、そして4馬鹿を威嚇する偽ポンテス4号に飛びついた!
その結果激しい勢いで床に、偽ポンテス4号ごと墜落するパパさん。
「ぐ、うぐぅぅぅ……」
痛みで息が出来ない、背中をしたたかに打ち付けた。
「ばう、バウッ……」
偽ポンテス4号もその体に大きなダメージを負い、ヨタヨタとしながら立ち上がろうとしている。
翼は折れ、前足が曲がった偽ポンテス4号。
そんな怪物に息子と王子が武器をもって群がる。
そして弱った偽ポンテス4号を、子供たち全員が手にした武器や盾で、タコ殴りにしはじめた。
「ラリー!もっと強く抑え込めっ!」
「分かった!この偽ネコめっ」
「バウッ、バウッバフン!」
小盾を使って上からのしかかり、ネコの動きを封じるゲラルド。
やがて一瞬のスキを突き、王子が手にした剣で、偽ポンテス4号の首を刎ねた。
「はぁ、はぁ……取った!」
首を刎ねた瞬間、王子は息も荒げ、そして誇らしげな表情で勝ち名乗りを上げる。
そしてあの偽ポンテス4号の動きも止まった。
こうして会場を騒がせた猫型ウッドゴーレムの最後は、あっけなく訪れるのである。
この様子に、会場は不思議な戸惑いが広がった。
そんな時だった……ホリアン2世がパチパチと一人拍手をしながら、興奮する息子の元に近寄る。
「はぁ、はぁ……お父様」
フィラン王子が上気した声でそう声を掛けると、ホリアン2世は厳かな声で言った。
「控えよ、王子……」
その声で“ㇵッ”となった少年達4人は畏まって跪く。
その様子を見て満足そうに頷いたホリアン2世。
次に彼は、床にうずくまる幼馴染の様子を見て、そして“ニカッ”っと笑うと、そのまま豪快な笑い声で叫んだ。
「ふ、ふフフフ、フハハ、フハッフハハハ!
これは面白い余興だ!
一体いつからこんな手の込んだものを用意していたのだグラニール!」
その声にびっくりしたのはパパさんや、子供達である。
ただその声を聴いた他の参加者は「なんだ、余興か……」と言い、これまでの混乱が嘘のように落ち着きを取り戻した。
この様子に面食らう少年達、パパさんはすぐさま立ち上がり「一週間前からひそかに用意していたものです、陛下!」と言って、頭を下げた。
「フハハ、面白い余興だったが、少し驚かせすぎだ!
反省せよグラニール!」
「申し訳ございません……」
パパさんがそう言うと、パラパラと拍手も響き、この場は丸く収まる。
ただし、パパさんに対して王はボソッと「後で話がある……」と呟き、先ほど偽ポンテス4号に殴られた子供に労いの言葉と、お詫びのしるしに、自分のハンカチを上げた。
パーティが終わったのはそれから間もなくである。
参加者にとってはこれで終わりを迎えたものかもしれないが、残念な事にパパさんのパーティはここからが本番なのである。