幕間……新たな舞台に向かって
少し話の時間は戻って、剣術大会の日の事。
この年のアルバルヴェ王国の剣術大会8歳の部では、じつはフィラン王子が名前を偽り、宰相であるクラニオール・マウーリアの息子として出場していた。
そして準々決勝まで勝ち進んだのだが、そして惜しくも敗れてしまった。
だが初出場でベスト8は決して悪い結果ではない。
実際、この結果に父であるホリアン2世はある程度の満足を覚えていた。
フィラン王子は幼少期、本ばかり読んで限られた人としか会話もせず、父であるホリアン2世を相当やきもきさせた。
しかし今や昔と打って変わって、ごくごく普通の子供と同じように活発な表情を見せる。
……その姿がホリアン2世には素直に嬉しかった。
彼はその一部始終を、会場となった練兵場から離れた、王宮で見ている。
使用したものはかつてママさんがパパさんを懲らしめるために使ったものと全く同じ魔道具である。
術式の籠った水晶で息子の試合の全てに目を通し、そして息子の戦う雄姿に一喜一憂するホリアン2世。傍には妻であるフィオリナ王后や母であるレリアーナ皇太后も座って見ていた。
他の息子の剣友達の様子も、現地の家臣から音声で伝えてもらいながら、彼等は息子の成長に目を細め、そして興奮する。
家族は息子が一勝あげてははしゃぎ、そして敗北を味わっては怒りを見せ、感情もあらわに息子の応援に余念がなかった。
そして残念ながら敗退が決まった時、ホリアン2世は悔しそうに唇で人差し指の腹を抑えながら「フィランには来年がある……」と呟き、次に彼の健闘を拍手で讃えた。
「よかった、立派になって……」
近くでは王后のフィオリナが、フィランの姿に涙を浮かべる。
「本ばかり読んで、極僅かな人にしか心を開かず、どうなる事かと思っていたのに。
子供は勝手に、きちんと育つのですね……」
そんな妻の言葉にホリアン2世も「そうだな……子供は自分で考えているものなのだな」と呟いて、嬉しそうに笑った。
やがて水晶は別の場面を映し始め、フィラン王子と、いつも一緒の友人達ゲラルド、イリアン、イリアシドが楽し気に話している場面が映る。
それを見てホリアン2世はイタズラっ子のような顔で言った。
「さてさて、あの4馬鹿、次は何を企んでいるか……」
すると横の妻は「陛下、フィランのお友達をその様に言う物ではありませぬ!」とたしなめる。
后の叱責に王は特に堪える様子もなく「それはすまない、ご婦人」と言ってニヤリと笑った。
ホリアン2世は息子が同年代の男の子、特に他の剣術学校に通う貴族にも声を掛けて、少年剣士団を結成したことを知っており、彼らがどんなことをするのか興味をもって見守っている。
その事が大人になった後の、息子の才能の開花に繋がると思ったのだ。
小さい頃あまりにも大人しかったので、心配だったが、少年剣士団を作ってその旗頭に息子がなったと聞いて“やはりあれは自分の息子だ”と実は嬉しかったホリアン2世。
やんちゃだった自分に、似たところが出てきた次男の姿に、昔の自分の姿が重なる。
「同じ学校の剣士は、誰が残っていますか?」
そう一人思っていると、不意に同席していた王太后が声を上げた。
「母上、後はグラニールの息子と、大公配下のキンボワスの娘が残っているようです」
そう言って王はふと気が付いたのだが、王都に無数にある剣術学校の中から、ボグマスの弟子が結構上位に残っている。
しかもボグマスは貴族の子弟以外の弟子はいない。
この国の剣術大会、不正は一切許されず、どのような身分であっても、実力で勝つことを義務付けられており、通常現場で実際に戦う事を義務付けられている騎士家出身者以外で上位に他の身分の子弟が来ることは例年無い。
ところが今年はベスト4に貴族階級から2人、騎士階級から2人と、キレイに同じ数進出してきたのである。
しかも一人は女の子。
この結果に、現地の貴族は皆抑制を利かせながらもはしゃいだ様子を見せ、騎士階級の者は、今年の子供の弱さを嘆いている様子だった。
(これは、来年あたりグラニールの学校に、貴族家の面々が剣を学ばせに、子供たちを送り込むかもな……
後でグラニールに投資を持ち掛けてみるか?)
これは王家の財産を増やす好機かもしれないと思った王は、王子が敗退したことで、水晶を撤去しようとした侍従に「まだ息子の友達が戦っている、もう少し待て」と言ってその手を止めさせた。
「まだご覧になるおつもりで?」
「ああ、フィオリナも見るがいい。
まったく期待はしていなかったが、もしかしたら息子は良い教師に巡り合ったやも知れぬ」
騎士の身分を失ったソードマスターのボグマスが、どんな教えを子供に施したか、見極めたくなったのだ。
幼馴染のグラニールの息子と会った後、なぜか明るい表情を浮かべ、活発に体を動かすようになった息子のフィラン。
あの日、王は羊が山荘を襲撃して来たりと、散々な目にあったが、逆にこれがショック療法のように息子に影響を及ぼしたのではないか?と考えた。
そこでホリアン2世は、この環境を継続し、変化を起こしてみよう、と思ったのだ。
手の込んだことに、息子の身分を偽らせ、そして、この出来上がったばかりの無名の剣術学校に通わせるホリアン2世。
実は特に大きな期待はしていなかった。
良くない結果が出たらすぐにやめさせようと思っただけである、しかしどうやら上手く行った様だ。
フィラン王子は活発な子供に成長し、利害を伴わない面白そうな学友に囲まれ、身分を明かした後では決して経験できないことを知る。
……騎士たちが通う剣術学校に合宿に行って、そこで驚くようなトラブルを起こしたり、騎士身分出身の子供と抗争をしたりと、自分の若かりし頃を彷彿とするような話も漏れ聞こえる。
そして、生まれて初めて、女の子にも夢中になった。
息子の話を他の人から聞くだけでも楽しい、それもこれも剣術学校に出て、彼が自分の幅を広げたからだろう。
だから彼はそんな場所を提供した、ソードマスターのボグマスと言う男に初めて興味を抱いたのだ。
……さて、そうこうしている内に大会の様子に変化が出た。
王子の剣友である女の子は準決勝で、非常に技術があるベイルとかいう子供に負け、そしてゲラルドは勝ち、決勝に進んだ。
その直後から現場では強風が吹き始めたので、皆風を避けて屋内にいったん避難をし始める。
風は現地から離れた王宮の窓も叩き、王は一度中断になった試合の様子を見ながら侍従に「息子に剣を教えるボグマスと言う男、なかなか巧みに教えたようだが、どんな男だ?」と尋ねた。
「その問でしたらグラニール学芸院院長様にお尋ねしましょう、もしよろしければ王のお呼びであると、院長様にお伝えしますが?」
「そうだな。そうしてくれ」
王はそう言うと、風に阻まれ中々再開しない現地の様子を静かに見つめる。
砂ぼこりで汚れる水晶の向こうの風景、吹き止んだり、また強く吹いたり、安定せずゴーゴーと鳴り響く風の音。
風も収まり再開される大会の決勝。
ところが現れたグラニールの息子は、戦う前から鼻血まみれだった。
『…………』
一同揃って沈黙してその様子を見、そして互いに目を見合わせる。
そして水晶は気を利かせたのか、頭を抱えて机に伏せたグラニールの姿と、意気軒高に叫ぶ彼の妻の姿を映し出した。
「プっ!わは、ワァーッハッハッハッ!」
「あは、あはははははっ」
「これは、可笑し……おーっほつほっ!」
もうこの様子に家族はみんな大笑いである。
「フィオリナ、これがグラニールだ!
アイツは昔からああいう奴なのだ!」
「ああ、可笑しい。陛下申し訳ございません……」
「まぁ良い、グラニールだから心配はない。
ですよね、母上?」
「ええ、グラニールは常に陛下に優しいので大丈夫です。
ああ、しかしそれにしても可笑し……おーっほっほっ!」
少し変わったところで王家に、アピールしたパパさんことグラニール。
「まぁ、これだからアイツには仕事は任せられないな」
と、つぶやくホリアン2世。
「よいではありませんか、グラニールは王家の内内の仕事についてもらっていますし」
と、王太后。
パパさんが聞いたら、青ざめてしまうような話をポンポン出しながら家族は、今見た風景の話で盛り上がる。
「グラニール殿は戦争で手柄を立てたと伺っておりますが?」
王后のフィオリナはそう言って王に尋ねると、王は嬉しそうにうなずいて、得意げに言った。
「うむ私が大将となって、ガルベル王国と戦争をした時、バジ・ワジールの川沿いで大規模な敵と遭遇戦となってな。
あの時のグラニールは凄かった、まず岩の塊を次々と発射して、川の水をせき止めた後その岩ごと川を凍らせてダムを造りおった。
おかげで川の水量が減ったのでな。
それで不利な戦況で逃げ場が無くなった我が軍を川の向こうに渡らせたのよ。
敵は焦って追撃してきたが、今度はグラニールが水をせき止めた岩や氷を火の魔法で爆散させて、それで連中は水に流され大半が壊滅よ。
敵はこちらを奇襲するためにそうしたらしいが、まさか我らと遭遇するとは運がない。
とにかくあの戦で、魔導士に対するみんなの目が変わったのは確かだな。
それまで魔導士が今の様に、世に必要とはされていなかった……」
ホリアン2世がそう言って、昔の事に思いをはせていると王太后が「陛下、そろそろ始まりますよ」と言って、決勝の始まりを告げた。
「そうですな……」
ホリアン2世はそう言って水晶の中の戦いに目を向けた。
試合は目の前でどんどんと進み、しばらく後に、戦いは一勝一敗へともつれ込んだ、そして時間が経つにつれ互いに警戒心もあらわに消極的な展開となる。
見ている方が焦れてくるような展開に、現地でも互いに注意と叱責が加えられる。
一旦仕切り直した時、ボグマスの声が水晶から漏れ伝わった。
『生意気なラリー、どうした?
そんな相手に合わせた剣はお前らしくもない、お前の剣はもっと自由でわがままな、火のように激しい剣だろ?
もっと自信を持ちなさい。
負ける事を恐れるよりも、自分の剣を失う事を恐れるんだ、いいなっ?』
その声を切ったホリアン2世は「……ほう、これは良い」と呟いた。
「なるほど“負ける事よりも、自分の剣を失うな”か……いい教えですね?母上」
王太后もこの言葉には感心したようで無言で静かにうなずいた。
そして再開した試合、引き絞られるように取られたゲラルドの貴婦人の構え。
戦いは次の一撃で決まり、見事グラニールの息子が勝者になる。
そして水晶は苦戦の後に、ゲラルド少年が額に冠をつけたところで終わった。
◇◇◇◇
「グラニール!あのボグマスと言う男はなかなかのものだなっ」
翌日さっそく学芸院に出勤してきたパパさんを召集し、ホリアン2世は興奮した様子で昨日見た大会の様子を口にしていた。
グラニールは揉み手をしながら「ハイッ!聖騎士流の奥義を修めた男です。きっとやってくれると思っていました」と答えた。
「つまり、結果は予想通りか?」
「いえ、さすがに今回はできすぎたと。
まだ剣術学校はできてから2年ですから……
ただ先に開校したこの付属の剣術学校のおかげで、大元の魔導大学の方にも問い合わせが集まり始め……」
王は(相変わらずこいつは話が長いなぁ……)と思ったので、話を切り上げてこう尋ねた。
「寄付の方も上手く集まったのか?」
「え?いや……これからだとは思いますが」
パパさんは自分がこれから作る大学が、王の関心を集めていることに驚き、王の顔色をうかがい始める。
「だが大変なのだろ?借金も多くしていると聞くが……」
これは事実である、パパさんは自分の名前で多額の借金をし、大学の建設費をかき集めていた。
そこで「ご心配戴き、申し訳ございません」と答えた。
するとホリアン2世は、慈愛に満ちた表情でこう言った。
「グラニール……もっと大がかりにやればよいではないか、きっとお金の心配も無くなろう」
パパさんは言われた意味が分からず、目をぱちくりさせて王の顔を見る。
すると陛下は一つ溜息を吐きながら言った。
「グラニール、そなたは本当にアホだなぁ」
意味が分からない、そう思ってパパさんが「は、はぁ……」と要領の得ない返答をすると王は滔々と喋りだした。
「お前は私と幼馴染だ、10歳のころからの友人など、私にはお前しかおらぬ。
……それがお前の良い所ではあるがグラニール。
どうしてお前はそんな私との関係を存分に使おうとはしないのだ?」
「え?しかし陛下!そんな個人的な付き合いを使って私事の為に……」
「ああ、グラニール、グラニール、グラニール」
「は、はい……」
「私事の為に使うのが問題なのだ。
国家の為なら何の問題もあるまい……」
「で、ですが大学の寄付を陛下にお願いするのは……」
「誰が寄付をすると言った!」
「え?」
「アホかっお前……
グラニール、私も学校に出資をしようと言っているのだ」
「ええっ!」
「まぁ、まぁ……それでは他の出資者も納得が出来ないかもしれないのだろう?
いきなり完成間際の大学に現れ、自分たちの出資分の比率が下がるような投資をする者が現れたとするならいい気はしない。
私が彼らの立場なら”何のことだ?”と思う。
だがこう考えて見よ、私が個人的に出資をした学校は、王立学校に準じる。
……そうであろう?
だとした学校に王家の紋章をつけることも許されよう、その様な学校なら生徒も通ってみたいと思うのではないか?」
「そうですね……」
「そうですね、ではない。そうなのだっ!
そして、今度私はその学校で開校の祝辞を告げる、その時に私もこの学校に出資していると言えばどうなる?
他の貴族もこの学校に寄付をするのではないか?
私と近付くのによい機会になるではないか!」
「な、なるほど……」
「頭を使え、頭を!
そしてそこで私はこういうつもりだ、その翌年開校する大公領の海洋大学。
あそこに息子を留学させるとな……」
「え!」
「いろいろ考えたのだグラニール、この機会を生かして大きく成果を勝ち取る方法をな」
「それは……素晴らしいです、流石は陛下!」
何が“流石”なのかは分からないが、ヨイショを絶やさないパパさん。
ホリアン2世はその様子を見ながら(あ、コイツ何もわかってないな……)と思ったので、説明を始める。
「いいかグラニール、私とシルト大公とは王位を巡って争っていた事もあってこれまで疎遠ではあった。
だがフィランは、その大公の一人娘に夢中だ。
だから、私は息子を海洋大学に通わせたい。
言うなれば人質に近いが、それだけに向こうも私がこれを機に関係を良くしたいのだと言う事を察してくれるだろう。
それにだ、もし将来の女大公の配偶者にフィランがなればどうなる?
王国の中に居る外国であるシルト大公領を、実質一つの王家で支配できるではないか」
「なるほど……」
「まぁどうしてもカルオーン家のままで行きたいと言うならそれもよい、王太子の治世において心配事が一つ減るのは間違いないからな。
何せシルト大公の次の次は私の孫だ、それはリファリアス(王太子)の甥と言う事になる。
大公領も落ち着く事だろう」
「分かりました、できるだけその様になるよう取り計らって……」
「いや、そのままでよい。
なんでもフィランが今せっせと大公の娘に自分を売りこんでいるそうだ。
……もう少し様子を見よう。
干渉しすぎるのもよくはない、自然のままで行けるのならそれが良かろう。
上手く行かなくても、大公家が王家に対して悪く思う事はあるまい。
こちらとしても大公家を大事にしているという、メッセージを送る事にはなるのだからな。
……そう言えば、大学に出資をするのだ。
大公領の海洋大学にも出資をしよう、そして魔導大学と提携をするのだ。
そうすれば学生の相互留学と言うのも話が弾む……
そうすれば20年後、30年後卒業生が国家の運営に参加する頃は、シルト大公も王国も、皆垣根もだいぶ低く感じるのではないか?
大公領も穏便に王国の一部としての地位に甘んじるやもしれぬ、悪くなっても対話が無くなることはあるまい。
学閥とはなかなか結びつきが強いものだからな。ようし、そうしよう……」
そう言うとホリアン2世は今言った自分のアイデアに夢中になり、パパさんの存在も忘れて自分の執務室に向かった。
パパさんこと、グラニール・ヴィープゲスケはその様子をみて溜息を吐くと、今聞いた話から自分がするべき仕事を推測しそのために何をするべきなのかを考え始めた。
◇◇◇◇
ちょうど同じ時刻、王都のヴィープゲスケ男爵邸に二人の訪問者があった。
一人はグラニール前男爵に雇われている、ソードマスターのボグマス・イフリタス。
そしてもう一人が同じくソードマスターの、ストリアム・ガスカランである。
ゲラルド達が勉強のために学校に行っている間は、ボグマスにも時間のゆとりがあるのでそれを利用しての訪問だった。
二人はそのまま訳を知っている使用人に連れられ、客間へと通される。
そしてソファーに座り、目的の人が来るのを待った。
しばらくすると客間の入り口から、明るい女性の声が響き渡った。
「あら、久しぶりじゃない。
ボグマスから話は聞いているわよ!」
彼女の名はエウレリア・ヴィープゲスケ。
ゲラルドのママさんである。
彼女は入ってくるなり、ストリアムに親しみの籠った声を懐かしそうに投げる。
ストリアムもその声に喜び「よぉっ!久しぶりっ」とフランクな挨拶を投げた。
ママさんは苦笑いを一つ浮かべると「あんた、私はもう男爵夫人よ?礼儀覚えなさい」と言って楽しげにたしなめた。
ストリアムは「かしこまりました、ご婦人」と芝居がかった口調でそれに答える。
ソレを聞いた、ママさんは変わらぬ旧友の振舞いに笑みを浮かべる。
「本当に変わらないね、所でボグマスから話を聞いているけど……
お父様の遺言が見つかったって、本当?」
「ああ、本当さ。
でもこの化粧領は、色々考えたんだけど、ラリー君だっけ?
彼の将来の為に役立ててもらいたいなと思って」
「なんだ、私の化粧領にならないのか……」
「いやぁ、申し訳ない。
法律でいろいろとあってさ……
でも、息子さん騎士を目指すんだろ?
戦争も終わったこのご時世、手柄を立てて新しい所領をもらって騎士家の立ち上げなんてそうそうある話じゃない。
だから騎士修業が終わったら、騎士に叙任された際、さっそくこの所領を使ってもらおうと思ってさ。
あれだろ、あの子は宰相の息子さんに仕える予定なんだろ?
だったらいい話じゃないか、なんといっても宰相が用意するはずだった、年金なのか領地なのかの代わりを我々が用意するんだ。
宰相にして見れば給料を払わなくても、戦力になる騎士を雇える。
いい話になると思うよ」
「ああ、宰相の息子さんにね。
そうね、きっとクラニオール様もきっとお喜びでしょうね」
そう言ってママさんは、目線を外の風景に向けた。
実家と違う明るくて、様々な色の花が咲き乱れる庭の風景がそこから見える。
やがてママさんは心に沸いたシミのように広がる疑問を口にした。
「ストリアム、世の中そんな良い話はないわよね?
ましてやあなたはいつも調子が良い事ばかりいうし……
だから正直に答えて。
息子はどれぐらいの所領がもらえ、そしてその為に彼はどんな義務を引き受けなければならないの?」
「おおッと、そう来た……」
「答えてちょうだい」
ストリアムは鉛のようなつばを一つ飲み込むと、重々しく息を吐いてこう言った。
「まいったね、相変わらず鋭い……
大体騎士一人当たり戦争になれば20人の兵士を率いて出陣するのが世の習いだ。
そうなると人口は800人から1000人位、つまり村を3から5位だろうと思う」
「村を3つ以上もらえると言うこと?」
「そういう事になる」
「常識的な範囲でよかったわ。
それで、引き換えに何を要求するのかしら?」
「ああ、実は心して聞いてもらいたいが。
今から約二近く前だが……ガルボルム様が暗殺されかけた」
「!」
「それでだ……」
「兄さんは……お兄様は無事なの?」
「今それを説明する!
それでガルボルム様は一命をとりとめたが、下半身がマヒし、そして病弱になってしまった……」
「犯人は見つかったの?」
「見つかって始末した。
ニカラン地方の、バルザック家の者だったよ……」
聞くに堪えない重たい名前、重たい話。
遂に親族に裏切られ、殺されかけると言う事態に、ママは涙を浮かべて呟いた。
「……そう、そこまでバルザック家は揺らいでいるのね」
ストリアムはそれを聞くと静かに頷き、重たい声で言葉こう続けた。
「そういう事だ。
そしてここからが大事なんだが……
ガルボルム様に、お子様が生まれなくなった」
「え……そんな」
「これから、後継者を決めなければならない。
……お家を潰すわけにはいかないからな。
色々考えてはいるが、エウレリアの息子もその候補に入っている。
だがまずはそこまで考えているわけじゃないんだ、何よりもガルボルム様のお嬢様であるフィリア様をお守りしなければならない。
そこでエウレリアとゲラルド君には、フィリア様の後見を務めてもらいたい。
知っての通りガルボルム様は一族の中で孤立し、支えてくれる親族はドイド様だけ、他に信用が出来る親族は妹であるエウレリアだけだ。
そこで……なんだけど化粧領で兵士を持てば、何かあったらすぐにガルボルム様を支える事が出来る。
最悪何かあったらその領地にご当主様の家族を匿うのも可能だ。
だから我々家臣としては、何かあった時の為に、息子さんに恩を売り込もうと考えている。
ぶっちゃけた話だ!
これ以上の真相は無い、たのむエウレリアガルボルム様に何かあったら支えると言ってくれないか?
頼む……この通りだ」
そう言ってストリアムは深々と頭を下げた。
それを見てママさんは言った。
「……わかりましたストリアム。
私も剣友である、あなたの頼みを無下にするつもりはありません。
引き受ける事に前向きでいましょう」
「おお、それなら助か……」
「ただし、その前に息子を連れてお兄様に会いたいと思います。
こんなに大事な話を本人の口から直接聞かないと……
なんでしょう、決断が付きません」
「ああ、分かる。分かるよ……」
「すぐに会いに行きたいのですが、準備はできていますか?」
「ガーブウルズなら問題はない、エウレリアの部屋はそのまま残してあるはずだ」
「分かりました、それではこちらの準備が出来次第すぐに向かいます。
皆にそれを伝えてください」
「ハハッ、かしこまりました」
ママさんはこうしてできるだけ速やかに、故郷のガーブウルズへゲラルドを連れて帰ることを決断した。
……この時はごく短い短期の帰郷予定だったのである。




