運命の出会い
俺は五歳になった。
言葉を覚えるのが早く、そして教えてもらった計算もすぐに出来るようになり、ママさんを大いに喜ばせる。
文字や言葉を勉強するのと違い、四則演算は元々知って居た物だし楽だよね。
ただし、建築や兵器製造に携わる人の中にはより高等な数学を駆使する人達も居て、思っていたよりも自分が有利と言う訳ではないのだと思い知らされたりもしている。
まぁ、高度な理数系の学問が在る、という事実から推理してみると。この世界は魔法だけではなく科学も想像以上に進歩しているんじゃないだろうか?
四則演算だけじゃダメですか、そうですか。
此処にもチートが無いのですか、まぁそうですかぁ。
まぁ、そんな俺の生活は順調そのもので、勉強にも、運動に苦労なんてほとんどない。
むしろ、前世で学校を卒業して以来再び熱心に勉強や運動に取り組むのが楽しい。
だから、ソコに辛さは感じる事が無かった。
ただし一つだけ困ったことがある。
……俺、魔法が全く使えなかったのだ。
まったく才能が無いらしい。
コレは結構ある事で、実際には魔法が使える人の方が少ないのがこの世界の常識だそうだ。
どうやら転生チートはこの系統では無かったみたいだね。
……俺が貰ったチートって何なのだろう?
ちなみにうちのパパも、そして兄貴も。さらに4人の姉貴も皆魔法が使える。
その為パパは「天は二物を与えないか……」と言って、俺を見ては溜息を吐いた。
残念だがしょうがない。
すぐ上の天使ちゃんな俺の姉貴も、得意げにになって水を手から出し、遠くの標的に当てたりする。
「おねぇちゃんすごーいっ!」
ソレを見た俺がそう言うと、姉貴は嬉しそうな笑顔で俺を抱っこして撫でてくれた。
俺、大きくなったらおねぇちゃんみたいな人と結婚しようかな……
そう思う俺は、この世界では見事なお姉ちゃん子になりつつあるようだ。
……決しておっぱいが育ち始めたからとか、そう言う訳ではないからね。優しさ、優しさにひかれているんだからね。
……ふぅ、誰に似たのか、ウチの姉貴。
さてこの年になると、流石にウチの家がどのような家かが判って来る。
ウチは代々魔導士の家系で、その魔術の力で王に仕え、俸禄を貰っている偉い家なのだ。
パパはこの国一番の魔導士だと言う。
なのでパパさんは俺に何時も言い含めた。
「いいかいゲラルド、お前は大きくなったら今の家を継ぐことはできない。
シリウスがこの家の次の家長だ、シリウスの言う事は私の言葉だと思って、きちんと言う事を聞く様に」
この家は魔法の力でもって王国に仕える家だ。それがこの家が貴族の地位にある理由なのである、
だから魔法が使えないと言うのは、自然とこの家の跡を継ぐ事が出来ないと言う事を意味した。
幼い俺もソレを黙って受け止める、だけどそれを残念には思わなかった。
……俺には女神さまが授けてくれたチートがある。
いつか女神さまが授けたと言うチートの力が覚醒したら、きっと魔法が使えない事なんか何でもない様になる筈なんだ……
そう信じて俺は日々自分を磨いている。
ちなみに、ゲラルドは俺の名前で、シリウスが兄貴の名前ね。
そんな兄貴は俺が魔法を使えないとはっきり知ると、鬼が取れたかのように穏やかな顔になって俺に接し始めていた。
俺が自分を脅かすんじゃないかと思って怖かったんだね、兄貴。
まぁ、兄貴の気持ちは判るよ。
俺も元々勤め人だったし、社長に嫌われて平社員に落とされた揚句、周りから侮られた人をさんざんに見て来た訳だから。
そう言う人は皆、100円ショップから消えて行った。
……大人になるって大変だよね。
こうして俺はなんとなく、理由も無く兄貴と仲良くなり、兄貴はそんな俺の為に色々な本を買いそろえて俺に勉強を教えてくれた。
こうしてますます俺はこの国と世界の事を知っていくのである。
俺が知り得た事は次の通りだ。
まずこの世界は女神フィーリアを篤く信仰する地域が在り、その地域の名前をフィロリアと言う。
そのフィロリアの中にはたくさんの国が存在する。
その東の大陸の陸続きの場所には、砂漠の神ラドバルムスを信仰するガルアミアと呼ばれる地域が在り、そちらはテュルアク帝国が覇権国家として存在していた、もちろん他の国もちらほら存在する。
そしてこの二つの地域は深刻な宗教対立を引き起こして居て、同じ主神サリワルディーヌを頂いているものの、血みどろの争いを繰り広げていた。
これはこの国の人が信じている神話の主神、サリワルディールの総本山が在り、そして西の女神フィーリアと、東の大神ラドバルムスが生誕したと言う、聖地フォーザック国を巡る戦争が原因だ。
この争いを“聖戦”と言う。
元々フォーザック国は、ガルアミアの端にあった国である。
だが、80年前に女神フィーリアが発した聖戦の布告と共に、フィロリア中の騎士が参加する連合軍が結成され、女神フィーリアの願いを叶え、血みどろの争いの後フォーザック滅ぼし、占領した。
彼等は勝利を収めた後、その地に聖フォーザック王国やその他6っつの国を建国する。
この結果に激怒したのは、ガルアミアで信仰される、東の大神、砂漠の神ラドバルムスである。
あの神も聖戦を布告し、この6っつの新興国に攻撃を開始した。
こうしてやまない戦争の日々が、切って落とされたのである。
以後あの地で戦乱が止む事が無い。
聖地では女神フィロリアの神官でありながら、騎士でもある“聖騎士”と呼ばれる武装集団を主力とした軍隊が、日々ラドバルムスと争っている。
聖戦の状況は、どうやらフィロリア側が不利であるらしいが、詳しくは判らなかった。
……さて話を変えよう。
今俺が暮らして居るのがフィロリアでは、大国の一つとして数えられるアリバルヴェ王国の首都セルティナと言う街。
ちなみに俺をこの世界に送り込んだあの美人さんが女神フィーリアではないか?と、最初考えたんだけど、どうやら違うようだ。
……だって全身重厚なフルアーマーの甲冑の神様なんだよ。腕の筋肉バキバキの女神さまなんだよ。
あれじゃないわ……
髭は生えてないけど、男の中の男臭が半端無いもの……男十段を極めたとしか言いようがない。
僕の女神様は一体何処に居るんだろう?
さて、5歳になった自分は、とある家の事情に振り回される羽目になって居た。
パパが浮気をしたのだ。
ある夜ママが俺を抱きしめながら俺に言った。
「ゲラルド、もう私はダメかもしれない」
聞いた俺はびっくりである、まさかこんな幼子に向かってそんな事を言う親はあまりいない。
なので驚きながら「ママ、どうしたの?」と尋ねると。
「パパが家族を裏切ったのよ」
やらかしましたか、パパさん……
男だから判るけどさぁ、でもねぇ。
「あなたは知らないでしょけど、昔この家にあなたを折檻していたひどいメイドが居たの。
私はソレを知ってそのメイドをクビにしたのだけど。寄りにもよってその女と、あの人は……」
ママさん、記憶が少し間違って……まぁいいか。大した違いじゃないしな。
ママさんの話だとこうだ。
5年前クビにしたメイドだが、パパさんの事を懸想していたらしく、ソレを知ったパパさんは早速ちょっかいを出し、そんでもって出来てしまったらしいのだ。
ああ、あの状況を知って早速セクハラしたんだね、パパさんね。
……死ねばいいのに。
あのクソメイドの影が亡霊のように俺の周りに蘇る中、俺はあのクソメイドが何故この家の近くに合いも変わらず住んでいたのか、その理由が判って一人納得をする。
「ゲラルド良く聞きなさい、明日私の兄……お前にとってはおじさんがこの屋敷に来てくれます。
叔父さんは聖職者であり騎士の方なので、本来なら遠く聖地にて異教徒の者共に向けて聖戦を行っているのですけど。今回この様な事が起き、遠く聖地から駆け付けて下さいます。
何かあったら、私の兄を頼るのですよ、いいですね」
せ、聖騎士だって!やだ、超かっこいい。
「分かりました、叔父さんの言葉をママの言葉だと思います」
ママはそんな俺の返事を聞いて、泣きながら俺の頭を抱えた。
◇◇◇◇
そして、次の日。
俺は屋敷の門の近くをうろつき、聖騎士とかいう超かっこいいステータスをお持ちの叔父さんを待っていた。
早くこの目で聖騎士とやらを見てみたかったのだ。
やがて時刻は昼ごろとなり、従士を一人伴って、一人の屈強な赤い剣のマークを胸にひるがえした壮年の男がやってきた。
男は俺の近くに来ると、じっと俺の顔を見て感ずることが在ったのか「君がゲラルドか?」と聞いて来た。
直感でこの人が叔父さんだと判った俺は「ハイ、お迎えにあがりました」と答える。
「はは、なるほど。コレは頭の良さそうな子だ」
そう言うと隣りに居た、従士の人もニコニコと微笑んで、叔父さんに相槌を打つ。
やばい、雰囲気がものすごく男臭くてかっこいい。
こう言う人には初めて会ったので、俺は少しドキドキしながら叔父さんを、ママさんの部屋に連れて行った。
叔父さんは部屋に入るなり「エウレリア!」とママさんの名前を呼んだ。
ママさんは何も言わず、叔父さんの元へと行き、二人は抱擁する。
ママさんはずっと不安だったのだろう。そのまま叔父さんの胸の中で大声を上げて泣き出した。
「エウレリア、私の可愛いエウレリア。
もう大丈夫だ、心配はいらない」
「兄さん、わたし、私っ!」
俺は初めて泣き叫ぶ母親の姿に衝撃を受けていた。
そして父がした事の重さを初めて知る。
やがておじさんは、俺の存在に気が付き「ゲラルド、君は此処から離れなさい。こんな所を見てはいけない」と言った。
俺はおとなしくこの場を後にした。