ルシェルと俺と後輩君と……
「ぶはぁ、ぶはぁ、はぁハァハァ……」
俺はたくさんの人がうろつく練兵場の中を、あの恐ろしい女共から逃げていた。
恐ろしい事にあの連中、出会った瞬間手からスタンガンみたいな火花を出して、俺を失神させやがたのだ!
……前世でも現世でもあんなキチ〇イにはあったことがない。
それにしてもベラベラとよく喋る、女共だった、あれが俺の姉だとは……
今日ようやく兄貴のあの言葉の真意が掴めたぜ、確かに俺も友達の家を泊まり歩くかもしれない。
冠を頭につけたまま歩くと、すれ違う大人が俺に「ようチャンプ!」とか「お前、10歳になったら“白銀の騎士”になれ」と言葉をかけた……ちょっと自分が誇らしい。
……もっと褒めてもいいんだよ?
俺はそんな人ごみの中、友人を探して歩きまわった。
ちなみに“白銀の騎士”とは、10歳になった時の剣術大会で、全国の子供たちの頂点に立った者の称号の事だ。
この称号を持つ少年剣士は、王から騎士になった暁には白銀の鎧一式を贈られる習わしがある。
大変な名誉で、姉貴に付きまとうチンピラのファレンも持っている称号だ。調べてみると彼もこれで成り上がった一人である。
このように白銀の騎士は、俺達少年剣士の頂点にある存在であり、将来有名な騎士になる登竜門をくぐり始めた者の証明でもある。
……さて、話が変わったので戻そうか。
今、幼い子供の戦いがいくつも終わりを迎え、幾つもの試合に彩られる練兵場は休憩の時間を迎えている。
食事をとる者、皆と楽しげに会話を興じる者、色々な人が思いもいの時間を過ごしていた。
その中で少なくない数の観客が、皆ぞろぞろと、夕方行われる10歳の部の会場へと向かい始める。
そろそろ白銀の騎士を決める大会の予選が始まるのだ。
有望な少年剣士は、此処で目を付けられると、来年に有力な諸侯の小姓になれ、将来は騎士へと昇進する機会を得られた。
騎士爵を継げない次男・三男と言った者たちの成り上がりの舞台でもある“白銀の騎士”の会場は、毎年大きく盛り上がり、当日会場は立錐の余地もできないほどの集客が毎年あるのだ。
俺もその舞台を見たいので、早くみんなと合流したいのだが……みんなはどこに居るの?見つからないな……
同じマスターボグマス門下の剣友を求めて俺は、周囲を見渡しながらあてもなく彷徨う。
「あ、いたっ!
ラリー・チリ、こっちに来てください!」
不意に俺をあだ名で呼ぶ者が居たので目をそちらに向けると、同じ剣術学校の後輩が慌てた声で俺に声を掛けた。
「お、どうした?ソレにみんなは何処に……」
「皆は医務室のシドさんを見舞いに行ってます。
でもそれよりもこっちに来てください、ルシェル様と、エルザ様が変な奴に絡まれてます!」
エルザは一つ下の年齢の、同じ剣術学校の女子の後輩である。
ムッチャかわいい子で、他の剣術学校の生徒からもモテた。
とにかくルシェルとエルザが絡まれていると聞いた俺は、腰に木剣をぶら下げたまま、後輩の後をついて駆けだした。
練兵場の建物の陰、めったに人が来ないところに連れてこられると、そこには3人の男の子相手に一歩も引かずに見返すルシェルと、その背後でおびえるエルザの姿が……
野郎っ、ふざけやがって!
「テメェら、何やってやがる!」
俺がそう怒鳴ると、3人組の一人が「チッ、もうきやがった……」と呟いた。
「あアン?俺が来ちゃあ、格好がつかねえのか?
上等だコラ、名前を名のれやぁ」
「うるせぇ……」
「うるせぇ?どこの誰に向かって口をきいていると思ってんだテメェ……」
すると、ルシェルが「ラリーやめて……面倒が起きるとマスターに迷惑がかかる」と言い出した。
「…………」
俺は黙って、奴にガンをつけて盛んに脅していく。
連中は「おい、もう行こうぜ。白銀の騎士がもう始まる……」と声を掛け、そしてこの場を後にした。
そして俺達から距離を取ると「おい、そこの男女と、鼻血のチンピラ。ダサいなお前ら」と俺をあざけった!
「待ちやがれっテメェ!」
俺はルシェルの制止を振りきって連中の後を追いかける。
連中は勝者のようにゲラゲラと趣味の悪い笑い声をあげながら、人ごみに紛れて視界から遠ざかる。
「待てコラァっ!逃げんなテメェらっ!」
俺が激怒しながら叫ぶと、それをさらに煽るように奴らは俺に対して嘲り笑いをぶつけ、そして遂に姿をくらませた。
「クソがぁっ!次会ったら必ずぶっ殺してやるっ」
俺はまるで負け犬の遠吠えのような情けない声を上げ、あまりの悔しさから半泣きになりながら引き上げた。
(チクショウ、あれだけ侮辱されても何もせずに見逃すなんて!)
その事に頭を沸騰させながら、戻ると。
今度はルシェルが建物の陰でうずくまって泣きじゃくっていた。
「ど、どうした?」
俺はその瞬間、怒りも忘れて近くの後輩の男の子に尋ねると「分かりません、ルシェル様が泣き出しました……」と、困惑した声で答えた。
「お、おいルシェル。どうした?
お前がアイツらに負けたりなんてしないよな?」
ルシェルの剣の腕前は相当なもので、今回の大会でもベスト4にまで進んでいる。
背も俺より高いし、力負けだってしていない。
アイツらに後れを取るなんてないはず……
「ぐす、男女って、言われたぁ……」
「え?」
「ひどい、ひどいよ……うわぁぁぁぁっ!」
正直(そんなことで?)と思った。
お前はそこら辺の男より、ずっと男らしい男だぜ!と、普段思っていたので俺もビックリである。
……ちなみに言ったことは無い。
言わなくて大正解だったみたいだ……
「私だって、好きでこんなに大きくなったわけじゃない!
イフリアネみたいに可愛くないかもしれないけど、でも、でも……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
俺は困った時の後輩君だと思い、その目を見た。
戸惑う彼に口パクで命令する。
(何とかしろ!)
奴は口パクで答えた。
(無理!)
こ、断りやがった。子供の間ではおっかない事で有名なこの俺の命令を……
「ラリー……」
「あ、はい!」
ルシェルが俯きながら。涙に潰れた声で俺の名を呼ぶので、急いで答えると彼女が言った。
「私、男みたい?」
メンドクサイ質問いただきました……
こんな時は聖マルコの教えを説くしかない。
「そんな事無いよ、君はバラより美しい……」
「…………」
「…………」
スベったァぁぁぁぁぁぁ!もう駄目だ……
100円ショップに来たあのケチなイタリア人の教えがついに敗北……
「本当?」
えっ、むしろ通じた?
「もちろんだよ、ルシェルはきれいだよ。
アイツらは見る目がない奴らなんだ!」
聖マルコのお姿に、後光がさしてきた瞬間である。
真っ赤な顔のルシェルが顔を上げて俺を下から見上げる。
……よく見ると確かにかわいいかも。
しかし次の瞬間彼女はバッと、俺から顔を背け、下の方を向く。
俺はどういう訳か分からなかったので後輩君の方に顔を向けると、奴は何度かコクンコクンと頷き、次にグッと親指を立てて、俺にウィンクをしてきた。
口パクで俺は彼に尋ねた。
(大丈夫?)
(かっこいい。大丈夫!)
(あ、そう……)
どうやら俺は正解を導き出せているらしい。
とにかく俺は俯くルシェルの方に顔を向けた。
……あ、今ふわっと女の子の匂いがする。
この時、俺はこれまで考えたこともなかったが、ルシェルが案外女の子らしいのだと思っていた。
そんな彼女に。俺は何か、言い難いものを強く感じていた。
「ルシェル、何があったのか教えてくれないか?
なんであんなに睨み合っていたの?」
するとルシェルは、俯いたまま答えてくれた。
「今度魔導大学が開校するでしょ?
で、私たちはそのパーティに呼ばれているじゃない」
そう、今度の春に遂に大学が開校する。
これまでは広い敷地の一角で、付属の剣術学校だけが開校していたのだが、いよいよ本格的に学校運営が開始されるのだ。
パパさんはその為に蓄えの全てを出し、さらに多額の借金までしている。
そんな彼の全てをささげた夢の学校の設立記念パーティは、なんと王様までも参加する。
しかもルシェルやイフリアネ、クラリアーナと言ったシルト大公家配下の人達やシルト大公までも来るというのだ!
翌年にはシルト大公領内に、国立の海洋大学及び造船所、それに隣接して一大貿易港が出来る、今度王様もこちらのパーティに参加される予定である。
そんな大それたことを企画できるパパさんは、今や王国の貴族の中でも、絶頂を迎えていると言っても過言ではない。
たかだか男爵でしかないというのにだ。
とにかく、こうなった以上剣術学校の父兄も、それぞれボスに従って参加するのは当然の流れで、その結果、王国そして大公領の主だった貴族も多数やって来る。
もちろんただパーティに参加する事だけが目的ではないわけで……
狙いは、昔対立していた王様と大公さまの和解を国内に、大々的にアピールする舞台としても活用する事にあるらしい。
で、そんなパーティがどうしたのだろう?
「うん、皆パーティに参加するね」
「その時女の子は男の子にエスコートされて入場されるのよ」
え?聞いてない……
「そうしたらあいつらが、エリアーナとエルザをエスコートするって。
でも二人ともアイツらが嫌いだから断ったら、今日付きまとわれて……」
「なんて奴だ!
よし俺達に任せな、殿……フィラン様と一緒にアイツらやっつけてきてやる!」
「やめて!あの子たちシルト大公家の親戚なの。
王家の家臣じゃないから何かあったら凄く揉めるよ……」
俺はそれを聞いて、別に揉めても俺達ならば大丈夫だぜと思っていた。
傲慢にも王子様と一緒だからだ。
そんな俺の考えを知らず彼女は、悔しそうに涙声で俺に呟いた。
「あいつらしつこくて、しかも私の事を、誰もエスコートしない大女だって……」
それを聞いて喜んだのは俺である。
え、今ルシェルはフリーなの?
やったー、俺この話初めて聞いたからぼっちくん決定だったけど、これで免れるやん!
「私だって、好きで大きくなったわけじゃ……」
「だったらルシェル、俺がエスコートするよ。後でやり方教えて」
俺がそう申し出るとルシェルがびっくりした顔で俺を見上げて……
あれ?可愛い……
「や、やめてよ。どうしたいの?」
「どうしたいって、どうしたい?」
質問を質問で返す、しかも言っている意味が自分でも分からない。
あれ、なんだろ……告白みたいになってる。
あれ、俺の顔も熱くなってる……
ルシェルの顔も真っ赤やん、これは、これは……
俺は後輩君の顔を見て口パクで言った。
(大丈夫?)
(いける、いける!)
あれ、俺今告白が成功したかどうか尋ねている風じゃない?
「よ、良かったじゃないですか、ルシェル様。エスコート相手が見つかって!」
後輩がそう言って場を修めようとする。
……え、俺の告白みたいなものを、彼が後押しているの?
俺の顔を見れないのか、真っ赤になってルシェルがうつむいた。
その様子をチラチラ見ながら、後輩君が俺に口パクで伝える。
(今だろ、今っ。押せって!)
(おまっ、お前は!)
(ラリー、ビビってんじゃねぇよ)
え、そういう流れ?
そういう事?
て言うかお前、俺は先輩だよ?
え、ハグしろって?無理ムリ!
え?そこでチューしろと。
お前、俺をからかって……
「ラ、ラリー」
「あ、はい」
「べ、別にいいよ嫌なら……」
「い、嫌じゃないです。いかがですか?
僕がエスコートしましょうか……」
へっぴり腰風の声音になりながら俺がそうもし出ると。
ルシェルは真っ赤な顔で、下から俺の顔を見上げながら「うん……」と言った。
そして「キャーっ」と言いながら俯く。
俺は、どこに目線を向ければいいか分からず後輩君の顔を見る。
奴は口パクで親指を立ててウィンクしながら言った。
(ラリー、おめでとう!)
(……ああ、ありがとう)
ドキドキするやら、居心地が悪いやら、俺はどうしたらいいのか分からず、佇むだけである。
◇◇◇◇
「と、まぁこんな事があったんですが、如何しましょうか?」
あれから俺はすぐにその場を離れた。
そしてそのまま医務室で手当てを受けているシドや王子様、イリアンと合流し、さっきの事を相談しに行った。
ちなみに後輩君も一緒である。
「許せないよね、そいつら……」
王子様はそう言って好戦的に自身の取り巻き達の目を覗いている。
昔のイケて無い彼の面影はもうない。
この2年で……正確にはあの呪われた騎士学校の一件以来、彼は劇的に性格を変えてしまっていた。
……良い子なだけではダメなんだと、悟ったからだ。
で、あの騎士学校の一件から間もなく、なんだけど。
王子様は俺やイリアン、シドを従えて“チリ少年剣士団”と言うグループを作った。
チリと言うのは前世でもトウガラシの別名だった、この世界でもだいぶ見た目が違うが、同じく香辛料の名前である。
黒くて、そして小指の先ぐらいの小さくて凄く辛い食べ物だ。
王子様は小さくても、直には舐められないこの香辛料を、このグループの名前につけた。
自分たちもこのように小さくても舐められないようにと、言う訳だ。
こうして剣術を通じて、別の師匠につく他の貴族の子供達までもまとめ上げ、復讐しに来るであろう、騎士の子達から自分達を守るフィラン王子。
……て、言うか庇護の対象は実は俺だったのだが。
王子様ありがとう……揉め事起こしてゴメンね。
こうして彼は貴族の子供達による少年愚連隊もどきを作り、貴族街の子供たちの王様になった。
この事は王子様の性格形成にも大きな影響を与える。
彼はこのチームを運用することになったことで、自分に対して自信を持つようになったのだ。
彼は王家の子らしい威厳のある声音で近くの子に言った。
「リジェス、そいつらがどこのどいつだか分かるか?」
「はい、大公さまの甥っ子です。
名前までは知りませんが、国に帰った時見た事があります」
リジェスとは、俺と口パクで交信していた後輩君である。
彼はクラリアーナの従弟で、俺達では分からないシルト大公家の事をよく知っている。
王子様はそれを聞いて頷きながら、リジェスに言った。
「だったら僕が探しているって言ってくれ。
貴族街で見つけたら身柄を抑える!」
「わかりました」
「あとそれから、イフリアネのエスコートはもう誰がやるのか決まったの?」
「え?いやまだ情報は無いですが……」
「フーン……そうなんだ」
あ、今彼はワキワキと手を動かしてる。
誘いたそうな顔をしているな。
「あ、フィラン様。
明日の朝練習に参加しませんか?
僕らは今でもマスターと一緒に朝練するのですが、その時尋ねると良いと思いますよ」
すると王子様は俺の顔を見て「……そ、そうだね」と言った。
俺が代わりに聞くのもありかな?と、言った後で思ったけどまぁいいや。
エスコートの話が出たので皆であーだこーだと話が尽きなくなる。
イリアンは相手がまだいなかったので焦りを見せ、シドは相手が見つからなくても大丈夫と言った。
シドは相変わらず冷静な奴やな。
もしかして相手が居るのかな?
そんな話は聞いたことが無いけどなぁ……
喧嘩の話に、女の子の話、剣術の話に学校の話。
俺達はめい一杯の時間を使ってそんな話に夢中になる、そんな時間がいつまでも続くはずだと思って。