三つの貴婦人(後)
人いきれが絶えない練兵場……
周りを貴族の観客と騎士の観客がきれいに東西に分かれて俺と相手との対決を見守る。
そしてやってくる決勝の相手。
現れたのは、ベイルワース・アイルツだった……
2年前、俺がロックスターにしてやった連中の後輩であり、そして……姉貴にまとわりつくクソ野郎の弟である。
……そう、あの洗濯君である。
実は個人的には頻繁に会っていて。
直近だと3か月前に俺たち貴族街の悪ガキであるチリ剣士団と、奴らが王都の東側にある空き地を巡って大ゲンカした時以来である。
あの日の事を思い出し、心に対抗心をメラメラと燃やしながら俺は彼に語りかけた。
「久しぶりだなベイル、お前が決勝の相手になると、俺は信じていたぜ……」
「そうかラリー、俺もお前が来ると思っていたぜ。
だけどな……」
「なんだ?」
「お前、鼻血出てるぞ……」
……え?
いや、ウソ……ああっ、ホンマや顎先からポッターンて滴ってる!
やだ、無茶苦茶カッコ悪いじゃん!
え?どうしよう……ああ、何も思い浮かばない。しょうがない、誤魔化すしかない!
「……そうか、俺もお前に会えてうれしいぜ」
俺はカッコよく、奴の言葉を無視した。
……今さっきボグマスに殴られたばかりの鼻が、いよいよこの時になって流血量を増やす。
あのおやじ、こんな時に限ってなんてことをしてくれるんだっ!
て、言うかこれ、どうやって止めらるの?
「いや、お前、鼻血がひどくなった……」
「楽しみだなベイル、いい試合をしようぜ」
俺はそう言うなり兜の面頬を下げ、顔を隠した。
うるさい奴だ、ベイルお前は小姑かっ!
こうして戦う前から大ダメージの俺は、観客席に居る、大笑いして俺を野次る下品な騎士共と、何故か俺を見て勝った気になっているらしいベイルを睨みつけ……
あの小僧っ、目にもの見せてやるっ!
そして俺はちらっと遠くに居るボグマスの顔を見た。
奴は黙って俺から目をそらす。
アイツの考えは手に取るようにわかる、あれは絶対(面倒くさい事になりそうだ……)と思っている顔である。
次に俺の仲間たちの顔を見た。
キラキラした目で俺を見つめている、王子、イリアン、シド……
連中の考えも手に取るようにわかる。
アレは(きっとお前なら何かやってくれる!)……だ。
パパと同じで、俺はこの中でボケ担当である。
……この歳で知ったけど、子供の頃から貴族社会は、爵位がモノをいう社会なのだ。
悲しい事だ……みんなの中で俺だけ男爵家だしね。
ちなみにそんな男爵家のうちのパパさんは、遠くで俺の雄姿を見て頭を抱えてます。
……すんません、生まれて本当にすんません。
逆に猫を抱え、鳥を肩に乗せたウチのママは「ラリーっ!剣士は血を流すものだから!痛みに心を揺らさずに、常に平静を保ちなさいっ」と、実に実践的なアドバイスを叫んでます。
……ママって基本、戦いが好きだよね?
昔から闘争心あふれる姿が素敵です。
こうしてベイルから目をそらした俺の耳に、カチリとした金属音が届く。
幾度となく聞いた兜の面頬が、上から下に降り、顔面を覆い隠した音である。
ベイルはその顔を覆う鋼鉄の奥から、気の強そうな目で俺を睨みつけた、俺もまた負けじと睨み返す。
そんな俺と奴との対決に花を添えるように、騎士共のヤジが練兵場に響き渡る。
「貴族に剣で負けるなよ!」
「頑張ってぇぇ、ベイルゥゥ!」
後ろで観客が大騒ぎで俺達の戦いを見守る中、ベイルが俺に口を開いた。
「今日でケリをつけてやる……」
俺は「望むところだ」と答えて開始線まで下がった。
ベイルもまた開始線まで下がり、そして腰だめに剣を構える。犂の構えだ。
俺はそれに対して屋根に構えた。
棒を持った審判が、手にした棒を俺とベイルの間に突き入れ、二人に一歩ずつ下がれと命令する。
その言葉に従い一歩ずつ下がる俺達、そして審判が「始め!」と叫んだ。
歩き始める俺達、歓声が上がる練兵場。
斜めに互いに歩き、お互いにお互いの剣から攻撃線を切ろうと動く。
俺達は剣を揺らし、わずかなフェイントを仕掛けて相手の意図を探ろうと努力する。
やがてベイルは俺の構えを崩そうと、剣を突き入れる。
突きはあらゆる構えを崩すので聖騎士流では“鍵”とも呼ばれる。
まっすぐ迫る剣に対処するために俺も素早く屋根から剣を振る。
胸元に迫る剣が多い、すなわち目線をそこに集中させたいのだ。
幾度も叫び、そして幾度も木剣が乾いた音を立てて衝突する。
しかし拘束しようと剣を振り下ろしても、奴はとにかく逃げて突き入れては剣を引くばかり。
慎重とも消極的とも取れる動きを見せる。
正直焦れてくる、奴はたぶん足を狙いたくて上半身を責めているのだろう。
……注意をソコに集めたいのだ。
「てやぁぁぁぁっ!」
ふたたび胸元に迫る剣、そいつを剣の根元、一番力がかかる強い部分で受けた後、俺はそのまま拘束に持ち込もうと強く押し、そして後ろの足をわずかに数センチ分前に持ってきた。
そのまま引き下がろうとするベイル、それを捕らえるべく、俺は溜めた足の歩幅を使って大胆に踏みこんだ。
膝が十分に曲がっているので、前に強く蹴り飛べるのだ。
そしてその勢いとスピードで強撃を下ろす。
パーンと言う音が響き、相手の兜を俺の木剣が打ち抜く。
「やめ!下がれっ!」
まずは一勝である、相手が何かをする前に、慎重過ぎるあまり凝り固まったベイルの兜を打ち抜いた。
「縮こまるなベイル!もっと大胆に行け!」
後ろの観客がベイルの失態に、適切なアドバイスを送る。
そんな歓声の中、俺とベイルは離れ、再び剣を構える。
俺はまた屋根の構え、そして相手はまた犂の構え……
何故この構えを取り続けるのか?と言うとわが師ボグマスの教えによる。
……ボグマスは言う。
『上段に剣を構えると腹も足も無防備になる、ゆえに非常に危険だ。
だが危険ではあるが、それでもここから放たれる一撃は相手を仕留める事が出来るほど強力になる。
ゆえに審判からも一撃が“浅い”と捕らえられることなく、有効打として認められる事が多い。
とにかく鎧の上から叩いて相手を仕留められる一撃を繰り出せないなら、有効打にはならないのだから、あえて気にする必要はない。
お前は勇気があるのだから、この激しさを胸に臆せず上から叩きつけろ!』
俺は常日頃からこう教わっている……
「たあぁぁぁぁっ!」
「でやあああ!」
剣を交えない間でも、俺達はお互いに掛け声をかけ合い、気迫を交えて相手の出方を探り続ける。
足が前に出るか出まいか、迷うように互いに揺れる。踏み込むタイミングを計る。
ベイルはどこか不気味な目を一瞬浮かべて俺の目の中を覗いたかと思うと。俺に向けて剣をふるった!
打ち下ろして答える俺、木剣から衝突音が響き、互いに互いの剣を拘束状態に持ち込んだ。
抜けようと柔らかくしたり、剛くしたりと剣の力を変え、相手を逃すまい、自分はそれを凌駕せんと互いに剣の向こう側に、自分の剣を滑り込ませようと動かす。
(小癪なっ!)
元々気が短い俺は、この状況に我慢がならず、大きな体を生かして拘束状態のまま、鍔迫り合いに持ち込む。
そして高い上背を生かし、上から下に向かって押しつぶすように剣を押していく。
苦しそうな顔でそれに抗うベイル。
「この馬鹿力め……」
「つ、潰れやがれよぉ……」
ベイルはふいに剣を柔らかくしたかと思うと、俺の力から抜け出す。
無理に抜けたためへっぴり腰になった奴に、俺は勝ったと思って、犂の構えから次々と突きを繰り出していく。
必死に剣をふるってそれを返すベイル、先ほど一勝を挙げている俺はあと一勝で勝者になる。
……それが焦りを胸に呼び込んだ。
体勢も崩れ劣勢は明らかなベイルの姿。
今ここですべてを決められると思った俺は、突いた剣をそのまま天空に立て、そこから強撃を打ち下ろそうとした。
これで有効打を決めてやるのだ。終わりだと思った!
この時、どこかぬるりとした嫌な予感が背中を走った。
俺のこの一撃を待っていたかのように、ベイルが笑う。
次の瞬間、奴の剣は天空めがけて上がった俺の剣の根元めがけて摺り上がる。
そして視界の片隅で、奴の後ろ足が十分前足に引きつけられているのも知った。
(しまった!)
奴は左ではなく右足を前に出しながら、切っ先を切り上げる。
ガキッという音を立て、振り下ろす前に拘束された俺の強撃。
ベイルの剣は俺の剣より、内側に滑り込んでいた。
そして次の一歩で再びベイルは左足を前に出す。その間の挙動は滑かで素早い、奴渾身の一瞬の歩き。
左足は俺の体の真横へと滑り込まれた。奴の体が俺の体と触れ合う。
素早く動くベイル、奴は俺の背後に回り込む、奴の顔が俺の横に居る!
……ここからそのまま俺の兜を叩かないのが奴の嫌な所だった。
この無理な体勢だと、腕が振れないから有効打となるほど威力が稼げないのだ……
ベイルはそのまま俺の剣を押し下げ、俺の体の前に向け、俺の剣を上から押さえる。
これに抗えず、伸び切った俺の腕、そして広がった無情の空間。
やつはそのがら空き空間を切り裂き、俺の顔めがけて剣を下から上に切り上げた。
パーン!
目から火が飛んだかと思うほどの衝撃が兜の中を襲う、それにたたらを踏む俺。
(やられた“腕押し”かよっ)
この様に歩法をうまく使って体を接近させ、同時に相手の攻撃線から体を逃がし、意図せぬ方角から剣を抑えるやり方を“腕押し”と言う。
だが、名前の通り腕力がものをいうこの技を、腕力ではなく足技とタイミングと言う、技術力で追い込むのはさすがベイルである。
「下がれ、下がれ!」
棒を持った審判が、俺とベイルの間に棒を突き入れ、接近状態を解く。
そして二戦目の勝者としてベイルの名を挙げた。
そして始まる最後の3戦目……
がむしゃらに押して相手に引き込まれた俺の足が止まる、警戒心がいやらしく心の中で鎌首をもたげる。
……ああ、これはいけない、いけない。
心でもう一人の自分がそう囁いた。
『…………』
3戦目はこれまでとは打って変わってスローペースになった。
互いに何合かを打ち合うが、どちらかと言うと突きが主体となり、相手を崩すために無駄な消極的な振舞いが目立つ。
有効打をもらえばおしまいと言う事に警戒が働く。
観客のヤジが口汚く、消極的な俺達を罵りだす。
「早く攻めろ!」
「守ってばっかじゃ勝てねぇぞっ」
「戦場では他の奴らがすぐに加勢に来るんだぞ!
チンタラチンタラしてるんじゃねぇよっ!」
やがて審判も焦れたのか、俺達の前に棒を突き出し、大きく後ろに下がれと命じた。
やがて審判は口頭で俺達の消極性をきつめの言葉でなじりだす。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒げる息遣いの中、静かにそれを聞く俺。
息を吐くたびに、兜の中で鼻血が息にあおられて兜の中で飛び散る。
鼻の下で乾いた血がペリペリとした違和感を俺に授けた。
もうすぐ鼻血が止まるのだと思った。
「生意気なラリー……」
後ろでふいに聞きなれた声がしたので振り向いた、そこにはこれまで見た事がないほどやさしげな表情のボグマスが居る。
彼は静かにうなずくと俺にこう言った。
「生意気なラリー、どうした?
そんな相手に合わせた剣はお前らしくもない、お前の剣はもっと自由でわがままな、火のように激しい剣だろ?
もっと自信を持ちなさい。
負ける事を恐れるよりも、自分の剣を失う事を恐れるんだ、いいなっ?」
その励ましは、俺の心に、そしてこの体に大きな力と感動を授ける。
「先生……はいっ!」
俺は自分を見失いかけたと知った。
ラリー・ヴィープ……憶するな。
守りではなく攻撃を考えろ、それでいて理に満ちたクレオンテアルテを表現するんだ!
……さぁ、行こう。
次でベイルを切り伏せる!
審判が棒を片手に前に出ろと俺とベイルに促す、それに従う俺達。
後ろでボグマスが叫んだ。
「ラリー、気持ちで負けるな!」
その声を背に、俺は再び屋根に構えた。
それを見て、ベイルはニヤリと笑って犂に構える。
それを見て俺は屋根に構えた剣を、背中に倒し、そして両手で大きく振りかぶった。
「!」
腰をひねり、背中をねじり、そして静かに相手を待つ。
……誇り高き“貴婦人の構え”
踏み込んだら、一撃で相手を仕留める!
強力な一撃を放つ、必殺の構え。
腕力があり、握力がある俺は一撃の重さ、早さに自信がある。
だからこの“貴婦人”からの一撃に全てを賭けると決めた。
「野郎、舐めやがって!」
ベイルはこの防御を捨てた構えに激怒する。
「…………」
斜めに攻撃線を切られないように、常に相手を体の正面に置くように歩く俺。
この時、なぜか観客席から人の声が消えた。
沈黙が重々しくこの場を支配する。
「早くせよ!」
審判が激怒したかのように叫んだ!
その声につられるようにベイルが俺に突っ込む、その剣に会わせるように、俺は肩口から振り下ろす!
バーンと言う音と主に、ベイルの木剣が砕け散り、そして俺の剣が奴の肩を切り裂く!
そして俺の剣も真っ二つに折れた。
「…………」
あっけない幕切れ……だと思った。
これまでの駆け引きが嘘のような一瞬の幕引き……
そんな俺の名を審判が高々と読み上げた。
「勝者、ゲラルド!」
審判が勝ち名乗りを上げ、俺は折れた剣を頭上高く上げる。
一瞬信じられなかった、俺は力任せの剣をふるい、ベイルは技術では俺を凌駕する剣をふるった、
そんな俺が勝者となったことが信じられなかったのだ……
貴族たちの歓声と、騎士たちの悲鳴で満ちた観客席。
そしてうつむくベイル、俺は彼の傍に近寄り「強かったしお前の方が上手かった、またやろう」と声を掛けた。
負けたばかりの彼はコクリと一回頷くと、そのまま顔を下に向けて顔を伏せた。
……返事はなかった。
聖竜暦1208年度8歳の部で、俺は優勝した。
そんな俺に、興味深そうな目で見る人が幾人か居た事を、俺はまだ知らなかった。
そして夢で見た風景の事も、この日の興奮の中ですべて忘れ去ってしまった。
……とっても大事な事を、言われていたにもかかわらず。




