こ・い・ば・な……と、いまだに愛を知ら無いズ
あれから3か月たち、季節は夏になった。
教わる理の数も増え、学校の勉強よりも剣術理論の復習の方が忙しい俺は、今日も木枠に蝋を流した板に、先を尖らした木の棒で一生懸命構えをスケッチしていた。
手伝ってくれるのはお兄様である。
「なぁゲラルド、もう動いていいか?」
「もう少しだけ、もう少しそのまま……」
同じ屋根の構えでも、気持ち筋肉を内側に寄せたもの、外側に寄せたものでどう攻撃線が違うのかを書いているのだ。
ちなみに攻撃線とは言い換えれば剣の軌道である。
俺は彼に木の棒を持たせて、上から下に振らせたり、横に払わせたり、はてまた犂の構えに変更させたりとし、その際にどっちの方がやりやすいのかを聞く。
そしてそんな体の形をスケッチしているのだ。
そんな苦行に俺の兄貴はホトホト嫌気がさしたらしく、俺にこう言い渡した。
「ゲラルド、もうわかった、今度鏡職人を呼んで3面全身鏡の部屋を作ってやる、そこで練習しろ」
鏡は非常に高いものである、そんな高価な鏡をさらに巨大化したものを用意するなんて、俺は兄貴の気前の良さにびっくりした。
「えっ、いいのお兄様!」
「ああ、俺も男爵になったしな。
今度正式に爵位継承に儀式に入るんだ」
「凄い、おめでとうお兄様」
俺がそう言うと、彼はくたびれた顔をして聖騎士流の構えを解き、そしてニコッと笑ってこう言った。
「後、お前の部屋も引っ越すことになる。
今度敷地内にあるあそこの花壇あるだろ?
あの花壇を潰して小さな家を建てようと思う、そこでお前は暮らすんだ」
「え、どうして?」
「実は言いにくいんだけど……
お父様の仕事の関係で最近シルト公爵家の魔導士の方と仲良くなってな、その方もうちと同じ男爵なんだが……
娘さんが居て、大変魔導に精通されているんだ。
で、俺と話が合って。
うん……結婚することになった」
ニャ、ニャンですと!
不倒の記録、お見合い29連敗を最後に遂に兄貴が勝利したんかい!
「あ、おめでとうございます!」
「あ、ああ。ありがとう。
実はそう言う訳で、こっちの本宅は俺が使い、回廊で繋げた小ぶりな屋敷にお父様とお母様、そしてエリィとお前は移ることになったんだ」
「なるほど、二世帯住宅だね」
「な、なんだそりゃ?聞きなれない言葉だが……」
「ああ、いえ。お気になさらず……」
兄貴の話によるとパパさんがそれを望んだという、いつまでも男爵の息子の気分でいるべきではないから、一家の主としてふさわしい家に住みなさいとの事。
それに新婚夫婦に、別の大人が始終いるのは良くないだろうという事で、パパさんが二世帯住宅に家を作りなおすことにしたのだ。
良い事言うなぁ、パパさん。さすがは苦労人である。
時代とともに、年代と共に人は変わる。
男爵家も変わる、俺は今度来る自分の義理の姉がどんな人なのかを尋ね、兄貴と盛り上がる。
こうして夜は更けて行った。
翌日ママさんが、出勤前のパパさんに微笑みながら、とあるものを渡した。
「はいあなた、これを机の上に飾ってね」
こうして彼に渡されたのは……お腹に“早く帰ってきてニャン”と書かれた、偽ポンテスである。
「う、うん。分かった、飾るよ……
それにしても苦しみに耐えた聖者みたいな目だな」
パパさんはあんまりこの猫の置物がお気に召さない様子だが、ママさんの悪戯に悪い気はしないらしく、苦笑いを浮かべたまま偽ポンテスを連れてご出勤した。
それを見送ったのち、俺も学校へと向かう。
今日も何故やるのかもわからない、勉強と言う苦行の始まりだ。
◇◇◇◇
「えーっと、この姿勢から繰り出せる剣の軌道はこうだから……
だから相手の肩の筋肉がこう盛り上がったら、右上の方から来ると予想して……」
蝋が流しこまれた板と、尖った棒を片手に授業中でもあーでもない、こーでもないと理に没頭する俺。
周りは全く見えず、趣味にも似た楽しい時間に夢中である。
……大事な事なので繰り返し言うが、今は授業中だ。
そして、ちょっとやりすぎた、そばに教師が立っているのに気が付かなかったのだ。
「ラリー・ヴィープ……今は国語の授業で、剣と絵の授業ではないのだがな」
「ぬわっ!」
いきなり頭上から底冷えするような大人の声が響き、思わず声を上げた俺。
周囲の子が『クスクス……』と笑い俺はようやく自分が注目されていることに気が付く。
そして俺は当たり前のように板と棒を没収された。
授業の終わり、先生は俺に板と棒を返しながらこう言った。
「ラリー、剣に夢中になるのは良いが、僕の授業も聞いてくれ。わかったな?」
「はい、すみませんでした……」
「ふぅ―まったく……
あと話は変わるんだが……
お前の絵はなんか趣があるな、写実的ではないのに、妙に面白い」
「そうでしょうそうでしょう、僕の絵は漫画なので……」
漫画が何かは分からない人に、俺はそんなことを言った。
先生は漫画と言う単語に対し〈?〉を思い浮かべた表情をした後、特に俺に漫画と言う単語の意味を聞くこともなく、授業中にもうするな!言って俺を解放した。
「ラリーは剣が好きだよね」
お叱りを受けた後、皆の所に戻った俺は授業の合間の休憩中に、王子様にそう言われる。
イリアンが好きな小説の挿絵を、俺が自作して皆に見せていた時の事だ。
俺は胸を張って「うん、騎士になりたいから!」と答える。
王子様もシドもイリアンも俺ほどには剣が好きではない。
ちなみにこの中では今一番剣が上手いのは俺である。
でも一番才能があるのはきっと王子様だろう、彼は俺ほど努力をしなくても、教わったことはスルッと出来てしまう感の良さがある。
きっと天才肌なんだろう。
でも何にも熱意を向けているところは見た事が無い。正直もったいないと思う。
そんな王子様が言う。
「朝、イフリアネと一緒に練習してるんだって?」
時折王子様の目線が熱を帯びているのを知る俺は、思わずニヤニヤしながら言った。
「ええ、いつも朝一緒にマスターのランニングに同行したり、そして剣術で分からないことを尋ねたりしています」
「ふ、ふーん」
気になる?気になるよねぇ。よし、朝練にお誘いしてやろう。
「王子様もご一緒に朝練に参加されます?
いい刺激になりますよ!」
あの子見た目は抜群にかわいいからな。
中身は“ハンサム”だけど……
すると王子様は「でも、僕は朝早いのは苦手なんだよね……」と、愚にもつかないことを言い出した。
退くなよ……
「いやいや、王子さま!
リアは結構面白いですよ、朝早く起きて一緒に過ごす価値がある奴ですって」
俺がそう言った瞬間王子様がすごい目で俺を睨みつけ……なんでや?
「仲が良さそうだな、ラリー」
「え?まぁ……奴とは剣友ですし」
「いつもリアって呼んでるの?」
「ええ、アイツとは兄弟と呼び合う……」
次の瞬間彼は「ふざけんなよ……」と呟くと、苛立たし気にこの場を立ち去った。
この時初めて俺は、彼を嫉妬に狂わせてしまったのだと気が付いた。
「ど、どうしよう……イリアン、シド」
面食らった俺は早速仲間たちに相談する。
するとイリアンが言った。
「バラの花束を持って行くとか……」
誰が、誰に?
何を言っているのお前……
次にシドが言った。
「こんな気持ちは初めてなんだって、相手に伝えるとか」
だから誰が、誰に……ああ、お嬢様相手に王子様がやるのか。
「……そっちじゃねぇよ、俺はいったいどうすればいいのよ!」
「え、お前の事?ああ……うん」
イリアン、お前、俺の話を聞いていたか?
俺は切羽詰まっているんだぞ。
イリアンの塩対応にイライラとする俺。
そんな俺にシドが言った。
「そうだね、ポンテスを連れて、ポンテスの口から“一緒に朝練行きたいニャン”とか言わせたら?」
おおっ!さすがはシド先生。
いやはや流石にあなたは、賢いっ!同じ6歳とは思えないっ。
……ただなぁ、あのネコに借りを作るのはちょっと気が引けるんだけどなぁ。
でもそれしかないかなぁ。猫に頼むかぁ。
そう思っているとイリアンが言った。
「それよりもどう応援すればいい?」
その言葉にうなずくシド。
此処で俺はようやく彼らの頭の中では、俺の苦慮等どうでもよく、王子様の恋の行方の方を心配しているのだと気が付いた。
お二人さん。俺の方をちょっとだけでも心配してほしいのだけども……
だがしかしだ……ソッチが上手く行けば、俺は怒られる事無くね?
じゃぁ、ソッチだっ!
「ようし、ソッチも猫にやらせよう!」
「いやいや、バラの花束じゃない?」
「いや、こんな気持ちは初めてなんだって……」
こうしてきれいに意見が分かれた俺ら。
後で気が付いたが、皆初恋はまだだった。
……そう、俺らのコイバナ(恋愛話)は小説で見知ったものが全てだったのである。
こうして俺らはちゃんとした人をアドバイザーに迎え、恋の相談をすることを決めたのだった。
◇◇◇◇
そして夜。いつものように剣の練習を終えて家に帰った俺。
さすがに今日の練習の相手をリアにお願いするのははばかられたので、俺らの中で一番上手い、ルシェルに打ち合いをお願いした。
そして気が付いたのだけど、昔よりもだいぶ抵抗できるようになっていた。
朝練はやはり効果があったのである。
……さて話が若干それた。
家にたどり着いた俺は、さっそく汗臭い体を桶に半身つけて湯あみをした後、王子様のコイバナの相談を家族にして回ることにした。
まずは……珍しく家に帰っているパパさんである。
彼はちょうどいい具合に、執務室でポンテスを撫でながら暖炉の前でウトウトしていたので聞いてみた。
「あのお父様、お休みのところ申し訳ございません。
実は相談したい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「うん?どうした……お前が相談なんて珍しいな」
「実は……」
◇◇◇◇
「……と、言う事がありまして。
どうしたらいいのかな?と……」
「えっ!そんな事があったのか。
それは良いっ!陛下もお喜びだろうっ」
「え?陛下は関係がない……」
「陛下はフィラン様に積極性が見られず、引っ込み思案だったことを心配されていたのだ!
……そうだ、この件と合わせてシルト大公との会食の約束を取り付けよう。
これなら陛下も嫌とは言わないはずだ」
「いや、あの……」
「ラリーご苦労だった、私は資料を作成したりするので、忙しい。また今度にしよう。
後こう言った相談は私よりもシリウスに聞きなさい。
あれはこの前綺麗な人と婚約したばかりだから、きっといい助言をくれるだろう」
「そうですかぁ……」
「それより、王子様の思い人はイフリアネなんだな?」
「ええ、そうです……」
「……そうかぁ、うーん」
パパはポンテスを床に放り投げると、執務室の資料をもってウロウロとしだした。
もう彼の頭の中に、俺と言う存在はないのだろう。
こうして俺は、ポンテスを抱きかかえて、この部屋を後にした。
パパはもう話しかけても無駄なので、次は兄貴の部屋に向かう。
そんな俺の腕の中でポンテスがぼやく。
「パパさんに家族の話をしてもだめニャ。
あの男ソッチはかなりのポンコツニャ……」
ありがたいポンテスのお話が胸に刺さる。
そんなポンテスにも話を聞いてみようと思った俺は言った。
「お前も話を聞いていただろ?
どう思う?」
「にゃ?まずは春を待ってムラムラしたら……」
「あ、やっぱいいです」
当たり前だが、猫に聞いてもしょうがない事が分かった。
人間に発情期は無いからな。
こんな話をしながら、兄貴の部屋にたどり着いた俺は、さっそく中を覗いてみた。
兄貴は中に居て、彼はリスっぽい顔をした可愛い女の子の肖像画を見てニヤニヤしている最中だった。
……なんか気持ちが悪い。
「あのうお兄様、お休みのところ申し訳ございません」
「うん?おおっ!我が弟よ、元気にしてたかっ」
あんた誰だよ……普段と違ってテンションたけぇな。まぁ、いい。
「実は相談したいことがありまして……」
◇◇◇◇
「……まぁ、こんなことが起きたんです。
なので、どう彼に助言をすればいいのか分からなくて」
「ふっ、そんな事か。
良いだろう、教えてやる」
「お願いします」
「諦めないことだ。
何度死にたくなっても諦めなければきっと、恋の女神は自分にふさわしい方と引き合わせて下さる」
「…………」
失恋予想してんじゃねぇよ……話が違うじゃねぇか。
て、言うか死にたくなったんだ、兄貴。
「ありがとうございます……」
「うむ……」
こうして兄貴の部屋を辞して立ち去った俺達。
その廊下でポンテスが言った。
「なんニャろ、失敗して欲しかったニャ」
「ああ、わかる、それ……」
兄貴に対しての総評はそれで終わりである。
さてそうこうしているうちにママが居る寝室へとたどり着いた。
ママさんはひどくセクシーなネグリジェを着て、寝室でペッカーとお話をしている。
見ただけで分かる。ママはパパさんと今晩バトルを……まぁ夫婦だしナイスファイトを期待してもいいか。
ママさんは戦闘服に身を包んで、戦いの始まりを待っている。
「あのうすみません、お母様お休みの所申し訳ないのですが相談してもいいでしょうか?」
「あら、ラリーどうしたの?」
「実は……」
◇◇◇◇
「……と言う事がありまして、どうしたらいいのか」
「いっぱいお話してみたら?
たぶん王子様はその子とお話したこともないでしょ?」
ごもっともで……
ママさんは想像以上に塩対応で、王子様に興味はない様子だった。
と、言うか「パパはまた私を放っておいて、王様の所に行かないわよね?」と呟きだし……ああ、あの男はそうですよね。
急にきな臭い雰囲気を発し始めたママさんをそのままに、俺は再びポンテスを連れて廊下を歩きだした。
ポンテスは「ママニャンがかわいそうニャ」と悲しげにつぶやく。
ここ数年間、パパさんは浮気と王様で忙しく、ママさんを幾度も激怒させていた。
正直に思う……彼は愛すべきクズであると。
しっかしいつも疑問に思うのだが、なんでパパさんはあんなに王様が好きなのか?
二人が離れる時があるのか最近疑問に感じる、もしかして……イケナイ関係なんじゃなかろうか?
「パパニャンはこのままだと離婚を言い渡されるニャ」
「恐ろしい事言うなよ……」
こうして俺はあまり役に立つ助言を聞くこともできず、再び広い家をさまよう。
とりあえず、パパさんはノーマルだと信じてみる事にした。根拠は無いけど……
あと相談してない人は……一人だけである。
「なぁポンテス、お姉様の所に行こうか?」
「……ええっ?」
まぁ、聞かなくてもいい気もしたが、まぁ聞くだけなら別に良かろう。
どうせ聞けるのはあのチンピラとのロマンスだけだろうし。
そう思って俺は姉貴の部屋にお邪魔した。
「お姉さま、実は相談したい……」
部屋にいきなり入ったのは悪かったが、俺はとんでもないものを見る。
そして部屋の中に居たお姉様は窓際に立ち、驚愕した表情で俺を見た。
……彼女は誰かが部屋に入ってくることを考えていなかったのである。
そんな彼女の向こう。
暗い夜を浮かべた窓の向こうには、同じく驚いた表情のファレンの生首が……ぎゃぁぁあぁ。
いや違うっ、不法侵入しやがったな!
「あ、こいつ!」
「ゲリィ!やめてっ!」
それから数分後。
「初めまして、ゲラルドです……」
「ああ、俺はファレンだ。
よろしく頼むぜ、俺はお前の義理の兄貴になるんだからな!」
ウゼェ、マジでこいつはうぜぇ……
いきなり馴れ馴れしく俺の頭を撫でてきやがるこのチンピラ。
あれから姉貴に導かれ、窓から堂々と入ってきたファレン。
彼は当たり前のように姉貴のベッドに腰を下ろし、そのまま俺の相談に乗ってくれるという。
「エリィ、お前は少し席を離していろ。
男同士で話し合う必要がある」
「え?いや別に俺はあなた(ファレン)と話なんか……」
「大丈夫だ、それにフィラン王子の話とあってはさすがに人に聞かれるのはまずい。
大丈夫だ、俺が大将に相談して上手く行くようにしてやる」
「そ、そうですか。それなら……」
「ゲリィ、私はお茶を持ってくるわね」
姉貴はそう言って、この部屋を出て行った。
新妻のようにこのチンピラにかいがいしく尽くすうちの姉貴。
そんな姉貴を顎で当たり前のように使うこのクソ野郎。
この光景に俺は怒りを覚えるが、王子のためと思い、辛抱して話し始めた。
コイツは王太子と強いパイプがある。
……何かの役に立つかもしれない。
そんなことを考えた俺に、彼はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべてこう言った。
「いいか、女って言うのは命令されるのが好きなんだ。
男らしく、誇りを胸に振るまえ!」
一瞬で分かった、コイツに相談したのは失敗であったと……
ウチの王子にそれができる訳がないだろうが。しかもそれヤンキー系の女に対して……
ウチの姉貴はヤンキーなの?
「あ、あの聞きづらい事なんですが」
「あん?」
「お姉様とはどういう仲なんですか?」
「どういうって、許嫁だ!」
『…………』
俺とポンテスは黙り、堂々と嘘をつくこいつの顔をしげしげと見つめた。
ここまでくると清々(すがすが)しさすら覚える。
「そんな風に見つめるな、確かに男爵は認めて無い。
認めて無いがこれは運命だ!
分かったな!」
「はぁ……」
最後俺をにらみつけ、実力行使も辞さない勢いで姉貴との結婚を宣告したこの男。
逆らうと殴られそうなぐらい怖かったので、俺も否定はできなかった。
とはいえ、釈然としない思いは表情に出ていたので、彼はそんな俺の思いをくみ取ってこんなことを言った。
「はぁ……わかったよ。
俺流のコツを教えてやる。
いいか、まずは好きだと言え、全てはそれからだ」
いや、俺の釈然としない思いはそのジャンルではなく……
まぁ、顔が怖いから何も言わずに話を合わせるか……
「そんな……」
ファレンは勘違いしたまま、さらに話を続ける。
「お前は馬鹿かよ、好きだと言わないと俺が気に入ってるかどうか、相手は分からないじゃないか。
後はあれだ、洗脳だ。
いつも会ったらお前は俺のモノだ常に言え!
そうしたら相手もいつかそう思う、最初は相手にされなくても気にするな」
つえぇ……迷惑だが、この男はハートが強ぇぇなぁ。
……マジで迷惑だが。
そしてそれはうちの王子には無理だろう。
ファレンは俺の苦虫を噛み潰したような顔を見ると、ハァと溜息を吐いて「弱虫には無理かよ……」と言った。
……反論できなかった。
すると廊下からパパさんの声が響き渡った。
「こんな夜更けにお前の部屋に誰かいるのか!」
聞いたファレンは目を丸くし、次の瞬間窓から外に出て「エリィにまた来ると言ってくれ」と言って一人サッサと逃げだした。
「……随分手馴れてるな」
恐ろしい男だ、迷いがねぇ……
パパが姉貴に「こんな夜遅くにお前の部屋に誰が居るんだ!お前は年ごろの娘なんだぞっ」と叫びながらこの部屋に入った。
「なんだゲラルドか……だったらそう言え」
パパは部屋の中に居る俺を見て拍子抜けしたらしく、そのまま姉貴を残してどこかへと去った。
姉貴はパパが居ないのを確認した後、俺に「フィンは?」と聞いてきた。
おれは「また来るって言って、窓から出て行ったよ……」と答えた。
姉貴は悲しそうな顔で溜息を吐くと、そのまま俺にお茶をもてなした。
……そんな姉貴に俺は相談をすることも忘れ、先ほどのファレンの事を尋ねる。
姉貴は、きっと自分が居ないとだめになるから放っておけないと言った。
……それを聞いた時俺は悟った。
あの男も、クズなのだ、と……
◇◇◇◇
次の日、学校に言った俺は、やけに機嫌がいい王子様に会った。
「やぁ、ラリー昨日はごめんね!」
「え?いや全然……」
なんだなんだ?いきなりわかりやすく機嫌が良くなったぞ。
彼はそのまま鼻歌を歌いながらトイレに向かったので、俺はイリアンに聞いてみた。
「イリアン……何があったの?」
「実は王子様の婚約者候補を今策定中で、その中にイフリアネの名前があるらしいんだ」
通常王家の婚約者と言えば有力な諸侯から選ばれる、シルト大公領に属する伯爵家から選ばれるとは珍しい。
次にシドがやってきて言った。
「ラリー聞いた?シルト大公領のダマト伯爵には、実際には女の子はいないんだって!」
「え、じゃあイフリアネはダマト伯の娘じゃないの?」
「分からないけど、伯爵領の継承権がある人の娘じゃないかと言われている」
剣術学校以外では接点がない彼女たちの噂で、俺達は持ちきりになる。
そんな怪しいミステリアスな女の子が王子の婚約者候補であると言う事に、俺たちはいろいろな妄想をたくましくするのだった。




