赤ちゃんの逆襲!
……さて、敵を知り、味方を知れば百戦危うからずという言葉がある。
誰が教えてくれたのかって?……社長だよ。
さて、敵を観察しよう。
まぁ、観察するまでも無くこいつは自分に甘く、他人に厳しい奴だ。
問題を起こさない俺を舐めて、部屋の扉を良く閉めないで何処かに行ってしまう事が在る。
……こいつを利用しよう。
さて、俺はその為にも何か使えないかと思っていたのだが、ある日遂に発見した。
……そうだ、ステルスで行こう。
俺は赤ん坊である、おしめを替えて欲しかったら泣き、お腹がすいたら泣くのが仕事だ。
ソレを使う。
毎朝の事だが、この屋敷では洗濯ものを大量に干している。
洗濯機も無いこの世界で、それは重労働なのだが、一番大変な洗濯は新人のマリーが、そして別にそれほどでもない干す作業をあのクソメイドがする時がある。
そこで俺はその時間を狙って泣き叫ぶ事にした。
やりたくはないがクソメイド召喚の儀式の始まりだ。
しかしクソメイドは最初俺の鳴き声をシカトした。
それでも諦めずに泣いていると、ある日忌々しそうにクソメイドが現れたのだ。
多分上役の誰かに押しつけられたのだろう。
まぁそうだろう、新人は辛い洗濯、そして他の人間は掃除に忙しい上に、クソメイドよりも立場が上。
結果さぼりの天才である、こいつしかゆとりは無いのだ。
「ぴギャーッ!ギャーーっ!」
俺は恐怖に耐えて盛んに泣き叫ぶ。
クソメイドは持っていた大量の洗濯を忌々しそうに、床に下ろすと、俺を鬼のような形相で睨みつけた。
クソメイドのミランダは言った。
「テメェ、今日に限って泣き叫びやがって!」
そしていつもの様に容赦なく殴りかかるクソメイド。
俺は手足を突っ張って殴りかかるこいつの攻撃を防御する。
「ぴギャーッぴギャァァァァっ!」
ここぞとばかりに泣き叫ぶ俺。
やがてずしずしと響く足音を立てて、一人のおばちゃんメイドが飛びこんで来た。
「いつまでぼっちゃんを泣かせてるんだ!」
怒鳴りながら入って来たこのおばちゃんは、メイド長のガルーナと言う。
4人の子供を育て、てきぱきと仕事をする人で、ウチのママの信頼の厚い人だ。
ちなみに俺もこの人は嫌いじゃ無い。
ただし威厳があるので、若いマリーちゃんの方が大好きだ❤
クソメイドは上の人には猫かぶって居るので、おとなしく頭を下げた。
やがてメイド長ガルーナさんはてきぱきと俺のおしめを替えると「さっさと持って行き!」と言って、俺のうんこまみれのおむつを、クソメイドに渡した。
ソレを持って脱兎のごとく此処から逃げるクソメイド、ソレを見てぶつぶつ文句を言いながら出て行くガルーダ……
あっ、扉を閉めちゃった。
……まぁ、いいか。予定を変更しよう。
それに何より、こいつが手に入ったしな。
俺は床に置かれた大量の洗濯物を見て、ニンマリする。
誰かが戻って来るまでに、いそいそとベッドから降りる俺。
そして大量の洗濯物を漁りだした。
それからしばらくして、洗濯も終わり、あのクソメイドが俺の子守りをする時間になる。
部屋に入って来るなり「テメェ、次やったらタダじゃおかねぇからな!」と俺を脅すクソメイド。
俺は寝たふりをしてソレをやり過ごす。
このクソメイドはこの時間をおさぼりタイムと位置付け、最近はごくごく自然にそのままソファーでグースカ寝だすので、寝息が深まるのを静かに待つ。
……ころ合いを見て静かに起きる俺。
ベッドの中に隠しておいた大量のパパや兄貴の下着を床に散乱させる。
中でも一番手触りの良かったシルクっぽい黒いパンツは、あいつの胸元に置いてやった
次に兄貴が使っている、薄黄色の長いタオルをベッドの下に落とすと、俺は音も立てず、静かにベッドから降りる。
此処からはどれだけ慎重に動けるかが勝負だ。
音をたてない様にゆっくりとハイハイで動く俺。
部屋に備え付けの薪ストーブ近くの火掻き棒を口にくわえ、これまたゆっくりとドアノブの下に行く。
俺は慎重にタオルを火掻き棒で持ち上げ、そしてドアノブへと引っかけた。
「…………」
此処からは緊張の一瞬である。
蝶つがいの音をたてない様にゆっくりとドアノブをタオルを使って上から押し下げ、そしてゆっくりと部屋の奥へと引いて行く。
途中ムニャムニャと言いだすクソメイドにビビりながら、俺は僅かに扉を開ける事に成功した。
この事に満足する俺。
次に静かに火掻き棒をカーペットの上に置くと、タオルを広げその上に仰向けに寝転がる。
そして右手の親指の間と、右足の親指の間にそれぞれタオルの端を挟みこむと、そのままくるんと腹這いになった。
こうしてタオルにくるまれ芋虫みたいな姿になった俺は音も立てずに慎重にこの部屋の外に出た。
目指すは、ママさんの部屋だ。
頻繁にに抱っこされたまま、ママさんの部屋に行く事が多いので、道順は判っている。
ただそれまでの間に他の使用人に見つかると部屋に連れ戻されてしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
あのクソメイドと仲のいい使用人がいるだろうし、俺の冒険を無かった事にされてはかなわんしね、本当。
そこで俺は廊下の端を音も無く動き、足音がしたら、タオルにくるまったまま静かに動かずにいた。
アレだ、俺はスネークだ。メタル何チャラのおっさんだ。
途中、家具の下にナイフが落ちているのを発見した俺は、ますますスネークになったと喜び、こいつを口にくわえて、ママさんの部屋に向かう。
やがて時間はかかったが、俺はついにママさんの部屋に辿り着き、耳をそばだたせる。
ママさんは執事に、屋敷の収支について説明受けておりお仕事中の様だ。
居ると判った俺は、やっとタオルから這い出て、口にしたナイフでゴスゴスとママさんの部屋の扉を叩く。
「うん?何かしらあの音……」
ママさんはそう言うと、ノックされた扉に注意を向けたようだ。
そこで再びゴスゴスと扉をくわえたナイフで叩く俺。
やがてママさんが、静かに扉を開けてくれ、そして床の上で這いずり回る俺を発見してくれた。
はーい、ママさぁーん。
俺は長かった冒険の終わりを知って、嬉しくなって、おててを振り振り……
ウン?ママさん、固まってますよ。
じゃぁ、もう一回はーい、ママさぁーん。
この時大きな音を立てて、俺のナイフが口からボトリと俺の太ももに落ちた。
あ、あぶねぇ。ナイフが刺さらずバウンドしたから良かったけど、流石に今度から気をつけよう。
ウン?今度はママさんの顔が真っ青になったぞ。どうしたんだろ?
もう一回やってみるか……はーい、ママさぁーん。
「は、ハラルド!子守りは誰もしていないのでしょうか……」
ママさんは俺の想像とは違って、底冷えする様な声で後ろにいる執事のハラルドに尋ねる。
ハラルドは「いえ、そんな事は。確かミランダが子守りをしている筈ですが……」と、こちらも青ざめた顔で答えた。
「…………」
ソレを聞くなり、ママさんは黙って俺を抱き上げると、凄まじい勢いで俺の部屋へと向かった。
「ミラン……」
こうして部屋に入ったママさんが見たのは、パパさんや兄貴の下着がお花畑の様に散乱し、そしてその中で、黒い下着を大事な物の様に握りしめた眠り姫である。
「こ、こん〒◆☆■★○○ッ!」
ママさんは、この国の言葉とは思えない凄い言葉を、誰も聞き取れない高速言語で絶叫し。
その言葉でクソメイドは飛び起きる、遅れてやって来たハラルドが顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげ。
メイド長のガルーナさんは、この声を聞いて部屋に飛び込んで来るなり絶句した。
この騒ぎを聞きつけ、他のメイドも次々とこの部屋に飛び込む。
寝ぼけているのかなんなのか、未だに事情が呑み込めない、クソメイドは手にしていた黒い下着をぎゅーっと握りしめ……
あ、ママさんがまた高速言語で話し始めた。
アレ、多分パパさんの物だね、たぶん。
こうしてますます大きくなる騒ぎ。
上手く行った俺の企み。
俺はママさんの腕の中で、無垢な天使のスマイルで、コレら一部始終を見ていたのだった。
◇◇◇◇
それからだが。クソメイドは俺の子守りをしなくなった。
ついでに来週でクビである。
この後俺の担当はマリーになり、俺はあの恐怖からようやく解放された。
因みにあのミランダはその後もこの屋敷の近くに住んでいるらしい。多分どこかの誰かに雇われたのだろう。
こうして俺の0歳時代は、伝説だけを残して静かに過ぎ去っていくのである。