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俺の騎士道!  作者: 多摩川
少年剣士誕生編
25/147

幕間1 混沌の始まり

 世界の西の果てにあるマウリア半島、そしてそのマウリア半島にある大国アルバルヴェ王国。

何百年も続いた戦争の果てに、現在過去最大の領土を得たこの国は、平和を欲していた。

しかし他のフィロリア地方では未だに戦争は絶えず、いつもどこかで争いが繰り広げられる。

武装する戦いの女神フィーリア……

彼女はいまだに戦いを望んでいるようである。




火種はヴァンツェル・オストフィリア国、すなわち帝国に眠っていた。

フィロリア地方の東端にあるこの超大国は、聖地にある聖域六カ国に影響力を持ち、東方と西方とを(つな)ぐ貿易をほぼ独占していた。

すなわちこれは、聖竜暦1125年の聖戦で連合国が聖地を占領し、聖域六か国を建国した後、帝国は巧みな外交戦略でもって最も大きな利益を上げた国であると言う事である。

結果フィロリアの他の国に最も羨ましがられ、そして憎まれる事になった帝国。

大成功したとおもわれている彼の国だが、国内に目を向けるとそんなに簡単な話ではない。


……その結果、帝国内で貧富の差が拡大したのである。


東方から入った産物は素晴らしい物ばかりで、胡椒などに代表される香辛料に香料、宝石に綿布を使った織物それらが、聖域にある国々を経由して大量に帝国に流れ込む。

逆に西方から東方に向かうのは、木材や金、銀、魔法で使われる材料に、奴隷や傭兵である。

それらはラドバルムス信徒から絶え間ない攻撃を受ける聖域諸国の命綱であり、それを支えるヴァンツェル・オストフィリア国の収入源の大きな部分になる。


しかし流入する贅沢(ぜいたく)品は、急速に帝国国民の生活を圧迫した、彼らが贅沢を覚え始めたのである。

やがて豊かな帝国では、人々は香料もつけずに他人に会うのを嫌がり、香辛料もまぶされない塩漬け肉を食べるのも嫌いだすようになった。

……人々に浪費の悪癖が蔓延(はびこ)りだした。

特に問題になったのは香辛料であり、それを消費する農村だ。


冷凍保存なぞないこの世界では冬前に豚などの家畜を殺し、その肉を塩漬けにして、人々は冬の間食いつなぐ。

ところが塩漬けされた肉と言うのは、2カ月も立つとすさまじい匂いを発する物で、これを緩和するために人々は香辛料を使う。

また香辛料には殺菌作用もあるので、肉の持ちもよくした。

だから他のフィロリア諸国よりも安く香辛料を手に入れる事が出来る帝国では、塩漬け肉にあらかじめ香辛料をまぶすようになった。

この他国から見ると目をむくような贅沢が、ヴァンツェル・オストフィリア国の農村では当たり前のように行われ始めたのである。

帝国の他の都市部の住民に至っては、さらに恐ろしい勢いで香辛料を消費する。

だからこの国の料理文化と言うものは、聖戦によって著しく向上ないし、変貌したと言っていい。

こうして香辛料とは……これら帝国の住民にとって無くてはならないものになったのである。


そんな香辛料だが農産物である以上、取れ高が大きい年、少ない年で当然相場は上下する。

さらに悪い事にこの香辛料をたくさん使用した、帝国様式の料理レシピが他のフィロリア諸国に出回ったことで外国でも香辛料の消費はうなぎのぼりに上がってしまう。

そうすると帝国商人が、より高く買ってくれるなら香辛料を外国に売るようになったのだ。


一度は聖戦で聖域六か国が誕生してから、帝国内の香辛料の価格は確かに50年ほどは3分の1に落ちた。

だが今はこう言った理由で帝国内の香辛料は足りなくなり、聖戦開始から200年近くたった今では何と聖戦開始前から3倍もの値が付くようになった。

インフレでそもそも物価は2倍になったとはいえ、それでもこの値の上がり方は尋常ではない。

この香辛料の高騰に、何処よりも農村がその被害を受ける。

なぜなら香辛料を取り扱う自由都市の商人は、香辛料の値段が高騰したことによって莫大な利益を上げたが、逆に農村ではお金が出ていく一方になったからである。


……この問題となっている自由都市とは何なのか、はてまた何故取り締まれないのか。


まず知って欲しいのは封建領主は荘園、すなわち農村を支配している存在なのに対し、皇帝または国王と呼ばれる存在はそれ以外の領地を支配しているという事である。

(もちろん直轄地を所有しているので荘園がないと言う事は無い)

家臣に分け与えられた荘園以外の、街道やら川や橋の下と言った場所は名目上皇帝の所有物だ。

自由都市はそう言ったところに自然発生的に誕生した、マーケットがそもそもの始まりである。


例えば、代表的な自由都市の始まりの一例を挙げると。

橋は必ず人が通るので、近所の誰かがここで、余ったキルトなんかを販売する。

すると必ず誰かが通る橋なので、他の所と違って簡単に客になる人が現れた。

こうして商売するのに都合が良い場所を見つけたので思い切って、此処に住み着こうとする。

他の人も同様だ、魚に小麦、金物に香辛料。ちょうど親戚が農民だったり、漁師だったりで手に入れる伝手(つて)があるから、俺がここで売ろうと考える。

客だってこの橋に来れば欲しい物が手に入るから、買い物のために訪れる。

こうして橋のたもとに徐々に人が集まり、お店が立ち並んで、そしてある程度の規模になってからぐるっと回りを柵で囲えば、これで街はできたという事である。

こうして誕生した街は税金と引き換えに皇帝からの勅許を得た、勅許にはこうある“皇帝陛下に毎年税金を納める限り、この都市の自治権を認める”と。


これが自由都市である。

だから自由都市が栄えるほど皇帝は豊かになり、そして荘園の農民や、それを所有する封建領主は貧しくなった。

だから皇帝は自由都市を取り締まる意思がなく、荘園領主は自由都市の思惑に歯噛みをしながら手を打つ事が出来ない。


農民が貧しいと言う事は、領主は税金が取れない。無い袖は振れないのだ。

無理に無い袖を振らそうとして、農村一つ丸々逃散(ちょうさん)した例も出ている。

そうなるとそこは農村ではない、ただの原野だ。そこから税金なんて上がるはずもない。

勢い無理な徴税は鳴りを潜め、そして純粋に領主の取り分は減少の一途をたどった。

だから封建領主は弱体化した、そしてそれは皇帝の喜びの裏で、動員兵力の大部分を占める諸侯からの、恨みが溜まっていくと言う事を意味する。


帝国はその美しい見た目の裏側で、静かに封建制度の限界が見え始めていたのである。

諸侯は皇帝に自由都市の勅許の停止、または諸侯への管理権の移管を願い出るが、皇帝はそれを拒絶する。


……そしてそれは、帝国の動員兵力減少と言う、目に現れない成果を伴ったのである。

生活の質を落とす事が出来ない帝国国民、そしてその皇帝。

一度覚えた贅沢は麻薬に似る、切れる事を恐れるという意味において……


外国から憎まれ、国内に不穏分子を抱え、そして誰も気が付かないうちに兵力を減らしたヴァンツェル・オストフィリア国。

……その落日は急に訪れる。





きっかけは隣の大国ダナバンド王、ワラーン6世の急死である。

春に諸侯を率いて狩りを行った際、乗っていた馬がモグラの穴に足を入れてしまい転倒、その打ちどころが悪く、彼は翌日息を引き取った。

後継ぎは無い、まだ28歳の若者の死。

先代の王である父も、そして王后だった母も死んでおり、王位継承は混沌を極めた。


……そして遂に一つのクーデターが起きる。

野心的な王の弟ヴァーヌマが、他の王位継承者を虐殺し、兄の后であるエリオンティーヌを女王に推戴したのだ。

王国全土で600名以上を捕縛、そして裁判なしに殺したこの事件は、女神フィーリアを守ったとされる、使徒クランティンの命日に行われたこともあり“使徒クランティンの虐殺”と呼ばれる事になる。


◇◇◇◇


―大国ダナバンドの首都ルワーナ。

ベッドの中で女の肩を抱きながら、冷たい目をした美しい男は、自分に(すが)りついてしゃっくりを上げる女にこう言った。


「心配はいらない、全ては私に任せてほしい……」

「だけど、私は何と罪深い事を……」


女はこの国の新たな女王エリオンティーヌ。

光り輝くような美貌で他国にも知られ、均整の取れた肢体もまた美しい女だった。

美しい黒髪、白い肌、鮮やかで目を引く赤い唇。悲しみで潤む目に宿る、吸い込まれるような魅力。

どこか庇護欲を掻き立てるその様子に、女を抱く男の心はざわついた。

衝動的におびえる女を組み敷きながら、この男は言う。


「大丈夫、心配はいらない、我々の敵は皆死んだ。

兄も、叔父(おじ)も……他の王位継承者もみんな。

だのになぜそんなにおびえるのですか?」

「ヴァーヌマ……あなたは恐ろしい人。

私を実の兄から奪い、そして私に子供を……」

「だから何だと言うのです?

エリオンティーヌ、わたしに逆らったらどうなるのか……

いや、これは無粋な話だ……私はね、欲しいものがあったら何も我慢はできないんですよ。

初めてあなたを見たときに思った。

あんな豚にこんな美しい人は似合わないって、初めて目を合わせた時の事を覚えていますか?

……私は覚えている。まるで電気に打たれたような衝撃を覚えた。

あなたもそうだ、エリオンティーヌ」

「確かに、確かにそう……」

「エリオンティーヌ……この事が兄に知られたら私もあなたも生きてはいない。

子供とあなたを救うためにはこれしかない。

そう思って私はそうしたんだ。

エリオンティーヌ……あなたはその美しさで私を狂わせ、そして王を殺したのだ」

「うっ、ううっ……」


男は罪の意識を女に植え付け、それに苦しむ女をきつく抱きしめながら、どこかその心を嬲る事に、たまらない全能感を覚えた。

そして打って変わって救い主のような優しい声で女に囁く。


「顔をそむけないで、こっちを見て、エリオンティーヌ。

大丈夫心配はいらない、私があなたと、あなたとの間の子供を守るから。

そうだ、あなたの子供は兄の忘れ形見にしよう。そうすれば誰も不審を抱くまい。

大丈夫エリオンティーヌ、子供の事もご自身の事も私に任せなさい」


ヴァーヌマは彼女の肩をやさしく唇で吸いながら言った。


「女王陛下、私の願いを一つかなえてくれませんか?」

「……なに?」

「エルワンダル大公があなたの王位継承を、いまだに認めていません。

……私が殺しても構わないでしょう?」

「まだ殺すの!」

「これが最後です、最後の一人です。

大公は帝国に所属する諸侯。

きっと兵を率いて戦争になりましょう。

……私を司令官に任命ください」

「もう、もう人が死ぬのは見たくありません……」

「エリオンティーヌ、これが最後です。

これが最後、これで終わり。

……後は家族で穏やかに暮らせます。

あなたと私、そして子供で三人でね。

約束します、これが最後……」




帝国衰退のきっかけはこの時始まった。

3カ月後エルワンダル大公は15000の兵士を率いて、冬季にも関わらずダナバンドに侵攻した。

自身の妻が先代の王の妹にあたるため、息子に王位継承権があると主張しての事だ。

これを打つべく出撃したヴァーヌマ率いる、ダナバンド王国軍は8000。


……強気な発言の割には随分と小さな兵力である。

諸侯の支持を得られず僅かな兵しか集められなかったヴァーヌマ。


対するエルワンダル大公は兵数の差もあって優勢に戦争を進めていた。

ところが、あまりにも優勢なためか斥候を怠った彼は、うっかり前線に出ていたところをヒルワンの丘の向こうから突如現れた、ヴァーヌマの突撃を受けてあっけなく戦死した。

ヴァーヌマはこの戦勝の勢いを狩って、そのままエルワンダル地方に侵攻、エルワンダル全土を占領してしまった。

そして、王位継承権を持つ、大公の家族を捕縛したのである。


……そして常識では考えられない悲劇が起きる。

なんと大公の一家は全員皆殺しとなったのだ。


改めてこのヴァーヌマと言う男の恐ろしさをフィロリア全土が知る。

各国はこのダナバンドの所業を糾弾し、この国は孤立を深める事になる。

だが、このヴァーヌマと言う男はその様な事を意にも返さない男だった。彼はうそぶく。


「ダナバンド王国に攻めてきた者は皆この結果を教訓とするべきだ、我々は平和を愛する、ただし敵はその限りではない。

我々を糾弾するものは、一体誰を相手にしているのか、もう一度考えてみるべきだ」


それを聞いた外交官は一様に黙ったと言う。

だが黙っていないのは帝国皇帝だ。

エルワンダル地方は半ば独立国であったとはいえ、そこにも自由都市はあり、そして何よりも15000もの兵を動員できる、フィロリアの中でも特別豊かな土地なのである。

これを帝国から切り離され、ダナバンドに併合されては帝国のメンツにも関わる。

皇帝は要求した、エルワンダルを帝国に返還せよ、と。

またダナバンド王国自身がそれを所有するのであるならば、ダナバンド王は余の家臣として、余に頭を下げに来いとも。

さもなくばヴァンツェル・オストフィリア国は、ダナバンド王国と戦争をすることになる。


それを聞いたヴァーヌマは皇帝の恫喝を鼻でせせら笑い、そして腰に吊り下げている見事な剣を撫でながら言った。


「皇帝?諸侯の暮らしをただただ貧しくするしか能がないあの男か……

要求は口でするのではなく、剣でどうにかしたらいかがか?

そう奴に伝えておけ」


そして背後に控える屈強な7人の騎士たちと、談笑し、帝国を破ったらどのような事をしたいのかを議題に挙げてこれ見よがしに挑発を繰り返した。

それを聞く皇帝は激怒する、過去彼をここまで挑発したものは何処にもいない。

皇帝は叫んだ、帝国全軍を上げてダナバンド王国を攻略し、ヴァーヌマの首を余の前にささげるのだ!と。


自信家ヴァーヌマは傲慢なのか、それとも天才なのか、(おろか)者か……

世界は固唾(かたず)をのんで見守ることになる。


帝国は動員を開始した、もちろんダナバンド王国も同様である。

間もなく始まる一連の戦役をエルワンダル戦争と言うが、その火蓋(ひぶた)が切って落とされる。

結論から言うと、帝国は3年後決定的な敗戦の後に、このエルワンダル地方をダナバンド王国に割譲した。

世界は超大国ヴァンツェル・オストフィリア国が弱くなったと知ったのだ。





ゲラルド・ヴィープゲスケが6歳の春、新たに学校に通う時期とは、このようにフィロリア地方に大動乱が起きた時期にちょうど当たる。

ヴァーヌマのエルワンダル侵攻が始まった年がこの時期だったからだ。

世界が固唾(かたず)をのんで見守る最中、26歳の若き貴公子は、世界の中心人物として名乗りを上げる。


この事はまだ少年の彼には、大きな影響は及ぼさない。

だがその影響は少しずつ彼の人生を狂わせていくのだった……


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