天使な姉貴の異なる顔……
いきなり現れた変な奴。
そいつの乱入に驚く俺を尻目に、姉貴は嬉しそうに、あのチンピラみたいな変な奴がいる柵のほうへと向かう。
俺は急ぎ兄貴に「お兄様、あれは誰です?」と尋ねると、兄貴は苦笑いしながら言った。
「ああ、アイツはファレンだ、騎士爵のアイルツ家の次男坊で、昔っからエリィの事が好きなんだ」
この世界では身分の差と言うのは激しい。
基本貴族は貴族同士で縁を持つし、騎士家は騎士家の人間と縁を持つのが普通だ。
もちろんパパさんみたいな例外も存在するが、それほど数は多くない。
しかもだ、家を継ぐ可能背が低い騎士家の次男坊が、男爵家の娘にカマかけるだなんて相当珍しい……
そう思った俺は、この男に対して好奇心がむくむくともたげ、静かに兄貴に尋ねた。
「騎士の子供が何でお姉さまと知り合いなんです?」
「ああ、お前が生まれる1年前まで、お父様は重要な仕事はしていたが騎士爵だったんだ。
だからエリィは、王に仕える騎士の子達が通う学校に行っていて、ファレンはその時の同級生なんだよ。
その後はエリィも行く学校が変わり接点はなかった筈だが
……なかなかどうしてあいつは根性があるよ」
「どういうことです?」
「騎士の家も継ぐ可能性が低い次男坊だから、ウチとは家柄も折り合わないと考えたファレンは……いや、まぁアイツはすごいよ。
お前どうしたと思う?」
「お兄様、質問しているのは僕ですよ!」
「まぁまぁ、どうしたと思う?」
「ええ?わかんないなぁ……」
答えに窮する俺に、兄貴はからかうように笑うとこういった。
「あいつはエリィと別れた次の年、狩りに出て暴れ牛に襲われたリファリアス王太子を、命がけで救ったんだ」
「へぇ……」
「あいつはその時重傷を負ったんだが、その際褒美をもらえることになった。
すると奴は褒美として、リファリアス王太子のペイジになる事を希望したんだ」
「ペイジって何です?」
「知らないのか?
小姓の事だよ、騎士の従者になる前の階級で幼い子供達がやる、アレだ」
えっ、騎士って下積みが長いの?
しかも子供のころから?
ラーマだかダルマだかの転職神殿で祈りを捧げたら、次の瞬間騎士になれる訳じゃないのかっ!
ショックでけぇ……レベルが上がったら、ネクストクラスみたいなクラスチェンジ制だと思っていた。
人知れずがっかりしている俺をしり目に、兄貴がどこか面白そうな口ぶりで話を続ける。
「向上心が強い奴だよアイツは……
王太子殿下のもとで修業に励み、騎士家を新たに立ち上げて、エリィを嫁に向かえない時は死ぬって公言している。
殿下もどうやらアイツの事を気に入っているらしいな」
「有名人なんですか?」
「まぁ、王宮にいて、王太子と会う機会があったら常に真剣な表情で、王太子の傍にいるアイツと会うからな。
おそらく今回も王太子がこちらに来たという事だろうな」
フーン……すごい奴がいたもんだ。
「あいつは若いが剣の腕が立つと評判だ。
ホーク将軍もファレンの事を知っている、あいつは今、この国で一番有名なペイジじゃないかな?」
「じゃあ、お姉さまはアイツと結婚するんでしょうか?」
「まさか……お父様が許さないよ。
お父様はアイツと折り合いが悪いんだ。
アイツは血の気が多すぎるからな……お前も気をつけろよ」
俺は兄貴に何らかの返事をして置いた後、姉貴とファレンと言う男の事を、しばらく見ていることにした。
やさしく微笑み、姉貴に手を伸ばす柵の向こうの男。
その手を包むように両手で握ったウチの姉貴。
はたから見るとその雰囲気はとてもいいものに見える。
そしてあの目つきの悪いイケメンの後頭部に、凄い勢いでくちばしを突き立てるどこかの鳥……
……なんだあの鳥?
「イテェだろうが!くそぉっ」
あ、イケメンが怒った。鳥も逃げ出した。
イケメンは、あの鳥がいないかどうか盛んに周囲を見回すと、姉貴に向かって「4年だ、4年でお前を迎えに来るからな!」と、苛立ったよう言ってここから離れた。
あ……鳥の姿を見つけたら鳥を追っかけて走って行った。
「待てコラァ!タダで済まさねぇからなっ」
と、叫びながら僕らの前から消える、この国で、一番有名なペイジ、ファレル。
……確かに目立つ男だな。
しばらく僕らはここにいて、先ほど居たファレルとやらの事が話題に上がる。
兄貴は姉貴にこう言った。
「お前、ファレンと結婚とかなったら、どうする?」
「え……うーん」
返事を即答しない姉貴、マルコ師匠的に言えば、これはあれだ……姉貴は奴を好きになりかけてる可能性大だ。
兄貴もそんな匂いを直感的に感じたのか釘を刺すように言う。
「ちゃんと立派な男と見合いしたほうがいいと思うぞ。
お前もしかして、好きと言われたから相手の事が好きになってるんじゃないのか?」
お見合いで連敗街道を突き進む彼から、そんな恋愛感情の機微を聞けるとは思わなくて、俺は少し目を見開く。
言われた姉貴は、兄貴の言葉に思うことがあるのか、苦笑いを浮かべて、歯切れも悪く見当違いな方角に目を向けた。
「お坊ちゃまがた、お茶のご用意ができました、お部屋の暖かい所へどうぞ」
このタイミングで、伯爵に仕える屋敷のメイドさんが、遠くから僕らに声をかけた。
兄貴と姉貴はその声に従って、メイドがいる屋敷の中に入っていく。
俺もそれに従おうかなと思い、少し遅れて歩き出そうとした。
「由々しき事態ニャ……」
ムッ。末尾にもっともらしく“ニャ”と、つけるこの声はクソ猫の声!
どこだ、どこに居やがるアイツは?
「どこ見てるニャ、こっちニャ」
声がしたほうを見ると傍にたたずんでいた四阿の屋根に、はち割れ模様の毛皮を持つ、うちのクソ猫がいる。
俺はとりあえず「何が由々しき事態なんだ?」と聞いてみる。
クソ猫は目を細めてこう言った。
「精霊の声を聴いているとニャ……
あの二人はできかけているニャ」
「……見たらわかるじゃん、そんなの」
いまさら何を言うんだ、コイツ?そう思っていると猫は激高して叫んだ。
「まだわからにゃいかっ、小僧!」
「うるせえよクソ猫!」
この野郎、俺を小僧呼ばわりしやがった。
生前の記憶を含めるとお前よりか年上だわ!このボケナスがぁ。
そう思ってにらんでいると、クソ猫は苛立たしげに言った。
「それならお前に、あのファレンとかいう奴の正体を見せてやるニャ。
お前は折を見て、いつものようにこの屋敷を脱走するニャ」
「お、お前お前言うな!
僕はゲラルドだ!」
「だったらニャーの事もポンテスと呼ぶニャ!」
いやだべ……まぁいいや。
「そんな事より、俺が脱走してるって……」
「ふふん、夜屋敷の外壁をよじ登っている事も知ってるニャ」
あちゃー、寄りにもよってコイツなんかに知られたか。
「エリィにゃんも知ってるニャ」
「なっ?それじゃお母様とお父様は……」
「……知らにゃいニャ」
「いつから?」
「だいぶ昔からニャ」
て、言う事は、姉貴は内緒にしてくれたのか。
うぉぉぉぉっ、助かったぁ。
お母様とお父様にさえ知られなければ、あとは何とかなる。
「なので、ママにゃんに黙ってやるから手を貸すニャ」
「お前、脅すのかっ!」
コイツ、サクッと何を言いやがる!
姉貴と違いこのクソ猫は俺を恫喝するつもりなのかよ。
猫はそんな、内心動揺が激しい俺を無視するようにぼそぼそと呟いた。
「とにかくあのファレンとかいう小僧はよくニャイな、エリィにゃんに全くふさわしくニャイ男ニャ」
「どういうことだ?」
「後で案ニャイするニャ、とにかくいつものように服を着替えて、自由時間を作ってくにゃ」
コイツ、俺の事をどこまで知っているんだ?
油断ならないやつだな……断ることができないのは癪だがまぁいい、俺も奴には興味がわいたところだ。
「分かった、後で合流しよう。そいつのところに案内してくれ」
「分かったニャ」
それだけを言うと猫はしなやかな動きで四阿を向こう側に降り立ち、どこかに向かった。
「ゲリィー、寒いから早くこっちに来なさい」
遠くでなかなか来ない俺を心配して姉貴が声をかけた。
「はーい、お姉さま。今行きます!」
俺は姉貴のお誘いにこたえると姉貴の元に向かった。
◇◇◇◇
さてクソ猫に言われた通り庶民風の服を着た俺は猫に合流し、ダレムの山荘付近の街に来たのはそれから2時間後である。
伯爵が嫌がるパパさんをなだめすかして、陛下の元に拝謁しに行き、そして兄貴とお母様がそれに同行することにしたからだ。
こうしてできた、まとまった自由時間を使い、俺と猫はスパイ活動をすることになる。
不意に歩き回ることになったダレムの街は、小さいけれどもきれいな街だった。
特に今回は学友探しの件もあって、そうそうたる貴族家がここにいるせいか、道行く人々の身なりも何もかも華やかだ。
風景は田舎なのに、此処だけ貴族街が引っ越してきたかのような、洗練された人々の群れ。
自分のような貴族の子弟がぞろぞろとこの街を歩いているのを見ていると、俺は生まれて初めて、とある事に気が付いた。
……俺、同世代の友達一人もいないやん。
気が付くといつも年上とばかりいたやん。
このまま友達もない人生を送るのは寂しい、どうやら友達を作らなければいけないのは、王子様ではなく俺じゃないのか?
「ニャーおん!」
そう俺が考えていると、クソ猫が嘘くさい猫の鳴き声で俺を呼ぶ。
周囲の目を気にして、猫の声で語りかけているのだろうが、相当違和感がある。
俺はごみ一つ落ちていない、踏み固められた道を疾走しながら猫と共に町の裏路地にたどり着く。
この裏路地に軒を連ねる、幾つかの家の屋根の上に、ファレンの後頭部にくちばしを突きまくったのと同じ種類の鳥が、何匹も軒先に止まっているのが見えた……
「よし、此処からは慎重に行くニャ。
あそこの家の角を曲がったところに柵がある、その柵の向こう側に奴とその仲間たちがいるニャ」
「へぇ、ネコお前凄いな」
「ネコじゃ無いニャ、ポンテスニャ!
まぁいい、此処からは静かについてくるニャ」
猫は先行してくれるらしく家の角のあたりに立ち、首を出すとしばらくして俺にアイコンタクトを送る。
その合図に従って、速やかに家の角を曲がり柵の下にあるブロック塀へ向かった。
滑り込むようにブロック塀に身を隠した俺と猫は、そこから6人の男女で作られた集団の様子を盗み見る。
樽に行儀悪く体を預け、ニヤニヤしながら皆を見回す奴と、その傍らで色々話しかける小さな男。
女と仲良く話しかける男もいるし。
そして姉貴と、あのファレル……
姉貴っ?
「おい、ネコ!
なんでお姉さまが屋敷の外にいるんだ!」
「知るかっ!それにニャーはネコじゃなくポンテスと呼ぶニャっ」
嫌だねっ!お前なんかクソ猫で十分だっ。
お、あのファレンとかいう奴が屋根の上の鳥をにらみつけている。
にらまれた鳥も引き下がる気配はないし、まだまだあの鳥は、あのチンピラペイジに攻撃を仕掛けるつもりだな。
そんな険悪な雰囲気の鳥とファレンの様子に、姉貴は心配になったのか声を上げる。
「フィン、あの鳥さんと喧嘩したの?」
「知らねぇよ、むしろ俺が聞きてぇ。
何故かあいつが俺の事を目の敵にしてやがる、意味が分かんねぇよ……」
「あの子たちとあまり喧嘩しないで……」
「お前はあの鳥と仲が良いのか?」
「……うん」
「チッ、仕方がねぇ。
それじゃあお前、その代わりに明日の夜付き会え……」
あのファレンとかいう目つきの悪いガキの言い分によれば、鳥と喧嘩しないための交換条件がそれなんだそうだ。
関係ねぇだろうが、馬鹿野郎……
奴は樽に寄り掛かる男に顔を向けると「大将、明日はエリィも混ぜていいですかね?」と尋ねる。
大将と呼ばれた男は、危険そうな笑みをニヤリと一つ浮かべると「ダメも何も、お前さっそく誘ってるじゃないか」とからかう。
ファレンは「エヘヘ、すみません」とキャラ崩壊もいいところの愛嬌を、樽に寄り掛かる大将とやらに見せる。
こうして会話の流れを見ると、あの樽に寄り掛かっているのが、リファリアス王太子かもしれないな。
小姓は基本休みなしで主人につきっきりで、仕事をすると聞いているから……
まぁ、そんなことどうでもいい。
……それよりも聞き捨てならないことを聞いた。
明日の夜、お姉さまを連れだす?
そんな事許すわけないだろうがこの馬鹿モンが!
年頃の娘を連れだしててめぇは真夜中何をいたすつもりだっ?
男と女の夜の掘削工事か?絶対に認めんぞ!
「あ、あの野郎……
結婚前のお姉さまに何をしようとしてやがるっ!」
俺が憎悪にまみれた声で囁くように吐き捨てると、同じく柵の向こう側を見ていたクソ猫も「よく言った小僧っ!」と俺をほめたたえる。
「あのクソガキを思いとどまらせるためにも、パパにゃんと、ママにゃんに密告するニャ」
「おう、その通りだクソ猫!
お前はクソだが役に立つ、さっそくパパさんとママさんに報告だ!」
「分かったニャ、クソ小僧!」
「…………」
「…………にゃ」
俺はイライラしながらデコピンのポーズでクソ猫の額を打ちぬこうとし、奴は二本足で立つと、両手の爪をこれ見よがしに出して俺を脅す。
「クソ猫、初めて会った時からお前には言いたいことがある……」
「奇遇ニャ、ニャーもニャ……」
そうか……姉貴の前にコイツをまずは倒さなくてはならないのか。
そう、思っていると、いきなり騒がしくなる。
猫と俺はいったん休戦し、騒ぎのほうに目を向けた。
すると、あの6人組の前に、ヨレヨレの服を着た3人の男が立っていた。
……警戒をする6人の若者。
やがて4人の男どもは会話を辞め、女を後ろに隠すと、いきなり現れた男にガンを飛ばす。
「おい、なんだてめえら。
早く向こう行けや……」
ファレンが凄みのある声で呟くと、男がフンと鼻で笑って言った。
「おうおう、昼間から女連れてイチャコラと羨ましいねぇ」
「なんだとこらっ……」
いきなり胸倉と掴もうとしたファレンを、別の若者が黙って手を抑える。
手を抑えられたファレンはそれには抵抗せず、代わりに盛んにギラギラする目を上下に振って、相手を威嚇し続ける。
乱入してきた男のうち、見るからに体格がよさそうな男がニヤッと笑うと、ファレンに言った。
「別に今日は何かをしに来たわけじゃねぇよ。ただ忠告しに来ただけさ。
そこに居るのはヴィープゲスケの娘だな?
いいか覚えておけよ、世の中にはな、お前の親父を恨んでいる奴がたくさん……」
次の瞬間フィランはそいつの顔をぶん殴った。
……アイツは瞬間湯沸かし器か?何一つためらいが無ぇ、マジで全力で殴りやがった。
それを合図に、その後は乱闘に突入。
4人で3人の男を殴り、そして蹴り上げていく。
やがて50も数えないうちに、町の誰かが「お前らっ、ここで何をしている!」と叫んでここに走ってきた。
男のみぞおちを打ち抜き、きれいに相手を悶絶させていたフィランの大将がそれを見て「おいっ、逃げるぞ!」と号令を発っする。
それを合図に6人はうずくまる3人の男をしり目に逃走した。
年若だが相当喧嘩慣れしているチンピラにしか見えない4人の男。
……信じられないことに姉貴もその中で、勝手知ったると言った感じで混ざっている。
「そんな、姉貴が……
天使ちゃんで良い子の家のお姉様がまるでヤンキーみたい……」
それを見てショックのあまり思わず涙がうっすらと瞳に浮かび、悲しくなった俺。
理由も自分では分からない。ただ目の前で起きていた現実は自分の望むものではなかった。
姉貴が両家のお嬢様らしくあり、少しおっとりと浮世離れしていたやさしい人だったはずなのに……
まるでチンピラの取り巻きのようだ……
俺はこの顛末を見ながら、姉貴の友人はこいつらであってはいけないと思っていた。
このままでは姉貴が、あの天使な姉貴がグレてしまう……
……俺が何とかしなければ。