もう一つの1216年12月 ―美貌の従士― 5/5
―同じ日、ルクスディーヌのサリワルディーヌ大神殿
「さぁさぁ、神に捧げるお香は如何か?」
「神に捧げる寄進の費用は高ければ高いほど信心深いことの現れ!
天国を目指してサリワルディーヌに来たなら、此処でケチらず信心深い事を示そう!
コチラで寄進費用をしばらく貸すよ‼」
この神殿の前では、神殿の許可を貰って商売をする出店が連日列を連ねる。
その騒がしい売り口上が聖域内に響き、その脇を信者たちが通り過ぎた。
……今回はこのような事へのコメントは控える。
知ってもらいたいのはこう言ったどこか俗っぽい雰囲気の中で、ある企みが進行している事実だ……
このサリワルディーヌ大神殿には、付随して7つの小神殿が、参道沿いに配置されている。
その6番目の小神殿には実は小さな抜け穴があり、そこの奥深くには地下に潜る道があった。
実は、その地下奥深くにある、掘り抜きの空洞の中に約十名の魔物が潜んでいる。
皆一様に暗い表情で沈黙し、そして闇とわずかな明かり、そして斜面に穿たれた僅かな空気穴の明かりを頼りに寝転がっていた。
オーク、リザードマン、コボルド、バードメイジ……全部で10匹。
彼等は空気穴の光が、暗がりの中で帯の様に差し込まれ、床に明るい光点を一つ映しているのを時折習慣のように見た。
……これを見る事で、魔物達は今外が昼なのか夜なのかを知るのである。
夜になれば出歩ける、それまでの間不自由をかこつ魔物達の群れ。
「ああ、クソ……割に合わねぇ仕事だ」
「まったくだよ、牛と農具がもらえるからって、こんな所に来ちまった」
魔物の誰かが、寝転がりながらそんなボヤキを発する。
すると誰かが「いい話には裏があるのさ……」と、悲しい“悟りの中身”を披露した。
暗がりの中、それに対して各人が反応を返す。
「違いない!」
「おいおい、お前さん賢いフリをしてよぉ」
「フン、違ぇよ。賢けりゃこんな所に来るもんか」
「アハハ、違いない!
こんな物騒な場所だと知ったら誰が来るものか。
……何が聖地だ、詐欺師と殺し屋が当たり前のように闊歩する世界じゃねぇかよ。
特に聖騎士だッ。
聖騎士共はエルワンダルの人間よりも血に飢えてやがる。
皆人を殺し過ぎて、頭がおかしい。
特にあの“狂犬”とかいう従士、アイツはまるで殺戮するために生まれた機械人形だぜ。
あの若さであんなに迷いもなく、動揺も、興奮も見せずに淡々(たんたん)と効率よく“殺し”をする奴なんか初めて見た。
しかもまだ話じゃ16歳だって言うじゃないか。
ガキの頃から殺し慣れてないと、ああはならねぇぞ」
「話は聞いてるがそんなに“狂犬”はヤバイのか?」
「ああ……剣を抜いたら別モンだな。
存在感あるぜ、ガタイもデカいがそれ以上にデカく見えやがる。
あれは相当修行してるな、向かい合った瞬間押し潰されそうだった……
しかも“狂犬”の主であるヨルダンって騎士はそれ以上に強いそうだ。
普通に襲撃しても勝てないだろうな、罠が必要だろうよ……」
「はぁ……でもあそこにいる、アシモスって奴が一番怪しいんだろ?」
「ああ、エリクシールはどうやら聖騎士が身柄を抑えているのは間違いない。
証拠に最近、聖騎士が死ななくなった。
奴らの物資集積地を奪取すると必ずハイポーションが在ったり、水の浄化薬があるんだ。
あれだけの量の高度素材は調合しないと作れねぇ、それを効率よく作れるとしたら、十中八九エリクシールのせいだろうな。
後はその中で人を殺した事が無さそうな奴を割り出せば、おのずと候補は限られる。
まぁ他にも候補はいるが……」
この時、外からこちらに向けて足音が響くのが聞こえた。
近付く人の気配を感じ取った瞬間、此処にいる全員は示し合わせて語るのを止め、そして闇の中へと姿を隠す。
そして武器を構えてやって来る奴を持った。
こうして声を潜めて警戒する、魔物の群れ。
そんな魔物達の元へとやって来たのは、人間である。
人間はこの暗がりにやってくると、暗い部屋に向かって声を上げた。
「誰か居るか?リズネイ湾から来たんだが」
それを聞いて、誰かが声を上げる。
「何時頃までに帰る?」
「秋が終わるまでだ、ただし今はもう冬だがな……」
それを聞いて皆がぞろぞろと姿を現した。
実は、先程の言葉は合言葉である。
彼等は安堵の思いを込めてこう言った。
「帰って来たんなら変身の魔法は解けよ。
……それより外はどうだった?」
それを聞いて帰って来たばかりの人間姿の仲間は、溜息を吐きながら首を振った。
「やっぱり厳しいのか?」
「厳しいなんてモンじゃねぇよ、聖甲銀の板切れ持って皆うろついてる。
今の様子だと、聖騎士の連中だったら小姓の姿を見ても遠ざかった方がよさそうだな。
いつ何時聖甲銀の粉やら板やらを振りかけられてもおかしくねぇぞ……」
「マジか……仕事がやりにくいな」
この時……部屋に置かれている二つの水晶がキラキラと魔法の気配を発しながら輝きだした。
この様子に気が付いた魔物が「おい、大ボスが出るぞ!」と声を上げた。
それを聞いた全員が、急ぎ水晶の前に集まり、輝く水晶を覗き込む。
……すると水晶の中に、銀色の髪をした精悍な顔つきの人間の男が現れた。
『…………』
魔物達はその姿を見ると恐れるように沈黙し、そして息を呑んでその姿を見つめる。
……水晶の中に映った男の名前を、セクレタリスと言った。
『久しぶりだなお前ら』
その言葉に反応してバードメイジの一人が「はい、ボス……御無沙汰してます」と答える。
『途中経過を聞こうか?』
「はい、エリクシールの探索は、ある程度絞りを入れてます。
どうやら聖騎士団の方に匿われているのは間違いがないようです。
サリワルディーヌ大神殿の協力も得られてますし、そこからテュルアク人が知った事も分かります。
聖騎士団は高度な魔術薬を大量に持っていますし、それらテュルアク人が攫った略奪品からも明らかです。
おそらくこちらが持ってるリストの6名のウチ、どれかで間違いがないかと……」
『なら何を迷う必要がある?
さっさと攫えばよいではないか……』
セクレタリスのこの言葉に、バードメイジを含めた魔物達全員の表情が曇る。
やがて意を決したバードメイジが言葉を開いた。
「ボス……申し訳ありません。
聖騎士団……アレはヤバいです」
『どう言う事だ?』
「連中、明らかに殺し慣れてます。
フィロリア中を探しても、あんなに殺し慣れた武装集団はありません。
名だたる存在が騎士だけじゃなく“狂犬”やら“チップス(この世界の牧羊犬の犬種)”やらを色んな従士が名乗ってます」
『……泣き言が言いたいのか?』
「い、イエ違います!
タダですねぇ……その」
『なんだ?』
「強い助っ人が必要じゃないかな?と……
聞けばこの辺りに7臣の一人が居るとか聞いたもので……
できればその方に“狂犬”とか“チップス”とか、それ以外にも名だたる聖騎士を潰して貰えないかな……と」
『なるほど……』
「へぇ……」
セクレタリスはこの魔物の懇願を聞くと、少し考えてこう答えた。
『とりあえず、自分の力でやってみろ』
「そんな!」
「別に正面から当たれと言っている訳ではない、闇討ちでも毒殺でもいい、あの野蛮人(テュルアク人)を動かしても良いからやればいい。
出来ないのか?
やってみない内に?
ふ、お笑い草だな……そんな腑抜けだったら授けた分の報酬は、兵士を派遣してでも取り返すしかないぞ……
出来ないというのを聞くつもりは無い、私は達成するためにどうしたいのかを聞きたいのだ。
それでもお前達は出来ないと言うのか?』
セクレタリスのこの強い言葉を聞いて、他の魔物は皆押し黙り、やがてバードメイジは「出来ます、ボス……」と呻くように言った。
……逆らえば、報奨金を渡した、故郷の家族や友人が酷い目にあうだろう。
セクレタリスと言うのはそう言う男である……
セクレタリスはバードメイジの返事を聞くと鼻で息を吐きながらソッポを向く。
そして「私は忙しいので報告の残りは今日中に、ビブリオに報告してくれ」と言って一方的に通信を切った。
……この、そっけなく振る舞う姿に、セクレタリスの失望の念が籠る。
魔物達全員は、この様子を見て黙り、俯き、そして重々しい溜息を吐いた。
やがてバードメイジが口を開く
「今聞いた通りだ、とにかくやるしかない。
まずはリストの精度を上げよう。
“狂犬”は後回しだ、調べてみたが従士ではとにかくヤツ以外は“まだ”マトモだ。
少なくとも迷うことなく殺したり、貧民窟を焼いたりはしない……
従士で一番危険な“狂犬”以外の周囲を洗って、それでもダメだったら、もう一回大ボスに伺ってみよう」
「ああ、賛成だ」
「そうだ、20(匹)でここまで来たが、もう残りは11(匹)しかいない。
これ以上仲間を失う訳にはいかない」
こうして神殿の奥底で、ある企みが動き始める。
こうして聖竜暦1217年が始まろうとしていた。
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