もう一つの1216年12月 ―美貌の従士― 4/5
―翌日
朝レミがラリーよりも先に家を出て、孤児院のアイナの元に向かう。
それを見送ったラリーは怪訝な表情を浮かべて、黙々とパンとスクランブルエッグを食べるアマーリオに尋ねた。
「なぁ、アマーリオ」
「何?」
「レミが孤児院に行ったんだけど、何かあったのかな?」
「……分かんない」
アマーリオは努めて無表情にそう答える。
そしてスクランブルエッグをパンに乗せて、美味しそうに食べ始めた。
「いやぁ、美味いなラリーの料理は!」
「……そんなん(スクランブルエッグ)誰でも出来るじゃん」
「いや……この絶妙な固さが良いんだよ、卵の固さが。
これはなかなかできる事じゃないよ」
「…………」
『…………』
アマーリオは(あれ?今俺なんかおかしい事言ったっけ……)と思いながら、努めて無表情にパンにスクランブルエッグを乗せる。
そんなアマーリオにラリーが尋ねる。
「そう言えば聞いてるか?
今日新しい従士が来るんだって」
「え?ああ、アシモス様から聞いた」
「どんな奴だか聞いてるか?」
「さぁ……俺は何も聞いて無いな」
そう言いながらアマーリオは、パンにスクランブルエッグを乗せようとする。
「おい、アマーリオ」
「なに?」
「その大きさのパンじゃ、もう卵は乗らないと思うぞ?」
「へ?」
そう思ってパンを見ると、もうたっぷりのスクランブルエッグが山盛りに盛られていた。
急いでソレを口に運んだアマーリオ。
そんな彼の元にラリーが近付く。
その様子に何故か恐れ慄くアマーリオ……
ラリーはアマーリオの肩に手を乗せながら「アッマァーリォー……」と言いその肩を揉み始めた。
この一撃で、まるで蛇に睨まれた蛙の様にアマーリオの動きが止まった。
……そんなアマーリオの耳元でラリーが囁く。
「嘘がヘタなんじゃない?」
「な、何のこと?」
「知ってる事があるだろう?
全部話せよ、なぁ……」
「いや、それは……」
「俺とお前の仲じゃん。
それとも何か?話せない理由があるとか……」
「いやぁ……」
「俺さぁ……隠し事嫌いなんだよね。
分かるよねぇ、アッマァーリオ♥」
アマーリオは、優しい声音で口ずさんだ、狂犬ラリーの言葉に戦慄する。
そして頭の中を真っ白に染めながら、引き吊った笑いを浮かべて言った。
「あ、ああ……実は今度の従士なんだけどな」
「うん」
「実はな……」
「うん……」
無駄に言葉を挟みながら(この間に言い訳を思い浮かべないか⁉)と思うアマーリオ。
しかし無情にも時間は過ぎ、この短い間に苦しみ抜いた彼は、遂に観念した様に言う。
「実は今回の従士は……」
「ああ……」
「すごいイケメンなんだ」
「……おい!」
この瞬間アマーリオの肩を揉むラリーの手が痛む程に強張る。
そんなラリーの腕に浮かんでいく、太い青筋の形に恐怖したアマーリオ。
そしてそんな彼の肩の筋肉が、ラリーに握りこまれてミシミシと軋み始める!
肩を破壊される……そう思ったアマーリオは、恐怖に駆られながら急ぎ叫ぶように言った。
「その従士はアシモス様の彼氏なんだ!」
『…………』
……ラリーの動きが止まった。
そしてまた優しくアマーリオの肩を揉みながら言った。
「マジ?」
アマーリオは口から吐いた出まかせを続けるために「だ、誰にも言わないで……」と呟いた。
「ま、まぁ……言わないけど」
ここまで来たら一つ嘘を吐くのも、二つ吐くのも違いは無いと腹を括ったアマーリオ。
更にとんでもない嘘を吐き連ねる……
「実は二人の関係は……プラトニックなんだ」
「は?」
「ほ、本当の愛って奴で結ばれてる。
だから体の関係は無いんだ。
……良く分からないけど」
「へ、いや……そうなの?」
「うん、プラトニックなのは間違いない」
自分で言って、笑いそうになるアマーリオ。
この場でこんな事が言える自分を褒めてやりたい……
アマーリオのそんな嘘を聞いたラリーは「そ、そう言うのもあるのか……」と呟く。
そして……何故かショックを受けた様にアマーリオの元を離れていった。
「ど、どこ行くの?」
思わずそう問いかけたアマーリオにラリーは「孤児院……」と呻く様に答える。
「絶対誰にも言うなよ……
この事がバレたら俺は処刑されてしまうからなッ!」
その背中に向かって叫ぶアマーリオ。
……それは間違いが無いだろう。
聞いたラリーは「むしろ言えないだろ?」と答えて厩に向かった。
◇◇◇◇
こうしてこの日、ラリーは新しい従士の事で悶々としながら、孤児院へと向かった。
そしていつもの様に連れてきたダーブランを、馬丁修行をする子供達に世話を頼み、彼はヨルダンが居る執務室に向かう。
(ああ、新人に会いたくないなぁ……)
ジェンダーの問題にあまり理解が無いラリーは、そう思いながら執務室の前に辿り着き、そして扉を叩いた。
「失礼します、ラリーです」
「入れ」
主であるヨルダンが部屋の中からラリーに言葉を掛ける。
ラリーは「失礼します」と言いながら入室し、ヨルダンや、ヴィーゾン……そしてスラッと均整の取れた立ち姿の男の後姿を見た。
(ああ、コイツか……)
そう思い、新入りの後姿を見つめながらヨルダンの元に向かうラリー。
そんなラリーにヨルダンが言った。
「ラリー、話は聞いていると思うが、彼が新しい従士だ。
それじゃあゲディ、挨拶をしてくれ」
ヨルダンがそう促すと、新入りが顔をラリーに向けて、ニコッと微笑む。
男性としては少しだけ小柄で、ラリーの肩程の身長である。
そして噂には聞いていたが、非常に美しい顔立ちの男だ。
そしてその美しい顔立ちの中で、特に目を引くのが、美しいオリーブグリーンの瞳である……
レミにそっくりなその眼の形に、思わずラリーは驚く。
そんな彼に色っぽくも落ち着いた声音で、新入りの従士は言った。
「初めまして、レゲディ・ティグリスと言います。
魔導士としてずっと研鑽を重ねてきました、これからよろしくお願いします」
「……ああ、ラリー・チリだ。
俺は剣士として修業中だ、よろしく」
ラリーは握手しようかどうしようか、躊躇いながら、おずおずと手を出す。
……生理的に、ゲイに抵抗があるのだ。
そんなラリーの様子に、レゲディは眉を一瞬潜めた。
そして次に握手をする事も無くニッコリ笑いながら言った。
「ココで頑張って、故郷の許嫁に薬を贈ってやりたいのです。
仲良くしてください」
「へ、許嫁って女性ですか?」
「当たり前でしょう……」
そう答えた新入り従士レゲディの発言に、思わずラリーは目を見開く。
……本物の“ビースト”だと思って。
そんな感じで目を見開くラリーの様子に、相手は『?』と言いたげな表情を浮かべて首を傾げる。
その様子に慌てた様にヨルダンが言った。
「給料も無しで働くのは、そう言う理由だ。
ゲディにはアシモスやアマーリオ達の事も言ってある。
何事も相談しやすい筈だから、相談する様に」
「あ、はい……」
「それから……
レゲディはお前よりも歳が上だ、だからお前が先輩だったとしても、彼の事を敬え」
「え?」
「彼について行って、少しはお前のその気が短いところを直すんだ。
彼が辞めろと言えば、むやみに喧嘩を始める事は俺が許さん。分かったな?」
ヨルダンのその言葉に思わずラリーは反発しようした。
そんなラリーにレゲディが言葉を掛ける。
「ラリー……」
呼びかけられ、思わずレゲディと目を合わせたラリー。
レミによく似たそのオリーブグリーンの目を見た瞬間、反抗心が思わず萎える。
そんなラリーの気持ちを見透かしたように彼は微笑んで言った。
「これからよろしく」
「……ええ、まぁ」
「私の事はゲディと呼んでくれ」
「ああ、俺は……別に良いか」
「ラリーだろ?もう覚えたさ」
そう言って爽やかに美しい顔を綻ばせるゲディ。
彼は魅力的な微笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「力仕事は得意じゃないが、代わりに書類や数字を使った仕事は得意だ。
少しでも君の力になれたらと思うので、よろしく頼む」
そう言って改めて、握手の為に手を差し出すゲディ。
ラリーは「こちらこそ、よろしく」と言いながら手を握った。
……冷たくも、肌理の細かい柔らかい手だった。
思わずドキリとするラリー。
『…………』
何故かしばらく握っていると、ヴィーゾンが「ラリー、何時まで握ってる?」と言った。
それを聞いて急いで手を放すラリー。
その後も、トクントクンと高鳴る自分の心臓が(俺はどうしたんだ?)と、異常を覚えて狼狽えた。
そんなラリーにヨルダンが言う。
「ラリー判っているだろうが、彼はココで騎士を目指す修行仲間だ。
いわばお前の兄弟でもある。
振る舞いはきちんと分別を付けるように」
ラリーはこの言葉を掛けられた瞬間飛び上がる様に驚き、無言のうちに何度も頷いた。
動揺する自分の胸の内を覗かれたのか?と思ったからだ。
ゲディはそんなラリーの様子を、面白そうに笑って見た。
その様子を見たラリーは、努めて無表情を作り、ヨルダンやヴィーゾンの顔を見つめる。
新入りの顔を見たら自分の動揺が酷くなりそうだった。
その状態のラリーにヴィーゾンは「来週には、俺を除いて王都に向かう事になる」と言った。
その言葉である種の正気を取り戻すと、ラリーはヴィーゾンの顔を見る。
ヴィーゾンはそんなラリーの顔を鋭く見据えると、険しい声でこう告げた。
「あの町は聖騎士たちが主の町ではない、もっと世俗的な貴族たちが暮らす街だ。
ルクスディーヌだったらお前の振る舞いに目をつぶる者が居たが、あの町ではそのような事は無い。
お前のしたことはヨルダンのした事となり、そして我々聖騎士団に所属するすべての名誉を傷つける。
だからこれから自分のする事には責任を感じろ。
お前がした事で、ヨルダンの身を危うくするのだからな……
お前は戦いに関しては、俺はもう何も言う事は無い。
これまで通り修行に励めば、お前ならきっと何者かになると俺は確信している。
だけど、そのカッとなりやすい性格はどうにかしなければダメだ。
お前は納得し難いかもしれないが、ゲディの話をよく聞けというのは、お前の性格を直したいからだ。分かったか?」
ラリーはそう言われると「分かった……」と答えて俯いた。
そんな風に思われていると知ると、胸からせりあがる恐怖で、舌の根っこが痺れて干上がる様だ。
すると隣にいたゲディが「ラリー、私も君から教わらなければいけないことがたくさんある。お互いに助け合おう」と言ってフォローした。
ラリーは思わず彼の目を見返す。
次に「ああ、うん……」と生返事をして目を逸らした。
別の意味でまた胸に恐怖が過ぎったからだ。
胸の内で(自分は男が嫌いだ)と、言い聞かせるラリー。
その後彼等は今後の事について話し合う。
今のところ分かっているのは、向こうにいつまでに赴任しなければいけないのかという事だけだそうだ。
ただ向こうで6人ほど兵士を雇わなければならないらしく、それを訓練しないといけない。
更に薬の製造にふさわしい拠点も必要なので、早めの出立をするという事だった。
こうして新しい始まりにふさわしい話し合いを続ける4人。
聖地フォーザック王国の王都フロデリベルでの、新しい日々の始まりは間もなくだった。
いつも大変お世話になっております。
明日も10時から11時の間によろしくお願いいたします。




