表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の騎士道!  作者: 多摩川
青年従士聖地修行編
145/147

もう一つの1216年12月 ―美貌の従士― 3/5

―さらに翌日


この日はラリーがヨルダンの使いとして、イペイシェンスと会って手紙を貰って来た日だ。

……そして今回は、その後日談である。


主の使いとして(おもむ)き、役目を果たしたラリー。

そしてその事が原因で揉め事に出会った彼は、やけに良い笑顔で帰って来た。

彼は帰って来るなり“俺は手柄(てがら)を立てました!”見たいな雰囲気(ふんいき)を発して、(さわ)やかな笑みを浮かべて報告を始める。


『…………』


それを見ながらヨルダンは(失敗だったか?)と思った。

こういう時のラリーは、大いに暴れてきた時が(ほとん)どだと、彼の経験則(けいけんそく)()げている。

ヨルダンは執務室(しつむしつ)でラリーからの報告を聞き、彼が預かったという手紙を貰う。

そして、ラリーから詳しくも誇らしげな報告を聞いていた。


ラリーが使者の役目はきちんと果たせたとか、襲撃者に襲われたが、自分の働きで切り抜けたとか、ヴァンツェル騎士館の仲間に助けられたとかそう言う話だ。

加えて余計な事は従士仲間にも一切話していないと、強調し。

そしてこの後すぐにヴァンツェル騎士館に行かないといけないとヨルダンに伝えた。

それをヨルダンが了承するとラリーは、明るい声で「それでは行ってきます」と告げる。


「ああ、余計な事は言わなくていいからな」

「任せてください!」


そう言うとラリーは意気揚々と出て行った。


(アレは嘘を吐く男ではない……

だが、自分を良く見せようとはする。

アシモスが帰って来るまでは……何事も確かめてからだな)


その背中を見ながら、不安に揺れるヨルダン。

やがて誰かが事務所棟(じむしょとう)に入る気配がして、そしてこの執務室の扉を叩いた。


「誰だ?」

「アシモスです、入っても宜しいですか?」

「どうぞ」


ヨルダンが促すと、怪我(けが)(ひと)つなく顔色も良いアシモスが部屋に入って来た。

その姿を見て安堵(あんど)したヨルダンは「ラリーから報告を聞いて心配したが、大丈夫だったみたいだな」と語り掛ける。

アシモスも「ラリーも無事だったんですね、良かった」と苦笑いを浮かべた。


「アシモス殿、先程ラリーから聞きましたがなんでも胡乱な奴に襲撃を受けたとか」

「ええ、助かりましたよ。

……生まれて初めてです、襲撃者が居て助かったと思ったのは」

「え?」

「ああ、ラリーはそこまでは話していないのですね……

実はイペイシェンスの護衛が大変な“()ねっ(がえ)り”でして、ラリーを眼前(めのまえ)(ちょう)(はつ)したのですよ」                             

「…………」


聞いた瞬間、胸を()ぎった不安の影にヨルダンは言葉を無くす。

次に何故か不思議な笑みを口元に浮かべ、せわしなく額を撫で続け、(まばた)きを幾度もした。


……明らかに動揺(どうよう)している。

それを見てアシモスは「大丈夫です!ラリーは(こら)える事が出来ましたッ」と、安心させた。

その一言で安堵(あんど)し、鼻で息を吐くヨルダン。

ようやく嬉しそうな感情も(あらわ)に、アシモスの目を見る。

アシモスは言う。


「私も思わずラリーを見たのですが、必死に(こら)えてましたよ。

ちゃんと自分の役目は分かっていたようでした」

「そうか……それは良かった。

(イペイシェンス)にはこれまでも何度も助けてもらったからな、此処で(こじ)れる訳にはいかない」

「ええ、ただ聞いてますか?

これからはエリクサーの材料は手に入らなくなります」

「ああ、それはウチの問題児ラリーから聞いた。

痛いがまあ仕方がない……

だが幸いな事にエリクサーは元々使用頻度が高くないから何とかなろう」

「そうですね」

「それはそうと、なんか襲撃者が出て襲われたそうじゃないか。

ラリーが『危機的状況だったけど、俺の剣で切り抜けました!』って、誇らしげに言っていたぞ」


ヨルダンがそう言うと、アシモスは溜息を吐きながら「アハハハハ」と力なく笑いだした。

その様子に違和感を覚え、首を(かし)げるヨルダンにアシモスが言う。


「ラリーの言う通りですよ、あの子は凄い戦士です。

エルワンダルにあんな従士があと20人も居れば、生き残る騎士も多かっただろうと思います。

……でも」

「どうした、溜息なんか吐いて?」

「生まれて初めてですよ。

襲撃者に襲われて“助かった”と思って襲撃者に感謝したのは……」

「どう言う事だ?」

「先程話した、あのラリーを挑発したイペイシェンス殿の護衛の若者。

……確かルセイロと言う名前なんですが。

その若者が、襲撃者が襲ってくる直前にラリーと挨拶(あいさつ)()わしたんですね。

たぶんラリーも先程の挑発に思う所があったんでしょうね。

そのルセイロにこう言ったんです

『ラリーだ、子供の頃は“北の子狼”と呼ばれていた』とね。

自分を()めるなという事だったんでしょうが、ルセイロが早速返したのです

『フン“狼”なら“犬”と変わりないじゃないか、気取(きど)りやがって』と」

「…………」

「しかもラリーを睨みつけながらです……」


ヨルダンは次の瞬間表情を無くし、そして虚空(こくう)に目を向けながら、せわしなく額をさすり続けた。


「私ももうダメだ!

此処で(ラリーを止められない)と思ったのですが、その時ですよ……

襲撃者が階下から上がって来たのは」

「…………」

 「奇跡が起きたのかと思いましたよ、あのままだったらラリーはあのルセイロとかいう護衛と喧嘩を始めてましたから」

 「という事は、何も起きなかったのか?」


「……まぁ“何か”は起きたのですが。

現れた侵入者のおかげでラリーが失礼な事はしませんでしたね。

とにかく流石はラリーですよ、次の瞬間我々に対して、静かにするよう手で制すると、扉に歩いて行ったのです。

次にラリーはまだ何が起きたか分からない我々の前で扉に鎖を掛けると、ダガーを構えてやってくる奴等を待ちました。

店の従業員のフリをして、襲撃しようした敵は扉を開けた瞬間鎖に(はば)まれて部屋に入れず、次の瞬間ラリーのダガーに刺されて(ひる)んだのです。

そしてその隙にラリーは扉に鍵をかけて、敵が入れない様にしました。

こうしてラリーが時間を作ってくれたおかげで、イペイシェンスが私とルセイロを両脇に抱えて、魔法で飛んで逃げられたのです。

ラリーは自分一人で帰れると言って残り、そして彼等を処理してくれたようですね。

そして私よりも先に帰って来た。

……流石はラリー」


報告を聞いたヨルダンは「はぁ……」と安堵の溜息を吐き、そしてホッとしたように微笑んだ。

アシモスもそれは同じで、面白そうに笑うと「まさか敵よりもラリーの方が怖いとは思いませんでしたよ!」と苦笑いを浮かべた。


「それはそうだ、何せあのヴィーゾンとソードマスターである俺が鍛えたのだ。

どこぞの魔物やそこら辺の奴らなぞ、相手になる筈が無い!」

「ええ、頼りになる子です。

あの気の短ささえ、なんとなってくれればきっと彼はひとかどの男になるでしょう」

「フッ、まだ早い」

「ええ……

ただヨルダン、今日気が付いたのですがラリーのあの性格を何とかしないと……

あのままでは彼は早死(はやじ)にするか、さもなくば幸運に守られて大きくなるかの二つだけです。

……彼には真ん中の人生は、無いでしょう。

そして幸運は中々(なかなかめぐ)まれません。

ラリーはこれまでの人生が、決して幸運だったとは言えませんから、このままでは戦死してしまうかもしれませんよ」


アシモスがそう言った瞬間、不意にヨルダンの頭の中で、ラリーが居なくなった情景(じょうけい)が浮かび上がった。

……あの(にぎ)やかな問題児が消え去った、自分の周りの風景。


「…………」


虚空に泳ぐ彼の目に、(あふ)れる様な寂寥(せきりょう)が浮かんでいく。

あの問題児が居なくなるとか、死ぬとか全く考えたことも無かった。

ラリーは普段(ふだん)、その姿が無くなる事を想像させる事は無い。

それが早死にすると言われ、ヨルダンの目が(うる)みだす。

……ヨルダンの胸を、恐怖が()()くし始めた。

寒気(さむけ)が全身を(つらぬ)く……


やがて彼は自分の異変に気が付くと、急ぎ首を振るって「子供達が悲しむな……」と言ってアシモスの目を見る。


「そうです、子供達が悲しみます」

「…………」

「特にマスカーニが悲しむでしょうね」

「ラリーに(なつ)いているからな……」

「ええ……」


ヨルダンは溜息を吐くと、ふと思い出したようにアシモスに言った。


「話は変わるが、今度新しい従士が来るのは知っているか?」

「レミ嬢を従士にするんですよね?

ラリーが喜ばないと良いんですが……」

「……ラリーには言って無いよな?」

「勿論です、出先で愛を深められてもいけませんからね」

「……レミにラリーの性格を矯正(きょうせい)してもらおうか」

「話を聞きますかね?」


「この手の話は俺よりも適任(てきにん)だろう。

何せ俺はアイツ同様酷(どうようひど)い“暴れん坊”だった。

そんな俺が言ったって、アイツは性格を直したりなんかしないだろう。

きっと『分かりました』と言った後、俺の言葉は耳の右から左に抜けて頭に残らん。

ヴィーゾンは戦えない男を作る位なら、これで良いと言いかねない所がある。

彼も実力で若い跳ね返りをねじ伏せて、従わせてきた男だからな……

アシモス殿にお願い出来ればいいのだが……」


「私の言葉も右から左です。

ラリーは戦いが好きなのですよ。

遊びもせず毎日馬術やら剣術やら、馬上槍やレスリングやらダガーやら、飽きもせず本当に楽しそうです。

楽しそうだからつい忘れますが、あんなに真面目に修行に打ち込む従士は中々居ません。

不真面目なら叱る事も出来ますが、いつも熱心です。

それに彼は身内と思った人間には、殊更親切な子なんです。

この前なんか、私とアマーリオの研究所に薬品棚を作ってくれました。

……ラリーは昔“子狼”と呼ばれていたそうですが、たぶんそれが本当の彼の素質なのでしょうね。

そのあだ名通り、ラリーは狼の様に身内に優しく、そして身内以外に極端(きょくたん)に辛い所があります。

そんなラリーに面と向かって、何か強制する事を言うのは気が引けて……

私もダメなおじさんですね」

「…………」

「私もいつか後悔しそう。

きっとラリーに嫌われたくないのでしょうね。

ダメだと分かっているのですが……」


そう言ってアシモスは頭を振るった。

ヨルダンもその様子を見て、思索を始める。

……そして一つの事を決断した。


「アシモス殿、明日ラリーと男姿(おとこすがた)のレミとの顔合(かおあ)わせをする。

それとアマーリオにもこの事を話し、決してラリーにその事を言わないように言ってくれ。

アマーリオは軽々しい奴だが、秘密は守れるはずだ」

「分かりました、ラリーの家の離れに戻ったら、その事を彼に伝えますよ」

「それと……レミに会ったら言ってくれ。

明日はラリーが来る一時間前にはコッチに来るように、と」

「分かりました。

ちゃんと伝えておきますよ」

「頼む」


ヨルダンがそう言うと、アシモスはそのままラリーの家に向かうため、この執務室を出て行った。

こうして一人部屋に残されたヨルダン。


「…………」


ヨルダンは執務机に備え付けられた椅子に腰かけると、黙って天井を見上げた。

そしておもむろに、目線の先にある天井のシミを見ながら「……身内、か」と呟く。


やがて彼は目線を天井から引き()がすと、執務机の引き出しを開けた。

そして引き出しの中にある、足の(たた)まれた小さな額縁(がくぶち)のスタンドを取り出す。

額縁の中には立派な(ひげ)(たくわ)えた威厳のある男と、陽気な笑顔を浮かべる女性が描かれていた。

そしてその二人が小さな子供をそれぞれ抱いている。

男が抱いているのは、どこか気が弱そうな男の子。

女が抱いているのが、ふてぶてしい(つら)(がま)えの赤ん坊……


「……フフッ」


ヨルダンはその絵を、(うれ)いと幸福感が浮いた目で見つめた。

そして(さみ)しそうにこう呟く。


「パパ、ママ……お兄様」


何時ご覧くださり、ありがとうございます

次回の更新は明日の11時です、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ