もう一つの1216年12月 ―美貌の従士― 1/5
―ラリーがイペイシェンスと名乗る、バルミー(ラドバルムス信者)に会う二日前。
『はぁ……』
騎士ヨルダンとヴィーゾンは、疲れ果てたかのような溜息を吐いた。
……長い戦役から帰ったその日の夕刻、日差しが傾き室内に長い影を作る。
その中でヨルダンとヴィーゾンは食堂の椅子に座り、テーブルを挟んで神官服に身を包んだ、アイナ・ベルヴィーンと話していた。
アイナ・ベルヴィーンは、騎士ヨルダンにとっては義姉に当たる。
彼女は非常に穏やかで、常に慈愛に満ちた笑みを浮かべる心の優しい女性だった。
その彼女が、戦場から帰ったばかりのヨルダンに、困った顔で相談をしている。
相談内容を聞いたヨルダンは、アイナ以上に困り果てた。
……何故なら先程彼女が、とある女性を従士に出来ないのか?とヨルダン達に尋ねたからだ。
「……従士に女性をお願いしたいというのは、正直なところ受け入れ難いです」
アイナは、悲しげな顔でこう返す。
「……そうおっしゃりたい気持ちもわかります。
ですので聞きたいのですが、従士はどう決めるのですか?
大事なのは信用ですか?
それとも実力ですか?」
「……どちらもです」
「だとしたら彼女は私たちに実力を示してくれました。
あなた達3人(ラリーも含まれている)が居ない間、心配を掛けさせてはいけないと思って言わなかったのですが、怪しげな者が孤児院の周りを嗅ぎ回って居ました。
中にはココに入ろうとした者も居たのです。
ですがそうした恐ろしげな者を、彼女が魔法や剣で全て倒してくれたのです」
アイナがそう話すと、ヨルダンとヴィーゾンは揃って彼女の顔を見た。
アイナはそれを見ると「ごめんなさい、すぐに解決したので……御心配はかけたくなくて」と小声で語る。
この事実は、これまでヨルダン達に知らされていなかった。
だから初めて知った彼らは、心臓を鷲掴みされたかの様な衝撃を受ける。
……それを表情に出さない、ヨルダンとヴィーゾン。
そんな中ヨルダンは、普段と表情を全く変えずに「それで?」と続きをアイナに促す。
……ヨルダンの視線が、尖って光った。
アイナは、そんな二人の男の視線を見返すと、怯む事無く堂々と話を続ける。
「その賊が入って来た時、レミが魔法で3人の魔物を倒し、そして残り一人を細剣で刺し殺しました」
「賊は4人?」
「そうです、4人……
リザードマンが2匹と、オークとコボルドです」
魔物の数え方を“人”と数えたり“匹”と数えたりと安定はしないが、そう言って当時の状況を説明するアイナ。
4匹の魔物を討ち取ったとなると、これは中々の腕である。
「是非一度会って話してみて下さい。
(二フラム)館長も彼女の実力を認めて下さってます」
アイナのその言葉を聞いて、ヴィーゾンが疲れ果てたように言った。
「館長がレミの事をご存じなのは今の話で分かりました。
ですが、だからと言って彼女を従士に……と言うのは無理です。
ヨルダンは聖騎士、とってもじゃないが騎士館に女性を連れて行く事は出来ません」
「ですがヴィーゾン、女性が入ってはいけない訳ではありませんよね?
私も一人の神官として、何度も足を運び、孤児院のご支援を戴いてきました」
「神官として入るのと、従士として入るのでは……」
「訳が違うと言いたいのですか?
宿坊内に入らなければ宜しいのでしょう?」
『…………』
このアイナの言葉に、ヨルダンとヴィーゾンは黙って顔を見合わせる。
確かに宿坊以外で女性の入室を断る掟が、聖騎士団には無い。
それを指摘されて黙る男二人。
やがてヴィーゾンがアイナに言った。
「アイナ様、どうしてあそこまであの子を従士にしたいのですか?」
するとアイナは、まっすぐ射貫く様な目をヴィーゾンに向ける。
「あの子は、ずっとラリーの庇護下にあります。
そしてヨルダン、それはラリーの“主”である、あなたがあの子を庇護しているという事です。
ずっと良くしてもらっている事に、あの子は耐えられないのです。
実際に戦えもしますし、そして才能だってある。
それなのにただ養われている事が辛いのですよ。
あの子もヨルダン、あなたに貢献がしたいのです」
「ですが……」
「騎士館長の二フラム様にはご相談済みです」
ヨルダンの言葉を遮るように言ったアイナの言葉に、ヴィーゾンとヨルダンの眼が見開かれる。
こうして驚くヨルダンが、アイナに「館長は何とおっしゃいました?」と尋ねると、アイナが胸を張って答えた。
「あなたが良いと言えば、構わない、と」
「……信じられない」
「ただこうもおっしゃってました。
ただし自分の正体や性別を明かさない事が出来るならば……と」
「でしょうね」
「彼女は“それは問題が無い”と言ってます。
お願いします、レミと一度面接してもらえませんか?
あの子が先程泣きながら私に懇願したのです、もう見て居られなくて……」
そう言うとアイナは、眼に涙を浮かべた。
それを見たヴィーゾンとヨルダンは(それが本音だろう?)と心で呟く。
次にヨルダンはその顔を見るといたたまれなくなり「分かった、お願いだから泣かないで……」と思わず口走った。
「ヨルダン!」
それを聞いて思わず叱りつける様な、声を上げたヴィーゾン。
そして次に溜息を吐いて、顔を床に向けた。
ヨルダンはアイナに甘い……
この状況に納得ができず、この姿勢のまま首を振り続けるヴィーゾンは、やがて顔を上げてアイナに尋ねた。
「二フラム館長に、何時頃ご相談されたのですか?」
「館長には……先々月ごろだと思います。
アシモス達の事を嗅ぎ回る賊が居て、その者がラリーの家(正確には彼が管理している館)に忍び込んだのです」
「ああ、先程の話ですね」
「ええ、そうです」
「それ以外にも、あの子は活躍しました?」
「後日別の賊を捕らえてます。
その時捕まえたのはサリワールでした……」
「それも館長はご存じでしょうね?」
「勿論です」
アイナが迷いも無くそう言うと、ヨルダンとヴィーゾンは顔を見合わせて相談を始めた。
「魔導に心得がある従士は確かに欲しい。
だが、女性は……」
「確かにあの子なら我々を裏切るとも、マスカーニに対して良からぬ事もするまい。
……だがヨルダン、あの子の実力は分からないぞ。
第一どうやって女である事を隠すと言うのだ?」
ヴィーゾンのその言葉に反応して、アイナが答えた。
「その点はご安心ください。
あの子は魔法で自分の見た目から声音まで、あらゆるモノを完全に変えてしまえます」
『…………』
思わず黙って、ハトが豆鉄砲でも食らったかのような表情を見せた、男二人。
アイナはにっこりと微笑むと、彼等に言った。
「あの子はあの若さですでに立派な魔導士です。
明日あなた方の目でそれを確かめて貰えませんか?
今やあの子はマスカーニに言葉も学んで、訛りはありますが、フィロリア語も話せます。
私が知る限りあの子は努力家ですし、それに腕も立ちます。
正体を知られたら従士を辞めなくてはならない事も、私からきちんと言い含めておきます。
お願い、ヨルダン……」
ヨルダンはそれを聞くと溜息を吐き、無言で頷いた。
ヴィーゾンはその様子を見ると、ソレを断れないと悟る。
この後、ルッカがアイナから頼まれ、ラリーの家に走り、レミにこの話の内容を告げた。
ルッカがレミにこれを伝えた時は夜になっていて、それを聞いたレミはペッカーにこれを嬉しそうに話して、ラリーの元に向かった。
だからレミがこの日ラリーに会ったのは、川沿いだったのである。
◇◇◇◇
―翌日
アイナに連れられて執務室の、ヨルダンやヴィーゾンの前にレミことスマラグダがやって来たのは、朝も早い内だった。
「……朝から時間を取っていただき、ありがとうございます」
早速面接の機会を得たレミが、フィロリア語でヨルダンに感謝の言葉を述べる。
アイナが言っていた通り、すでに言葉の問題はない様子だった。
ヨルダンはそれを確認すると、威厳を持って彼女に問い始める。
「義姉上から話は聞いているが……
なぜ今従士になろうと思ったのだ?」
「はい、自分の実力を試したくて……」
「嘘は辞めろ」
ヨルダンはレミの言葉を遮り、静かだが有無を言わさない迫力で言う。
思わず黙るレミ。
それを見据えながらヨルダンは口を開いた。
「なんでも昨日、ラリーと喧嘩したそうではないか。
ハッキリ言うが、男が理由なのでは?」
この言葉にレミよりも、彼女の保護者のごとく傍にいたアイナの方が顔色を変えた。
しかしレミはにっこりと微笑んで答える。
「彼と仲違いしたのは確かです。
ですがそれは今回の事とは関係がありません。
正直に言いましょう。私はお金が欲しいのです」
このレミの臆せず堂々とした俗な単語を使っての言い草は、思わずヨルダンとヴィーゾンの姿勢を前のめりにさせた。
……真相は何であれ、この場でこの度胸。
思わず(肝が据わった中々の“女”だ)と二人は面白がる。
言葉が嘘であっても、本当であってももう少し付き合ってみよう……
不定期更新、申し訳ございません。間隔が相当空きましたよね。
色々とあったのです、詳しくは活動報告にて報告させていただきます。
そして、ポイント、ブックマーク、ご感想、いつも本当にありがとうございます。
今日から五回にわたっての更新は毎日10時から11時の間にやらせていただきます。
少しPVの増え方のテストもかねてです、すみませんがよろしくお願いいたします