1216年 12月 7/10
この後、さっそく俺は彼女を捕まえて謝ろうと思った。
だがその日、日が暮れるまで俺はレミちゃんに会う事は出来なかった。
実はこの日、俺も大変忙しく。
見つからないなら探すか?と言うとそれも出来ない。
馬具の手入れや、埃や泥にまみれた鎧の清掃。
溜まっていた衣類の洗濯に、3頭の馬の世話……
そして未払いの支払いや、俺宛の為替の引き取り準備と、早期に片付けたい仕事が山の様にあったからだ。
何時新しいヨルダンの赴任先に同行するのかもわからなかった。
……ひょっとしたら明日赴任する可能性だってある。
それまでにこれらは終わらせたい。
その為、今日は孤児院の方でもアイナさんやヴィーゾンがそれぞれ忙しく働いている筈だった。
戦場とはまた違った意味でクタクタになった俺は、夕方にやっと一段落つく。
こうしてソファーで夕陽を見ながらぐったりしていると、玄関からレミが家の中に入って来るのが見えた。
「あ……」
その姿を見て、声を掛けようとした俺。
彼女はなんか昨日の事を忘れたかのように、いつものようにコッチに来た。
謝ろうと思って口を開くが、なんか心臓がバクバク言って上手く喋れない。
どうしたの?どうしちゃったのよ俺!
中々謝るというのは勇気がいるのだと、この時思った。
レミは特に何か言う訳でもなく、俺の傍を通り過ぎようとするので、俺は意を決して話しかけた。
「あの……」
「なに?」
「昨日はごめん……俺が悪かった」
そう言うと彼女は「ああ……」と言って笑うとこう言った。
「別に良い、気にしてない」
で、それだけ言うと普段通りの感じで二階の自分の部屋へと向かう。
俺はそんなあっさりとした彼女の後姿を、やや呆然気味に見ていた。
そのうち彼女の姿が完全に見えなくなると俺は「なんだよ……それだけかよ」と呟く。
許されてホッとしたり、その淡泊な様子にこれまでモヤモヤしていた自分が、とても馬鹿らしく思えたり。
いや、そっけなく逆に冷たくされてない?と勘繰ったりとにかく内心が忙しい。
まぁ色々と考えたが、ひとまず大きな荷物を、肩から降ろした気持ちにはなれた。
正直考えすぎて損した気持ちにもなる。
◇◇◇◇
―翌日。
何時もの様に孤児院の中に入ると、そこには掌を、岩に向けて「炎よ、我が腕より出でよ!」と、カッコイイ中二病発言のマスカーニが……
何してるの?
呆気に取られて、いつもの様にルッカやモリソを連れて変な事をしているマスカーニを見つめる俺。
すると俺の視線に気が付いたマスカーニが、嬉しそうな顔で終えの元に走ってきた。
「ラリー!」
「おおマスカーニ、何やってるの?」
「ラリー、僕魔導士になる!」
「はっ?」
「ラリーどうして昨日居なかったの?
昨日すっごい魔導士が来たんだよ!」
「すごい魔導士って?」
「従士になりたいって言う人。
そいつね、今の岩をね、炎の魔法で粉々(こなごな)にしたんだ!
そのあと元に戻したんだよッ」
「粉々の岩を?」
なんだ?そんな魔法があるなんて聞いた事が無いぞ……
壊れたものが元に戻るのか?
そんな魔導士が居たんだ、へぇ……
「すっごいでしょう!
ねぇラリー、魔法って剣より強いの?」
「聖甲銀とか護符で効果を抑えられるから何ともなぁ……
相手の装備次第かな。
何の装備も持ってないなら魔法の方が有益な場合はある。
そもそも相手が魔法を使ってくると分かった時点で、持って行く装備品に、重くてかさばる聖甲銀などの持ち物が必要だ。
それでその分食料やら、水やらの荷物が減る。
だから魔法があると思わせただけで、相手の動きに制限を加えられるんだよ……
そんな訳で、純粋に戦うなら、やっぱり安定して相手を切り伏せられる剣の方が、勝利は確実かな」
俺は剣士の俺にそれを聞くのが間違ってる。
と思いながら、魔導士のパパやお兄様の名誉を傷つけない程度に、剣を持ちあげて説明した。
マスカーニは昨日見た魔法の衝撃が忘れられないのか「なーんだ、万能じゃないのか……」とつまらなさそうに言った。
俺はそれを見ながらルッカやモリソにも目を向けてこう尋ねた。
「俺が居ない間、剣の修業はしていたか?」
すると予想外の答えを、3人は返した。
『うん、レミちゃんに教えて貰ってた!』
……レミちゃん?
「レミちゃんって、ウチのレミちゃん?」
「うん!」
「あのツンとしたお姉様?」
「レミちゃん優しいよ?」
「あ、そうなんだ。
レミちゃん剣が使えたんだ、へぇ」
「知らなかったの?」
ルッカがそう尋ねたので「初めて知った」と答える俺。
するとモリソが「レミちゃんすっごい上手いんだよ!」と力説する。
意外な事実を知って、驚いていると、騒ぎを聞きつけたヴィーゾンがこちらにやってきた。
「ラリーちゃんおはよう」
「おはようございます!」
「いいねぇ、最初の頃より言葉遣いが良くなったよ」
そう言って、ニヒルに笑うヴィーゾン。
思わず俺も苦笑いを浮かべる。
次にヴィーゾンは俺にこう言った・
「ラリー、もしかしたらお前の同僚になる従士が決まるかもしれないぞ」
この言葉に大きく驚く俺。
「ええっ!昨日の今日で面接に受かった奴が居たんですか?
これって、昨日来たって評判の魔導士ですよね?
安心できる経歴なんですか!」
そう食いつき気味に尋ねると、ヴィーゾンがニンマリと笑った。
「ああ、マスカーニ達から聞いたのか。
実は今度の従士は……フォーザックの原住民なんだ」
「へ、現地のフィロリアンですか?」
「ああ、あまり宗教熱心ではないが、子供達にも親切で、そして絶対にダナバンド人と縁が無い奴だ。
余り鍛えてはいないが、魔法に長けていてな、地元の名族の出身で教養がある。
体が細すぎて力仕事は、まぁ無理だが……馬術の方は十分な力量だ。
で、体の問題があって、働く時間がお前より少し短い。」
「体の問題って、病弱なんですか?
仕える時間が短い、それって良いんですか?」
「良くはないが、これ以上従士の面接に時間を費やしたくない。
実はフロデリベルの出発する日が決まった。
来週にはここを立たなければならない」
「そんなに急なんですね……」
「ああ、だが次にルクスディーヌに戻るのは来月になる。
細かく戻る予定だから、レミって子にはそう言っておけ。
ああ、そうだ今度の新人な……給料が無いのも了承済みだ」
……ああ、ウチのボスは合い変わらずだなぁ。
「そいつはラリーが嫌うような金にうるさいタイプじゃなくて、立派な魔導士になるのが希望のようだ(つまり騎士爵を持った魔導士になる予定、グラニールが代表例)」
「へぇ、じゃあ読み書きも出来るんですか?」
「ああ、帳簿の管理もできるみたいだな」
なら……助かるな。
「裏方を主に見る従士として雇おうと思う。
ラリーは盾持ちとして、引き続き現場でヨルダンの補助だな」
「分かりました、何時からその人は来るんですか?」
「明日には来るぞ、今日は従士になる為の装備を整えると聞いた」
「え?鎧ならウチに在りますよ……」
「重すぎて、着けると動けないそうだ」
「成る程……確かにうちのパパも、鎧は家に置いてませんでした。
するとそいつは、ウチの騎士団に居る魔導士みたいに、鎧を着なかったり、軽い皮鎧なんですかね?」
魔導士で騎士爵を持っている聖騎士は、聖騎士団にも居る。
彼等は鎧を付けずに後方で支援に徹したり、皮鎧と盾を装備して、仲間の為に戦っていた。
腕っぷしに優れた者が多い聖騎士団では、主に相手の魔法のレジストが主な仕事だ。
「そいつ……皮の手入れ(つまり自分の皮鎧の手入れ)出来ます?」
「……無理じゃない?」
おうふ、修行をちゃんとしてきたボンボンが来るってところかしら……
「まぁ気長に教えてやれよ。
初めての後輩だからどうしたら良いか分からないだろうが。
……ああ、そうそう。
今度の新入りな、年上だぞ」
「え?」
「先輩風吹かすなよ、嫌われちゃうぞ」
そう言うともったいぶった様子で、ヴィーゾンはココから立ち去った。
「……後輩に嫌われるなって、どう言う事だよ?
普通逆だろうに……」
何処で小姓の教育を受けたんだよ……
そう思っているとマスカーニが「ラリーちゃん、心が小さい」と、余計な事を……
なんだと!
「マスカーニ!お前は俺の剣の弟子なんだぞ!」
「でも俺は叔父さんの甥だよ?」
クッ!此処で要らぬ上下関係を持ち出しやがって、このガキ……
これだからなんかやけに聡い子は苦手なんだよ、まったく。
こうして俺は会っても居ないのに、今度来る新入りにぶつぶつ文句を言い、心の狭さを見せつける。
そしてそれをちゃかして得意げなマスカーニ……
オロオロするルッカとモリソ。
むぅ、このガキ、いつか大物になりそうだ……
「分かった、お前は偉大なソードマスターの甥だ」
「降参?」
「降参は……しない」
「ええ?」
「……それよりもだ、俺はそのマスターに会いたいんだけど、今どこにいる?」
「執務室だよ」
マスカーニは俺の言葉を聞いて“勝った!”と思ったらしく、得意げな様子でヨルダンの居る場所を教える。
クッ、子供だと思って侮ったぞ。
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