1216年 12月 6/10
―現在。
「あの紐は……どうして俺の手の中に来たんだろう?」
俺はその事を思い出しながら、星空に自分の手をかざした。
掌を握ったり、開いたりしながらその事を思い出してみる。
(確かこう……
頭の中で、物を掴むと言うか、手が伸びるイメージが一瞬微かにして、それから……)
そんな俺の目の前を緑色に光る鳥が横切った。
ペッカーだ。
彼は光輝きながら「ゲーゲー(こっちにいたぞ!)」と誰かに告げる。
誰か俺を探していたらしいと見当を付けた俺は、体を起こした。
すると、遠くからレミがこちらにやってくるのが見えた。
こうしてやってきたレミは、あの時の不機嫌が嘘の様に俺を見てにっこり微笑む。
「…………」
自分でも良く分からないが、驚いたのか、なんなのか……
とにかく黙って彼女を迎える俺。
「おお……」ぐらいは言ったかもしれない。
彼女は「なかなか帰ってこないから」と言った。
「ああ、うん、まぁ……」
俺からは謝る気になれず、かといって無視もおかしいし、でも話すきっかけも無い。
自分の事ながら、えらく良く分からないリアクションをして見せる俺。
彼女は「ねぇ、星がきれいだ」と言って、俺のそばに腰を下ろす。
「…………」
何だろ、動揺するなぁ……
この様にどうしたら良いのか分からない、おバカな俺の傍に、ペッカーが光りながら舞い降りて言った。
「げーぐわ、ぐわーわ(仲直りしろ、話し合わないとダメじゃねぇか)」
……そうっすね。
俺は彼女に言った。
「ねぇ、どうして怒っているのか聞いてもいい?」
すると彼女は無言で返す。
ああ……これはいかんですわ。
「気が利いて無くてゴメンね」
俺がそう謝ると、彼女は黙って立ち上がり、不機嫌そうになって、またこの場を後にした。
「…………」
女心は分からない、だがもうこちらから話しかける事はもうしないだろう。
俺の誇りを、たやすく踏みにじった、あの女……
ペッカーも今の様子に溜息を吐く。
「今のは俺が悪いのか?」
俺がペッカーに聞くと彼は「ぐわーげぇ、げげぇーぐわっ(女の考える事は分からん、男同士なら今ので問題はない)」と答える。
「だよなぁ、腹立つわ、あの女……」
ペッカーは俺の暴言を聞いて、特に何も言う事は無かった。
俺はすぐ傍のペッカーに、違う話を尋ねた。
「聞いても良いか?ペッカー」
「ぐわ?(何?)」
「女神フィーリアが授けてくれる力って言うのが、有るらしいんだ。
プレティウムに会った時、ヴェリモシーで知ったんだけどさ。
……でも、生まれる前からもしかしたら知っていたかもしれない。
だけど、それが何なのか分からない。
何を授かったのか知ってるか?」
知る訳ないよなぁ……と思いながらそう尋ねた俺。
するとペッカーは呆れた様に「ぐわぁげぇーぐわっ(今その話をするべきかよ……)」と呟いた。
そしておもむろに溜息を吐くと「ぐわぁぐわ……(俺がお膳立てをしたのに……)」と言う。
次に再び溜息を吐くと、彼は俺の質問内容を頭で整理して答えてくれた。
「ぐわぁーぐわ、げぇーげげげぐわぅ(あの女が授ける恩寵は知っている、才能を授かる事に関して、必ず望みを叶える力の事だ)」
「!」
思わず体を起こしてペッカーを見る俺。
ペッカーは言った。
「げーげげぐぅーわ、ぐわぁぐわっぐわぁー(その恩寵は女神フィーリアが、同時に3人までしか授けられない力だ)
ぐーがーげぇーぐわぐわぁぁぎゅ、ぐわぐわわぁーわ(すなわち奴の切り札だ、これを持てば努力次第で思い描いた事が出来る様になる)」
俺は目を見張った、そしてペッカーに聞いた。
「女神の切り札という事は……
凄い力なのか?」
「ぐわ、ぎゅーぎゅーぐわぁぐわーぐぇーげぇぐぁぐわぁ(そうだ、人間には素質があり、それを超える力は通常身につかない)
ぎゅーぐわぁ、がーげーぎゅうげぁ、ぐわぐわぐわっぐわぁー(これが天分と言うヤツだ、同じ教室で学んでも同じ結果に人は育たない様に、やはり個人個人得意とする事は違う)
ぎゅーぐわぁ、ぐわーぐわぁぐわ?(お前が何を望んだか知らないが、欲したモノを覚えているならそれに手を伸ばしてみたらどうだ?)」
そう言うとペッカーは「ぐうぁぐうぁ、ぐえぐせーぎゅ(俺はもう寝る、明日こそ仲直りしろよ)」と言って家に向かって飛び立った。
……仲直りせにゃならんか。
ああ、明日又あの女、拗ねたらどうしよう?
俺はそう考えて「謝りたくねぇな……」と呻いた。
レミの事だから、俺が謝らないと気が済まない気がする。
(ああ、めんどくせぇ……)
一言言おう、イライラする。
こんな気持ちの俺は、動きたくなくて、そのまま星空を意味も無く見上げ続けた。
……何故か不意に石を投げたくなる。
そこで、周りを見渡すと手を伸ばせばと届きそうなところに、石があった。
石を見た俺は、夢ので見たことを思い出して(出来ないよな……)と思いながら石に手をかざして念じた。
“石よ、俺の所に来い“と。
ヒュン!
次の瞬間石が、俺の手の中に飛び込んできた。
パシッと、思わず石を掴む俺。
「え?ええっ!」
俺の手の中に確かに石があった。
驚き、手の中の石を見つめる俺。
「これは?魔導……かな」
でも実家で見た魔導は、もっと魔導特有の気配がした筈である。
魔導は自分の“内なる力”を触媒にして、周囲の魔力を集約したり変換しながら使う技である。
その総称が魔導だというのは、パパの教え。
そしてこれもまた魔法と、言う人も居る。
そう言えばこの前貰ったパパからの手紙では、シドがその力に適性があったと書いてあったな。
……まぁその話はいいや。
この様に体外にある、見えない力に作用をさせる関係上、どうしても魔導ないし魔法には、独特の気配がある。
しかし今俺が使った、物を引き寄せるという力には、そう言うモノは一切なかった。
これは何だ?
だけど……これは何か凄い物だ!
これだけはわかる、俺は何か凄い力を持っているに違いないぞ‼
「は、ハハハ……家族で俺だけ魔導が使えなかったけど(嘘・ママもその素質は無い)。
なんだ、それに代わるモノが有るじゃん。
俺もパパの息子じゃんか……」
俺は今出来た事が現実なのか確かめたくて、近くに在る木の枝にも同じように、手の中に飛び込んでくるように念じた。
見えない俺の力が、木の枝に届き、そして俺の元に持ってくる感覚が手から伝わる。
パシッ!
次の瞬間枝が飛んできて、俺の手の中に収まった。
「あは、あはははは……そうか、約束で貰ったはずの力って、この事か!
そうか、そう言う事か!」
手の中に残る、確かな手応えと、その手応えが指し示した明るい未来への予感。
ソレは俺の心を明るくする。
この力を使えこなせるようになれば、俺はマスターヨルダンの様に、化け物相手でも臆せず戦える様になるかもしれない!
ああはなれないと、諦めそうだった俺の心に希望が宿る。
魔法に寄らない魔法に似た力……
これを使いこなせるようになれば、俺だって怪物剣士達に引けは取らない。
こうして感じる、探し求めていたものが見つかったとの、確かな手応え……
そして心に沸き立つ静かな歓喜。
その中で、俺は修行に取り組もうと決意した。
この新しい力を、使いこなせるようになりたい……
◇◇◇◇
―翌日……朝。
「ぐわーぐわ(そこに座れ)」
朝、ペッカーが俺を見るなりテーブルに座れと命じてきた。
「ええ?なんでよ……」
昨日の今日なのでレミちゃんの事かなぁ?と思いながらテーブルに並ぶ椅子に腰掛ける。
するとペッカーはテーブルの上に舞い降り、胸を張りながら俺にこう言った。
「ぐわーぐわっげぇ、ぎゅわぁーぎゅわぁーぎゅわわーげ(あの子は良い子じゃないか、それなのにお前はそれに感謝もしない)
ぐわぁぐえわぁーぎゅぎゅわわー、ぐえぎゅーげーげっ!(一年ぶりに会って嬉しい気持ちで再会すれば、また待っててねと人も気持ちも考えずに言う奴があるか!)」
「それならそうだとあの時言えばよかったじゃないか……」
「ぐわぐわぁーッ‼(だからお前はダメなんだッ!)」
叫ぶペッカー、たじろぐ俺。
そんな俺にペッカーは、瞳を閉じて言った。
「ぎゅわぁぎゅ?ぎゅわわぁ(あの子がどんな思いで待っていたか分かるか?一途な良い子じゃないか)
ぎゅわぁー……(それなのにお前は……)
ぐわぁーぐわっぐわ、ぎゅうわー、げぇげーぐわっ!(会ったら今度はお前の方から謝れ、その時余計な弁解なんかするな、男なんだから!)」
「え?なんで俺がそんな……」
俺が四の五の言おうとしたら、ペッカーが“ギンッ”と目を見開き俺を睨む。
「……わかったよ」
流石に俺の兄弟であるコイツの言葉は重い。
……いや、当たり前だけど血は繋がって無いよ?
6歳の頃から常に一緒だったからさぁ、ガチでコイツは家族なのだ。
しかしレミめ……
クッソぉ、ペッカーを抱き込みやがったな……しょうがない、降参するしかないか。
俺は「分かった、今日会ったら俺から謝るよ……仲直りするから」とペッカーに告げる。
するとペッカーは満足げにうなずき、そしてあの子がどんな気持ちで一年いたのかを教えてくれた。
皆が居ない中、一人でこの家にいる事が多かったんだぞ、とか。
手伝いの婆さんに励まされ、お前が帰って来るのを待っていたんだ。
そして、他の男にもなびかず、お前が嫉妬深いから我慢していた。
それなのに再会したら早速お前って奴はっ!と言う具合。
そしてペッカーは言った。
「ぐわぁーぎゅうわんわぁー、ぐわっぐわっぎゅわぁわ、ぎゅわぁーげぇーげーぎゅわ?(お前の気持ちが荒れるのは分かる、だけど今回は退け、一生後悔するんだぞ?)」
その話を聞いて(そうかぁ……)と思った俺。
そう言う事があって、一年ぶりに会って俺が“あんな感じ”だからキレたのか。
事情と言うか、感情と言うか、そう言う事があったと分かれば俺も納得は出来る。
「……確かに俺も、相手の事を考えていなかったよ。
また会ったら、今度は俺から謝る」
そう言って彼の言葉に従う姿勢を見せた俺。
それを聞いたペッカーは“ウム、ウム”とばかりに頷き、俺の言葉に納得した様子を見せたのだった。
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