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俺の騎士道!  作者: 多摩川
青年従士聖地修行編
137/147

1216年 12月   5/10

「どういう事なんだ……」


女の考えている事は全く分からん。

俺は目をまん丸くして見守るダーブランやファボーナ達の真ん中で、戸惑い、そして苛立つ。


◇◇◇◇


その後孤児院でしばらく皆と団らんの時を過ごした俺は、馬具を持って家に帰宅した。

……時は過ぎ、夜の時間となる。

一度機嫌の損ねた女と、どう接していいのか分からない俺は、なんかぎくしゃくして夕飯を終えてしまった。

すると毅然(きぜん)と胸張ってお姉様は食堂からご退室ですよ。

……何なんだよ、あれ?

俺が話すきっかけを探しているって言うのに、さっさと出て行きやがって。


そう思った俺は、この屋敷を石鹸袋(せっけんぶくろ)とタオルを持って出て行った。

俺が管理している屋敷の敷地のすぐ横がベリート川である。

そこで体の汚れを落とそうと思ったのだ。


こうして俺は一人ぼっちで、夜の暗い中に、月明かりを頼りに川へと向かう。

そしてベリート川でお風呂代わりに、行水(ぎょうずい)をすませた。

こんなんでも、石鹸を付けて体を洗えば汚れは落ちるものだ。

こうしてさっぱりとした俺は、服を着ると川沿いの石の一つに腰かけ、つらつらと考え始めた。


俺から謝った方が良いのか?

でも俺悪くないやん!

そもそもなんであんなにキレるんだよ。


考えても、考えても堂々(どうどうめぐ)りが止まらない。

俺はついに考える事にも疲れて、少し歩いて斜面に移動した。

何時も吊られた腰の剣が、俺に合わせてカチャカチャと鳴る。

そして俺は斜面に寝転がり、空を見つめた。

月は雲一つない空から俺に光を降り注ぎ、空に浮かんだ無数の星々が、歌うようにその姿を揺らがせる。

……星空は、荒れ地で見ても、川沿いで見ても変わらない。


「皆、大丈夫かな。

今日は小競(こぜ)り合いがあっただろうか?」


戦場で戦う、仲間の顔が目に浮かぶ。

同じ聖地、同じガルアミアの世界の事なのに。

安心と安全なこの場所は、彼等の苦労とは無縁の世界だ。

その落差(らくさ)が、俺と彼等の距離を思わせる。


「俺だけがこんな所に居ていいのかな?」


思わずそう誰に言うともなく呟く俺。

目の前の屋敷に帰れば、久しぶりに暖かい寝具に(くる)まって眠れる……

この町に居る限り、バタバタとはためくテントと、ソレを揺らす風に眠りを邪魔されることも無い。

何処からか入り込んだ小麦粉の様な、肌理(きめ)の細かい砂に悩むこともだ。

……俺だけがこんなに恵まれていいモノだろうか?

星空は、暗闇に仲間の顔を浮かび出させ、俺に、仲間に対する申し訳なさを授ける。

レミと喧嘩中という事も有るかもしれないが、月夜は俺に、戦場に帰って皆と苦労を分かち合いたくさせた。


俺はこの時初めて知った。

ルクスディーヌに帰るなら、仲間と一緒の時が良いのだ、と……


「……はぁ、俺は変わっちまったのかな?」


昔はこうじゃなかった。

そう思った俺は目を閉じた。

荒れ地よりも優しい風が吹く、壁の内側のベリート川沿い。

荒れ地を我が物顔でのさばるサソリも居ないから、安心してこのまま目を閉じても大丈夫だと、この時思った。

そして何故か、たまに夢で見る風景が瞼の裏に浮かんだ。

2年近く前に“古のプレティウム”が見せてくれた、あの場所で額を打ち抜かれた時から周期的に見ている風景である。

何世代前なのかは分からないが、記憶を共有する昔の俺の思い出だと、プレティウムは言う。


◇◇◇◇


―ラリーが夢で見る風景……いつの頃か分からない昔の話。

何世代前の俺の話かは分からないが。

ある日、戦争に負けた俺は、ただ一つの逃げ道である砂漠に逃げ込んでいた。

そして砂漠の奥に迷い込み、朝からずっと歩き続ける。

もうとっくに皮で出来た水袋の中は空となり、耐え難いほどの喉の渇きが、痛みとなって俺を苦しめる。


……ああ、このまま俺は干からびて死ぬのかもしれない。

そんな不吉な未来が、何度も頭を()ぎった。

……そしてそのまま何時間歩いただろう?

当てもなく歩いた俺は、どこをどう行ったのかも覚えてないが、地面の下を流れる、地下用水路を見つけた。

地下用水路とは、照りつける日差しから水路を守るため、山から数十キロ先の農地まで、地下に掘られた用水路の事だ。

そしてその用水路の真上に、穴が開けられている。

なのでポツポツと規則正しく、地面に穿(うが)たれた穴の列を見つけた俺は、急ぎその場所へと向かった。


俺は乾いた喉を(うるお)すために、手にした(ひも)に革で作った水袋を(くく)り付け、その地下用水路に入れた。

数十メートル下の闇の彼方から聞こえる、水の流れる音が、冷たく、そして蠱惑的(こわくてき)に俺を(いざな)う。

穴の奥に水袋を放りこみ、しばらく時間が経ってから、トップーンと言う音を立てて、水袋が水の中に入った。

この時俺は、この用水路の高さが落ちたら死んでしまう高さなのだと分かった。

とは言え、俺は喉の渇きを癒したくて、水を手元に引き入れようと紐を手繰り寄せる。


……その時であるカサカサとした音を立て、サソリが俺を威嚇(いかく)してきたのだ。

驚き、思わず紐から手を離した俺。

闇の中に紐は落下した。

アッと思ったが、まずは急ぎサソリを踏み潰した。


そして穴の入り口を見つめ、絶望に身を震わせる。

だが俺は諦めきれず、幾度も地下水路の穴を覗いた。

紐は入り口の近くで引っかかっている。

しかし手の届く距離ではない。

こんな俺を(さいな)む、渇きで痛む喉。

そして生への執着心。

俺は、足搔(あが)く様に穴の途中に引っ掛かっている紐に手を伸ばした。


(頼む、あともう少しなんだ。

あの紐を掴めれば……)


紐まで僅か掌一つ分の距離、脆く崩れていく足場の砂。

落ちたら死ぬほどの、高さがある闇……


(俺に魔法があれば。魔法が使えれば!)


魔法は魔導ともいう。

使える者は、ごく僅かな才能のある人間だけ。

俺には使え無い、才能が無いのだ。


この事実を呪いながら、俺はこの手と体を生きる為に伸ばし続ける。

あと数センチ、それで俺はこの苦しみから救われる。

必死に伸ばす手、今にも滑り落ちそうなこの体。

不意に、見えないモノが体から延び、そして紐にまで延びた感覚がした。

次の瞬間、紐は何故か俺の手の中に飛んで来る。


(?)


グンと、重みをもった水袋の引っ張る力が腕に掛かった。

そして、それに引きずられるように俺は下に落ちる。

壁に体をこすりつけながら、はるか下まで……


バシャーン


深さ数十センチにも満たない、浅くて暗い水の中に落ちた俺。

遥か上の方では、今落ちた穴の入り口が真ん丸に光っている。


「あ、あああああっ!」


肩を酷く打った。

呻きを上げ、そして水の中をのたうち回る。

鎖骨(さこつ)が折れた気がする、酷い痛みが肩から全身を貫く。

地下用水路に落ちると、もう一人では()い上がる事は出来ない。

ボロボロと崩れる砂の壁には、手を掛ける場所も無く。

そして遥か頭上の穴の入り口には、手が届く筈も無い。


(ああ、即死じゃないだけましなのか……

それとも苦しみが長引いたのか)


そう思って俺は自分の手を見た。


「…………」


手には水筒の紐が握られていた。

その時ふと先程の事を思い出した。

水筒の紐は、落ちる瞬間、自分の元に飛んで来たのだ。


「あれは……いったい?」

「おーい、アンタ、大丈夫か?」


この時、遥か頭上から人の声が響いた。

俺は急いで体を起こすと「助けてくれぇッ!」と叫ぶ。

すると人間の顔が、穴から顔を覗かせた。


「村に帰って、人を呼んでくる!

もう少し待ってろ!」


そう言うと、男は立ち去った。


「助かった……」


地下水路に落ちて、そのまま死んでしまう奴は後を絶たない。

何せ広い荒れ地や砂漠の出来事だ。

人がそれを見つける事なんかまずない。

用水路が死体で汚染されて、初めて気が付く事が殆どだ。

俺は何と幸運なのかと、女神フィーリアに感謝をした……


ご覧いただきありがとうございます


次回の更新は5/27 7:00~8:00の間です


よろしくお願いいたします。

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