1216年 12月 4/10
俺はそう聞かれた瞬間、子供の頃討ち取った“母無し子”そして、昨年ルバデザルトで討ち取ったリザードマンを思い出した。
俺はヨルダンに相談を持ち掛けるつもりで尋ねた。
「ああマスター、相談しても良いですか?
実はそう言う敵が二人います。
一人は幼少期に殺したゴブリンで……」
「ああ“母無し子”か?」
「そうです、よくご存じですね?」
「ああ、マスターワースモンの仇を取ったと、随分と評判になったからな」
「あいつは怖かったし強かった。
当時俺はガキでしたし、別に剣も上手かったとは違うのかもしれませんが。
奴は完全に俺を“食ってやろう”としていました。
……一度は見逃そうとしていましたがね。
奴は子供を襲わないゴブリンでしたが、俺は体も大きかったし、戦っている最中に奴は俺を子供だと思わなくなった気がします。
俺はただ奴の野生の前に引きずり出され、必死に戦っていました。
“撓め斬り”で奴の手首を跳ね飛ばし、そして下に落ちた剣をすかさず“車輪”に切り上げた後、奴はついに倒れました。
そして俺に母を大事にするように言った後、自分のママを呼びながら死にました。
今でもあの事を忘れる事が出来ません。
そしてこの前のあの、リザードマンです。
俺を狂犬と呼び、そして『鼻を削ぐのは楽しいか!』と言って向かってきました。
鼻なんか削いだ事はありませんが、貧民窟で俺が捕まえた、リザードマンの縁者なのだとはすぐに分かりました。
悲しみと憎悪に満ち、自分を捨ててでも俺を殺そうとしていました。
決意が、奴のその“眼”に漲ってました。
あの目も又、忘れられません……
どうしたら忘れられるのか、知りたいです。
あれから俺の事を“狂犬”と呼ぶ奴が居ると、仲が良くない奴だと怒りが堪えられない時があるんです。
戦う従士だからそんな二つ名がある事は、悪い事じゃないとは思うんです。
でも……あのリザードマンの目を思い出すんです。
それが不愉快で……」
俺がそう言うとヨルダンは「こんな事していれば(軍人ならば)誰にもそんな奴が居る者さ」と答えた。
「超えるしかあるまい、どうせ騎士は剣を捨てたら何も残らん。
領民を守って、強さの果てを求めるのがそもそもの役割なのだ」
「なるほど……」
「俺の父がそんな感じだった。
もっとも俺とは違い、領民思いの優しい男だったがな。
だが、ヒルワンの丘で大公様と共に死んでしまった。
その後の領民には、戦争の為に課税を強めて苦しめざるを得なかった。
そして……領民の苦しみは報われる事無く、大公家は滅んだ。
領民の塗炭の苦しみを、弱い騎士だった我等は無駄にしたのだ。
それこそ一番救われない話だろうな。
だから俺は、騎士は強くなければ嘘なのだと悟った。
勝てなければダメなのだ。
だから俺は誰よりも勝つ為に働きたいと思ってる」
「なるほど……」
「まぁ、色々やってみろ、孤児院だってある。
一人で抱え込む必要はないし、慈善事業も悪くはない。
バルミーを真似して炊き出しも良い。
とにかく戦役が落ち着いたら、一緒に忘れられないものと対峙していこう」
「はい」
「なんか、途中関係の無い話をした気もするな」
「いえ、そんな事ありません、為になりました。ありがとうございます」
俺がそう謝意を伝えると、ヨルダンはまた道の先を見つめた。
しばらくして目の前に、懐かしきあの孤児院が見える。
ダーブランの背中から飛び降りた俺が、門を開けるように伝えると、内側から門が開かれた。
『うわぁー、お帰りなさいませッ!』
そこにはもうすでに、子供達やレミちゃんアシモスやアイナさんが待っていてくれていた。
その中を、馬から下りて孤児院に入る俺達。
ヨルダン達はそのまま孤児院の中に入り、俺は3頭の馬の馬具を外すために、此処に残った。
孤児院入り口の扉を閉めると、久しぶりに逢ったレミが俺を待っていた。
「ただいま帰りました」
「アハハ、ご丁寧に」
ウーム、らしくない挨拶だったかな?
しばらくぶりだと、むしろ何を話したら良いのか分からずに戸惑うぞ。
一年ぶりに出会ったお姉様は、以前よりも大人びて見えた。
成長したんだな……あれ、そう言えば背が高くなってない?
「ねぇ、身長伸びた?」
「……気にしている事を、お前は。
久しぶりに会って最初がそれか?」
「ええっ、スタイルがいいから俺は良いと思うけど」
すると彼女は特徴的なオリーブグリーンの目で俺の目の奥を覗き、そしてなぜかニコッと笑って言った。
「フーン……」
「え、なに?」
「嘘はついてないんだなと」
「なんで(嘘を)ついてると思うのよ?
俺はいつでも正直者ですよ」
失礼しちゃうわこのお姉様!
レミはそう言うと、ダーブランの鼻の頭を撫でて「お前も無事だったか、良かった良かった」と言って、愛おし気に呼びかけた。
「ダーブランは逞しくなったな」
彼女が俺にそう尋ねる。
「ああ、ダーブランのおかげで何度も敵を跳ね返せたよ。
コイツが現れると他の馬が平静ではいられないんだ、相手の馬が逃げたり暴走したりする。
中々威厳がある奴だよ、コイツは。
……味方の馬からも警戒されてるけどね。
おかげでいつも列の一番左に陣取って、戦ってる」
「へぇ、お前もラリーそっくりになったのか……」
レミがそう言って、ダーブランに微笑みかける。
俺は「そんなに似てる?」と尋ねながら、ファボーナの腹の下のベルトを緩め、鞍を外しはじめた。
「ああ、そっくりだ。
ラリーのせいで、この町の男は私にあまり話しかけてこなくなった。
お礼参りされると聞いて、皆鼻を削がれるのを恐れてる」
おうふ、この話が広まったのかよ。
俺は思わず手を休めて、レミの様子を見る。
すると彼女は「悪い事ばかりではない、皆私に格別親切にしてくれる」と言って、ニンマリと笑った。
「嫉妬深い男だ……」
お、オオ……言いづらい事をはっきり言うたりましたよ、この女。
ええい、ままよ!
「前にも言ったけど、俺は君が好きなんだ。
問題は無い!」
レミは、それを聞くと、何も言わずにダーブランの馬具を外し始め……
おいッ!
「なんも言わんのかーい!」
「え?アハハハ。何も聞いてなかった!」
そう言う切り返しってありますか?皆さん
絶対聞いて無いって事無いでしょう!
……クッソ、はぐらかすつもりかよ。
「分かったよ、もう……」
俺は、レミから視線を切って、ファボーナの腹からベルトを外す。
そして、鞍を外した。
ドサッ!
その時、俺の足元に、外したばかりのダーブランの轡が投げ込まれる。
ビックリした俺に、レミが「ぷっ、クスクスクス……」と堪えるように笑いだし。
おいッ!
「ちょっとお姉様、そう言うイタズラ辞めてもらえます?」
「ええ、ごめーん。投げたらたまたまそこにラリーが居た」
いや、ちゃうやろお前!
「もう……しょうがないなぁ」
俺は怒るよりも、会話が楽しくなって、彼女を許す。
やがて彼女は「ラリー、鞍が重くて臭いから、取ってぇ」と甘えた声で言ってくる。
臭いって……それ俺が乗っていた鞍なんですが。
「うん、今行く」
まぁいいやと思った俺は、それを聞くと、ベルトが外れたダーブランの鞍を取り外すべく、近寄った。
すると興味深げに俺を見るダーブランと目線がぶつかる。
何故か俺は面白くなって、笑えてきた。
「どうしたの?ラリー」
「うん、コイツと常に一緒だったから。
こんな俺が新鮮みたい」
「戦場だとどんな感じなんだ?」
「え?ああ……怖い人みたいだよ。
こんなに笑っているのは久しぶりなんだ」
「…………」
君といるからさ!位の事は言おうと思ったら、もうそれは彼女の予想の範囲内だったようで。
彼女は不思議な笑みを浮かべると「そうなんだ」と言って鞍と馬の背中の間に敷かれている、皮のカバーを外していく。
お姉様、ガード硬いなぁ……
嫌がっているそぶりはなく、ニマニマ笑っているので良い雰囲気だと思うのになぁ。
こうして俺は重たい馬具をゆっくり地面に降ろした。
するとレミは「ラリーは優しいな」と、100点満点中30点の答えを返す。
つまり赤点じゃ!
ちなみに“ラリー素敵”って言ったら、70点あげても良いのよ?
あ、いらない?そうですかぁ、そうですよねぇ……
この時、不意に彼女が言った。
「ラリー、背丈も伸びたし。体つきが男らしくなったな」
あ、今俺……ドキッとした。
思わずレミと目を合わせる。
すると微笑んだ彼女と目が合い、そしてそしてそのまま、二人で示し合わせた様に『エヘヘヘ』と笑い合った。
男らしくなったと言われ、思わずニマニマする俺。
「うん?
そうかなぁ、因みに顔つきは?
男らしくなった?」
元々大柄だった俺の体は確かに大きくなった。
もう180センチは有るんじゃないかな?
そう思って、カッコイイイケメン風に、左の顔を見せると彼女はケラケラと笑った。
「顔の左見せるはあざといから!
傷まみれの右の方を見せてよ」
「傷まみれじゃないよ……縦に一つあるだけじゃん」
「一つも二つも変わらないから。
良いから見せろって!」
しょうがないなぁ……
俺は改めて右頬を見せて、イケメンポーズを見せた。
レミ姉さま大爆笑である。
「アーッハッハッハッ!
ラリー最高!帰って来てよかったぁ」
「うん」
俺はそう言うと、ファボーナの元へと戻り、背中の皮カバーと轡を外した。
こうしてすっきりしたファボーナとダーブランは仲良く寄り添って、敷地内の草を食みだす。
あとはもう一匹の、ヴィーゾンの馬だ。
彼の腹の下のベルトに手を掛けると、レミが聞いてきた。
「ねぇ、ラリー。何時までコッチに居るの?」
話し方が今までよりも少し女性らしい、かわいい感じで聞いてきたレミちゃん。
俺はそんな彼女に「分からない、明日には出て行くかもしれないし、何週間も居るかもしれないし……」と答えた。
あ、このベルトの締め方ヴィーゾンだな。
きつくなって、なかなか取れないや……
「戦場は大変?」
「まぁね、でも次は戦場じゃなくて後方勤務になる。
それで今度はフロデリベルに行くんだ」
「フロデリベル?なんでフィーリア共の都なんかに……」
俺はヴィーゾンが縛ったベルトの固さに悪戦苦闘しながら、答えた。
「ネリアース家の王様が、マスターをご指名なんだ、よッ!
ああ、くそっ。固てぇなぁ……汗を吸い込んで板みたいになってやがる」
「次はいつ帰ってくるの?」
「分からない、一年後かもしれないし。一か月後かもしれないし……
引っ越しは無いみたいだから、レミちゃんはココで俺らの事を待っていてね」
次の瞬間、俺の傍に土が投げられる。
何事?と思って振り返ると、涙を浮かべ、怒りも露なレミが俺を睨み……え?
「待てないよ!」
彼女はそう叫ぶと、俺に食って掛からん勢いで言った。
「誰に言ったらいい?これを!」
「いや、誰に……って」
「もういい!」
そう言うと、困惑した俺を放っておいて彼女は怒りも露にこの場を立ち去った。
「な、へ?……」
さっきまであんなに良い雰囲気だったのにいきなり、ぶちぎれたレミ。
俺は何が起きたのかも分からないし、何が何だか分からない。
ただオロオロする俺は、黙って孤児院の建物内に来ていく彼女を見送った。
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