1216年 12月 2/10
さて……鎧の部材が積まれたあのテントを出た俺は、言われた通りヨルダンのテントを目指した。
補修が終わった鎧と一緒に、主であるヨルダンのテントに辿り着いた俺は、テントの外から「戻りました」と声をかけて中に入る。
すると中には、ヨルダン、ヴィーゾン、アマーリオが居て、何やら深刻そうな顔で話し合っていた。
「ああ、やっと来たか」
「ええ、何か問題でも?」
ヨルダンの言葉にそう返すと、ヨルダンが言った。
「ああ、配置換えだ……」
「配置換えですか……次はどこの前線に行くんですか?」
「それがな……前線ではなく、後方だ」
聞いた瞬間(えっ?)と思った俺。
そして次にヨルダンに思わず強めな言葉で言ってしまった。
「待ってください!俺ら手柄も立てました。それなのにどうして後方に下がらないといけないんですかッ?」
後方では手柄は立てずらい、それも不満なのだが。
それよりも安全な後方に急に“行け”と言われると、俺達がこの現場で役に立ってないみたいで気分が悪い。
俺の言い草にボスはイラっとしたようで「俺に言うなっ!」と、俺を叱りつけた。
まぁ確かにそうだ……
俺は悲しみを表情に浮かべながら「納得されたのですか?」と尋ねる。
それを聞いて溜息を吐くヨルダン。
その隣でヴィーゾンが俺に言った。
「逆だよラリー。
俺達は目立ちすぎたのさ……」
「どういう事ですか?」
「聖地フォーザック王国がな、使えない騎士では無く、強い武闘派の騎士を寄騎として参陣させろって喚いたんだ。
そうじゃないと荘園を減らすってさ。
それで、だ。向こうが直々にヨルダンを指名したんだ」
「そんな……」
「今入った知らせだと、戦闘の直前、ヴァンツェルの聖騎士の馬のケツに、味方の槍が刺さってしまってな。
そして悪い事に、驚いた馬が敵のいない方角に、主を乗せて走った。
皆が整列して向き合っている状況だぞ?
戦う前に逃亡を始めたと言われてもおかしくはない。
バルミー共から散々に笑われるわ、味方からは罵られるわで散々だ。
これに激怒した聖地フォーザック王が『強い騎士に代えないと、荘園を任せる事は出来ない‼』と言い始めたんだ」
なんだよそれ……聞いた事も無い失態じゃないか。
思わず愕然として、ヴィーゾンの話を聞いていると、ヨルダンが重々しげに口を開いた。
「そこで一度我等はルクスディーヌに戻り、フォーザック王と連絡を取りながら、折を見て王都のフロデリベルに赴任する」
「そうか、じゃあ引っ越しですね」
「いや、ルクスディーヌと行ったり来たりを繰り返す」
「どうしてですか?」
「フロデリベルに、孤児たちを預ける訳に行かないからだ。
アソコの王族はダナバンド出身、そして我々は……エルワンダル人だ」
ああ、そうかマスカーニの身の安全を考えての事か……
「……なら仕方がないですね」
「所属も騎士団本館に短期間だが移る。
後任が来ればまた同盟騎士館に戻るが、今はそんな計画を組んでいる」
「分かりました……」
「これまでルクスディーヌの俺の財産は、アシモスが残って管理してくれたけど、今回はヴィーゾンに残って管理してもらう」
ええっ!
思わずびっくりして、眼を見開くと、しかめっ面をしたヴィーゾンが俺見て言った。
「俺も不安だが仕方がない。
俺の事を知っているダナバンド人は多い、何せ俺は奴等と戦っていたからな……
連中がいつ本国と連絡を取って、俺の居場所を知らせるか分からん。
俺の居場所がバレれば“あの子”が大変だ」
「なるほど……」
「ラリー、向こうに行ったら、お前は分別を付けろよ。
お前のその気の短さは、良い戦士の証でもあるが、それが悪いモノをいろいろ招く。
そしてヨルダンやアシモス、そしてアマーリオを守れ。
……最近、騎士団と関係がある薬剤師を調べるために、胡散臭い奴が色々嗅ぎ回ってる。
その為にアシモスも一旦はこの機会に、ルクスディーヌから遠ざける。
向こうで治療薬作りはやる事になるから、それの手配もしないとな。
まぁ、俺はこの機会だ、のんびりやるさ。
……孤児院を守れる奴も必要だし、俺はこの機会に体を労るよ」
そう言ってヴィーゾンは寂しそうに笑った。
本当はフロデリベルには行きたいのだろう、俺に任せるのは心配だとその顔には書いてある。
ヴィーゾンはその後、溜息を吐きながら、物憂げに呟いた。
「もう一人従士が欲しいな、そして出来れば小姓も……」
するとヨルダンが「駄目だ」と言った後、言葉を続けた。
「信頼のできる奴じゃないと孤児院の中に入れさせたくない。
ここ最近面接した従士は、金の話ばかりだ。
金を稼ぐなら他の騎士の方が良かろう。
修行に来たというならまだわかるが、俺の所で金を稼ぐのは無理だ」
そして何故かチラリと俺を見ながら言った。
「俺についてこれるような奴なら“狂犬”でも何でもいいがな」
「え、マスターそれは……」
思わず声を上げた俺に彼は言う。
「いや、褒めているんだぞ。
首を取ってこいと言えば首を取って来るし、それに剣術の修業にも余念がない。
馬術だってなんだって熱心だ。
お前は欠点まみれだが、そう言う所はお前の美徳だと、俺は思っている」
「あの、褒めているのか、けなしているのか……その」
「褒めているんだ」
ら、らじゃぁー、嬉しいな。
苦み走った味がアクセントだけどな。
あ、睨んでる……ボス、俺の心が分かるのかしら?
この様に思わずたじろいだ俺の様子を、苦笑いしながら見つめるヴィーゾン。
そんな彼が俺に言った
「そうだな、まぁ鎧の補修でもなんで一通りできるし、料理も出来るし、これでトラブルが無ければ言う事は無いな」
ヨルダンはその言葉に頷きながら言った。
「俺達は別に大きな所領を欲している訳じゃない。
ただ為すべき事を、成し遂げる事が目的だ。
多くの人員を雇うよりも、確実に信用の出来る人を雇いたい。
だから兵士は増やしても構わんが、孤児院の中には入れたくない。
ラリーが管理している屋敷に、必要な兵士は入れてもいいとは思う。
だが従士となるとそうもいかん、孤児院に入る必要があるから、おいそれと増やす訳にはいかないのだ」
そう言って両手で顔を覆うヨルダン。
ヴィーゾンはそれを見ながら言った。
「ラリーに俺の代わりをさせるには、少し仕事量が大きいぞ。
出来ないとは言わないが、ラリーの仕事を誰かがやらないと逆にコイツが潰れてしまう。
そもそもやけに器用だったコイツに、鎧の修復やら、ホバークの修繕、最近では物資の受け取りや管理もやらせてる。
加えてコイツは盾持ちだ、ヨルダンが行く戦場には常に帯同する。
そろそろラリーにも、同僚が必要な時期が来たと思う」
ヨルダンは「それは分かっている」と呟いて、そして言った。
「とにかくルクスディーヌについてからだ。
今従士の面接をする訳でもないのだから……
それにずっと戦争続きだ。休みがそろそろ欲しい。体は問題ないが心がな……
それに正直俺も……会いたい」
誰に?と言うような野暮は言わない。
アイナさんですね。
そして俺も、レミに会いたい。
もう一年も会ってない……
心配なあまり、毎月手紙を書いて送ったり、留守番のアシモスに《悪い虫が近寄ってきたら、必ず俺がお礼参りにやって来る事を伝えて欲しい!》とお願いしたり、大変だった。
狂犬ラリーの名前で、どこまで男達を黙らせられるのか分からないが、とにかく俺は必死なのだ。
……ちなみにアシモスからは《悪い虫は居ないから大丈夫、彼女を信じてあげて下さい》との手紙が毎月届く。
それが精神安定剤だ……
俺はそんな日々を思い出しながら「そうですね、モリソやルッカも元気ですかね」と言った。
実は皆で話し合い、出来るだけマスカーニの名前は口にしない様にしようと、決めていた。
なのでマスカーニの代わりに、彼と一番仲が良い二人の名前を出したのだ。
ヨルダン達は黙って頷き、そして心をアノ平和だったルクスディーヌの町や、孤児院の方へと飛ばすのだった。
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