1216年 12月 1/10
―聖竜暦1216年乾季。
雨が全く降らない乾期の戦役は、オアシス都市を巡る戦いに終始した。
双方ともに砂漠を横断する事が叶わず、点在するオアシスを結ぶ、街道沿いで戦いが起きる。
戦場となる場所はほぼ同じであり、互いに最前線を構築して侵入を防ぎ合った。
こうして後退し続けた、聖騎士団の勢力がようやく下げ止まる。
その日は12月、故郷では冬を迎えていた……
「クソぉ、何時までこんな所に居なきゃいけねぇんだよ……」
「何が金が簡単に手に入るだ、クソッたれめ!」
主の鎧を手入れする俺の近くで、鎧の手入れもせず聖地に来たばかりの、ヴァンツェル人二人がぼやく。
此処は武器庫代わりに、最前線に設置されたテントだ。
そして此処に居るのは、鎧の修繕に集まった連中である。
従士や小姓と言った連中に交じり、俺は部材を片手に、鎖帷子の補修を行っていた。
「……うるせぇな」
すると俺の隣で別の従士が、来たばかりのヴァンツェル人二人の言葉に苛立って呟いた。
……俺も同感だ。思わず片頬を上げて笑顔をソイツに見せる。
「アンッ、今なんつった!」
この瞬間、新人のヴァンツェル人が“うるせぇ”と言った従士に凄んで見せた。
「あ?
お前の耳は飾りか?
うるせぇつったんだ……」
良い啖呵だ……それを聞いて思わずニンマリと笑う俺。
それを見て引っ込みがつかないのか、この来たばかりのヴァンツェル人が立ち上がって「表に出ろ!」と凄む。
それを聞いた俺はウキウキしながら、新人に絡まれる従士に言った。
「よう兄弟、俺アンタに加勢するぜ……」
それを聞いた他の従士が言った。
「やめろよラリー、また新人を半殺しにするつもりか!」
「礼儀を教えねぇといけないんじゃね?」
俺がそう返すと、新人のヴァンツェル人二人が俺を伺うような目で言った。
「お前が“狂犬”か?」
ブチッ!
思わず頭の血管が切れそうになる。
一瞬で苛立ち、顔に血が上っていくのを感じながら、必死に俺は抑えるように言った。
「俺を“狂犬”と呼ぶんじゃねぇよ。
テメェは俺のダチか?なぁ……」
『あ、いや……』
「二度とその名前で俺を呼ぶんじゃねぇ。
そうしないと……殺しちゃうよ?」
本気でぶっ殺そうかと思いながら、俺がそう凄むと、奴等は鎧の手入れもソコソコに、このテントを出て行った。
「アハハ、ざまぁないな」
テントの中に居た従士がそう言って、あの連中の姿を嗤う。
ただし心配した従士も居て「ラリー、面倒を起こすと厄介な事になるよ?」と言う。
そんな心配症の仲間に俺は言った。
「冗談じゃない。
最近ヴァンツェルから傭兵崩れみたいな連中がやってきて、デカい顔してやがる。
腕が立つだか何だか知らないが、話すことは金金、金の事ばかり!
あんな奴を従士に迎え入れようだなんて、上層部はどうかしちまったんじゃないか?
確かに最近多くの仲間が死んだ、それで即戦力を入れたいのは分かる……
だけど、どう考えたって(騎士道)修行先で失敗したような連中ばかり聖地に来たじゃないか!」
嗜められた事で、思わず不満をぶちまける俺。
すると、外から溜息を吐きながらアマーリオが入ってきた。
「ラリー、お前がそれを言うの?」
入って来るなり説教をするアマーリオ、先程から気が立っている俺は反論する。
「なんだよ、お前はどっち側の人間だよ!」
「俺はお前と同じ、同じヨルダン組だよ……」
コッチ側と明言されたことで、多少溜飲が下がる。
なので俺は「……ああ、そう」と言って、言葉を穏やかにした。
「それより、さっき騎士ヨルダンが呼んでた。
(鎧の)手入れを終えたら、テントに来いって」
「分かった……」
俺がそう答えると、アマーリオは疲れ果てた様に肩を落として出て行った。
それを見て近くの従士が俺をからかうように言った。
「何?ラリーアイツに優しいじゃん。
礼儀はあれで良いの?
ただの兵士だろ?アイツ……」
「ああ、アマーリオはウチ(ヨルダン家)の秘密兵器だから良いんだ」
「へぇ、アイツも武闘派?」
「いや、そうじゃないよ。
むしろ重要な裏方さ……」
「フーン……あんたの所にも、裏方をやる人員が居たんだ」
「まぁね、二人居る。
後は皆が知っての通り、こじんまりとした騎士家ですよ。
決まった給料も無いしね、報奨金が貰うモノの全てだ」
「フーン……でも、手柄も多いだろ?
どうなんだ?」
収入が多いのか?と聞きたいのだろう。
それを聞いた俺は手早く鎖帷子の補修を終えて「金の話はしたくないんだ、ごめんな」と言って、鎧を持ってテントの外に出た。
この1年半の間にどんな変化が起きたのか説明しよう。
騎士ヨルダンの名前は、うち続く戦いの中で、どんどんと上がっていった。
ルバデザルトの戦いであの、ミノタウロスを退けた事が評価されたのだ。
続く戦役でも果敢に出撃し、次々と手柄を立てるヨルダンは、新しい年金も獲得し、ますます羽振りも良くなった。
そうなると放っておかないのが、次の修行先を探す若者達だ。
どうせ修行するなら、いずれは騎士に!と希望する者が、仕えていた主の戦死や、小姓から従士に代わる際に、新たな仕官先で、好調なウチを希望しだした。
『毎月決まった給料は出ないよ?』
と俺が言っても、彼等は「その代わり報奨金は殆どもらえるんだろ?」と言って、意にも返さない。
確かに、報奨金は8割貰えるので、殆ど出ない騎士家がほぼ全ての中、たくさんお金が貰える事も有る。
ただし、一時収入。
因みに、この約一年半の間に、俺が貰った金額だが、10万フローリンになる。
フローリンと言うのは、聖地での貨幣単位だ。
10万フローリンだと、これはアルバルヴェ貨幣のサルトに直すと20万サルト。
アルバルヴェの金貨で200枚に上る。
これはガチで、故郷アルバルヴェの荘園を買える金額だ。
……ただし、ガーブの。
もう少しお金を貯めて、別の暖かい所の荘園買いたいっす。
そう言う訳で俺は、自分のお金で荘園を買い、その荘園を改めて偉い貴族に授けてもらう形で騎士に叙任してもらおうと考えていた。
自前の領地を俺に与えるのはハードル高いが、自分の腹が痛まないなら、きっと誰か叙任してくれるだろう。
たぶん殿下辺りが上手くやってくれるはずだ。
……話が脱線した。
とにかく戦功をあげた事で、他の騎士家では考えられない程、俺は金回りが良くなる。
周りの従士は俺のこの状況を見て“夢がある”と羨んだ。
実はこうなったのも、どんどんと聖騎士団が管理している荘園を減らしている事が関係している。
聖騎士団が、土地を報酬として与える代わりに、お金をくれるからだ。
その結果、ヨルダンを真似て、ただの騎士家でもこの様に報奨金を厚くして、月の給金を減らすところも出始めた。
……聖騎士も同様だ。
そういう騎士家では当然だが戦死者が多い。
……殺し合いに参加しないと、戦功が上げられずお金が貰えないからだ。
結果従士達が血眼になって手柄を立てようと動いている。
こんな事も有って最近。高額報酬を狙う、無謀な若者が、戦場で危険に身を晒すケースが後を絶たなかった。
こうして戦の度に咲き誇る、荒れ地を覆いつくした、華々しくも、刹那に身を任せた若者達の死体の群れ……
そしてそんな仲間の死体を見る事に、俺はすっかり慣れてしまう。
なので戦争は俺に、無常感を授け始めた……
まぁ、そんな事は良い。
さて死者が多いという事は、同時に補充する為に人を頻繁に雇うという事も意味している。
そしてコレこそ、俺達古参の従士達を一番苛立たせた。
なぜなら“お前が何故聖騎士団に来る?”と問い詰めたい、チンピラまがいの従士崩れや元小姓が、お金目当てにフィロリア中から、聖騎士団に集まって来たからだ。
特に多いのがヴァンツェルや、エルワンダルから来る奴。
おそらくアソコら辺で、募集を強化しているのだろう。
募集はヴァンツェル、ダナバンドの両騎士館がやっている。
確かに聖騎士団の主力はこの二つの騎士館所属者だし、戦死者も多いから仕方がない。
ただ、本当にどうしようもない奴ばかりが来るのはどうにかならないモノか……
上層部は、ただ欠員人数だけ、埋めれば良いと思っているらしい。
加えてそう言う奴は、借金取りが故郷で待っている場合が多く、此処で手っ取り早くお金を稼いで帰ろうとする。
だから最近、そう言う心構えがなって無い奴と、俺達古くからいる古参の従士との間で喧嘩が絶えなかった。
連中ときたら、礼儀は無いわ、金の話しかしないわ、住民を勝手に襲撃するわ、訓練を嫌うわ、金にだらしないわ、で……とにかく俺等とソリが合わないのだ。
従士辞めて商売やれよ!と何度叫びたくなったのか分からない。
ただこんな連中でも居なくなると、戦士不足で防衛線に穴が開く。
そう叔父貴から言われているので、我慢する日々。
……そうは言っても、もう3人ほど半殺しにして、衛生兵の元に送ったけどな。
因みに連中の怪我は、ウチのアマーリオが作ったポーションで、すぐに治った。
とにかく現在はそんな状況です。
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