聖地からの手紙、4馬鹿の話 2/2
ここで騎士道のレディファーストについて紹介する。
騎士道では非常に重要な考え方であり、スマートな振る舞いが求められる。
そう言う意味では礼節の一つと言えた。
どうしてこれが騎士道に取り入れられたのか、と言うとこれは騎士修行をする場所に理由がある。
騎士修行は立派な騎士の家等に預けられた小姓や従士が、主と生活をしながら行う。
だからラリーみたいに、完全なる男社会で修業するのは実は一般的ではない。
本来は主の妻が居る場所で、主の世話をしながら技術や振る舞い、噂話の対処法に足るまで教えて貰うのが一般的である。
その時であるが、この歳若の血筋に優れた子を預かった騎士家で、やはりこの子を育てる義務があった。
じゃあそれを誰がやるのか?と言うと主の奥様である。
その為主の妻と言うのは、もう一人の母親と言うか肉親の様に近くなる。
その時にまだ8歳や10歳の育ち盛りの男の子に、奥様達はこう言うのだ。
《女性は大事にしなさい。
私や娘に礼儀を払いなさい。
あの従士は本当にダメ、何も礼儀はなってない!
戦うしか能がないだなんて、あの騎士家はどういう教育をしているのか。
そう言う振る舞いは目障りです!
お食べなさい、まだ育ちざかりなのですから、さぁ……
あの方々を見習いなさい、あれが立派な騎士と言うものです……》
これが一例だが、騎士道修行に女性目線からのアドバイスが欠かせないのが分かっていただけだろうか?
この様にして女性を教師にして、戦う男の道と有り様を叩きこまれるのである。
だからレディファーストになるのだ。
想像してほしい。
もし自分が小学生の時に、養子に出されたみたいな場所でこんな事言われたら、逆らえないのではないか?
向こうで家族にいびり倒されたくなかったら、レディを大事にします……と言う人が殆どだろう。
これをシステマティックに、宗教的な道徳観も加味したのが、騎士道におけるレディファーストの教えと言える。
この教えを真面目に吸収したイリアンは、女性に優しく、物腰も柔らかい青年へと成長した。
それがあの発言を大真面目にすることに繋がったのである。
そんなイリアンに、シドは「分かってるよ、クリ(彼の彼女であるクラリアーナの愛称、ビトの姉)もいつもそう言うんだ」と答えた。
「それよりも俺はラリーの事が心配だな。
悩んでいるみたいだ……」
シドはそう言って、ラリーの事を話題に乗せる。
それを聞いたフィランが、言った。
「そうだね、帰らないかも……なんて言われると僕も心配だよ。
ただすぐに帰っても、与えられる所領も無いし、騎士爵を与えるってわけにもいかないからね。
僕もまだ何の爵位も無い。
学生じゃなくなったら、公爵に……と言う話もあるけど、大公はすぐに僕とイフリアネを結婚させ、僕を養子に迎えるつもりだ。
そして継承権を、僕とイフリアネとの間に出来た子に与える事を条件にして、大公にならないか?と言ってる。
領地を差配できるとしたらその後だね」
それを聞いてイリアンとシドはさもありなんと頷いた。
ココでフィランの状況を説明しよう。
3人は今、シルトにある海洋大学に通ってる。
そして大公から屋敷の一つが与えられ、そこでフィランは暮らしていた。
今居る部屋はその屋敷の一室だ。
フィランは何故か大公に好かれた。
と言うのも、大公はフィランに会うまで彼が、ホリアン王によく似た粗暴な若者ではないか?と思ったが、フィランはそうでは無い。
それにあまり多くの家臣を連れてシルトに来ない事と、シルト人の友人を多く作ったので印象を良くしたのだ。
……実はホリアン王もこれを機会に、シルト大公家を王家に近い貴族で牛耳ろうと一旦は考えた。
だが、それはすぐにひっこめた。
フィランが、拒絶したからだ。
実は、フィランはあまり同年代のアルバルヴェ貴族の子弟が好きではない。
幼少の頃、アルバルヴェ貴族の子弟に部屋の隅へと追いやられがちだった彼は、同年代の貴公子達が苦手だ。
例外はイリアンとラリー位である。
幼少期の事を、いつまでも引きずったフィラン。
しかも4馬鹿(ホリアン王命名、フィラン・イリアン・シド・ラリーの事)以外だと、剣術学校で知り合った子達だが、あの学校の初年度の生徒であるフィラン達は先輩も居ないし、同級生も居ない。
そこで先輩を学ばせる為に、ボグマスに連れていかれた剣術学校は、あろう事かラリーが先輩達をギャフンと言わせてしまった。
これでは上下関係を学ばせるのは難しい。
だからボグマスはこれ以降、彼等に先輩との付き合い方を教えるのは放棄してしまう。
当然他の剣術学校に行かせることも無かった。
……こうして大人以外に頭を抑えつける者がいない環境で、彼等は剣を学んだ。
因みに普通の学校の方は、あまり熱心ではなかったし、王子や伯爵家の子弟とは疎遠なままだ。
勢い、フィランの交友関係の殆どは剣術学校の剣友達が中心となった。
同級生はシルトから来た女の子だけである。
後は皆年下の後輩だし、その半分はシルト大公に仕えるシルトの貴族家の子達だ。
そんな事も有りフィラン王子は、留学先のシルトに連れて行く人を、剣の師であるボグマスとシドとイリアンだけにした。
そもそもシルト人とうまく付き合える素質が、あの剣術学校で勝手に染みついたフィランはそれに不安を感じる事も無い。
あと……連れて行くとなると、後は身の回りを世話する人だが。
これもシルト人の後輩達が喜んで世話をしたので、彼に好意的なシルト貴族と縁の深いシルト人ばかりとなった。
そしてそれをフィランは喜んで受けいれる。
これ程までに自然体でシルト貴族を受け入れる、他の有力家の貴公子は、アルバルヴェに居ないだろう。
しかも実際に剣友である、シルト貴族の子弟たちは、フィラン王子と仲がすこぶる良い。
この様子を見た大公も、イフリアネの意思を確認したうえで、正式にフィランをまずは大公配(女大公の夫)に迎え入れようと思った。
大公の頭の中では、一度自分の実の子であるイフリアネを大公に叙任してもらい、次にフィランを養子にして大公位をイフリアネから譲らせようと思ったのだ。
そして自分の嫡流の孫に、大公家を継承させるつもりである。
こうする事でシルト次世代でも、アルバルヴェ王とうまく関係は築ける筈だ。
加えてシルトの自治をこの先もずっとアルバルヴェ領内で維持し、シルトの歴史を未来に継がせることも出来る。
そしてシルト大公家をアルバルヴェ家ではなく、カルオーン家で続かせることになるだろう。
まさに準王家としての格を確かなモノにした上で、続けてきた伝統と歴史を継承する良いアイデアだ。
大公はこのアイデアに大いに乗り気になる。
加えてフィラン王子は自分の娘に、並々ならぬ好意を寄せているようだ。
娘も彼を嫌っていない。
当たり前だが家柄だって申し分無い。
因みに大公が娘に、フィランをどう思っているのか聞いたところ。
『フィランの事をきっと好きになるだろう』
と、何とも言えない答えを返した。
他に好きな人がいるのかもしれない。
だが、イフリアネは他の男と特別親しい関係を結んでいる様子はなかった。
ただフィランと居ると、気が置けない間柄なのか仲が良さそうである。
そしてイフリアネも彼と結婚する事に賛成した。
これで婚約が成立したのである。
話しを戻す。
イリアンは手にしたコップを口に付け、そのオレンジの果汁を飲みながら言った。
「とにかくラリーが向こうに残るって言うのは皆で阻止しよう。
どうしよう……
もしあれだったらお父様(ホーマチェット伯爵)に頼んでバルザック家に掛け合おうか?
昔小耳に挿んだんだけど、バルザック家の方で、ラリーに荘園を用意しようとした事が有ったんだって。
ラリーが次期“狼の家”の継承候補になった事でうやむやに終わったけど、あれを復活してもらうように……」
するとシドが疑問を呈した。
「それだと、ラリーはバルザック家の家臣にならない?
そうなるとガーブに引き籠って出てこないと思うけど……」
ガーブ地方は、広さだけなら伯爵並みと言われるバルザック家の領地である。
ただしマウリア半島世界の果てであり、野蛮と荒れ地が広がる荒涼の大地だ。
アソコに行ったら、おいそれと出てこれない。
つまりガーブは外国以上に、外国に行った気にさせてくれる場所である。
それを思ったイリアンは「それじゃあつまらないなぁ」と言って唸った。
「何か無いかな?
ラリーが帰って来たくなるような話……」
イリアンもまた皆と一緒に居たいと思って、そう頭を捻るが何も出ない。
その内、フィランが諦めた様に言った。
「分かった、お兄様に相談しよう」
『王太子殿下に?』
声を揃えたシドとイリアン。
それを聞いたフィランは「お前達は双子か!」と言ってケラケラと笑う。
「アハハハ、まぁそうだね。
グラニールは王家では準家族みたいなものだから、その息子であるラリーなら何とかしてくれるかもしれない」
それを聞くとイリアンは、首を傾げてフィランに尋ねた。
「そう言えばグラニール・ヴィープゲスケ殿は王家ではどういうポジションなの?
評判は悪いけど、表に出てあまり政治に口出しはしないと聞いた……」
「あれ、知らないの?
あの人は昔近衛の魔導士団の団長だよ。
で、お父様の弟なのかなぁ?
お父様が昔言っていたのは『私の親友はべレウス(イリアンの父)だけ、私の兄弟はグラニールだけ』だった気がする。
とにかく王家の中の事を主にしていたかな。
赤ん坊の頃、僕やお兄様のおしめを良く替えてくれたって聞いてる。
なのに侍従じゃないんだって。
今にして思えば何なんだろうね?あの人」
「それだけ王に近いならもっと出世しても良かったんじゃないの?」
「それはお祖母様から聞いたんだけど、僕のお祖父様(先代の王)が死ぬ間際に、グラニールや家族の前でこう言ったんだって。
『ホリアン……王になっても、決してグラニールを男爵より偉くしてはならない。
人は嫉妬深い、もしそうしたらグラニールは他の貴族に暗殺されてしまうだろう。
そうしたらお前は粗暴な人間だから、本当に一人になってしまう。
孤独を友としない為にも、必ず私の遺言を聞くように。
そしてグラニール、お前は常にホリアンの傍に仕えること。
お前だけは決して我が家族を裏切ってはならない……
正直、お前はいつか居なくなると思っていた。
だけどお前はレリアーナ(王太后妃、つまりフィランの祖母)に叱られても、ホリアンに振り回されてもずっと居てくれた。
……ホリアン、レリアーナはそのことに対して必ず報いるように。
そしてグラニールは、決して政治に口出しをしない様に……』
だから政治の事について口出しはさせなかったって聞いてる」
それを聞いて、イリアンは大きく頷いた。
「だから戦争の英雄なのに、あまり政治の舞台で活躍してないんだね。納得したよ」
「だね、僕とお兄様は4歳ぐらいまで、彼を伯父だと思っていたからね。
お祖母様がグラニールを呼ぶときの感じが、本当にお父様と同じでさ。
他の人なら『リーブス付いて来なさい』なのに、お父様とグラニールだけは『さっさと来なさい!』だからね。
それによく奥に来て一緒に食事をしていたんだ。
お祖母様が、話し相手が居ないときは大概グラニールを呼ぶからね。
お父様もヒマになったらグラニールを呼ぶし。
……あの人、本当に何なんだろうね?
何か家の中で困った事があると、グラニールを呼び寄せていた気がする」
「例えば?」
「なんでもいいんだよ、部屋が散らかっているから片付けなくてはいけない時とか。
そうするとグラニールが人を差配してくれるから、それで片が付くんだ。
シャンデリアに玩具が引っ掛かったときとかも解決してくれたなぁ」
「……それは近衛の仕事なの?」
「分からないけど、グラニールが居れば安全だし、便利だって、皆言ってた」
イリアンは自分の家に居る、どの家臣にも該当しない仕事内容に首を傾げる。
そう言う人を男爵にするのだろうか?
ただ、グラニールは国一番の魔導士で戦争の英雄だから、そう言うモンなのかな?と理解した。
フィランはそんなイリアンを無視して、更に思いつくままに話す。
「だけど男爵をシリウスに譲って、大学の仕事をしてるじゃない。今のグラニール。
で、シリウスって真面目過ぎるんだよね。
とっても貴族らしいし、正直ワガママが言いずらい。
お祖母様も『侍従より、グラニールの方が気が楽だ……』って言ってる。
そこでお父様も侍従長に抜擢するから、侍従として来いと言ったんだけど断られたみたい。
アイツは欲がないからダメだって言ってる」
イリアンは「フーン……」と言ったまま首を傾げた。
そんな家臣要るのか?と思っている。
「そう言えば魔導士の訓練とか、いろんな軍事の改善とかもしていたね」
こう止めどなく話し始めた二人に、シドが慌てて口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
パパヴィープゲスケの話はもういいよ。
それよりラリーをどうするの?
王太子殿下がどうしてくれるのっ⁉」
するとフィランが、思い出して目を見開いた。
「そう言えば、グラニールの事はどうでも良かったよね……」
「本当にそうだよ!」
そしてそれを聞いたイリアンが呟いた。
「ああでも、聞けて良かったぁ……」
それを耳にしたシドが「何が?」と尋ねる。
するとイリアンは言った。
「僕、昔からヴィープゲスケ男爵。
何している人か知らなかったんだよね。
有名な割に何しているのか謎な人だったから」
「そうだね、僕も身近にいたけどグラニールってあの人何なんだろうね?」
フィランがそう答えたのを聞いてシドが再び「いや、だからパパグラニールの話をしなくていいって!」と突っ込む。
「いやゴメンゴメン、なんでか知らないけど、ヴィープゲスケ家の男って、話題の種が尽きないんだよね。
グラニールと言い、ラリーと言いさぁ」
「ああ分かります、殿下。
アレを失うのは僕等にとっては一大事だよね。
……必ず聖地から呼び戻さないと。
さもないと僕等退屈で死んじゃいますよ!」
イリアンがそう言って、フィランと心を通わせたのを見て、シドは(なんて奴だ……)と思った。
フィランは楽しげに笑うと「うん、この話をお兄様にするよ!」と言った。
ちなみにそれ以上、ラリーを呼び戻す話は進展しなかった……
シドは、なんかかやるせない。
……だがまぁ、頭をすぐに彼は切り替えた。
その後3人は顔を寄せ合って聖地からの手紙を見る。
「ビトは最近たるんでるみたいだね……」
イリアンがそう言って、密告者に手厳しい言葉を投げる。
「まぁ、しょうがないよ。
ラリーがヨルダンと言う騎士の放任主義で自由を得てるんだもの。
自分も……と思うんじゃない?」
フィランがそう言って手紙をめくる。
「……ラリー、強くなったのかなぁ?」
そう言って、不安げにシドに目線を送るフィラン。
そんなフィランにシドが答えた。
「きっと強くなってるよ。
だってラリーは必ず前に進んでいたもの」
シドにそう言われて思わずフィランは黙る、そして「僕だって強くなったさ」と呟いた。
「だけど、命を賭けてない。
ラリーは、どう変わったんだろうね?
実際に戦争に行くと、どう変わるんだろう……」
そう言って黙るフィラン。
それを見て、イリアンやシドの表情は曇って止まった。
祖国の友人とラリーは、手紙で互いの近況を伝えあい、そしてそれぞれの青年時代を生きていた。
いずれ交わる、その日を信じて、彼等の成長期は続いていく……
次は感想で良く分からないと言われる、膨大な人物や民族・国家の相関関係の解説です。
本編ではないのでよろしくお願いいたします