聖地からの手紙、4馬鹿の話 1/2
―親愛なる殿下へ。
この前の返事ありがとうございます。
まずはお祝いの言葉から……
ムッチャおめでとう!
良かったじゃん、昔っからイフリアネの事が好きだったもんね。
そうかぁ正式に婚約かぁ。
まさか殿下が大公様の婿になるなんて……しかも恋愛で。
なんかこういうのロマンチックで俺は好きだなぁ、帰国したら俺必ず会いに行くからよろしくね。
それはそうと俺の近況をご報告します。
昨年初めて、イフリアネと婚約したと聞いた後、実は俺にも出会いがありました。
で、その子と今同棲してます。
年上のお姉様なんだけど、ムッチャ美人で、足がとっても綺麗なんだ。
実は俺、殿下にだけ告白するけど、足フェチなんだよね……
毎日チラ見する足を見ながら、俺はここで出会った、スマラグダという子と幸せに暮らしてます。
因みに相手とはラリー、レミと呼び合ってます。
何故スマラグダと言う名前の愛称がレミなのかはさっぱりですが、とにかく楽しいです。
では修行を終えたら必ず……
また来月も手紙を書きます
ゲラルド・ヴィープゲスケ
―親愛なる殿下へ。
この前のご援助ありがとうございました。
金貨15枚確かに頂き、運んでいただいた商人には代わりにこの手紙を持たせています。
さてラリーからは悪い情報が何もないとのご不満の言葉が返信に書かれていました。
たぶんラリーの性格からして、悪い事は伝えたくないのでしょう。
まずラリーの彼女であるレミなんですが、確かに綺麗な女性です。
ラリーは完全に彼女の尻に敷かれて、いいようにこき使われていますが、非常に仲が良いように見えます。
でも信じられない事に、実は彼女だけではなく、実際には聖騎士団の専属凄腕薬剤師2人との4人で暮らしています。
たぶんラリーの手紙にはそれは書かれてないですよね?
あの男は見栄を張るのが好きなので、絶対に“二人っきりで暮らしてます”みたいなことを書いてあると思うんですが、それは違います。
アレはただの合宿です!
しかもラリーは彼等の為に料理を毎日作っているんですよ。
お前が妻なのかよ!と言ってやりたい気持ちです。
……まぁ、言ったら只では済まないので、この事はラリーに伝えないで下さい。
僕らのラリーは、マジで狂犬じみたチンピラなので……
コッチでは従士のラリーと言えば、誰でも知ってる狂犬です。
町の人間もラリーの名前と聖騎士団の鎧覆いを見せれば、殆どの人間が無礼な態度を改めます。
それぐらい奴は危険なんです。
別に普段の彼がチンピラという訳ではないので、そこは昔と変わらないのですが。
前にもお伝えした通り、侮辱を受けた瞬間相手を叩きのめしたり、貧民窟を燃やしたりしました。
この前なんか復讐に来た数人の武装した男を、剣で逆に斬りつけて4人の手首を跳ね飛ばしました。
恐ろしい話はまだあって、レスリングで相手の腕を折ったり、ダガーで足を躊躇いも無く貫いたりと、たくさんあります。
町で屯う、兵士崩れのゴロツキだって、ラリーが居るベリート川沿いでは大人しいです。
そう聞くと堕ちた人間だと思うかもしれませんが、普段は真面目で遊ぶことも無く、剣でも馬術でも修行に励んでます。
最近では子供達に剣を教えているようです。
孤児達からも好かれています。
ただし本人は“ラリーちゃん”と呼ばれているのだけはやめて欲しいみたいです。
意外にアイツ、良いお兄さんをしています。
まぁ、元々ラリーは博打もしないですし、異常に気が短い事を除けば良い奴です。
では、また何かありましたらお知らせします。
ヴィタース・ワズワス
―親愛なる殿下へ。
あれから1年経ちました、ラリーからの手紙に書いてあるかどうか判らないので、内容が重なったら申し訳ありません。
何時もの様にラリーの近況を報告する前に、聖地の状況をご説明いたします。
聖騎士団はかつての様に、諸王、諸侯から無上の敬意を払われていない状況です。
オロスキー伯国・グラデーガ公国を守れなかったことが、大きく響いています。
騎士団の中は暗く、そして重苦しい雰囲気です。
その中で、ラリーの活躍は凄いものがあります。
戦場では常に首を上げてくるので、総長にも名前を知られているそうです。
……目立つ奴なのは認めます。
この間も馬上試合で、騎士の一人を槍で突き落としてしまいました。
まだ16歳ですよ!騎士団の歴史の中でもこのような例はあまり無いと聞いてます。
弓は下手ですが、槍、格闘、ダガー、そして剣、馬術と、多くの面で名前を上げてます。
あと料理も……奴は嫁ですから。
キレると怖いので、僕らは陰でラリーを“鬼嫁”と呼んでます。
この前なんか布を買ってきて、自前で服を作っていたんですよ。
アイツはどこに向かっているのか分からないです、本当に。
そしてアイツが飼っている馬です。
これまたラリーとそっくりの悍馬で、ラリーとラリーの師であるヴィーゾン、そしてヨルダンとレミ以外は乗せないと決めているらしく、手が付けられません。
この前あの馬にイタズラをしようとした、ダナバンドの小姓が、あの馬に噛み殺されそうになってました。
別の日にその小姓のボスである従士が近付いたら、胸を思いっきり後ろ蹴りされ、骨折してました。
まぁ馬の後ろに不用意に近づくなんて、馬鹿みたいなことをしたのが悪いのですが。
次にその仲間が下剤入りの食べ物を与えようとしたのですが、そうしたらその馬はラリーにその餌を押し付けました。
餌を見て、それを知ったラリーは激怒し、殴りこんで大騒動に発展です。
ドイド館長に連れていかれるまで、アイツは「テメェがこの餌を食うまで帰さねぇからな!」と叫んでいたそうです。
生のラディッシュを片手に、鬼のような形相で人間の口に押し込もうとする、ヤツの姿は、想像するだけで恐ろしいです。
こんな事があってから、ダナバンドの奴にデカい顔されることは無くなりました。
俺達アルバルヴェの下の子達(小姓の事)も、イジメられることは無くなりました。
ラリーが出てくると厄介な事になるからです。
ラリーは離れたと言っても、僕らアルバルヴェ騎士館の僕等とよく行動を共にします。
ただ最近では同盟騎士館の従士である、デヴィ―ドとフォラシッタと仲が良いみたいです。
なので以前程、僕等と一緒には居なくなりました。
騎士館を変えると、やはり1年で疎遠になり始めるのですかね?
とにかく今や、騎士団きっての武闘派として、彼の主であるヨルダンと並び有名です。
話は変わりますが、最近では聖地の物価が高騰しており、自分の生活もままなくなりました。
なので誠に心苦しいのですが、資金の援助をお願いできないでしょうか?
これまでも殿下に助けていただけましたが、今も又苦しい状況です。
あなた様の為に有益な情報をこれからも送るので、どうかお情けのほどをよろしくお願いいたします。
ヴィタース・ワズワス
―親愛なる殿下へ。
この前贈りました、香辛料の返礼としてセルティナ(アルバルヴェ王都、ラリーの故郷)で流行っている料理のレシピを戴きました。
従士修行の一環として、主の為に調理する事があるので助かります。
主に毒を盛る輩も居ますから、彼は信頼できる俺によく料理を作らせるのです。
本当に助かります。ありがとうございます。
殿下、今俺は迷ってます。
帰国するか、残るかです。
聖騎士団の悪い噂をもう耳にされているかと思いますが戦況は芳しくありません。
この状況下で俺は師であるヨルダンから、帰国を打診されているのです。
あと1年修行すれば剣士免状を授けても良いと言ってくれたのですが、その後の修業は本国のマスターにお願いしろと言うのです。
彼は『お前の面倒を見る自信が無い』と言いますが、本心では俺を殺したくないのでしょう。
彼は俺が“狼の家”を継ぐのは知ってますし、聖騎士流の宗家の嫡流であることも知ってます。
なのでそう言うのです……
でも俺は箱入り息子なんかではありませんし、此処には轡を並べて敵へ一緒に向かう仲間がいます。
苦しみを分かち合わない時間、自分はいつも「俺は何をしているのか……」と思い、泣きたくなる。
だから全てが上手くいかない苦しい時期に、この国を離れたくない自分が居るのです。
それに騎士ヨルダンは、今の自分には良き師であります、まだまだ学びたい。
だから今、仲間の為に聖別を受け……聖騎士になる事も真剣に考えてます。
ただそうしたら彼女と別れなければなりません。
彼女は私を頼って生活しています、なのにそんな事をしたら彼女を路頭に迷わせるでしょう。
身寄りがない子なのです。
あと1年は時間があります、その間に答えを出すべく考えたい。
あと最近ヴィタースの様子がおかしいのでご報告します。
アイツどうやら俺を真似て女の子と遊んでいるようです。
どこにそんな金があるのか分かりませんが、派手に遊んでます。
時折博打にも手を出すようで、修行にも熱が入っていません。
まぁ言われたことはしっかりやっているので表には出ていませんが、俺としては不安です。
シドにもこのことについて手紙を書いたので、彼に叱って貰おうと思います。
では、また手紙を書きます。
ゲラルド・ヴィープゲスケ
送られてきた手紙を見ながら、16歳になったフィランは、シドやイリアンの顔を見た。
豪華な自室でテーブル越しに対面して座る3人。
彼等は自分達が貰った手紙を持ち寄って、それぞれ交換して読みふける。
ラリーが聖地に旅立ってから、毎月送られてくる手紙には、いつも最後に会った時の、あの日の匂いが漂っていた。
……あれから6年
16歳の彼等は、輝くほど美しい青年へと成長している。
幼少期に“イケて無いズ”だった面影はもうどこにもない。
特にフィランとイリアンは、王国でもそれは有名な美少年として知られていた。
しかもあまり女の子を連れ歩かないフィランと違い、イリアンは毎日女の子を連れている。
そしてシドはその浅黒い肌に、知的な容貌が備わっていて、これも昔よりも華の有る若者へと成長した。
彼は剣術よりも学問や、魔導の方で才能を伸ばしている。
そんなシドにイリアンが言った。
「おいシド、そっちの手紙はまだ見てないから、終わったら僕にくれ」
「ああ、今読み終わったよ。
はい“イリアン様”どうぞ」
シドがそう言うとイリアンは爽やかに笑いながら「おい“様”はつけるなよ」と言って、シドから手紙を受け取る。
それを見てフィランも「じゃあこっちの手紙も“イリアン様”にあげるよ」と、いたずらっ子の様な笑みで手紙を渡した。
するとイリアンも「だから!“様”はいらないって」と言いながら、手紙を受け取る。
どうやらフィランとシドの間で、からかうようにイリアンに“様”をつけるのがブームになっている様だ……
コンコン
この時扉を叩く者があった。
シドが黙って立ち上がり、そのまま扉を開ける。
すると若くて美しいメイドが嬉しそうな笑みを浮かべて、オレンジ果汁の入ったガラスのポットと、いくつかのコップを押し車に乗せて扉の前に立っていた。
「お飲み物をご用意しました、暑いので果汁が良いかと思いまして」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、失礼します!」
受け取ろうと手を伸ばしかけたシドの脇をすり抜けて、メイドがすっと中に入る。
彼女は笑顔で二人の元に近寄ると、コップに果汁を注ぎ、そして二人に渡す。
「殿下どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「イリアン“様”……どうぞ」
「うん、いつもありがとう。
この前のお菓子も美味しかったよ」
「本当ですか?
まだありますので、今から御持ちいたしますね!」
「いや、いつも悪いから……」
「そんなことございません、すぐにお持ちします!」
そう言うと彼女は、シドの為にコップへオレンジ果汁を注ぐと、入り口から戻ってきたシドに「どうぞ」と言って渡す。
そしてそのままそそくさとこの部屋を出て行く。
それを見たシドは、渡された果汁入りのコップを持ちながら、溜息を吐く。
「シド、どうしたの溜息なんか吐いて?」
その様子を見咎めたフィランが尋ねると、シドはイリアンを恨めし気に見ながら言った。
「どうもこうも無いよ。
イリアン“様”の後、僕に対してはただ一言“どうぞ”だよ。
名前覚えてないでしょ、あの人……」
それを聞いた瞬間爆笑する2人。
「アハハハハ!
しょうがない、しょうがないよシド。
だって“イリアン様”だもん。
あの子はどうやらイリアン派だったみたいだね」
そう言って愉快そうに笑うフィラン。
シドはそれを聞くと「まったくシルト人は、態度が露骨なんだよ……」と呻いた。
次にシドはイリアンに「はい“イリアン様”コレ上げる」と言って、手にした果汁入りのコップを差し出す。
「要らないよ、僕はもう持っているんだぞ!」
するとシドがムスッとしながらこう言った
「……あの女からもらった果汁を飲むのは気が引ける」
『アハハ……』
「だって無礼でしょ、アレ!」
『アーッハッハッハッ!』
フィランとイリアン、二人は声を揃えてシドの発言を笑い飛ばした。
それを見て、シドが呟いた。
「あのメイドも、もしここにラリーが居たら礼儀正しくなるのかな?」
そう言ったシドに、フィランが「そう言えば手紙にそう書いてあったね」と答えた。
するとイリアンが口を挟む。
「駄目だよシド、女性には優しくしなきゃ。
そうじゃないとご婦人から嫌われて、良い騎士にはなれないぞ」
大真面目にそう言うイリアンに、フィランは「さすが“イリアン様”」と言って笑う。
有り余る時間を、使ってます。コロナなんか嫌いだ。
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