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俺の騎士道!  作者: 多摩川
青年従士聖地修行編
128/147

幕間 ―欠け始めた月 3/4

とは言え、シャイアーレはこの話に対して新しい疑問も湧き、改めて質問をしてみる事にした。


「ラドバルムス、あなたの高潔(こうけつ)(こころざし)は分かりました。

しかし分からないことができたのです。

聞いてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ……」


ラドバルムスは、少し冷めた目でシャイアーレを見据えながら質問を許した。

……ネガティブな感情や思いは、(りょう)(おも)いになりやすい。

冷めたラドバルムスの目線に、それが少し映る。


「聖剣士はラドバルムスを殺せる、唯一の存在、聖剣ルシーラの力を引き出せる。

それが何故、その父親が(うら)みも(にく)しみも恐怖(きょうふ)も無く、あなたの町に居るのです?」


シャイアーレのその言葉に、ラドバルムスは答えた。


「フトゥーレ、私は恐れを克服したのです」

「え?」

「ほんの数か月前ですよ……私は聖剣をこの世から消すために、ありとあらゆる手を打ちました。

この剣は私を殺す為に在りましたから。

ですが、聖剣士は若くして死の病に侵されていました。

強情で、素行が悪く、知恵も無い。

頼りとするはずの聖剣7友にも見限られ、孤独と苛立ちに満ちるあの剣士。

ただ素質(そしつ)凶暴(きょうぼう)()けていたあの若者……

私も彼の事は知っていました、彼を殺さないと自分が死ぬと思っていましたから。

私は7友も、聖剣士もこの世から消そうとしていたのです。

……私は恐怖に唆されていました、今にして思えば悪魔の声です。

そしてその声に従い、自分の節度(せつど)を曲げてでも、彼等を追い詰め、そして殺そうとしていました。

本当に自分なのかと、今は思います」

「ラドバルムス、そんな事を聞きたいのではなく……」

「黙って聞きなさい!」

「…………」

「ところがある日私を訪ねる者がありました。

自分の命を差し出す、だからあの若者を助けて欲しいと……誰だと思います?」


シャイアーレはラドバルムスのこの調子に、イライラを募らせた。

しかし、相手の方が格は上だと割り切り、話を合わせて「誰です?」と聞く。

するとラドバルムスは嬉しそうに言った。


「フルゼーンですよ」


シャイアーレはこの名前を聞いて目を見開いた。


「あのフルゼーンですか?

と言うと、聖剣7友は全員あの男を見限った訳じゃ無かったのですね」

「そうですフルゼーンとイグニスだけは残りました。

私は歓喜(かんき)しました、これで私が死ぬ事は無くなったのだと!

そして恐ろしい事に私は偽りを口にし……フルゼーンに彼の元へと案内させました。

殺すつもりだったのです。

粗末な部屋の中、食べる物もない中で、青年は寝ていました、弱しく、そして(さみ)し気に……」


こうして続くラドバルムスの告白を聞きながら、シャイアーレは忍耐と言う単語の意味を思い返していた。

これだから老人の言葉は嫌いだと、別の頭で考えながら……

彼は要件に対して的確な返事をするつもりは無いのだ。

ラドバルムスは、あの日の自分を思い返しながら言葉を続けた。


「悪魔は私に、(ささや)きました(殺せ、殺すんだ!気の遠くなる時間自分を(さいな)んだ、聖剣を葬り去るのだ!この男を殺せっ)と。

次の瞬間、私は彼の手を取り言いました。

『安心しなさい、あなたの苦しみを私が助ける』

……自分でもこう言えたのが不思議で仕方がありませんでした」


そう言って涙を流した。

この様子に戸惑うシャイアーレ。

ラドバルムスは泣きながら微笑み、そして言葉を続けた。


「私は彼に自分こそがラドバルムスであると告げました。

そして驚き、恐怖した彼を見て、彼も私と同じで私の事を恐れていたと知ったのです」


シャイアーレは、ラドバルムスの言葉に耳を(かたむ)けつつ、居心地(いごこち)が悪いと感じた。

本能的に、目の前の男に対して劣等感(れっとうかん)を覚える。

目の前の男は美しく、率直(そっちょく)な心を(あらわ)にしていた。

そして欲にまみれ、力の信者である自分の心が見劣(みおと)りするのを、その存在で自覚させる。

(きそ)っても居ないのに、負けている気持ち。

神官として自分の精神がラドバルムスよりも下劣(げれつ)な精神であると、突き付けられているようでならない。

……ラドバルムスを汚したい、お前も自分と同じ程度であると証明したいとの、欲望を胸に抱えた。

徐々に捻じ曲がっていく、シャイアーレの感情。

その心根に、ラドバルムスの言葉は容赦(ようしゃ)なく()(そそ)ぐ。


「ああ、私達は同じだ、彼こそ同じ悪魔に唆されたもう一人の私だ。

だから正直に打ち明けました。

『聖剣士、私はあなたが怖かった……

この世でただ一人私を殺せるあなたをどれだけ恐れていたか……

でも、あなたは実際に私に何かをした事は無かった、ただ聖剣を持っていただけだった。

申し訳ない、私は恐れを捨てて、あなたと向き合うべきだった。

私はあなたを救いたい、そして本当の友人になりたい。

和解してもらえないだろうか?聖剣士殿』

すると彼は『助けて、下さるのですか?』と聞いた。

私は頷いた。彼は泣いていた……

私は、自分のすべきことは救済であって、迫害(はくがい)ではないと確信できました。

彼を救いたい!

これは神としてこの世に現れた自分の使命なのだと。


私は彼の“時間を止める術式”を整え、そしてその間にルクスディーヌに向かいました。

そして、星を占ったのです。

すると、とある孤児院にエリクシールとなれる、未熟な魂がある事を知りました。

そこでその孤児院を訪問しました。

そこには魂の救済に悩む、迷えるフィロリアンの若者が居ました。

エルワンダルで行われた戦争の生き残りだという彼……

彼は神に会い、仲間の魂が救われたのかどうかを知りたいと言います。

私はもちろんその声を聞く事が出来る、だけどそれでは彼を救う事は出来ません。

……彼は故郷に残した、思いを取り戻すまでは、きっと望んだ答えを出してくれる神を探すでしょう。

ですがその姿勢は疑いようのない善意(ぜんい)から来るものであり、そして……本心から神を求めていました。


私は彼に賭けてみようと思いました。

きっと彼なら、世にも稀な力を持つ、あのエリクシールとなった後でも、世界に害をなすことはないであろう。

それに何より、多くの人を救うに違いない!

……そう思えたのです。

だから私は私の知りうることを彼に伝え、月の神殿の事、エリクサーの材料を私が持っている事を教えました。


こうして私はエリクシール誕生を見届け、今回のエリクサーを調達できたのです。

そして聖剣士の若者を救いました。

私は彼と友人になりました、そして彼は私の為に戦う事を約束し、アルターの町に来てくれたのです。


こうして私は悪魔の手先にならずに、恐怖を越えました。

自分の使命を、忘れずに済んだのです。

私は豊穣の神として、恥ずかしくない神で居続ける事ができました。

その結果、私は自尊心と確信、自分への自信、そして敵ではなく友を得る事が出来た。

素晴らしい経験を手に出来ました」


それを聞いてシャイアーレは、静かに頷いた。

……何故か、馬鹿にされていると思いながら。

シャイアーレは、コイツの鼻を明かしてやりたいと思いながら尋ねた。


「ラドバルムス、あなたの慈悲深さに感激しております。

故にあなたが聖剣を手にした事も、推察(すいさつ)できました」


シャイアーレは辟易(へきえき)しながら、静かに微笑む。

その心を隠しながら……

とにかく知りたい事が知れたと思ったシャイアーレは「ありがとうございますラドバルムス、またご協力を得たいと思いますのでこれからも良しなに」と言った。

その後、彼女はそそくさとこの部屋を出て行く。


パタン……


静かな音を立てて締まる扉。

ラドバルムスはその様子を見て、いつもの様に穏やかで清潔感のある笑みを浮かべた。

そしてポツリと(つぶや)く。


「今捻じ曲がり、弱者を食い物にするばかりの邪悪な教えは、滅び行こう……

世界に隠れる闇も、な」


◇◇◇◇


―一年後。


^……あれから1年で聖戦、そして聖地は大きく変わっていった。

 規模(きぼ)としては小さな戦闘であるルバデザルトの戦いは、あの後様々な波紋(はもん)を聖地に投げかけた。

 ……そして聖戦は、この時から潮目(しおめ)が変わってしまうのである。


この様な背景がある聖竜暦1115年は、フィロリアンにとっては嘆きの年となった。

雨季が盛りを迎えた頃から、本格的に聖地諸国に対し、侵攻を始めたテュルアク帝国とバルミー。

そして同1115年の暮れ、オロスキー伯国、そしてグラデーガ公国は滅んだ。

この時はアルター伯国滅亡時の様な、悲惨(ひさん)な事は起こらず、伯爵や公爵と言った国主(こくしゅ)はみな戦力を保持して他国へと逃れている。

だがこれで聖地諸国は4つとなる。


こうしてフィロリアン達の衰退(すいたい)は、誰の目にも明らかとなった。

そしてこれは、聖騎士が弱体化した為であるとの、噂がまことしやかに流れる。

そしてそれと反比例して、聖フォーザック王国の正規軍の名声が日に日に上がっていった。

テュルアクの軍が、王国の正規軍が来たと知るや、撤退(てったい)して行ったからだ。

(はた)から見ると、テュルアクの軍が、聖地フォーザック諸侯率いる正規軍を恐れるようだ。

この事実に、聖地フォーザック王国の民衆は、持ち合わせた希望を。この年活躍した正規軍に捧げる。

実際に1115年は、聖地フォーザック王国が失った領土は無かった。

……つまり聖地フォーザック王国諸侯はこの年、全ての戦線で無敗を誇ったのだ。

加えてヘラード公国に出した増援も、見事防衛に成功した。

しかもこっちは激戦を制しての、勝利である。


この一連の出来事は、聖地フォーザック王国諸侯の軍の評判を上げ、そして聖騎士達の評価を相対的に下げた。

このことに自信を深めた聖地フォーザック王国は国防を自らの手で行う事を決めた。

その為の財源として、聖地フォーザック王は聖騎士団に対してこれまで行っていた、一部の荘園の委託(いたく)を終わらせた。

こうして荘園を減らした聖騎士団。

加えて、滅んだオロスキー伯国と、グラデーガ公国に在った自らの荘園も失った事で、たちまちの内に財政が悪化した。

この事が、聖騎士団を変えようとしている。




聖騎士団初代総長、クリオン・バルザックが聖騎士団に残した財政基盤は、武功を上げ自らの実力を誇示(こじ)した事で得た寄進荘園を(もと)にしている。

これは聖騎士団が最強であるという、評価がそれを可能にしていた。

ところがソレ(評価)が地に落ちると、大きなダメージを負うという、非常に(もろ)い基礎の上にあった。

要は役に立たないと見られるや否や、そのお金は別の頼りになりそうな所に、流れるという事である。

その結果、騎士団の収支はこの年初めて大きな赤字を叩き出した。


戦争には多額なお金がかかる。

その為この様に悪化した収支では、早晩騎士団の規模を小さくするしかない。

だが戦争の決め手は質と量なのである。

動員する兵力を少なくさせれば、その戦争で不利になるのは避けられない。

この由々しき問題が話し合われるようになったのは、1116年の聖騎士団内の会合だった。


ご覧いただきありがとうございます。


次回の更新は 5/15 7:00~8:00の間です

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