幕間 ―欠け始めた月 2/4
シャイアーレは未来を覗きながら、彼の言葉に「さすが殿下です、感服しました!」と言ってこれに賛同した。
……上手くいくと、未来は告げている。
そして得意げなフォイダーンは次に顔を引き締めて、こう言った。
「だがすぐに必要な手柄もある。
陛下もそこまで待ってくれるわけはないのでな……
そこで、アレチピレオン」
「はい」
「ひとつ頼みがある。
アルターから兵を出し、最弱国であるオロスキー伯国を攻めて貰えないか?」
アレチピレオンはそれを聞くとしばらく考え、次にフォイダーン皇子の目を覗いて「なるほど……」と答えた。
「……つまりこれが恩返しですな」
……ここで少し話を変え、聖地の状況について補足する。
今から約100年前、正確には聖竜暦1225年だからちょうど90年前に行われた聖戦の結果、聖地を支配していた大国フォーザックは滅びた。
跡地に出来たのは全部で7つのフィロリア人の国である。
紹介すると、最も領土が広いのが聖地フォーザック王国。
後はほぼ領土の広さは大差がなく。
ヘラード公国。
グラデーガ公国。
オロスキー伯国。
ホダブリーキ伯国。
アルター伯国。
そして聖地奪還に協力した商人によって誕生した島国、グロラディノ共和国と言った国々である。
その内アルター伯国はバルミーの攻勢により、10年以上前に滅んだ。
なので現在は6か国が聖地にある、フィロリア人の国という事になる。
そして旧アルター伯国は、現在都市国家アルターとなっている、
アルターは現在ラドバルムス信者が治める宗教国家で、引き続き勢力拡大の機会を伺っていた。
そんなアルターの隣国が、最弱国であるオロスキー伯国なのである。
……さて、話を戻す。
フォイダーン皇子は、アレチピレオンに微笑むと強い思いを込めて言った。
「それと呼応して、私はグラデーガ公国を征服する」
その力強い言葉に、思わず息をのむアレチピレオンとシャイアーレ。
「今回は過去なかった規模で動員をかける。
今回の勝利で陛下の気持ちも大いに高まった。
それに私と張り合って、クッチオダーンも兵を出すと言ってる。
クッチオダーンはヘラード公国を攻めるつもりだ。
まぁ……お手並み拝見だな。
とにかく私とアレチピレオンは同時にそれぞれ侵攻し、隣り合った両国を一気に征服する。
どうかな?アレチピレオン」
「……分かりました兵を出します、殿下」
「此処で決めてよいのか?」
「ええ、私が請け負います」
それを聞くとフォイダーンは、ニンマリと笑った。
◇◇◇◇
しばらくその後も話はあったが、特別の内容は何もなく、雑談を話し合っただけだ。
全てが終わった後、王子の元から辞去した二人。
その道すがらでシャイアーレがアレチピレオンに、少し相談したい事があると話を持ち掛けた。
アレチピレオンはその清潔に輝く瞳を糸の様に細めて笑うと、その申し出を了承した。
その後二人は、伴ってラドバルムス大神殿へと向かう。
ラドバルムス大神殿……
この神殿は非常に簡素な造りで出来ている。
と言うのもこの神は贅沢を戒め、施しと慈悲、清潔と勤労、謙虚と友愛を尊ぶ。
その為この神殿はあまり飾る事を良しとはしない。
ただし塵一つ落ちないと言われるほど掃除はされている。
そして施しを行うための大きな釜と、勉強の為の立派な書庫がたいていの神殿にはあった。
なのでこの宗教のシンボルは釜と筆である。
アレチピレオンは多くの人が敬意を持って頭を下げる中、この大神殿の中を歩いた。
歩くアレチピレオンは、真っ白いオーラを全身から出しているようだ……
とにかく、どこに居ても輝く様な存在感がある。
そんなアレチピレオンはこの大神殿に自分専用の執務室があり、彼はシャイアーレを伴って、自分の執務室に入った。
アレチピレオンに伴われて入室したシャイアーレは、入って中を見回すと「相変わらず何もない」と言って苦笑いを浮かべた。
それを聞いてアレチピレオンは、椅子の一つをシャイアーレに勧め、自身もその傍に腰かけながら言った。
「そうですか?
机があり椅子がある、人々の願い事を書きつけた板を置く書架もあり、インクとペンがある。
後は何が必要でしょう?」
シャイアーレはそれを聞くと、相手を怒らせないよう、慎重に答えた。
「足りないものは無いです、ただし加える物も無い……
部屋を飾るもの、と言うのは本来必要はないのかもしれません。
だが、それが無いのが女は寂しいのですよ。」
「そうですか……」
「女は面倒ですから」
「はは、まぁ女性の事は得意ではないのでね、私は……
それよりも本題に入りましょうか。
フトゥーレ如何されました?」
アレチピレオンはそう言ってシャイアーレの本当の名前で彼女を呼ぶ。
するとシャイアーレは真剣な眼差しで答えた。
「なぜ、バルドレの邪魔をしたのです?」
「……と言うと?」
「とぼけても無駄です……
あの日バルドレの腕が切り落とされた。
アレは聖剣ルシーラですよね?
私の未来予知も、神が関与すると正確に読み取る事が出来ないので分からなかった。
お答えください、ラドバルムス!
ここ最近のあなたはおかしい!」
シャイアーレはそう言って、アレチピレオンことラドバルムスの目を覗いた。
するとラドバルムスは、慈悲深い目でこう答える。
「簡単な事ですよシャイアーレ」
「…………」
「友人のエリクシールを守りたかった、それだけです」
シャイアーレはこの神は何を言っているのか?と思った。
友人を救うために聖騎士に助力をした?
敵を助ける……裏切った?
いや、まさかそんな……
とにかく混乱するシャイアーレ。
彼女はかろうじて残った冷静さをかき集めて、こう尋ねる。
「エリクシールの事をご存じなのですか?」
エリクシールは薬神ジスパニオの庇護下にある。
その為世界の理の外にある存在であり、そして未来予知が出来ない。
なので未来を知る彼女もエリクシールの事については、ほとんど分かっていなかった。
……実はシャイアーレには予知できない存在が幾つかある。
神やその庇護下にある魂、そして神の変わり果てた姿でもある召喚獣がソレだ。
なのでこれらにまつわる事は、真実を直接見る事は出来ない。
唯一の例外は自分の未来だけだ。
彼女は自身の未来だけは見る事が出来る。
アレチピレオンこと、ラドバルムスはシャイアーレに対して静かに頷いて答えた。
「ええ、もちろん知ってます、私が友人に勧めたのですから。
そして彼等は見事にジスパニオの目に叶った」
それを聞いてますます困惑するシャイアーレ。
彼女は「それは彼等が、あなたの信者だからですか?」と聞いた。
彼女は自分の勢力を増やすために、そうしたのか?と思ったのだ。
……それなら彼の行動が理解できる。
ところがラドバルムスの回答は、シャイアーレの予想を裏切った。
「いいえ、彼等はフィロリアンです」
シャイアーレは目を見開き、そしてワナワナと怒りに震えながら言った。
「……どういう事ですラドバルムス?
相手は敵ですよ?
何故敵のフィロリアンにエリクシールを渡すような真似をしたのですか?」
するとラドバルムスは答えた。
「彼は多くの人を救うでしょう。
つまり彼には資格がある。
……エリクサーを必要としている人はたくさんいるのです。
フォイダーンの息子もそうでした。
あの日を逃せば次エリクシールが誕生するのは20年後になる。
そこまで待てますか?
待っている内にあの子は死んでいたんですよ?」
「信じられない。子供一人の命より、重要な事があるでしょう……
だからと言って、フィロリアンを強くするのですか⁉」
今にも怒りに駆られ、叱責せんばかりのシャイアーレに対し、ラドバルムスはかぶりを振って答えた。
「私の使命は救済です、世界を救い、人々を救うのが使命です。
戦いもその為に戦っています。
ですから戦う為に救済はしません。
今、私に許しと救いを求める人がいる限り、私はその者の為の私であるのです……」
「あなたは間違ってる……」
思わずそう漏らしたシャイアーレにラドバルムスが答えた。
「では聞きますシャイアーレ。
アナタはフォイダーンの未来をどう見ますか?」
「……輝かしい未来が遠くに見え、そして暗い未来も見えます。
つま先の向きは、今は光に向けれているようです」
「今あなたが見ている未来は、フィロリアンにエリクシールが誕生した後の未来なのです。
アナタがどう思おうとも、我々の勝利は揺ぎ無い……
今捻じ曲がり、弱者を食い物にするばかりの邪悪な教えは、いずれ大きな鉄槌と共に打ち砕かれる!
世界に隠れる闇を払い、この聖地に光を取り戻す日は近いのです。
……だとしたら、より多くの者を救済できる、本当の善意にこそ、あの神秘の力は相応しいと思いませんか?
私の子山羊達には、あの日それに相応しい者が居なかった。
居ても遠いので月の神殿に来れないのです。
だからあの日、相応しいと思えたものがフィロリアンの友人だっただけです」
シャイアーレは、ラドバルムスが理解できないと思い、顔を背けて首を振るった。
そして改めてラドバルムスに尋ねた。
「ラドバルムス……私は最近、聖剣士のあの坊やの父が、不安と恐怖から解放されることを予知しました。
そして今彼等はあなたの国、アルターに居る。
どういうことか分かりますよね?」
「ええ、もちろん」
「では改めて聞きたい、どうしてあなたはバルドレの邪魔をしたのですか?」
するとラドバルムスは、韜晦するような表情を見せた後こう答えた。
「実は占いの結果、あの聖騎士は勇敢にも戦って死ぬと分かりました。
そしてその後……友人であるエリクシールも滅びると。
私は彼が好きなんですよ……
彼は多くの人を救おうとしています、薬神ジスパニオの力を使ってね。
実際バルミーもフィロリアンも関係なく、彼は救っています。
そんな彼が、もっと多くの人を救うのが見たいのです。
聖戦の事だけを考え、本当に豊穣神としてやるべき事を忘れるつもりはありません。
私がしている非道な行いは、より多くの人を本当に救う為にしているのです。
自分の事しか考えないように変わってしまったサリワルディーヌやフィーリアでは、それは出来ない。
彼等は且つて、より多くの金品や名声を求めて、フォーザック王の心を追い詰めた。
そして、彼等は王の娘も殺そうとした……
アレは、悪魔だ。悪魔に心を乗っ取られた神と名乗る何かに過ぎない。
何もしていない、孫の殺人を大神官に唆すとは言語道断です。
自らに授けられた神としての使命は、神殿を築く為に在るのではなく、神殿に集まる人を救うためにある筈です。
でも彼等は逆だった……
私は彼等に聖地を委ねたら、より多くの人を不幸にすると確信しました。
例え滅んだとしてもかまわない、正義は私の元にあると思いました。
……幸い、私の為に全てを投げうってくれる人々が集まってくれました。
最初こそうまくいきませんでしたが、今はようやく自分達の国と呼べる、小さな成功を収めた所です」
シャイアーレは、それを聞いて自分はバルミーとは理解し合えないと思っていた。
最後の話は私の質問に対しての回答ではないとも……
ご覧いただきありがとうございます。
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