フォー・ゲット・ミー・ノット(私を忘れないで) 8/9
―ルバデザルトの町。
街門が破壊されたという事は、この町の守備力は著しく落ちたという事である。
そしてそれは……聖騎士団を迎え撃つ側に回った、町を占領中の遊牧民の役にも立たないことを意味している。
喚声を上げながら、槍を持ち、盾を構えたフィロリアンの歩兵がこの町に踏み込む。
彼等は剣と三日月の同盟騎士館旗を翻し。
略奪に手間取った挙句、町から逃げ遅れた遊牧民を殺していった。
その傍らに並ぶ、略奪品が山積みとなった荷車たち。
これを全部持って行こうとして、テュルアク人は自滅したのだ……
「クッソ、もう来たのか!」
この時、老戦士バキエフはそう言って伯爵の屋敷で呻いた。
そして敵の状況を確認し、急ぎ色々な指令を下していく。
それを遠くでバルドレ達は冷めた目で見ていた。
「フン、一生やってろ。
付き合いきれん……」
そうバルドレが呟くとヴィックが相槌を打ちながら言った。
「そうですよ、あのバキエフって奴は仕切りたがって、人の言う事に耳も貸しません。
だって敵の本拠地から僅か1日の距離の町ですよ?
揉め事が起きたからって、今ここで略奪品の分配を決める必要があったのか?って、事ですよ」
バキエフが反抗的なバルドレの鼻を明かすす為に、人質になる筈だった伯爵を射殺した後の事を話す……
あれから伯爵の屋敷前は大変な騒動になった。
と言うのも、自分が戦って手に入れた財宝が自分のモノにならないと思った連中が、バキエフに対して一斉に逆らいだしたからだ。
しかも他の所でも戦闘を終えてテュルアク人達が、此処で内輪揉めが起きたと聞いて、続々と駆け付ける。
……こうして騒動が、ますます大きくなることが、この時点で決まった。
こうして駆け付けた、他のテュルアク人達の目は、この庭園に積まれた戦利品の山に釘付けになる。
それと言うのも、金持ちの家から収奪したものと、貧乏な庶民の家から奪った物が同じな筈が無い。
だから彼等は彼等で、目の前に積まれた、特別豪華な伯爵家の略奪品が欲しくなり、自分達にもその権利があると騒ぎ始めたのだ。
……他の庶民街を襲っても、ココの美術品の価値も無い。
全部が全部ではないにしても、この町の価値あるものの大半は、支配者である伯爵が所有していたのだ。
そこでバキエフはこの状況を収集する為に、戦利品を早速分配し始めた。
……これは時間の無駄な浪費となった。
しかも満足が行く分配を得られた者は、早速荷車に略奪品を載せて、勝手に街を出て行った。
どうしてこんな事をしたのか?と言うと。
後で満足な分配がもらえなかった仲間から奪われるのを恐れたのと、敵がすぐにやって来ると思われたこと。
それに何よりバキエフのやり方で引き起こされた、このグダグダな様子に、彼を見放したのだ。
つまり貰うものを貰ったから、さっさと帰ろうという事だ。
この様子を見てトラシーナが怒りも露に呟いた。
「クッソ、信じられねぇ。
こんな纏まりが無くて、好き勝手するような連中がいるかよ!
だってここは敵地のど真ん中だぞ?
何だってテメェだけで帰れると思ってるんだよ!」
するとヴィックが達観した様子で言った。
「思ってるんじゃない?
だってあいつら蛮族だよ?
根拠が無くても、自信に満ち溢れるのはお手のモンじゃん。
連中はね、気に入らない奴等と居る我慢よりも、危険とスリルの方が好きなんだよ」
「…………」
「結局一番いけないのは、あの爺さんに統率力が無かったのが、一番いけなかったのさ。
こんな危険な任務なんだ、もっと尊敬される奴にやらせるべきだったのに……
つまり、アイツに“やれ”と命じた奴が悪いのさ」
「じゃあどうするんだ!
ロウサウスを助けるために、俺達は此処に来たんだぞっ」
するとヴィックは、黙って物言わぬ伯爵の死体を見た。
そして無言のまま、バルドレの顔を見る。
バルドレはその様子を見て「はぁ……」と物憂げな溜息を吐いた後、心を決めてこうトラシーナに言った。
「伯爵の死体は諦めよう。
コイツと引き換えにロウサウスを解放させようとしても、ダメだろう……」
それを聞いたトラシーナは悲しげに首を振って、失意を込めて呟いた。
「旦那、それは無いよ……
何の為にここまで来たんスか?」
「何とかしてぇが……今となっちゃ逃げるのが先だ。
こんな死体担いで逃げられる訳も無いだろう。
正直俺の中にある“内なる力”も、もうだいぶ使ってしまった。
力の回復には一週間はかかる」
トラシーナはそれを聞くと失意を抱いて、項垂れるしかない。
彼は「ロウサウス……」と呻いて、涙を流した。
仲間を思うトラシーナ。
そんな彼に、ヴィックは優しく語り掛けた。
「トラシーナ、逃げるならすぐに逃げようぜ。
あの旗は同盟騎士館の旗だ。
だとしたら俺達の数倍の兵士がもう此処まで来てるって事だ。
生きてりゃまた、ロウサウスを救出するために、何か出来る。
今無理をする必要はないと思うぞ?なっ……」
ヴィックがそう言うと、トラシーナはこう呟いた。
「同盟騎士館が来てるって言うんなら、やりたい事がある……」
それを聞いたバルドレは「やりたい事?」と尋ねる。
「右頬に縦に長い傷を負った、従士の鼻を削いでやりてぇ……」
「誰だそれ?」
「狂犬ラリーって奴です。
同盟(騎士館)のヨルダンって騎士の従士です。
……そいつがあの日、ロウサウスの太腿を刺し、そして鼻を削いだ……」
「…………」
「狂ってるんですよ、奴は狂犬と呼ばれる程に!
……せめて仇は取ってやりてぇ」
トラシーナがそう言うと、バルドレは困った表情でヴィックを見、そしてトラシーナに語り掛けた。
「分かった、見かけたらそいつの鼻を削いでやるよ。
そうしたらお前の気持ちも安らぐんだな?
今は無理でもいつかそうしてやるから……
とにかく今は落ち延びよう。なっ?」
トラシーナはそれを聞くと泣きながら頷き、そして静かに歩き始めた。
それを見てバルドレやヴィックも歩き始める。
……その時だった。
肩に折れた矢が刺さったまま、一人のテュルアク人の男が彼等の元にやってきた。
「ハァハァ、客人……」
彼はやって来るなり、バルドレに縋るような目を向ける。
バルドレは首を回してその様子を見た。
すると男がバルドレに頭を下げてこう頼み始めた。
「頼む客人、俺達を救ってくれ」
バルドレは険しい目つきをこの男に投げながら「良く分からないが……」と答えた。
男は言った。
「東の橋はもう聖騎士共に占領されていた。
奴等橋に変な障害物を作ってる。
しかも連中は強い、このまま橋が渡れなければ全滅だ。
俺はたった今アソコから逃げ返って来たんだ。
荷物は全部諦めた、まごまごしていたあの爺のせいで全てを失った。
50人も居た俺の仲間は、もう20人も居ない。
頼む、あの橋にある障害物を破壊してくれ。
そうしたらみんなで一斉に固まって、馬で橋を駆け抜けられる」
バルドレはそれを聞き、首を傾げて行った。
「この部隊はバキエフの指示で動いている。
でもバキエフから何も要請はないが……」
「客人、見たら分かるだろう?
あの爺さんはダメだ、耄碌している。
このままあの爺さんに従っていたら、皆死んでしまう。
強い男に従わないと……それしか生きる術はない」
バルドレはそれを聞くと「分かった」と言って歩き始めた。
そんなバルドレの背中に、男が話しかける。
「聖騎士団は西と南から、俺達を追い詰めてる。
だから東の門にみんなが集まってる、そこから逃げる」
「分かった、ヴィック、トラシーナ。
東の門に行くぞ!」
そう言って東の門に駆けだしたバルドレ。
ヴィックはそれに付いて走り始めた。
……しかしトラシーナは、この時足を止めた。
そしてこのテュルアク人の方を見つめる。
「……どうした?客人」
テュルアク人もこのトラシーナの様子が気になったのか、怪訝な顔で声を掛ける。
トラシーナは言った。
「な、なぁ……」
「うん?」
「あんた一度逃げたけど、無理だから引き返してきたって言ったよな?」
「ああ……」
「まだガキの……右頬に傷のある従士居なかったか」
「どれが従士だか分らぬ」
「ああ、そうだな。
鎧が銀じゃなくて鉄、馬に乗っている場合は、馬に馬鎧は着せてない。
徒歩の場合は……」
「それなら居た」
「え?」
「逃げるときに振り返ったら、兜を開いて(面頬を上げた状態の事)俺に顔を見せた。
間違いない……」
トラシーナはそれを聞くと、目を見開いて黙りこくった。
テュルアクの男は黙ったトラシーナを見て「終わったなら行く」と告げてここから立ち去った。
一人この場で立ちすくむことになったトラシーナ。
彼の目に憎悪の光がギラギラと宿る……
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