フォー・ゲット・ミー・ノット(私を忘れないで) 7/9
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こうして俺達は本隊と離れ、騎兵のみで丘の陰に隠れながら東へと向かう。
北にある町の様子を気にしながら、騎兵のみの身軽な行軍。
「急ぐが慌てるな!
向こうに着いたら馬に休憩を取らせる」
そう言いながら騎士ラグルドは、中々の統率者ぶりを示して、俺達を東へと走らせる。
……こうして敵よりも早く橋に辿り着く俺達。
到着するなり馬を下りた我々は、急ぎ水を愛馬達に飲ませる。
「よーしよく頑張った……」
ウチの問題児ダーブランの鼻を撫でながら、俺は彼に水を飲ませる。
飲んだら同じ水を俺も飲んだ。
『馬を繫留したら、馬防柵を作れ!
奴等を一人たりとも生かして返すな!』
おぅふ、どうやら休憩は馬がとるもので、人間はダメだったらしい。
仕方なく俺達は荷物から手斧を取った。
それが無い者は剣を取って周りから木を切り出し始める。
そして蔓を見つけては、それで木を結びそして繋ぎ合わせていく。
時間も無いので馬防柵と言うよりも、橋の前に横たわるバリケードみたいなものが作られ、そこに盾が並べられた。
一部の軽装の者は、馬を下りた後に、この盾の陰に隠れて弓で援護するのだ。
こうして待ち伏せの準備をある程度完成させると、しばらくして町の方角を見張っていた見張りが、こちらに走ってきた。
「敵が接近、数は50名ほどで荷車囲んでます!」
それを聞いた騎士ラグルドが、眼をギラつかせながら叫んだ。
「いよいよお出ましだ、連中を突破させるな!」
騎士ラグルドの号令で、全員が持ち場に着く。
「騎士達は馬鎧を着けろ!
弓から馬を守るんだ!」
その指示に従って、俺はファボーナに馬鎧を付ける。
ヨルダンも手伝ってくれて、俺は速やかに馬鎧をファボーナに装着させた。
次に俺は、ヨルダンが馬に跨るのを待って、彼に馬上槍と盾を渡す。
そして俺自身も盾を持ち、槍を木に立てかけた後でダーブランに跨った。
そして立てかけた槍を手に取ると、構えてヨルダンと轡を並べる。
「馬上槍は扱えるようになったか?」
ヨルダンがそう聞くので「ヴィーゾンに仕込まれてる最中ですよ」と答える。
彼は獰猛な肉食獣のような目を俺に向けると言った。
「だったら今日使えるようになれ」
戦争前、感情が昂ったヨルダンは普段からは想像もできない程気性が激しい。
こうなった彼に“出来ません”だなんて、言う勇気は無い。
なので俺は無言で頷くと、兜の面頬を下した。
いよいよ騎士団とテュルアク人達が互いに視認でき場所にやってきた。
「おい!聖騎士団がもう居るぞっ」
帰り道が塞がれていると知ったテュルアク人達は叫び出し、そして俺達の姿を見て動揺を見せる。
そこに鎧を着ていない軽弓騎兵が襲い掛かった!
カシュ、カシュッ、ヒュン、ヒュン、ヒュン……
放たれた矢が敵や、彼等が引いてきた荷車に突き立つ。
「ギャッ!」
「クソッたれ!」
呪いの言葉を吐きながら馬上から転落していくテュルアク人達。
「散開しろ、奴らを包囲するんだ!」
彼等は密集するのを辞め、弓矢の被害を少なくするためにバラバラに散っていく。
これを見て騎士ラグルドが叫んだ。
「従士達は捨てられた荷車と敵の間に進め!
荷車の間に居るものが居たらそいつも殺すんだ!」
その瞬間、騎士ラグルドの従者でデヴィ―ドと呼ばれる男が叫んだ。
「俺に続け!」
そう言っていの一番に飛び出すデヴィ―ド。
俺はチラチラとヨルダンの顔を見ながら「気取りやがって……」と呟いた。
ねぇ、ボス……行って良い?
盾持ちの従者はボスから離れられないけど、行っても良い?
ヨルダンはそんな俺の気持ちを察して、苦笑しながら「行って来い」と……
次の瞬間俺は拍車をダーブランの脇腹に突き立てて、槍を構えて走り出す。
荷車に近づく俺がそこで見出したのは、縄で繋がれ、そして泣きながら「殺さないで」と叫ぶご婦人や民衆の姿だった。
「…………」
その姿に思わず絶句する。
そして次の瞬間、怒りがこみ上げ敵の姿を見つけた瞬間奴に向かって突進した。
「死ねぇぇぇぇッ!」
憎悪に駆られ、敵に向かって咆哮する俺。
まっすぐ敵めがけて槍を向ける構えを“猪の牙”と言うが、その構えのまま敵に向かって行った。
遅れてやってきた俺の事をどうやら敵は、認識していなかったらしい……
俺が肉薄して始めて気が付き、驚愕の表情を浮かべる。
そしてコイツは交通事故に会ったかのように俺に刺し貫かれた。
落馬していく人間の重さで、槍が下に下がる。
そして俺はそのまま槍を引き抜いた。
俺達がワゴンと敵の間に割って入った事で、略奪品が奪われると思った敵は、散開を躊躇い、俺達を攻撃しようとし始めた。
だがそんな中途半端な考えが命取りとなり、軽弓騎兵の弓矢の餌食になって落馬していく。
散開すれば槍騎兵の餌食となり、密集すれば弓騎兵の餌食になる敵兵。
デヴィ―ドはそんな様子を見て、俺達を仕切って叫んだ。
「突撃隊形を取る、密集しろ!」
俺達は自然とデヴィ―ドの言葉に従い、集結して轡を並べ、槍を敵に傾けた。
ダーブランの興奮した嘶きが上がり、そして首を振るって、敵を噛み殺さんばかりに荒れ始める。
「いいぞダーブラン。
だけど少しだけ大人しくしろ……
これからアイツ等を蹴散らしてやるッ!」
俺とこいつはよく似てる、喧嘩っ早い所は特にそっくりだった。
だから気持ちは分かるぜ、相棒……
俺は抑えるというか、なんというか……
とにかくコイツの気持ちを汲みながら、宥めるように歩を進めた。
そして俺はダーブランの気性を考えて、密集隊形の一番左に陣取る。
ダーブランは隣の馬が気に入らないのか、後ろ足で高々と尻を跳ねながら嫌々列に加わった。
「元気のいい馬だね」
すると隣の従者が声を掛ける。
「迷惑なら、少し離れようか?」
俺がそう答えると彼はニヤッと笑って言った。
「一番左の奴に迷惑を掛けられるのは俺の腕が未熟な証拠だ。(右で槍を持つので、左は自由度が高い)
あんたラリーだろ、俺の名前を知っているか?」
そう尋ねられた俺は記憶を引っ張り出して、彼の名前を答えた。
「たしか騎士ラグルドの従者で、フォラシッタだったな」
騎士ラグルドはヨルダンと仲が良い、月の神殿で魔物と交戦した時も真っ先に兵を出してくれた騎士である。
なので俺はラグルドの小姓や従者の事は覚えるようにしていた。
いつか、親しくしたりするかもしれなかったからだ。
フォラシッタは「俺はデヴィ―ド兄貴の弟分で、アンタと同じ年なんだ……」と言った。
会話をさらに続けようかと思ったところで、そのデヴィ―ドが「駆け足!」と叫んで馬を走らせ始めた。
そのため彼と話すことは切り上げ、俺達は槍を空に向けて一斉に歩を進めて駆け出す。
我々は横一列になって訓練通り、敵に向かう。
敵も俺達の行進を見て、急ぎ対処しようとするが、それを俺達の味方の弓兵が邪魔をする。
駆ける馬の速度が徐々に上がっていく……
足音がまるで雷鳴のような音へと変わっていった。
「構えぇー」
デヴィ―ドの号令で空に向けた穂先を、敵へと向けるべく倒した我々。
敵の怯えた顔が目でしっかりと捉えられる距離に近づいた。
ココでデヴィ―ドがこの日一番大きな声で叫んだ。
「突撃ッ!」
次の瞬間俺達は、絶叫し、そして殺意を込めて咆哮した!
『ウォォォォォッ、ウォォォォーッ!』
頭の血管が焼き切れるほど熱く、そしてこの胸に滾る熱血が自分の全てを引き上げるっ。
その気迫は敵の心をくじき、酷い事をした連中に下される鉄槌となる。
ただ一度の突撃で敵は何人も串刺しとなり、そして全てを捨てて逃亡を図る。
落馬し、我らの馬に踏み砕かれるテュルアクの奴等。
俺自身も敵の背中をこの槍で貫き、今日二人目の戦果を挙げる。
生き残ったテュルアク人達はもはや戦意を喪失し、この戦場を身軽になって逃走した。
追撃するのか?そう思ったが、デヴィ―ドは息を上げながら俺達に言った。
「ハァハァ……
やったな、だけどあいつらは見逃そう。
俺達はあくまでも橋の占拠が任務だ。
それに聖騎士団として、傷ついた民衆を放っておくことは出来ない」
俺達は彼の言葉に「分かった」とか「ああ、その通りだ」と言って、同じく息を荒げながら同意した。
……デヴィ―ドね、名前を覚えておこう、出来る先輩だ。
奴の振る舞いに感心した俺は(これが俺に足りない所なんじゃないだろうか?)と思いながら、荷車とその傍らの民衆の元へと向かう。
……あの人と仲良くなりたいな、俺。
そう持った俺は、兜のバイザーを上にあげ、火照った顔を風に晒した。
◇◇◇◇
自由となり保護された民衆は、我々と離れる事を嫌って、近くの森に潜む事を選んだ。
敵がまだまだこの橋に殺到する事が、これから予想されるからだ。
こうして彼等の保護がある程度完了すると、俺はヨルダンの元へと帰った。
ヨルダンは、そんな俺を見ると「手柄を立てたか?」と聞いてきた。
「二人やりました」
「それは良かったな」
「でも、一番凄かったのはデヴィ―ドです。
俺はただの暴れん坊でした……」
俺が正直にがそう言うと、ヨルダンは驚いた様子でヴィーゾンと目を合わせる。
次に二人は『あはははは』と笑いあって、次に俺にこう言った。
「なるほど、いい目標が出来た。
ヴィーゾンもそう思うか?」
「ああ、小僧が一回り大きくなって帰って来た」
「ふ、ふふ。嘘つけ、まだ早い……」
「これは失礼、ソードマスター殿」
「…………」
何時もの様に突っかかる事も無く、俺は神妙になってその言葉を受け止める。
ヨルダンはそんな俺の様子が面白いのか、手を伸ばして俺の頭を兜ごと撫で回してこう言った。
「15(歳)の従士が、19の従士に叶わないのは当たり前なんだよ!」
まるで弟に言うような、少しぞんざいな彼の物言い。
俺は嬉しくなって「エヘヘヘ」とはにかんでしまった。
ヨルダンはそんな俺の様子が面白いのか、目を糸の様に細めながら言った。
「逆に言えばアイツは俺と3歳しか違わない。
……お前の騎士道はこれからだ」
今は見劣りするのはしょうがない、だけど精進すればお前もああなると、彼は言いたのだろう……と俺は思った。
俺はこの件で、ヨルダンとさらに仲良くなれた気がしていた。