フォー・ゲット・ミー・ノット(私を忘れないで) 4/9
軍の編成やその後の指示が発表され、そして解散になった。
直後から、ダナバンドやヴァンツェルの連中が、荷物を積んだ馬車に取りつき、意気揚々(いきようよう)と出発を始めるのを見送る。
そんな俺の肩を抱いてヴィーゾンが言った。
「ラリー、お前有名人だな」
嫌ぁーな、予感がする……
「……誰も俺の事は知らないですよ」
「従士の“狂犬ラリー”は有名人だ。
総長もお前の事を見てたじゃないか」
「あれ、本当に見ていたんですか?」
「さぁ、俺だったら“コイツどんな反応するかな?”って見るけどな」
「まさかね……」
「まぁ、俺だったらね……
まぁ面白かったよ、つまらない話の中で、あれは十分に“癒し”だった」
そう言うとヴィーゾンはポンと俺の肩を叩いて、要塞の中を見渡した。
従士や小姓が駆け回り、荷物を次々と馬車に乗せ、そして軍馬に積んで行く。
その忙しく、勇ましい風景が羨ましかった。
取り残され、指を加えて見ている俺達は、一体何をやっているのだろう……
するとこの前俺と揉めた、あのダナバンド人の従者が、俺をニヤニヤと笑いながら目の前を通り過ぎて行った。
得意げなその顔、留守番の俺を嗤いに来たのがすぐに分かる。
「クソ……」
唇を噛み締めて、この屈辱に耐えるしかなかった。
復讐のつもりかよ、あの野郎……
奴の仲間も又、俺を見て笑い、俺はそれを恨みがましく見るしかない。
本当に屈辱的なこの一日よ……
やがて要塞には、我々だけが残された。
◇◇◇◇
「クッソ!見たかあの連中の顔っ。
この前の敵討ちのつもりだぞ、弱いくせに随分と偉そうだ!」
俺は同じ居残り組のアルバルヴェ騎士館の仲間従士とつるんで、要塞の片隅でそう怒りを爆発させていた。
「まぁまぁ、しょうがないよ。
アルバルヴェだけじゃ騎士の数が8名しかいなかったんだもん。
これで同盟騎士館まで抜けられたら、騎士の数が30人も居ない……
それに1000人ぐらいの兵士はどうしても、守備の為に残さないとさぁ」
ビトが大変頭のよさそうな事を言うのが気に入らない。
「ビト!どうしてお前はそんなに物分かりが良いんだよ。
腹が立ったりしないのかッ?」
「ラリー、そんなに戦場に行きたいの?」
「行きたいよ!
総長の話を聞いて盛り上がった俺の気持ちを返して欲しいわっ!
なんで俺が留守番なんだよ!面白くないッ」
俺がそうぼやいていると、後で「はぁ……」と、聞えよがしな溜息が……
恐る恐る振り返ると、鬼より怖い俺の叔父貴のドイド・バルザックが……
オーマイガッ!
「ラリー、ちょっと来い……」
「はい……叔父さん」
項垂れて、トボトボと叔父貴について行く俺を、仲間が「ラリー、またね」と言って見送る。
……どうせ他人事ですよ、アイツ等にはね。
今日はどんな説教だろう?そう思って彼について行くと、人気のない所で早速始まった。
「お前、副総長を睨んだんだって?」
「あ、イヤ……」
次の瞬間俺はビンタを食らう。
「何をやっているんだ、お前は?」
「だって、アイツは騎士ラグルドを侮辱した……」
「アレを侮辱に含める奴があるか!
あんなのしょっちゅうだぞ!
副総長に知られてみろ、さらに厄介な事になる。
お前はいま多くの騎士に目を付けられているんだ、振る舞いに気を付けろ!」
「すみません……」
俺がそう謝ると、彼は「はぁ」と溜息を吐き、そして俺に言った。
「同盟騎士館はアルバルヴェ騎士館と仲が良好だからいい。
だがこれが他の騎士館に見つかると、またお前の悪い癖が出て、揉める羽目になる。
総長も実はお前の事を知っておいでだ」
「え?なんで……」
「お前があの貧民窟を焼いたからだ!
総長はお前が若く、問題ばかりを起こすが戦える男ではないかと期待している。
だがそれにも限度ってモンがある!
総長はあの後私に『彼を良く鍛えてくれ』と言ったのだぞ!
お前には、心底呆れたわ!」
ああ、俺は終わったわ……そう思ってクラクラしていると、叔父貴は「おい、ふらつくな」と言って俺の肩を掴む。
「総長だったら大丈夫だ。
……いや、大丈夫ではないが、副総長よりも物分かりが良い。
別に今回の件も、他の者には話すまい」
「そうですか……」
「はぁ……お前には手を焼かされてばかりだ。
とにかくあんな事はもうするな!」
そう言われて俺は解放された。
誰も居なくなった場所で俺は石段の一つに座る。
そして空を見上げた。
「俺に、宮仕えは向いてないかもな……」
戦えていれば何も問題が無いと思っていた。
だけど実際には戦いよりも色々な問題が、山積みになって俺の前に現れる。
遂には敵と戦う機会までも失った。
こんな俺に何の価値があるのか分からない。
これまで学んだ戦いの術は、一体どんな意味があるのだろう?
俺より弱くても、良い子ちゃんの方が戦場に辿り着けるというなら、強くなる事にどれだけの価値があるというのだ。
俺は戦えるんだ、ただ戦場の方が、俺を遠ざけたがっている。
俺はいつでもそこに行けるように、いつも準備していると言うのに……
(恋しいあの子は、何時だって俺に振り向かない、かぁ)
ルーシーもレミも戦場も、全部ひっくるめて俺を遠ざける。
そんな思いが胸をささくれさせる。
空に浮かんだ月を見ると尚の事だ、ルーシーの顔を思い出す。
……まだ未練があるんだろうか、俺は。
◇◇◇◇
―5日後
戦況を知らせる知らせが次々と舞い込む。
テュルアク帝国の軍が各地の要塞を攻撃している。
それに対してこちら側は、緊急を告げた要塞の攻囲を解くために出撃し、いくつかの部隊を撤退へと追い込んだ。
帝国軍はどうやら略奪を目的としていたようで、あまり糧秣は持っていないらしい。
こう言う状況だと、敵軍は略奪が出来なければ食糧不足に陥る。
だから頑強な要塞の防衛線に阻まれて侵入ができていない帝国軍は、間もなく撤退をするのでは?と言う憶測が飛び交った。
この様な流れもあってどうやら防衛は成功しそうだ、と気の早い楽観主義者が前向きな気持ちを持ち始めた頃、事件が起きる。
この日聖フォーザック王国の行政官である、ルクスディーヌの知事が、聖騎士団の要塞に、急いだ様子でやってきた。
彼はでっぷりと太った体を揺らし、慌てた様子で、要塞の守備を任された二フラム館長に面会を申し込む。
彼はすぐに館長が居る執務室に通された。
その後でウチの叔父貴こと、アルバルヴェ騎士館館長ドイド・バルザックも、二フラム館長の執務室へ入る。
これを鍛錬場で、訓練に参加しながら見ていた俺は、近くの同僚と話し込んだ。
「なんかあったみたいだな?」
「ああ……ラリーそれよりもなんであんなに軽い音なのにお前の一撃は重いんだ?」
「うん?ああ……まっすぐ切るからだよ。
そうすると音も軽いし剣も速い」
「俺もまっすぐ切っているんだけど?」
「少しぶれてるんだよ、そうすると“ブン!”って言う音がする。
綺麗に(剣が)振れると“ヒュッ”と言う音になる」
「簡単に言うなぁ……」
こんな事を話していると、しばらくして執務室から出てきた叔父貴が、鍛錬場にやってきて叫んだ。
「従士以上は集合せよ!」
驚く俺達は、次に自分の主の姿を探しに三々五々散らばっていく。
ヨルダンもヴィーゾンも、同じ場所で訓練に励んでいたのですぐに見つかり、俺は彼等と共に列に並ぶ。
やがて綺麗な列が出来上がると、俺達を前に二フラム館長が声をかけた。
「諸君、先程ルクスディーヌから東に一日の距離にある、ブコヴィレス伯爵の町であるルバデザルトの町が賊徒によって攻撃された。
しかも伯爵様は現在安否不明である。
(正しくは聖地が頭に付く)フォーザック王は手勢を引き連れて急行するだろう。
だが王都フロデリベルの町から、ここまではどんなに急いでも3日かかる。
敵はわずか300程。
我々が急行して、この賊徒を捕捉し、状況によっては伯爵の救出をしなければならない」
この言葉を聞いてヨルダンが声を上げた。
「敵はテュルアクですか?」
二フラム館長はその声に「不明だ」と、簡潔に答えた。
「とにかく急ぎ敵に接近し、状況の把握に努める。
同盟騎士館の者は全軍出撃せよ!
今回はアルバルヴェ騎士館が残る事とする」
……待ち望んで言葉だった。
同盟騎士館の連中は急ぎこの場を離れ、閣員厩に行き、そして武装を整えだす。
(いよいよだ!)
こんな事を言うのは不謹慎だが、ようやく戦える!
俺は厩に走ると、いの一番で中に入り、驚く厩務員を急かして、俺が管理している3頭の馬に手綱を付ける。
こうして時間と共にどんどん人が入って、混雑してきた厩の中を抜けた俺。
そのままヨルダン達の元に馬を連れて行った。
「仕事が早いな、ラリー」
ヨルダンがファボーナの鼻を撫でながら、俺に声をかける。
「今度は馬具を取ってきます」
俺は鞍や鐙を取りに厩に戻り、混み合う状況を尻目に、片手で一つずつ、重たい鞍を持ってヨルダン達の元へと戻る。
こうして何回か往復した後、各自自分の馬に自分の馬具を装着させる。
次に武器庫へと向かった俺達は、手分けして武器や替えの鎧、そして食料などを受け取り、準備を整える。
こうして同盟騎士館の総勢600名が準備を完了させたのは、1時間ほど経った頃である。
列を作り要塞より出撃する我々。
従士達は黒く輝く鉄の兜や胸甲を纏い。
その横では日差しの様に白く輝く、騎士達の聖甲銀の鎧兜が煌めいていた。
目線を上げれば、空高く掲げる月と剣の同盟騎士館旗が風ではためき。
鎖帷子を日射しから守る鎧覆いは色味も鮮やかに、参戦する騎士が誰なのかをその個性的な姿で現す。
……威厳のある姿も露に、道を進む聖騎士団。
列の先頭を行く歩兵の速さに合わせて、俺達は緑が点在する聖地の野原を行く。
「…………」
俺達は何時敵が来るか分からず緊張していた。
何せ敵はわずか一日の距離にまで来たのだ。
手勢を分ければ、行軍する我々を襲う事も十分に可能だろう。
僅かな異変でも見逃すまいと目を配る。
この時、ふと隣のヨルダンの様子が気になったので見ると、彼は堂々と胸を張って馬の背に揺られていた。
実に強そうな彼の様子を見て、俺は首を動かすのではなく、彼に倣って堂々と胸を張る。
「ラリー、目だけで左を見ろ。
右はヴィーゾンが見る……」
俺のその様子にヨルダンが気付き、声を掛けた。
……なんだろう、ウチのボスが今日は凄くカッコいい。
気遣いが出来る男だ……
「分かりました、マスター」
俺はそう言うと彼の姿勢を真似、そして左の様子を目で追った。
少しの異変でもあればすぐに動けるように、気を張りながらの行軍が続く。
問題の町ルバデザルトに到着するのは、夕方頃になるはずだった。
ご覧いただき誠にありがとうございます。
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