ニューフェイスはトォーキングきゃぁぁぁっっと!
エリアーナ・ヴィープゲスケ、彼女はゲラルドの姉である。
家族の中で最も心がきれいな娘であり、誰からも愛されるそんな魅力を持つ14歳の女の子で、誰にも優しく接し家族からも、家の使用人からも愛されていた。
そんな彼女は魔導士の名門一族ヴィープゲスケの人間らしく、魔法が巧みである。
そんな彼女だが魔法以外にも特出した才能を持っていた。
……実は彼女は、飛び交う様々な精霊に特別愛された存在なのである。
この事は家族も誰も知らない。
で、今日も今日とて風の精霊が彼女の周りを楽しそうに飛び回り、水の精霊が求められるままに彼女の望む場所を勝手に潤して回っていた。
エリアーナは庭に咲く花たちや森の木々たちに風や水を与え、元気に健やかに育って行くの見守る。
彼女にはそれが楽しくてたまらなかった。
そんな彼女だからなのか、気が付くと様々な動物が彼女の周りに集まる。
彼女が居ると、近場にいたリスが肩や頭の上で飛び跳ね、鳥が周りで羽を休め、森に行けば臆病な鹿も傍らで寝そべる事もしばしば。
王都ならば犬や猫も集結し、不思議な光景が広がる。
ちなみにそれを見た可愛い彼女の弟は“リアルおしゃか様”と言い。そして“オタサーの姫”と、彼女を評した。
……おしゃか様とは何なのか、彼女はいまだによく知らない。
オタサーとは動物が集まる状態の事なのだろうと理解していた。
……もちろんこちらも間違っている。
さて、そんな弟は、エリアーナから見ると相当な問題児である。
そしてこの問題児は、様々な困った行動を6歳にして次々と行う見事な悪童だった。
どうやら家族にばれないと思っているらしい弟の所業は、逐一彼女の耳に入ってくる。
……精霊達が逐一報告してくれるからだ。
他の人には見えない精霊達は『弟さん、また屋根に上ったよ』とか『弟さん、まるでストーカーみたい……』などなど、新しい事件が起きては面白そうに報告してくれる。
……意外と精霊はゴシップが好きだ。
本人はたぶん姉がそんな密告を精霊から聞いているとは思っていない。
彼女の継母が聞いたらブチ切れる事間違いなしのこうした弟の奇行の数々、しかしエリアーナは、これら全てを自分の胸の内にとどめ、今のところ誰にも話していない。
弟が大怪我をしたらその時注意をしようと思ったからだ。
彼女は知っていた。自信に満ちた幼い男の子は、痛い目を見なければきっと話は聞いてくれないのだと言う事を。
……幼馴染がそうだったからだ。
だから怪我をした時というのは、そんな男の子が話を聞いてくれるタイミングだろうと思って待っている。
ところが賢い弟はそんな間抜けなことをしないので、いまだにその機会が得られずにいた。
そんなある日。
春が過ぎ去った自宅の庭、そこに生えている大木の木陰で、リスや猫、そして犬といった動物に見守られながら彼女は静かに読書をしていた。
木漏れ日が足元を彩り、初夏の風がさわやかにこの場を吹き清める。
そんな普段の日常を穏やかに過ごしていたのだが、取り巻きの中の一匹の犬が盛んにうなり声を上げ始めた。
エリアーナが「どうしたの?」と尋ねてみると、犬は盛んに近くの茂みを睨み付け、そして絶え間なくうなり声を上げ続けた。
警戒をしながら読書をやめて茂みに近寄るエリアーナ・ヴィープゲスケ。
茂みをかき分け、そしてその中を覗くと、中に一匹の傷だらけの猫がいた。
白と黒、はち割れ模様で、足先が靴下のように白い色の猫である。
ところがそれを見た精霊が言った。
『気を付けてこれは猫じゃない!』
『召喚獣だよ、この街に召喚獣が来たのは80年ぶり』
驚くエリアーナ、精霊の声はたぶん目の前の召喚獣と呼ばれた猫の耳にも届いたのだろう。
猫ははっきりとした人間の言葉で言った。
「精霊に愛された人がいてしまったニャンて、とてもついてニャイ。
殺すなら殺せば良いニャ。
自分は砂漠の神ラドバルムスから逃げ出した召喚獣ニャ。
奴に差し出したらきっと何でも願いは叶うニャ」
死にたがる傷だらけの猫、その姿に胸を痛めたエリアーナは静かに尋ねた。
「どうしてそんなことを言うの?」
「ニャ……お前はラドバルムスの手先じゃニャイのか?」
エリアーナは静かにかぶりをふるった。
猫は目を開けて彼女の姿を見た。
すると呆然とした姿でこう尋ねた。
「ここはどこニャ?
聖地でお前みたいな服装のおんにゃの子は見た事ニャイけど……」
「ここ?ここはアルバルヴェ王国の都よ。
セルティナっていうの……」
猫はここで初めて驚き、周りを見回して自分が全く見知らぬ土地に来たことを知った。
猫はそのまま疲れ果てたようにふたたび寝そべった。
「猫ちゃん、お水飲む?」
エリアーナは手のひらにたくさんの水をたたえ、そのまま猫の口元に差し出した。
精霊が与えた清浄なる水である。
「飲みなさい、ほら……」
猫は勧められるまま……ペロペロ舌を伸ばしてと水を舐め、そしてのどの渇きを潤すと、静かに泣き出した。
エリアーナはそんな傷だらけの猫を抱きしめると、家のほうに向かって歩き出す。
歩きながら彼女は、不安を癒すような優しい声音で、この召喚獣にこう言った。
「猫ちゃん、もう怖がらなくていいわ。
あなたは生きて私に出会えた、どうしてそんなに傷ついているのかは知らないけど、きっと恐ろしい目にあったのね。
私があなたをかばってあげる。
でも召喚獣だというのは黙ってね、私もそれがなんであるかは知らないし、多くの人は知らない事を、ただ知らないというだけで恐怖するもの」
「助けてくれるの?」
「うん……」
猫はエリアーナの豊かな胸に顔をうずめながら、フルフルと震えた。
きっと感謝をしているのだろう、そしてであえた庇護者に甘えているのだろう。
だけど……次の瞬間、猫は悲しそうな声でこう言った。
「でも無理ニャ、自分は召喚獣ニャ。
自分の存在を知る誰かが、自分の名前を言うニャ。
そうしたらきっと呼び出されてしまうニャ」
「だったら名前を変えましょう」
「でも……」
「大丈夫、私がきっといい名前を付けてあげる。
古い名前を古い契約と一緒に捨てなさい。
大丈夫……」
エリアーナはそう言うと輝くような癒しの手で、この猫の姿の召喚獣の体を撫でまわした。
魔法は、みるみるうちに召喚獣の傷を癒す。
そして猫の口から何か煙のようなものを吐き出させた。
煙が出て行ったのを確認したエリアーナは、ニコッとネコに微笑みかけて言った。
「ポンテス……あなたの名前はポンテスにしましょう!」
「え、うん。あれ?どうしてニャ。
古い契約が消えたニャ!」
「ふ、ふふ。内緒……」
彼女は腕の中のしゃべる猫のような召喚獣にいたずらっ子のような笑みを見せた、そして屋敷の中に入っていく。
彼女は軽い気持ちで、この新しい猫を家族に紹介するつもりなのである。
◇◇◇◇
はーいみんな、俺の名はゲラルド・ヴィープゲスケだ。
最近の俺はますます腕の筋肉がついてきた、昔見た動画サイトのパルクールができるようになるのも近いんじゃないのかって、思える位身体が軽いぜ。
そんなこんなで今日も筋トレ日和だ!
……と、まぁこのように深夜の通販番組でアメリカ製の腹筋マシーンでも、メタボな誰かに売りつけそうなテンションで、今日も日課の筋トレをしていた時の事なんだけど。
「ダメだぁぁぁ、絶対にダメだぁぁぁ!」
庭にある木にぶら下がり、懸垂にいそしんでいると、家の中から兄貴の絶叫が聞こえてきた。
……お見合いにまた失敗したのかな?
まぁ、よくあることなので無視だな。
そんな事に関わっていると筋肉が落ちる。
無慈悲だが、兄貴の失敗に関わるよりも、筋トレのほうが俺には大事なのだ。
さて改めて、231,232,233……
「お兄様には失望しました!
だからお見合いがうまくいかないのですっ!」
ふぁっ!今のは姉貴の声?
アノ姉貴が切れた?嘘だろ。リアルセイントシスターの姉貴が怒るなんて……
兄貴が怒っても明日雨が降るぐらい大した事は無い話だが、姉貴が怒ると言うのは砂漠に大雨が降るくらい滅多に無い話だ。
「これはトレーニングしている場合じゃないぞ……」
これは俺の愛する家族の一大事じゃないか!
俺は急ぎ屋敷に戻って騒動の現場に飛び込んだ。
場所は一階の階段のエントランスホール、家の使用人たちが集まって二人の様子を、心配そうに見守っているのですぐに分かった。
そこには見た事がないほど強い目で、兄貴をにらみつける、姉貴の姿がいた。
兄貴も怒り心頭で、顔を真っ赤にして、何かに耐えているようである。
アカン、これは二人を今すぐ引き離さないと!
一言でも姉貴が焚き付けたら兄貴は殴ってしまいそうだ!
「姉さん!今すぐ兄さんに謝りましょう。
何があったかは知りませんけど、アレは無いです!」
俺はとっさに兄貴をかばった。
きっと二人には言い分はあるのだろうけど、兄貴はきっともう限界だ。
姉貴は、そんな横からシャシャリ出てきた俺をギッと睨み付けると言った。
「ゲラルド!あなたは関係がないでしょ!」
そうですね……と、今は言えないのでしどもどろになりながら言った。
「そ、それなら僕は姉さんに謝ります、だから姉さんは、兄さんに謝ってください!
そうしたら良いです……」
何が良いのかさっぱりわからないが、とにかく勢いでそう言った俺。
「あ……」
姉貴は何か言いたそうに一瞬した後、頭をふるって、猫を抱いたままこの場を後にした。
……おじさんに続いて、また俺は姉貴でも説得に失敗したようですな。
まぁいいや、落ち込むのはその後にしよう。
とにかく俺は状況を掴もうと辺りを見回す。
見えるのは苛立たしそうに頭をかきむしる兄貴と、何とも言えない表情でこの場を俺のように見回す使用人たちがいるだけである。
やがて兄貴は苛立ちをいったん抑えたのか、溜息を吐くと「すまない、ゲラルド……」と言った。
たぶん俺がかばったことで多少溜飲が下がり、冷静さを幾分か取り戻したのだろう。
なのでさっそく、理性を取り戻した兄に話を聞いてみた。
「ええ、兄さん何があったのですか?」
「ああ……実はエリィ(エリアーナの愛称)が猫を拾ってきたんだ」
「はぁ、ペットにしたらダメなんでしょうか?」
「そうじゃない、今回の猫は普通じゃない。
しゃべる猫なんだ……」
しゃべる猫!こいつはファンタジーだっ。
「兄さん、しゃべる猫は僕まだ見た事がないです!」
超見たいっ!を全身で表しながら兄貴に近寄る俺、兄貴は我が意を得たりという顔になって言った。
「そうだろっ!
だから俺はエリィに言ったんだ、俺はコイツで実験を行い、しゃべる猫の秘密を暴いて見せるってな!」
じっけん……実験言うた?
「に、兄さん実験って何をする……」
「何って……解剖に決まってるだろう」
あ、分かりました兄さん。
あなた最低ですわ、お見合い16連敗の記録をさらに伸ばしますわ……
そうっすかぁ、兄さん、痛いというか、キッツイなぁ。
妹の腕の中の猫を、興味が沸いたからってさっそく殺して解剖するのは、さすがに問題だと思うんですけど……姉貴もブチ切れ間違い無いっすわぁ。
……でもまぁ、僕にとって彼は良い兄貴。
なので、言葉を選んでこう尋ねてみた。
「そうですか、兄さん。
解剖ですか……わかりました僕も兄さんの弟です、何も言いません。
ちなみに姉さんは何と言っていたのでしょうか?」
「何も言わないってなんだお前……
まぁいい。エリィは“この子を飼おうと思うのですが、お母様のご機嫌はいかがですか?”と聞いた。
するとアイツの腕の中で猫が“ご迷惑をお掛けしますニャ”と言った」
「随分と礼儀正しい猫ですね」
「まぁな、なのでコイツを解剖し、魔導のさらなる発展に役立てようということになり。
俺が引き取ると言ったら、アイツが拒絶したんだ。
アイツはこれがどれだけ凄い事なのか全くわからないんだよ……」
ああ、愛すべき俺の兄貴シリウス・ヴィープゲスケ23歳よ、あなたは仕事熱心なあまり、頭がおかしい人です。
……俺はさすがに兄貴の将来が心配になり、彼のこれからを考えてこう言った。
「兄さん……すみません。
僕はいつもあなたの味方でいたいと思いますが。
ちょっとそれは……魔導士としては立派ですが、人としてどうなんでしょうか?」
六歳児のこの発言に、アニキも機嫌を害したらしく、珍しく怒ったように答えた。
「子供のお前が何を言うんだ!
まったく……」
俺はとにかく兄貴に謝罪をすると、急いで姉貴が行った先に向かった。
たぶん自室に籠るか、ママさんの部屋に行って許可を取るはずである。
どちらにせよまずはママさんに相談し、それから動くべきだと考えた俺は、急ぎママさんの部屋に向かった。
使用人たちもまだここまで足を運んでいないらしく、ママさんの部屋は普段通りの落ち着いた雰囲気が流れている。
俺は急ぎママさんの部屋の扉を叩くと、中にいるであろうママさんに声をかけた。
「お母様、ゲラルドです。お姉さまがそちらにいらっしゃるでしょうか?」
すると扉の中からママさんが答えた。
「あらゲラルドも来たの?入ってらっしゃい」
お、どうやら姉貴もここにいるみたいだね。
俺は言われるがままにママさんの部屋に入り、中の様子を見回した。
「ううーん、たまらにゃぁーい」
だらしない顔のオス猫が、そこにいる。
キャバクラで暴れる、酔っ払いおじさんのような表情で、だ。
奴はママさんのおっぱいに、服の上から頬ずりするエロ目のはち割れの猫。
……今回の騒動の発端である。
そして「もう、あなた本当に猫なの?」と言って嬉しそうな僕のママさん。
そしてどこかためらいがちな姉貴の姿。
……俺は一生懸命、目の前の世界を理解しようと、無表情になって見つめる。
「見てみて、ゲリィ(ゲラルドの愛称)。
しゃべる猫なんて珍しいでしょ?」
そんな俺にお構いなしで機嫌良く話しかける僕のママ。
テンション高めのママさんに、思わずうなずく俺。
そんな俺を猫は、ママの腕の中からジトっとした目で見ると「男は嫌いニャ……」と一言……
こ、この野郎っ。
「猫ちゃん、シリウスと違ってゲリィはとっても優しい子なのよ。仲良くしてあげて」
いきなり喧嘩を俺に売った猫を、文字通り猫なで声でたしなめる俺のママ。
「ごめんなさいニャ、ママ♡」
ネコめ、それは俺のママであってお前は赤の他人だろうが、わきまえろよっ!
ママさん、僕はどうもこの猫のこと好きになれそうもない……
あ、いえママが気に入っているなら好きになる様努力はしますが。
……ええ、はい。頑張ります。
一言も発することなく、ママさんに屈する俺。
血なのか?これがヴィープゲスケの血のなせる業なのか?
転生しても転生前と変わらない社畜魂を感じる……
そんな俺の様子に、猫はますますママさんの腕の中で増長する。
どうやら奴は、自分が権力者の腕の中にいることを直感で悟ったようだ。
こちらを睥睨するような流し目を一つ送った後。
奴はゴロゴロと喉で爆音を響かせながら、こちらを見ることもなく、ママさんに頬ずりを続け始める。
……いいだろうクソ猫め、そっちがママさんの実子である俺を蔑むというなら、コッチだって考えがあるんだぞ。
ママさんはそんな俺を見て「ヤダ、ゲリィってば猫に嫉妬してる」と、嬉しそうに一言……なんでやっ?
「違うよっ!猫に嫉妬なんかしてないっ」
急ぎ否定する俺を、ママと姉貴は面白そうに笑うのみ。
違うんだよ、違うんだって……この猫が、俺にケンカを売ってくるのよ。嫉妬なんかしてないよぉ。
俺はとにかくママと姉貴の誤解を解こうと、口を開きかけたその時だった。
「だ、旦那様、お帰りなさいませ、そしてそちらの方は……」
うん?遠くが騒がしくなってきた。
パパさんが帰ってきたのか、もうそんな時間だっけ?
そう思っていると兄貴の声が響いてきた。
「お父様お帰りなさいませ、実は話を聞いていただきたいことがあるのです……が」
兄貴、さっそく言いつけに行きやがったな。
でかい声でなんてデリカシーがないんだ。
兄貴の声で姉貴の表情がこわばる、そんな姉貴にママさんが「心配ないわ、私に任せて」と言った。
……ママさん、男前だ。
猫を守るつもりのママに、パパはどう立ち向かうのか……
未来を想像して、緊張感をみなぎらせ始めるママや姉貴、そして俺、さらに猫。
そんな俺たちの耳に、聞いたこともない野太い男の大声が響き渡った。
「それは誠かぁっ。
グラニールっ!今すぐ案内せよっ」
思わずビクッとなる。なんて迫力のある声。
そこからは屋敷中が大移動を始めたかのような、足音が響き渡り始めた。
「お、お母様一体何が起きたのですか?」
思わず尋ねる俺、ママは黙って固唾をのみ、そして音の方角を見つめた。
遠くではパパさんが「そんな事より、急ぎ執事をよべっ!」と叫ぶ。
そんなパパさんの叫びが響いた時から。
まるで戦争の訓練のようにドォォーッ、ドォォォーッッと異常な足音が響き渡った。
……何が起きてる、この屋敷で一体何が起きているんだ?
困惑する俺、屋敷はまるで正気を失ったかのような騒ぎに包まれる。
やがてパパよりも大きな声で、先ほどの見知らぬ野太い男の声が再び響く。
「シリウス!今の話は本当だろうなっ」
するとかしこまった兄貴が、負けないぐらいでかい声で「はッ!まちがいございません」と答えるのが聞こえてくる。
やがて足音を幾つも立てながら、パパさんが、ママさんの部屋の前にたどり着く。
扉の向こうでパパさんが言った。
「エウレリア、入ってもよいか?」
ママはあっけにとられながらも気丈に「ええ、どうぞ」と答える。
その声に導かれてパパさんと兄貴、そして何故か背景に“ドーン”とか“バァーン”という効果音が見えてきそうな、大変偉そうで、マッチョなおじさんが入ってきた。
……誰?この人。
ママさんは目をぱちくりしながら、入ってきたこの見知らぬおじさんを、あっけにとられながらもしげしげと見つめる。
数秒後正体を思い出したらしいママさんは、酸欠状態の金魚のように、口をパクパクし始め、そして顔がドンドンと白くなった。
意味が分からず、俺は戸惑うばかり。
この異様な様子に、クソ猫もただならぬものを感じたのか、静かに床に降り立ち、やや緊張した面持ちで、見知らぬおじさんに声をかけた。
「は、初めましてニャ。
今日からここにお世話になります、ポンテスですニャ。
ふ、不束者ですニャ、よろしくお願い致しますですニャ」
あ、コイツパパさんとおじさんを誤解したニャ……
あ、いけない伝染った。
「こ、これは……これは珍しいな」
おじさんは、目を見開き、さらに後ろの効果音が“ドッドォーン”に見える位の威厳を発しながらそう呟いた。
それを聞き、兄貴が我が意を得たりといった感じで言葉を続ける。
「そうなのです!魔導の研究のための貴重な標本がここに……」
「標本?私はそのようなものはいらないが」
おじさんは、そう言うなり兄貴を目線一つでビビらせて止めた。
『…………』
固まる兄貴とパパさん、それを見て何故か俺も固まった。
……なんだろ、この絶対逆らってはいけない空気。なんかすごいおじさんが来たんだけど。
叔父さんは猫に目線を向けるとこういった。
「猫よ、お前はヴィープゲスケの者である。
そうなのだな?」
「へっ?ママさんはヴィープゲスケニャの?」
「うむ、そうである」
「だとしたらそうなるニャ……」
「ならば結構、ヴィープゲスケの者であるならば、改めて余に忠誠を誓うがよい!」
そうおじさんが言った瞬間もはや背景の効果音は、大爆発のエフェクトに変化した気がする!
少なくとも俺には見えてしまった……
猫も俺も訳が分からないが二人して『ハイ、忠誠を誓いますニャ!』と答えた。
……あっしまった“誓いますニャ”って。
おじさんはそんな俺と猫の様子を見て、満足げにうなずくとパパさんに向き直って言った。
「さすがはグラニールだ!
お前は家族への教育がきちんとできておる!」
パパさんは手をせわしなくスリスリと擦りながら「はは、陛下の偉大さは常々家族に申しておりますので」と言い……
陛下?この国で陛下と呼ばれる人は一人しか……あれ、あれれれれれ?
おじさんは困惑する俺をよそに、猫を見下ろしながらこう言った。
「ポンテス・ヴィープゲスケ。
そなたにダレムの山荘行きを命ずる、逆らうことは許されぬのでそのつもりでおれ」
言われた猫は、なぜかクルっとママさんのほうに顔を向けた。
それ見たママさんはすごい勢いで頭を縦に振る“同意しろ”と言う意味だ。
それを見て猫は「か、かしこまりましたニャ」と答えた。
おじさんはそれみて破顔大笑といった顔で笑い、そして「まぁ、かしこまる必要はない。子供の世話をすればよいのだ」と言った。
次にパパさんにこう言った。
「グラニール、これならフィランもダレムに行きたくなるであろう。
何せ山荘に行けばしゃべる猫に会えるのだ。
これならあいつも興味を持つに違いない!」
「ハイ、おっしゃる通りです!
ヴィープゲスケ全員の仕事として、ぜひとも取り組みたいと思います」
「ハハッ、そうかそうか。
しかししゃべる猫がこの世にいるとは思わなかった。
世界は広いなグラニール!
そしてお前はいつも何か運を持っているな!」
おじさんはそう言うなり“ガァーッハッハッハッ!”と豪快に笑いながら、パパさんを連れて部屋の外に出て行ってしまった。
兄貴も、そして使用人も全員その人について行ってしまった。
こうしてこの部屋に残されたのは、ママさんと姉貴、俺と猫になり、俺たちは互いに顔を見合わせるばかりとなった。
とにかく、なんだかハリケーンのような精神攻撃を食らったような気がしてどっと疲れた。
3人と一匹は、タイミングを合わせたように溜息を吐き、そしてへたり込む。
そしてそんな俺たちのもとに、またあのおじさんの豪快な笑い声が聞こえてくるのであった。
おじさんは本物の王様で、本当にパパさんの友人だった。
……パパさん、実は凄い人なんじゃない?
とにかくダレムの山荘にこの猫が行くことが決まった。
研究材料を失った兄貴は、悲しそうだった。
……兄貴、仕事は程々にね。
あと、猫の餌やりも、お願いしますね……
社畜一族の華麗な歴史に、新たなる1ページ(・_・D




