フォー・ゲット・ミー・ノット(私を忘れないで) 2/9
シャイアーレはそんなバルドレに説明した。
「よいかバルドレ。
人は嫉妬深い、こうしてお前をここに導いた事で、皇帝が嫉妬するかもしれない。
感情的になった権力者が、私を拘禁してもおかしくはないのだぞ?
お前も知っている通り私には、特段の力なぞ無い。
魔導の力もテンプスから多くは受け継がなかった、あるのは予知能力だけだ……
だからあえて言うが、流れがほんの僅かに変わったのなら、それだけで未来は大きく変わる。
手元ではわずか数ミリの傾斜角が、廊下の先では数メートルもの違いになるのと同じだ」
バルドレは“フン”と鼻でそんな言葉を吹き飛ばす。
「いったい何を恐れているのやら……」
「分からぬか?バルドレ!
ようやく200年ぶりにビブリオと夫婦になるのだ!
それをお前が恐れぬ“ちょっとした事”で脅かされるのが私は恐ろしい。
色々な男を見てきたがあれ程、素晴らしかった夫は居ない……
退屈で、刺激も無いか……はてまたは下品で見栄っ張りなのか。
そんな男ばかりだ……そして今の私の体は他の男で穢れてしまった。
そんな私をビブリオは嫁にするというのだ、こんなに嬉しい事はない。
私はソレを失うのが怖いのだ……」
「でも子供は出来ぬのだろう?」
「子供は可愛いが、別に養子でも良い。
子供は未来そのもの故、私は望むが諦めても良い。
ビブリオと居れるならな……」
バルドレはそう言われると言葉も無くなり、代わりに奥にある婚礼用のドレスに目を留めた。
「気が、早いな……」
「うむ、待ちきれない……
実は今世の妹の為と称して2着買った。
もちろん形は違うが、1つは妹に使ってもらう。
これで皇帝の目をごまかせた……
彼は私が出て行くと言えば、怒り狂うのでな」
「フーン……そんなので本当に、この国を出て行けるのか?」
「ああ、セクレタリスも勘が良い。
婚礼の使者の到着を遅らせてくれた。
その間に皇帝は死ぬだろう」
「寿命か?」
バルドレがそう尋ねると、シャイアーレは」冷たい美貌に邪な笑みを浮かべて言った。
「王は齢50、運命がそのままなら長く生きる」
「……企んだか?」
「まぁ……な。
王には王子が9人いるが、その内有力で才能の有るのは2人。
長男で庶子のクッチオダーン様と、次男で嫡子のフォイダーン様だ。
フィロリアンの習慣では、庶子は相続権が無いそうだが、テュルアクではそうでは無い。
王のご意向次第で、庶子でも王位を継ぐことは珍しく無いのだ。
クッチオダーン様は明晰で、容姿にも秀で、テュルアク人の人気も高い。
馬術も巧みで戦争での功績も大きい。
母親の身分が低い事を除けば、何も欠けたるところが無いな。
……フォイダーン様はそれよりも若干劣る。
だがクッチオダーンはテュルアクの昔からの信仰である、自然や精霊を尊び、我々7神の手下を嫌っている。
だからバルミーからの人気は薄い。
それに引き換え、フォイダーン様の方は、ラドバルムスの教えにいたく傾倒している。
……サリワルディーヌとかいう、得体のしれない神は好まない様子だがな。
まぁ、気に入らぬのも無理はない……
何せ“ココ”で祀られているのは“別の何か”であるからな……
……勘の良い皇子だ、あははははッ」
こうして自分が大神官として君臨している、大神殿をこけおろすシャイアーレの姿を、バルドレは首を振るって見ていた。
……上手く説明できないが、ついて行けない。
そんなバルドレの様子を、面白そうに見ていたシャイアーレは言葉を続ける。
「そんなフォイダーン様が皇帝になれば、私は晴れて自由の身だ。
そこで私はバルミー共と手を組んで、彼に手を貸す事にした。
彼の母方の祖父であるボーリ部族長は、私に対し感謝した。
これで孫を皇帝の位に着けられる……とな。
それに今回は久しぶりの聖騎士のとの戦いだ、皆も多くの略奪品を期待している。
お前も略奪品を多く担いで帰還すると良い。
きっと皆に尊敬される事だろう。
話は変わるが今回の出撃では。正面の本隊とは別に、騎士団本拠地であるルクスディーヌを襲撃する部隊も用意した。
……お前の希望通りに、な。
ルクスディーヌは陥落させなくとも良い、フォイダーン様としては、聖騎士団の面子を汚すことが望みだ。
……そして重要な事をもう一つ言っておく。
この襲撃部隊の目標が、魔物の救出が目標だと知られると、厄介だ。
人質交換で救出させるしかないと思うが、出来るだけ多くのテュルアク人の囚人も開放しながら、それに紛れて解放させてくれ。
さもないと未来が変わる事になる……」
バルドレはそれを聞くと「ここまで御膳立てを整えてくれて感謝の言葉も無い」と言った。
シャイアーレは普段の冷たい美貌からは想像もできない程、少女のような笑みを浮かべて言った。
「夫の友人に良くするのは、妻の役目だ。
そんなに畏まらないでくれ。
ビブリオに、私の事をよく言ってくれればそれでよい!」
バルドレは「ああ、そいつは任せてくれ」と言った。
そんな彼にシャイアーレは、思い出したかの様に、慌てて言葉を付け足した。
「ただ、手柄を立てて、フォイダーン様の手柄になる様に動いてくれ。
それが、フォイダーン様が皇帝を引き継ぐ条件になる。
彼が皇帝になった時、私は晴れてこの国を去ってビブリオの元に行ける。
別に言う話ではないと思うが頼む、私も今世の体を今回賭けているのだ。
また転生なんて御免だ……」
バルドレはそれを聞くと、大きく頷いた。
それを見てシャイアーレは、またいつものような冷たい微笑みを浮かべた。
「ではバルドレ、今晩部族長が訪ねてくるので作戦の打ち合わせをすると良い。
軍の集結は始まっているから、一両日には出撃だろう」
シャイアーレがそう言うと、バルドレは「任せてくれ」と言ってこの部屋を出て行った。
◇◇◇◇
(もう女房気取りかよ……)
そう思いながらバルドレは、ヴィックやトラシーナのいる自室へと戻った。
二人はバルドレの顔を見るなり「どうでした?」と尋ねる。
「ああ、一両日中には出発だ。
街道を駆け抜けて、一気にどこかの有力者のいる街を略奪する事になるだろう」
バルドレがそう言うとトラシーナは絶望した顔で「ルクスディーヌはやらないんですか?」と尋ねた。
「あの町は高い壁に囲まれている、本隊が囲まないと無理だ。
攻城兵器無しであの町は落ちん。
そこでどこぞの有力者を拉致して、身代金代わりに人質交換を申し込む。
奇襲戦ではこれが精一杯だ、分かってくれ」
「はい……」
「今貧民窟が焼けた事でスパイも一掃された、テュルアク人も追放されている。
疑われただけでバルミーも消えたという話がある、心配だろうがこれしかないんだ……」
「分かりました旦那……
でも襲撃隊はルクスディーヌに近づくんですよね?」
今は人間の姿に化けている、リザードマンのトラシーナは、そう言って不安も露にバルドレに縋りついた。
バルドレは縋り付くトラシーナに、ニヤリと笑って見せると、胸を張って答えた。
「ああん、俺を誰だと思っていやがる。
敵なんざ朝飯前よ、俺が必ず先陣に加わって、奴らを蹴散らし、道を開いてやるよッ!」
バルドレの力強い言葉に、彼等はパァッっと顔色を明るくした。
「さっすが旦那だ!男の中の男だっ」
「痺れるぜ、マジでかっけぇ!」
こうして二人の尊敬を集めるバルドレは、二人の肩をガッシと抱いて言った。
「当たり前だ、俺を誰だと思ってる。
仲間を見捨てる様な冷たい奴に見えるか?
この野郎メッ!」
バルドレのこの言葉に二人は感極まって、バルドレを抱きしめ、泣きながら絶叫した。
『旦那ぁ!ついて行きますっ!!』
「そうかぁ、ついて来いよ、オラァ……」
『マジでかっけぇ、マジで旦那はカッケェよッ!』
彼等はそう言って仲間内で絆を確かめ合い、そして涙を流した。
見てくださって本当にありがとうございます。
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