フォー・ゲット・ミー・ノット(私を忘れないで) 1/9
ガルアミアと呼ばれる世界がある。
その中で聖地と呼ばれる場所こそ、この世界の中心であり、そしてこの世界の文明や文化の先進地域だった。
そして、その周りを取り囲む場所もまたガルアミアである。
ただし聖地を除くガルアミアと言う場所は、実は文明が発達している訳でもない。
文明世界は海を伝って西へ、フィロリアへと延び、東の荒れ地に、文明の光が差し込まれる事が無かったからだ。
……あの戦争、つまり“聖戦”が起きるまでは。
始まりは、フォーザック王がサリワルディーヌ信仰を辞め、ラドバルムスの信者になった事だ。
その事で始まった混乱は、サリワルディーヌが西に居る女神フィーリアの助力を求めた事で、殺し合いへと変貌した。
聖戦はフォーザック王国を滅亡させ、代わりにフィロリア人……と言うかヴァンツェル・オストフィリアやダナバンド王国系貴族がその跡地に7つの国を建国する原因となる。
その内の一つアルター伯国は、今はもう無い。
今から10年も前にラドバルムス信者、つまりバルミーによって滅ぼされたからである。
なので現在は残っているのは6か国だ。
……さて100年近く前に起きた聖戦の結果だが、この戦争は大きな変化をガルアミアに及ぼした。
敗れたラドバルムスの信者が、フィロリア諸国の軍から逃げるように、荒れ地の奥へと落ち延びたからである。
結果、文明世界はついに東の荒れ地へと拡散した。
以後バルミーと呼ばれるラドバルムス信者を受け入れた、聖地近隣のガルアミア諸国は、この時から文明や文化を大きく発展させる。
こうして国力を上げた、聖地の外のガルアミア諸国から、とある大国が誕生した。
遊牧民の長を王に頂いた、テュルアク帝国である。
彼等は農耕民族のバルミーや、それ以外の農耕民族を支配下に置いて、ついに聖地外のガルアミアに広大な土地を持つに至った。
そしてその勢いのまま、かつて聖地侵攻を計画する。
こうして起きた戦争が、第二次聖戦と呼ばれる戦争である。
先手を打ってテュルアク帝国内に侵攻したクリオン・バルザック。
彼の率いる聖騎士団に敗れた帝国は、荒れ地の向こうに退いた。
しかし膨張を志向する帝国は、いまだに聖地を我が物にすることを諦めてはおらず、聖地諸国の敵対国で居続ける。
そんなテュルアクだが、宗教には非常に寛容な民族だった事もあり、ラドバルムス、フィーリア、そしてサリワルディーヌと言う3神の教えが広まっている。
もちろん敵国であるフィロリア諸国が崇める女神フィーリアの教えは、弾圧され現在振るわないが、他の2柱の神の教えは盛んだ。
しかし最近、その流れが変わった。
……と、言うのもテュルアク人には、古来から続く自然崇拝、つまりシャーマニズム信仰がある。
その古い教えが、年長のテュルアク人を巻き込んで3神の教えに反撃をしているのだ。
このテュルアクの自然崇拝は今でも盛んで、古くから皇帝を支えていた部族は、むしろそちらを信仰している。
先祖代々受け継がれてきた教えなのだから当然だろう。
ところが広まった3神の教えが、彼ら古いテュルアク人部族達を動揺させる。
そして彼等は、警戒と怒りから、この様な事を言い始めていた。
『大いなる祖先、そして精霊がこの国をここまで栄えさせて下さった。
なのにその恩を忘れ、テュルアクらしさを壊そうと言う、外国の神を拝めた裏切り者!そして外国人。
奴らは怠惰と、軽薄をはびこらせ、我々から猛々(たけだけ)しさを奪い取ろうとしている。
これは自分達らしさを失わせ、弱くさせようとする謀略に他ならない!
豊かになりたいと思うなら、戦争で奪って豊かになるのが正しいテュルアクの男の在り様だった。
聖地から来たあの連中……
つまり馬にも乗れず、山羊にも見くびられるような者が言う豊かさなど、誇り高きテュルアクが掲げる豊かさではない!
目を覚ませ、古より続くテュルアクらしさを取り戻せ!
美食や宝石、空虚で飾った言葉に踊るのはもう辞めよ!』
テュルアク人は戦争に強いから、偉大な帝国を築いた。
しかし彼等は徐々に、被支配民……つまり自身の国に取り込んだ、弱い連中が持つ文化的魅力に圧倒されてしまった。
……聖地から入った文明や文化、そして農耕し、都市化した事で生産される豊かさは、これまでの彼等の在り様を動揺させる。
その結果何が起きたのか?
……悲しいかな自分達の子供から、これまでのテュルアクらしさが、徐々に失われていったのだ。
具体的に言えば、文字や数理、哲学や演劇に興じ始めた。
そして、歳若の子らは、戦いと野蛮を嫌い始める。
……鍛える事を嫌い、戦う事を恐れた自分の子供達。
これが本当に俺の息子か?
どうしてこんな弱い奴になったのだ?
これが大きくなって支配者層になったとき、この国はいったいどうなるのだ……
そんな懸念が、国内を覆っていく。
酷くなる世代間の断裂、そして対立……
結果現在、この問題が表面化しようとしている。
……話は変わる。
テュルアク帝国の首都はポイタシュトと呼ばれる都市で、そこには農耕民族を中心として、様々な人が暮らしている。
そしてそこには当然の様に、ラドバルムスの神殿と、サリワルディーヌの神殿があった。
そのサリワルディーヌ神殿は、大神殿と呼ばれる格式と規模を備えている。
そしてその大神官の名はシャイアーレと言う女性が務めていた。
この大神殿では、大神官は代々同じ名前を引き継ぐ。
そして、このポイタシュトにあるサリワルディーヌ大神殿の、大神官の継承方法はかなり特殊だった。
……前の大神官が死んで6年後。
シャイアーレの生まれ変わりと名乗る、女の子が大神官に成る為に、この大神殿を訪れるからである。
この時は他のシャイアーレと名乗る女の子も大量に大神殿を訪れ、そしてその中から間違いなく転生されたと思われる女の子を、先代のシャイアーレに仕えていた神官が選ぶ。
面白い事に代々のシャイアーレは皆、同じような顔、そして同じような事を言う。
人々はこれも転生の神秘と噂した。
……大神官シャイアーレの正体が、時空7名が1柱“これからのフトゥーレ”だと知る人は少ない。
シャイアーレと言う女性は今23歳になろうとしていた。
冷たく妖艶な美貌、女性らしい体つき。
人々は彼女の姿を見て、その美しさと色気にあらぬ妄想を掻き立てた。
そんな彼女だが……実はテュルアク帝国皇帝のウリゴボリガール3世の愛人の一人だという噂が囁かれている。
そしてそれは事実だった。
「ふふ、うふふふ……」
サリワルディーヌ大神殿の奥にある、衣裳部屋。
そこに美しく波打った、明るい茶色の髪の女が籠っている。
……シャイアーレだ。
そんな彼女が最近嬉しそうに見ているのは、何時か着るであろう、自身の婚礼服だった。
この為にダナバンド人の商人に頼んで、用意させた純白のドレス。
これを眺めて自身のこれからに思いを馳せる。
そんな衣裳部屋の扉を“コンコン”と誰かが叩いた。
シャイアーレは“自分が扉を開けたとしたら……”と念じながら、扉の方に目線を投げる。
すると音の主が判ったので、悠然とその扉を開けた。
「バルドレ、何用か?」
扉の向こうにはバルドレが立っていた、彼は「入って良いか?」と尋ねる。
シャイアーレは無言で頷き、そしてこの部屋に招き入れる。
そして素早く部屋の鍵を閉めた。
「何用だ?未来はすぐに移り変わる。
早急に話を終えたら出て行って貰いたいのだが」
それを聞いたバルドレは“それは無いぜ……”と言いたげな表情でこう言った。
「今がアンタにとって一番望ましい未来の流れなのは知ってる。
だけどこんなちょっとした事で変わるモノかよ?」
それを聞いたシャイアーレは、愚か者を見る目でバルドレを見る。
その様子にますます苛立つバルドレ。
ご覧いただき誠にありがとうございます。
なろうの中ではアンダーグラウンドな作品だとは思いますが、見て頂けて本当に感謝です。
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