未だ名も無き貴公子 4/4
静けさに満ちた事務所棟を出ると、子供たちの喧騒が響き渡っていて、俺達はその喧騒の主に目星を付けながら、来た道を引き返す。
帰りに俺はレミちゃんに尋ねた。
「マスカーニに“いつでもおいで”って声をかけてから帰ろう」
「うん?ああ……」
見ると隣のレミは何故か生返事だった。
ヴィーゾンに叱られたことが尾を引いているのか?
「あの……ヴィーゾンは厳しい事を云うだけで、本当は優しい男だよ」
「ヴィーゾン……それは誰だ?」
「え、ああ……そうか。
俺を叱りつけた男だよ」
「あああの男か、それも気になったが……
それよりもマスカーニは、本当に伯爵の息子なのか?」
「え、どういう事?」
「お前の主は、マスカーニの話をするときだけ、私には違和感があった」
「気のせいじゃない?
だって、俺は毎日会っているけど、今日の様子におかしい所は無かったぞ」
「そうか……私はあの子が伯爵の息子と言うよりも、彼の実子な方が違和感もないが」
レミと俺は、少し前にヨルダンと義姉のアイナさんが手を繋いだところを目撃している。
聖騎士は聖別された騎士、つまり坊主だから妻帯は出来ない。
ゆえにそんな事実を隠しているという事も考えられる。
「…………」
ああ、おバカな俺の頭が混乱してきた。
え、忠誠と義理の話から、自分のやんちゃな下半身事情の話疑惑?
「うう、ああ……」
俺の感動を返せ!と思って、モヤモヤしてきた俺を小突くと、レミ姐さんは楽しそうに笑って言った。
「お前アホだな!
あの子の生まれた年を考えたら、そんな事は無かろう。
だとしたらあの子は、お前の主が私と同じ位の年に作った子供(現在ヨルダンは22歳)になるではないか」
「…………」
「修行中の従士は、そんな不始末しでかしたら騎士にはなれんだろ?」
え、どうなんだろ?
そう思いながら俺は「まぁ、そうだよね」と、良く分からないのに分かってる風の相槌を打つ。
レミはそれに対し、朗らかに返した。
「そんな奴に荘園を任せる貴族は居ない。
まぁ、あの子は貴族の息子で間違いなかろう」
「はぁ……」
「はいはい、マスカーニの元に行こう。
さっさと歩く、さっさと!」
「え、レミちゃんがこの話を振ってきた……」
「いいから!さっさと歩くッ」
……なんて理不尽な女なんだ、コイツ。
そう思っていると、彼女は俺の腕を取って歩き始め……
あ、こういうの嫌いじゃないかも。
彼女と一緒に居ると楽しい。
理由も無く、そして当たり前の様に……
こうして向かった先では、マスカーニはいつもの様にルッカやモリソと一緒に、遊び回っていた。
そこで話しかけようとしたときに、ふと思い出した事がある。
(……あ、そう言えば、アレを確かめよう)
そこで俺は、いつものヴァン語ではなく、フィロリアの言葉で彼等に話しかけた。
『やぁ皆、いい話を持ってきたよ』
するとマスカーニはケラケラ笑って『なんでラリー、フィロリア語なの?』と尋ねる。
そしてルッカとモリソは『?』と言いたげな顔だ。
つまりフィロリア語が理解出来るのは、マスカーニだけだった。
この事実を確かめた俺は、次にヴァン語で皆に話しかける。
「実はさっきマスターから許しを貰ったので、剣を教えられることになったんだ」
「本当?ラリーありがとうっ!」
マスカーニはそう言って嬉しそうに俺に飛びついた。
ルッカとモリソも嬉しそうだ。
俺はそんな子供達に更に言葉を続ける。
「だけど俺が学んでいる聖騎士流は、フィロリア語で修業するんだ。
技の名前とか、掛け声とかがフィロリア語だからね。
それでフィロリア語が分かるのかどうか知りたかったんだけど……ルッカとモリソはコレからみたいだね」
俺がそう言うと察しが良いマスカーニが「ルッカとモリソも良いの?」と聞いてきた。
一緒に剣が学べるのか?という事だ。
「もちろん、二人が良いなら一緒に教える」
俺がそう言うとルッカとモリソもパァッっと顔を明るくして、俺に抱き着いた。
「でも剣術だけじゃなくて、フィロリア語の勉強もやるからね。
マスカーニもそれを手伝ってあげて」
「うん、わかった。僕がルッカとモリソに教えるよ!」
そう言ってマスカーニはますます嬉しそうに笑った。
どうして俺がルッカやモリソも一緒にして、マスカーニに剣を教えようと思ったかには、理由がある。
それは、マスカーニがエルワンダルの貴族の息子だからだ。
話を聞いた時、俺はいつかマスカーニが家族に残した財産を引き継ぐために、エルワンダルに帰る日が来るかもしれないと思った。
その時の腹心に彼等が成れたら良いなと、ルッカとモリソに期待をしたのだ。
それに最悪それが叶わなくても、同門の剣友と言うのは、やはり特別な存在だ。
同じ流派、同じ師について学んだ仲間を、良き剣士なら他人だとは思わない。
殿下、イリアン、シド……
俺が彼等を他人だと思う事が無いように……。
彼等もお互いがお互いを、将来助け合えればそれで良い。
手に出来る無数のあかぎれ。
潰れていく血豆に、酷い痣……
理不尽な叱責の果てに、数限りなく重ねる勝利の甘さと敗北の苦さ……
それ以外にも辛い事が多い、剣の道を一人で歩くのは辛い。
そんな道も、3人なら乗り越え易くもなる。
俺自身も、皆で苦労した他所の剣術学校での思い出だったり、ポンテス似の怪物と戦ったり、貴族の子供で少年剣士団を作って暴れたりと……
俺は今でも宝物のように思う、素晴らしい思い出を彼らと作れた。
マスカーニ達もそうあって欲しい。
それに子供の頃そうでもなかった者も、年齢が10を超える頃には見違えるような腕になっているかもしれない。
殿下とイリアンの様に……
だから剣を学ぶなら、ルッカとモリソも一緒にやらせたいのだ。
俺の言葉に嬉しそうにはしゃぐ、3人。
それを見ながら俺は、かつて6歳だった剣を習い始めたばかりの、自分の事を思い出す。
◇◇◇◇
―5時間後
夜、孤児院を去って家に帰った俺は、鉈を振るって台の上の木材を削っていた。
玄関の外に椅子を引っ張り出し、目の前で燃える焚火の光を頼りに作業をする。
「何やってるの?ラリー」
すると、レミがやってきた。
俺は彼女をちらっと見ると「ああ、マスカーニ達用に、木剣を作ってるんだ」と答える。
「木剣を?」
そう言うと彼女は、手近にあった布製の簡易的な椅子を俺の隣に置いて座った。
俺はそんな彼女の横顔を見ながら、少し器用な自分を誇って、明るく語り掛ける。
「うん、子供の頃ガーブって言う場所で修業していてね。
お金が無かったから木剣を自分で作ってそれで練習したんだ。
だから作るのは慣れてる」
「お前貴族の息子だろ……なんでそんな事をする?」
買えばいいじゃないか?と言いたいのだろう。
まぁ、そこは疑問だよなぁ。
そう思った俺は昔を思い出しながら話し始めた。
「実は当時ママとパパが喧嘩して、離婚寸前だった。
パパが居なくなった瞬間経済的に困窮してね、それに頼りになる筈だった叔父さんが長らく意識不明だったんだ。
それでママの実家であるガーブ男爵家についた瞬間、経済的な援助が殆ど受けられない事になってね。
ママも計画が狂って大変だったと思う」
「……大変だったな」
「そこでは剣術の修業もそうだけど、ゴブリン狩りや裁縫、小物づくりや料理に至るまでなんでも学んだ。
グラガンゾ家と言うガラの悪い騎士家に助けられてね、そこの次男で、街で顔役をやっていたバームスには特に助けられた。
もちろん自分の出自は隠していたけどね。
今その経験が俺を助けている」
そう言って、再び鉈を振るい始めた俺。
その目や鼻に届く燃える木の匂いと、その煙。
そして揺らぐ焚火の明かり……
その火の色はあの時も、今も変わりない。
焚火の炎の中に、ガーブで過ごしたあの2年間が浮かぶ。
アノ時は大変だとしか思わなかったけど、振り返るといろいろ楽しい事もあったな……
……どうしてか焚火の前で、俺は素直になりそうだった。
やがて長い沈黙が訪れる。
鉈を振るって木を削る俺の気配と、爆ぜる薪の音だけが響く焚火の前。
やがてレミちゃんが真剣な眼差しで俺を見つめた。
「ラリー辛くなかったか?家族に会えなくて。
自分が本当はこんな暮らしをする人間じゃない!とか思わなかったか?」
「…………」
言われた俺は思わず天を仰いだ。
白い煙が天に伸び、そしてその靄の向こうに青ざめた空と、歌うような星空が煌めく。
昔の自分はどう思っていただろう?
かつての自分の心を思い出しながら、俺は星空に語るように言った。
「パパや、お兄様、そしてお姉様には会いたかった。
だけどそんな暮らしをする事には、そこまで悪い印象は無かったかな……」
「どうして?」
そう返したレミの言葉に反応した俺は、彼女に照れながら答えた。
「だって仲間が居たもの」
「そうか……」
「ペッカーもポンテスも居たし……
いや、ポンテスってアルタームって言うんだっけ?
それ以外にも幽霊から剣を学んだりとか」
「幽霊?」
「あれ、言ってなかったっけ?
俺、幽霊から剣を学んだんだよ」
「お前嘘ついて……無いのか」
「当たり前じゃん。
でも信じられない話だよね。
それに他にも友達が居たし、そいつと二人でゴブリン狩りに行ったりして、実はやる事が多かったんだ。
それにガーブに着いた時、ママに言われたんだ“此処では弱い男は鉋の削りカスより価値が無いのよ”って。
だから強くなるのに必死だった。
それに物を作るのは好きだったしね。
だから……贅沢が出来なくても何も思えなかった。
木剣を作るのもソレがあるからかな……」
「ふーん」
「今にして思えばね。
……あの時は唯々、目の前の事に必死だったよ」
「…………」
「おかげで貴族らしくなくなっちゃった」
そう言って苦笑いを浮かべると、レミちゃんは再び黙った。
そんな俺の手の中で、削られ続ける木材……
ある程度形を切り出した俺は、別の木材を取り出して、改めて鉈を振るって、剣を削り出す。
「ラリー、その木剣はそれで完成か?」
「いや、あとはナイフで丁寧に削る。
そのあとニスを塗って、持ち手に糸とかを巻くんだ」
木剣を見ながらそう答えると、彼女は「お前は何でも出来るな」と、寂しそうに言う。
俺は首を振ってと答えた。
「魔導士の家の子に生まれたのに、俺は魔法が使えなかった。
何でも出来る訳じゃない」
木だけを見ながらそう答えると、彼女は「お前魔導士になりたかったのか?」と言った。
「魔導士と言うよりは、頭が良ければと思った。
俺は短気で愚かだ……
だから魔導士に憧れる、パパもお兄様もインテリだから」
そう言うと彼女は俺の横顔を見て、ニッと笑うと「愚かな人は、フィロリア語と、ヴァン語の通訳なんかできないぞ」と言う。
えっ?と思ってソッチを向くと、ニマニマと笑って俺を見る彼女の顔が……
思わずその唇に、自分の唇を近づける。
「キャー、近い近い!油断してた……
アハハ、そう言えばお前はそう言う奴だった!」
そう言って俺の顔を押しのけ……
ええっ、今いい雰囲気でしたやん!
ダメですか?
……そうですかぁ、ダメですかぁ。
彼女はそう言うとさっさと椅子を立ち、俺に笑いかけると「お休み」とだけ言ってこの場を去った。
……あのお姉様、俺のこの盛り上がった心はどこに持って行けばいいのでしょう?
出来ればその……あ、もう行ってしまった。
「はぁ、だいぶ仲良くなったと思うんだけどなぁ」
俺はそう呟いて、引き続き作業に当たる。
そしてどうして彼女が俺に、あんな事を質問してきたのかを考えた。
『ラリー辛くなかったか?家族に会えなくて。
自分が本当はこんな暮らしをする人間じゃない!とか思わなかったか?』
すると不意に彼女が先ほど言った言葉を思い返した。
(そうか、彼女はそれを悩んでいたんだ!)
鈍感な俺でもさすがに分かった。
高貴な生まれだった彼女は、気が付けばここまで落ちぶれたと言っても、いいかもしれない。
それを思うと、俺は溜息を吐く。
どうしたら良いのかの答えは、俺の頭では出せなかった……
そして……俺も、パパやお兄様の様に、賢くなりたいと切に願う。
……その後の俺は、彼女の事を忘れるように一心不乱に木を削った。
子供が使いやすいサイズと、重さの剣を作る為に……
◇◇◇◇
翌日俺が孤児院に行くと、孤児院の通用口の中でヨルダンが待っていた。
いきなりの登場にビックリしていると、ヨルダンが言った。
「ラリー直ぐに出撃する」
「どうしたんです?」
「今朝知らせがあって、テュルアク帝国との国境が破られ、帝国が侵入してきた」
「規模は?」
「不明だ、あまり多くないという話もあるが、砂塵がどこまでも広く舞っていたという話もある。
そうなれば数万単位で来ているかもしれない。
とにかく武装しろ、急ぎ(聖騎士団)本館に集合する」
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