尊き灰が、見せる夢……3/5
「…………」
何が起きているのか分からず、唖然として黒曜石に映った映像を見る私。
その目の前でニールが、醜悪な生き物に向かって叫ぶ。
「やめて、やめてよ“ですぺらんづーむ”それはニールのモノ!
銀色で金色の珍しい宝物!
お前の餌じゃない!食べないでよッ」
そう言ってニールは“ですぺらんづーむ”に掴みかかる。
それを見た“ですぺらんづーむ”は、にべも無くニールを殴りつけ、床に投げ出されたニールをゲラゲラと笑って見た。
次に執拗にニールをその足で踏みつけ、ニールの抵抗を文字通り踏み潰す。
「ぎゅわぁーぎゅわぁーおん」
そして歓喜の叫びを上げた、醜悪な生き物。
私はこの血も涙も無く、意思のやり取りも出来無さそうな狂暴な怪物を見つめた。
これが“恐怖のデスペランドゥーム”なのか……
デスペランドゥームは、ゆっくり私の方を見ると、嬉しそうに笑い、そして先程ニールが床に投げつけた何かを拾い上げた。
そしてくぐもった声で私に言った。
「……お前の御姫様はニールの元に流れ着いている」
デスペランドゥーム“はそう言うと、先程ニールが床に投げつけた何かを私に見せた。
……それはあらぬ方向に首や足が曲がった、小さなスマラグダ姫だった。
「あ、あああ、あああああああああっ!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
◇◇◇◇
ガシッ!
俺は無意識のうちに誰かの腕を掴み、そして洞窟の天井を見上げていた。
「離してっ!痛い、痛いッ」
俺は(え?)と思って、声のした方を見つめた。
すると目線の先では、俺は右手で力いっぱい、レミちゃんの手首を掴んでいた。
「うわっ!」
思わず手を放す俺。
そんな俺に、彼女は「痛いんだよ、この馬鹿ッ!」と叫ぶ。
「ごめん……」
見回した周囲の風景は、あの岩場の集落だった。
飛び交う光虫も、黒曜石の祭壇も無い。
今しがた見た物を思い返す。
涙が零れた……
そんな俺にレミちゃんは散々に呪いの言葉を浴びせ続け、それでも俺は“アレ”よりマシだと思って目を閉じる。
そんな俺にプレティウムが尋ねた。
「何が見えました?ラリー……」
「レミが死んだ……こんなに辛い事はない」
するとレミちゃんは「何を言っているんだお前?」と俺に言った。
「ああ、本当に痛い……」
彼女は俺の言葉を無視して。手首の痛みを訴える。
俺は再び「ゴメン、償いはするから許して……」と許しを乞うた。
……すると二の腕を叩かれた。
何故かそれが嬉しかった……
「何笑ってるんだ、貴様っ!」
叫ぶレミちゃん、それを見ているとますます嬉しく、そして涙が溢れた。
そんな俺の様子を、戸惑った様子でレミちゃんは見る。
……やがて俺にプレティウムが言葉を掛けた。
「ラリー、間に合わなかったようですね」
「…………」
間に合わなかったという言葉に恐怖を感じ、目を見開いてプレティウムの顔を見る。
そんな俺に彼は外を見ながら言った。
「雨が、降ってます。
帰りの道はぬかるむようですよ……」
「…………」
洞窟の入り口は、滝の様な雨だれ絶え間なく滴り落ちていた。
そのうちの幾つかが、細い柱の様な姿で、段々(だんだん)畑の土にまで伸びている。
外は灰色の空が広がり、大粒の雨が雷と共に降り注いでいた。
ザーザーザー……ジョロジョロ……
今まで気が付かなかったのが不思議なほど、騒音に満たされた洞窟の中。
(ああ、疲れた……眠いや)
ざわめく何もかもの中で、そう思った俺は再び目を閉じる。
瞼を閉じると、先ほど見た光景が脳裏を過ぎった。
……思い出したくなかった映像。
それを見ると再び涙が溢れ出し、そして何より辛い。
逃げ出したい……と思った。
「コレ(ヴェリモシー)は何度もやるのですか?」
思わずそう尋ねた俺。
聞いたプレティウムは、落ち着く声音で言った。
「ええ、明日もやりましょう。
ですが今日はココまでです、辛かったでしょうラリー。
今日はゆっくりと休みなさい」
思わず長い溜息を吐いた。
苦行はまだまだ終わらない……
目を閉じ続けた。頭も体も動かない。
瞼が重い、もう少し目を閉じていたい。
……もう少しだけ、少しだけ。
そう思ってその日の儀式は終了した。
◇◇◇◇
こうして俺は幾日も霊薬を飲みに、洞窟の町を訪ねる。
だがこの地に滞在できる日は限られていた。
旅行日程の関係で、3泊しか出来ないからだ。
……そして初めてヴェリモシーをしてから二日後。
この日が、俺がヴェリモシーを受ける最後の日となる。
俺はこの日、ペッカーと二人だけでレプレンツ山の、窪みにある廃墟の町を再訪した。
ペッカーに運ばれて街に降り立つ俺、それを待ちわびていたように、出迎えてくれたプレティウム。
「ああ、いらっしゃいラリー。
今日が最終日ですね」
「ええ、明日には帰らないといけないので」
「残念です、中々ここに来る人は居ないのでね。
しばらく誰とも話さない日々に戻るのかと思うと寂しい」
そう言うとプレティウムは、言葉とは裏腹に明るい表情で笑った。
彼は俺の肩に居るペッカーの方に顔を向けると「今日、姫様は?」と尋ねる。
ペッカーは「ぐわぁーぐわ、ぎゅわぁーぎゅわぁーぎゅ(ここに居ても意味がないからって言って、他の同行者の所を手伝うってさ)」と答えた。
……どういう事かと言うと。
寝ている俺が目覚めるのを、ただ待つのが、お姉さまは嫌になったのだ。
今朝彼女は『私、居る必要ある?』と言って、薬の素材集めに行ってしまった。
それを聞いたアシモスが、目を細めて意味ありげに俺を見つめる。
……彼は同行を断りはしなかったが、責める様な視線を俺に投げる。
(仕方がないやん。
あの人が行く言うたら、俺ダメって言えんもん!
何かって言ったら、必ずブチブチと文句を一日中言うに決まってるんだからさぁ!)
そう口パクで答えた俺。
それを見たアシモスは、より大きな面倒を嫌って「ええ、分かりました」と諦め声で了承した。
こうして俺はペッカーを連れ、レミと別れてココに来たのである。
「あなたがアキュラだと、姫様に伝えたんですよね?
彼女は何と言ってました?」
ヴェリモシーの内容の多くは、二人に告げている。
映像は彼等にとっても興味深い様で、熱心に俺に詳細を尋ねた。
隠す必要も無いと思った俺は、正直に彼らに打ち明ける。
……まぁその結果なんだけど。
返って来たレミちゃんの言葉は、多分にからかいの念が籠ったモノばかりだった……
「ひどいですよレミちゃんは……
“あり得ない、アイツはお前みたいに適当ではない!何かの間違いだっ”
と、言ってました。もちろん笑いながら……」
憤慨してそう告げ口をこの男にぶちまけると、目の前の年齢不詳のおっさんは楽しげに笑って答えた。
「ああ、あははは。
まぁ笑いながら言っていたのなら、良いではないですか。
転生後の性格と転生前の性格が大きく違うのは良くある事です。
何せそれぞれ異なった父母両親から生まれ、そして育ったのですから、同じ性格に育つというのが無理と言うものですよ」
「そうなんですかね……そう考えると転生とか言うモノに、あまり大きな意味はない気もしますがね」
「まぁまぁ、姫様も今はあなた以外に頼れる人がいない。
親も兄弟も皆死んでしまった。
……本来なら生きる時代が異なる方ですからね。
まだ17歳の彼女は、まだまだワガママを聞いて欲しい年頃なのです。
……おっと、あなたは15歳でしたね。
失礼しました」
「大丈夫です……」
「すまない、体も大きく、落ち着いて見えたのでつい……ね」
「落ち着いては居ないですよ、ただこの二日見た物が衝撃的なモノばかりだったので、疲れてしまったんです……」
俺がそう言うと、プレティウムは慰めるように「だけどあなたは強い、発狂する人も珍しくないのですよ“コレ”は」と言って、近くに置かれた霊薬を見る。
俺もその目線に釣られて、霊薬の入った杯を見た。
「ヴェリモシーは、どうしたら成功なんですか?」
杯と、中に入った液体を見ながらそう尋ねる俺。
するとプレティウムは、杯と中の霊薬を凝視しながら答えた。
「どうしたら成功なんでしょうね……
ある者は力を得て、またある者は心が壊れた。
実はですね、この霊薬は魂を別の世界に飛ばす薬なのです。
……昨日あなたが私に話してくれた話では。
アナタがこの世界に来る前、別の世界に居て、そしてその前にはこの世界に居た。
そうでしたね?
ですからラリーは……
別の世界が並んで存在しているのは“体感”として判っていると思います。
実は世界は私たちが居る場所以外にも存在しているのです。
だから並んで存在している別の世界と、この世界は“何か”で分けられ、そして“何か”を介して繋がっているという事になります。
それは“有の世界”でもなく、そして“虚無の世界”ですらない、空間と壁と例えると語弊があるのではございますが……
それに似た“何か”のよってこの世界と、あの世界は隔たれ、そして繋がっているのです。
……霊薬を飲んだあなたが、夢のような世界の中で見ているのは、そんな“時空”までも内包した“何か”の姿なのです。
そこは私の兄弟が治める、世界でもあります……」
「だれです?」
「広大なるスパチウム」
「名前だけは、この前聞きました……」
「アキュラの記憶に、その名前があったんですね?」
「ええ」
「テンプスは矛盾した神です。
ある時は優しく慈悲に溢れ、ある時は無慈悲に残酷、虐げるのを好みました。
あらゆる性格を極度に持っていたと言うべきでしょうか?
だから私たち兄弟は、全く性格が異なるのです。
テンプスは時空の神です、過去未来を操り、別の世界を繋ぎます。
ですが、それを嫌ったサリワルディーヌにより、虚無へと落とされた。
……そして世界を繋ぐ“何か”は、テンプスから分かれた兄弟が、引き続き管理するようになったのです。
……それがスパチウムです」
「なるほど、因みに今回彼の事と、俺の目標には何か因果があるのですか?」
「……無いかもしれませんね、今の話は雑談だと思って忘れて下さい。
それよりもラリー、あなたは前の人生でテンプスに会った。
そうおっしゃいましたね?」
「ええ……」
「だとしたらテンプスは、何かを企んでいるのです。
恐らく虚無から自分が抜け出せた世界を作り、その世界に誕生した自分を援軍として、あらゆる世界の自分の元に派遣したいのでしょう。
意味が解りますか?」
うん?今このおっさん、なんか難しい事を言ったぞ……
「……いや正直に言うと、何を言っているのか分からないです」
俺は面食らいながらそう答えた。
するとプレティウムは、俺の回答を予想していたようで首を一つ降ると言葉を続けた。
「かつて、世界を行き来できるテンプスは、自由になれた自分が未来において存在するなら、その時間と同じ時刻に自分を送り込むことが出来ました。
でも未来に自由になれた自分が存在しないと、どの世界の未来に行っても、自由になれた自分は居ないのです。
つまり、今テンプスは、どんな未来に行っても、自分は虚無の中に常にいる。
……ああ、ラリー。分からない様子だ」
「すみません、あなたが言っている事が全く分からないです。
お兄様と違って自分、勉強はさっぱりで……」
ああ、俺は本当に兄貴とパパの血縁者なのだろうか?
……二人ともインテリなのに。
プレティウムは“むむっ”と考えると、そんな俺の顔を見て、言葉を選びながら言った。
「とにかく、テンプスは虚無から出たがっているという事です。
それは今の秩序を壊すという事です。
その為に王剣を使ったのでしょう。
どう使ったのかは分かりませんが。
それに対処する方法を探すために、引き続きヴェリモシーをしましょうという事です」
「ああすみません、わかりやすい言葉でご説明ありがとうございます」
そう朗らかな声で答えた俺だが、別の頭では。
(……ごめんなさい、やっぱり何を言っているのか分からないです)
……と思っていた。
こうして俺は分かったような、分からないような気持のまま、この話を置いておく事にした。
とにかく目の前のおっさんは、引き続き怪しげな薬を飲んで、俺に過去と向き合えと言いたいのだ。
……うん、要はそれを言いたいだけだよな、このおっさん?
だったらそれだけを言えばいいのに、小難しい話をしおって、まったく……
ご覧いただきありがとうございます。
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