尊き灰が、見せる夢……1/5
そこは光の粒が飛び交うそんな場所だった。
光の一つ一つが俺の思い出であることが、何故か分かる。
ある時は矢島となり、ラリーとなり、またある時はビッグスとなる。
名前はただの記号だった。
俺はその時その時で違う記号をぶら下げて歩いている。
(ここが魂の記憶?)
問いかけに誰も答えたりはしない……
膨大な情報に頭が埋め尽くされ、孤独感も無い。
通り過ぎる記憶達、自分がまるで管の様だ。
初めて見るのに、初めてではないと何故か知っている風景が、連続して体を通り過ぎる。
不意に感情が昂ぶった。
……そしてゲラルド・ヴィープゲスケでは無かった頃の思い出の日々が目の前を過ぎる。
かつて愛した両親の死に涙した日、自分の結婚式、戦場で死んだ日……
あらゆる日々が自分の身に起きた事なのだと判る。
その中で俺はアキュラ・リンドスの記憶が、あるのを知った。
左手をその場所に伸ばすと、なぜかそれでは掴めないと判り、次に右手をその場所に伸ばす。
不意に消えようとし始める、アキュラの記憶。
俺は左手をその記憶にかざし、力を授けながら右手で優しくそれに触れた。
……全て、どうしたら正しく扱えるのかが不思議と分かる。
初めての感覚、初めての経験……何故か懐かしい。
世界が、そして視界が飛んでいく。
◇◇◇◇
―聖竜暦1140年
コツン、コツン、コツン、コツン……
冷たい音を立て、私は果てしなく続く階段を下りていた。
道の先を照らす魔法の光……
やがて階段は終わり、私は光虫が飛び交う広い空洞に出た。
「…………」
私は驚きを持ってその光景を見た。
そこには恐ろしげな形相で、骨だけとなった竜の死体があったからだ。
大きく、そして鋭く尖った歯が並ぶ巨大な頭蓋骨。
……これが動かぬ骸であることに感謝した。
明らかに多くの生き物を食らいつくしたであろう、その面構え。
骨だけとなっても、その姿だけで私を驚かすには十分だった。
……私は周囲を見渡した。
おそらくカレットと名乗る占い師が教えてくれた、祭壇がどこかにある……
ザァー……ザザァーザァーザザァー
光虫の輝き、映る岩壁、竜の骨。
その風景は絶え間ない潮騒の音に包まれている。
「洞窟の中で潮騒とは珍しい……」
私は何処で潮騒が鳴っているのか気になった。
耳を澄ます、そして音に導かれるように洞窟内を歩き回る。
「…………」
潮騒の音源はすぐに見つかった。
洞窟の奥、竜の骨の尻尾を洗うように、海が洞窟内に侵入していたのだ。
沈黙してその様子を見つめる。
頭上を浮遊する自分で出した魔法の光源、光は辺りの風景を映し出す。
……ザァー、ザァー
潮騒を立てて、海水が洞窟内の浜辺を洗う。
よく見ると海中では、淡く岩が輝いていた。
外光が岩を光らせているのだろうか?
この珍しい光景に興味は尽きない。
……私は首を振ると、周囲を見渡し、目的の祭壇を探そうと思った。
見回すと浜辺には砂浜と、いくつかの岩場があり、そして海に突き出した突端の様な岩壁が見える。
小さな突端の岩壁の先に、私が探している祭壇は在った。
まるで巨大な箱の様な姿の黒曜石の塊。
(……これだ、これが話で聞いた、虚無の祭壇)
私は岩壁に近寄ると、岩にしがみつき、そして上を……祭壇を目指した。
「はぁはぁはぁ、はぁはぁはぁ……」
老いた身体はこの試練に悲鳴を上げ、私の足や腕を止めようとする、
上がる息、苦しさに顔を歪めた私の顔。
「老いたな……昔だったらこんなもの苦では無かったのに」
額の汗を拭い、そして頭上の岩を掴み身体を持ち上げ続ける。
二の腕や太腿から伝わる血の気が引く感覚、心が苛まれる。
……苦しい。
何とか登り切った私は岩壁の上で寝転び、息も荒げて宙を舞う光虫の煌めきを見た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
若い頃に、もっと壁のぼりを練習するべきだった、と思った。
やがて息も整い、歩けるようになった私は重い腰を持ち上げ、目の前の黒い箱の様な祭壇に向かう。
……遠くから見ると黒と思われた祭壇は、少し緑色がかっていた。
祭壇が放つ、潤む様な光沢に、自分の顔や周りの風景が映り込む。
「ああ、かつてはあんなに美しい顔をしていたのに……」
自分の顔は皺だらけで、勝手放題に伸びた髭が泥と煤に汚れる。
鏡を見なくなって久しい……
故郷が滅ぼされ、聖地が劫火に包まれて灰燼に帰してからは、好んで鏡を見る事は無かった。
……こうして久しぶりに再会した自分の顔は、昔の思い出とは大きく隔たった、醜い姿だ。
……この事実に私の胸は痛んでいく。
ビターンッ!
突如祭壇が大きな音を立てる!
驚く私が祭壇を見ると、私の顔の前で大きな掌が、ガラスの向こう側から押し当てた様に黒曜石に映っていた。
キュッ……キュキュッ、キュゥーッ
甲高い音を立てながら掌は動き、そして掌が消えたその場所に、一人の醜悪な顔の男が現れた。
(奇形のゴブリン?)
ゴブリンよりも明らかに大きな体だが、歪んだ顔と、ひねたような笑みが、どこかゴブリンを想像させる。
男は「えッへぇっへぇっへぇっ」と、個性的な声で笑うと、私に声をかけた。
「お客しゃんが来た。
“有の世界”に居るのに、ニールに会いに来た」
「……あなたがニール?」
「……そう言ってる。お前は馬鹿だにゃ」
ニールはそう言うと優越感を感じた様で、私を再び「えッへぇっへぇっへぇっ」と個性的な声で笑い、私を蔑む。
……とにかく不快な気持ちにさせる男だと思った。
ニールは一瞬私の腕に嵌められた腕輪に目を止めた。
そしてしばらく、動きを止める。
次に彼は私にニマッとした笑顔を見せ、こう尋ねた。
「何しに来た?
お前は誰だ?
誰も“虚無”に触れようとはしにゃい。
馬鹿な“ですぺらんづぅーむ”が、ニールをイジメに来るだけ。
本当にアイツはクズ、馬鹿で愚かで、クソ野郎……
お前もニールが醜いと、イジメるの?」
「いや、そんな事はしない」
「ニールをイジメない?
でもニールの事を醜いと思っているんだろ?」
「いや、そんな事は思ってない。
ただ“世の理を知る賢きニール”に会いに来た」
老人になるという事は、若い頃と違って、澱み無く嘘が言えるという事だ。
私はこの様にして、嘘を織り交ぜながら醜い男に、この旅の目的を告げる。
彼は自分の顔を指さしながら「賢きニール!」と嬉しそうに叫んだ。
そして再びあの個性的な声で笑うと、私に親しみの籠った笑顔を向けてこう言った。
「お前は良い奴、ニールは気分が良い!」
彼はそう言うと顔を黒曜石に押し当てた。
ガラス越しに頬を当てた様に、ニールの顔が歪む。
その振る舞いに思わずのけぞると、彼は私に言った。
「宝物を見せてあげる。
ニールの元にはたくさんのモノが流れ着くの。
昔ピカピカだったものがあるの。
だけどそんなものは珍しくないの。
だけど二つのモノが合体しているのがあるの。
……とてもとても珍しいにゃ。
えッへぇっへぇっへぇっ」
次の瞬間黒曜石の祭壇に、別の場所の映像が映し出された。
ニールはその中を嬉しそうに歩き、そして石で作られた寝台に近寄った。
寝台には、身じろぎ一つせず、焦点の定まらない目で虚空を見つめる、美しい顔立ちながら、頭髪が無い男とも女ともいえない人が横たわっている。
ニールはその顔を撫で回し、そして頬を歪ませながら「どうしてそんなに美しいにゃ……」と、どこか陶酔しきった顔で呟いた。
「お前、名前は?」
不意に私は名前を尋ねられたので「アキュラ……アキュラ・リンドスだ」と答えた。
「へぇ“あくら”かぁ、どこにでもありそうで、退屈な名前だにゃ」
「……それはどうも」
溜息を吐きながら、彼を刺激しないように答えた私。
それを聞いたニールは自分が優位にあると思ったようで、得意げに笑うと私にこう言った。
「怒った!ニールは怒らせた?」
私は沈黙で持って応える。
するとニールはからかいの意味を込めた不快な笑いを浮かべ、私に言った。
「いっひひひ。
お前は面白い、面白いにゃ」
「…………」
「……これがニールの宝物」
ニールは気分屋なのか、不意に振る舞いを変え、そしてこの寝台に横たわる人物を指示した。
「ニールのママしゃん、パパしゃん。
とっても綺麗なシト。
美しい、美しい……ママしゃん、パパしゃんは女であり男にゃの。
珍しいでしょ?
ニールはママしゃん、パパしゃんがだーい好きにゃ」
私は彼の声を聴きながら、決して不愉快な思いを顔に出してはならないと、心を制御し続ける。
ニールの全てに、嫌悪と怒りがこみ上げる。
それを制しながら私は尋ねた。
「ニール……虚無のニール。
寝台の上の方が母であり、父と言うなら、その方こそが時空神テンプスで間違いないか?」
「そうにゃ“あくら”物知り……」
「実はここに来る前、今から25年も昔にお前と同族の者に占ってもらった。
知っているはずだ“現のカレット”と名乗る女だ。
それと……聖剣7友を知っているか?
情熱のバッカスだ、彼は私に時計の針を戻す方法がこの世にあると、それとなく教えてくれた。
そこで私は必死になってその方法を探したんだ。
そして偶然にも、時空7名のうちの一人“現のカレット”に出会った。それで……」
そこまで言った私の言葉を遮る様に、ニールは言った。
「カレットは知ってるにゃ。
だけどニールはカレットに会えない。
カレットは今の全てを知っている、だけど虚無には住まない。
ニールは寂しい、兄弟は……アイツらが死んだ時に、一瞬だけしか会えない。
馬鹿でクズな“ですぺらんづぅーむ”だけが頻繁に会いに来る。
アイツは虚無だって、自分のモノだと勘違いしてる。
何時か殺していやる、何時か殺していやりゅ……」
「“ですぺらんづーむ”とは……
時空7名が一人“恐怖のデスペランドゥーム”の事か?」
「ああ?どうでもいいにゃ……
兄弟はじぇんぶで7名。
ニール以外だと、クソの“ですぺらんづーむ”と……
“広大なるスパチウム”
“希望のレリビウム”
“古のぷれちーむ”
“現のカレット”
“これからのフトゥーレ”
死ぬのを恐れて虚無に来ない“ぷれちーむ”とクソの“ですぺらんづーむ”は大嫌いにゃ」
「そうか……ではカレットの言うように、お前達は転生を繰り返すのか?」
「そこまでカレットは話したにゃ?」
「いや、エルドマルク王国にあったテンプスの古代神殿にそう書いた碑文があった」
「ああ……あそこは仕事をしない卑怯者の神殿だにゃ。
しかも昔の事をよく覚えていて、本当に不愉快……
ジスパニオに守られて、ママしゃん、パパしゃんの為に何もしにゃかった」
「ああ……」
「そうにゃ……兄弟達は生まれ変わりを繰り返す。
時間を超え、世界もまたいで放浪するにゃ。
だけどママしゃん、パパしゃんが遠くに行っちゃダメだって言うにゃ。
ニールは良い子。
だから死んで虚無に流れ着いた兄弟は、もう一回タンプランやテルピュリアの世界に戻すの。
兄弟が嫌だって言ったら、クソの“ですぺらんづーむ”が何とかしてくれる。
すると皆良い子になる。
だから、ニールは虚無に来ない“ぷれちーむ”は大嫌い!」
そう言うとニールは顔を歪ませ、感情的な子供の様に、近くに在った何かを床に叩きつけた。
床に叩きつけられ、跳ねた何かは横たわるテンプスの右手に当る。
テンプスは身じろぎ一つせず、そしてニールはそれに気が付かず「ぷれちーむめッ、ぷれちーむメッ!」と、怒りも露に地団太を踏みつけていた。
……私は歪んだものをソコに見ていた。
大事にしているはずの物を、大事に出来ない、いびつなニール……
間隔があいてすみません、また少しの間お付き合いよろしくお願いいたします。
次回の更新は 4/23 7:00~8:00の間です。
追伸
COVID-19が流行っていて、今や世界が、日本が危機的状況です。
皆様もぜひご注意して日々をお過ごしください。
無事をお祈りいたしております。