古(いにしえ)のプレティウム 4/4
「ああ、コレはご丁寧にありがとうございます。
自分はアルバルヴェ人のラリー・チリと申します」
俺がそうヴァン語で自己紹介すると、彼は少し睨むように、俺の目を覗き込んだ。
何故か彼の眼差しに目線を合わせると、偽名を名乗り続ける事に躊躇いを覚えた。
……全てを見透かされ、そして偽りを咎められたような気がしたからだ。
思わず俺は諦める様に「ですが本当の名前はゲラルド・ヴィープゲスケと申します」と答えた。
俺のその言葉を聞いた彼は、にっこりと微笑む。
「ええ、ラリー……知っています。
私にはすべて見えますから……
お尋ねしたいのですがラリー、私の名前を聞いても、何も感じませんでしたか?」
「?」
「いや、良いんです。
そうかぁ、そこまで記憶が薄れていたのか。
これは厄介だなぁ……」
彼の言葉で、違和感と“?”が頭を占めていく。
何故俺が初めて会った人の名前を知らなくて、厄介と思われたのか……
そう思っているとレミちゃんが、俺の代わりに尋ねた。
「やはりラリーは私と縁がある魂なのか?」
「ええ、彼の魂は数奇な運命を辿り、多くの人生を経て、ここに来ました。
ただし何も覚えてはいない……
だから今の私には、朧気にしか見えていません。
彼の過去が……ですね。
まぁでもそんなことは“ざらに有る”と言えば“ざらに有り”ます。
繋がった魂の記憶を呼び戻し、その転生の遍歴を遡れば、何故彼があなたの前に現れたのかもわかるでしょう。
ですが彼はあなたに縁がある人間です。
これは間違いが無い。
なにせあのおぞましきフィーリアが、彼をここに連れてきたとありますから」
フィーリアの名前が出た瞬間、レミちゃんの表情が僅かに憎悪で歪む。
そして次の瞬間、まるで能面の様に表情が彼女の顔から消えた。
それを見てプレティウムは「王とお妃さま、そして御兄弟はもう……」と告げる。
「知ってる……」
毅然とした態度で、次の言葉は不要とばかりに言の葉を告げた彼女。
そしてこの場に長い沈黙が訪れた。
ビョォォォォ、ビョォォォォォ……
この時……岩肌の窪みにある石造りの集落に風が吹き抜け、それが代わりに不気味な音を立てる。
先程まで乾いていた風が、湿り気を帯びて、生ぬるい熱気を孕んでいた。
それを聞きながら……ふと、彼女の胸の内を慮ろうとした俺は、自分の事に置き換えてこの事を考えてみた。
パパとママ……お兄様やお姉様の顔が頭に浮かび、彼等を殺されたとしたら自分は何を思うだろう?と思う。
……きっと復讐しか考えられないと、すぐに答えが胸に浮かぶ。
プレティウムは俺とレミちゃんの目を覗き込み、次に重々しい溜息を吐く。
「姫様、あの女への復讐等はお考えにならない様に……
私には未来は分かりませぬが、過去を振り返れば必ず良くない事が起きます。
あなた様は最後の生き残りです。
他の王族の方でも、まだ生き残った家もあります。
ありますが、全て王を裏切った者達ばかり。
……陛下がどんな思いで、国や民を思って生きていたのかを知る者は、もうあなた様だけ。
せめてあなただけでも幸せになって下さい」
プレティウムがそう優しい声音でそう告げると、レミちゃんは地面に座ったまま、膝を立て、その間に顔を埋めながら涙声で言った。
「無理……出来ない」
そして零れた吐息、嗚咽の声。
「あ、ああああ……ひっぐ、ひっぐ」
……慟哭が、胸を突く。
彼女の胸の痛みが、俺の心も痛ませる。
悲鳴が聞こえる。俺の目にも涙が浮かぶ。
可哀想な娘……その哀れな境涯に言葉が出ない。
「優しきラリー……姫様から話は聞いてます」
そんな俺に、親しみの籠った声でプレティウムが声をかけた。
「ラリー、姫様はしばらくあなたを見ていました。
フィーリアに仕える聖騎士と縁があるあなたを信じようか信じまいか迷っていたのです。
ですがあなたは信用が出来ると、スマラグダ様はおっしゃいました。
そしてきっと我々と縁があるモノの、転生した魂の持ち主なのだろうと思ったのです。
ですよね、バッカス……」
プレティウムがそう呼ぶと、俺の傍で大人しくしていたペッカーが「ぐわー(ああ)」と答える。
「あれ、ペッカーこの人と知り合いなの?」
「ぐわー(ああ)」
ペッカーは真面目な顔でそう告げた。
それを聞いたプレティウムは、面白そうに笑う。
「?」
思わず首を傾げて、プレティウムを見ると彼は言った。
「すみません、あなたと彼の過去が今見えましてね。
ああそうかぁ、バッカスではなくバックスと名乗って、きれいな山荘に舞い込んだのか。
そしてポンテス……アルタームもそこに逃げている。
安住の地を見つけたのだな、二人は」
「え、ポンテスも知っているの!」
共通の知人がいる事に驚く俺に、プレティウムは答えた。
「ええ、もちろんです。
古い古い知り合いです、何せ同業者ですからね」
「?」
「分かりませんか?ラリー……
私も召喚獣のうちの一匹なのですよ」
目の前の男はそう言って笑った。
思わず目を見開く俺。
「ゲラルド・ヴィープゲスケ殿、申し遅れましたが。
私は時空七名がうちの一人、古のプレティウム。
そこに居るふざけた偽名の鳥が、聖剣七友がうちの一人情熱のバッカスです。
そしてポンテスは本当の名前を……
あれ?真名が変わっている……
どういう事だ?
まぁ、かつての名前は安息のアルタームと言う名前でした」
そこまで言った彼は、懐かしむように虚空に目線を走らせ、そして「懐かしい……」と呟いた。
「バラバラに散らばり、そして互いに交流を持たない我々7名と違って、7友も7臣もお互い、盛んに交流していましたからね。
……仲間とはかくあるべきなのでしょう。
ですが今となっては、私は私の兄弟達に会うのに躊躇いを覚えます。
一人で過ごす時間を持ちすぎたのでしょう。
それとも同胞達が嫌いなのか、いやはや何とも……」
俺は彼の言葉を聞きながら「仲間とは、時空7名とおっしゃった他の召喚獣?」と尋ねる。
プレティウムは「ええ」と言って力なく笑う。
「同じ日に殺され、そして生まれた兄弟ですよ」
「?」
「謎かけに聞こえましたか?
文字通りの意味ですよ。
訳を話してあげますと……
今やこの世界では神は3柱しかいないと教えられています。
ですがそれは間違いです。
この世界で神と名乗るものは、元々は高位だったとある魂が死に、結果7つに分かれた後の存在なのです。
天空の神サリワルディーヌ。
豊穣の神ラドバルムス。
戦いの神フィーリア。
知恵の神ジスパニオ。
破壊の神ルシーラ。
魔の神グイジャール。
そして……時空の神テンプス。
サリワルディーヌは自分こそが最も偉大な神なのだと思い、そして時空の神テンプスもその様に思いました。
その結果両者は争います。
サリワルディーヌにはラドバルムスとフィーリアが味方しました。
テンプスに味方したのはルシーラとグイジャールです。
ジスパニオは争いに参加せず、この岩の窪みの町に僅かな者と引き籠る事を選びました。
ここで貴重な技を守り、未来の誰かの為に残そうと考えたのです。
戦争は熾烈でした、だが49年の戦争の後にサリワルディーヌが勝利しました。
……テンプスに味方したルシーラもグイジャールも、サリワルディーヌに滅ぼされます。
だから神は3柱しかいないと連中は言うのです。
ジスパニオはその後、この結果に不満を覚え、サリワルディーヌ達と絶交しました。
かといって戦いを挑む気はないらしく、彼は自らを封印し、私の様なものに隠れ家を提供してくれています。
この町もそのうちの一つですね。
……話を戻しましょう。
神が死んだことで、以前も起きた事が起こりました。
倒された神の魂が、それぞれ7つに分裂したのです。
これが“7つ分かれ”です。
ルシーラは7友、グイジャールは7臣、そしてテンプスは我等7名へと姿が変わりました。
……だから我々は同じ日に死に、そして同じ日に生まれたのですよ」
「…………」
目を見開きプレティウムの顔を見る。
彼は俺に枯れた笑みを見せて言葉を続けた。
「ああ、すまない。
自分の事ばかりを話してしまいました。
風が雨を呼び込もうとしてます、だいぶ湿ってきましたからね。
急がないと帰る頃には道がぬかるむ。
一雨来る前に“ヴェリモシー”を終わらせましょうか……」
俺は思わず、腰を浮かしかけた彼に「あの、もっと話を聞かせてくれませんか?」と頼みこむ。
しかしプレティウムは、軽く首を横に振った。
「ラリー、本当はあなた、知っているのに知らないフリをしている……の、かもしれませんよ」
「……また謎かけですか?」
「いえ、また言葉通りです、魂を遡れば判ります。
多くの人は知っている気がしても何も知らず。
何も知らないフリをして、実は全てが分かっているのです。
道具を渡されれば何となくどうすれば良いのかを知っており。
そして質問を重ねれば、答えに窮して何も知っていないことを知ってしまう。
……知恵とは本当にその正体が分からないものです。
あなたが今しようとしている質問も、本当は知っているけど知らないものかもしれません。
質問をする前に、自分の中の答えを探したほうがいい。
私はその手助けをする為に、此処に居るのですから」
そう言うと彼はいまだにすすり泣くレミちゃん、そして戸惑う俺を残して近くの家の中に入った。
俺はそっとレミちゃんの肩を抱いて「大丈夫?」と尋ねる。
レミちゃんは顔を、立てた膝の間に沈めながら泣きじゃくり、そして「どうして?どうして……」と呟いた。
俺はそっと彼女の肩を抱き寄せる。
……彼女は抵抗もせず、そのままの姿勢で泣き続けた。
そうこうしていると、家の中から大きな熊の毛皮と、そして液体の入ったコップを持って、プレティウムが帰って来た。
彼は俺たち二人の様子を見ると、微笑みそして毛皮を床に敷いて俺にこう言った。
「持ってきたものはジスパニオの霊薬です。
これを飲んだ後、この毛皮の上で寝てください。
夢の様な記憶の世界の中で、あなたは過去どういった人生を歩いたのかを知る事が出来ます。
私はその間、ジスパニオに祈りを捧げ、あなたが帰ってくるのを待っています。
……ラリー、辛い映像を見るかもしれません。
ですが本当の貴方はココに居て、ここで貴方の隣に居る人があなたの手を握っている事を忘れないでください。
そうしないと過去見た風景に心を壊されてしまうかもしれません。
人の心は思ったよりも強く、そして脆いのです。
その脆さに壊されないように、今見ている風景は、本当はもう終わった事だと自覚してください。
良いですね?」
そう言って彼は液体の入ったコップを俺に渡す。
俺は「分かりました」と答えると、その液体を飲み干し、そして敷かれた毛皮の上に寝転んだ。
獣の匂いがプンと鼻を衝く
「目を閉じてください、ラリー」
俺は言われるがままに目を閉じた。
ご覧いただきありがとうございます。
長いお話しですから大変でしょうけどなにとぞご愛顧のほどを賜りたく思います。
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亀更新のお話しにおつきあいくださり、ありがとうございます。
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