古(いにしえ)のプレティウム 3/4
太陽も高く上りだした頃、ダーブランを引き連れてアシモスとアマーリオは川に。
そして俺はペッカーとレミちゃんを引き連れて、レプレンツ山に向かう。
未発酵のパン(ナンみたいな物)と果物、そしてジャーキーとロープを肩掛けのカバンに入れ、腰に剣、そしてダガーホルダーとダガー。
それらを携えて俺達は山道を登る。
隣にはレミちゃん、肩にはペッカー。
話し相手には困らず、道を行きながら会話が弾む。
「どうしてお前はそんなに剣が好きなのだ?」
レミちゃんがそう尋ねた。
俺も(はて、なんでだろう?)と思い、過去を振り返る。
そして思いつくままに話した。
「実は実家は魔導士の家なんだ。
お父様は国一番の魔導士で、陛下の側近。
会った事はないけども、祖父の代までは騎士家だったらしいよ、爵位は。
それがお父様の力で家格を引き上げ、男爵になったんだ。
で、その男爵位はお兄様がこの前継いだんだ。
彼はやはり優秀な魔導士だったからね。
でも俺は魔導の素質は無くて。
それで……自分の得意とする道で生計を立てようと思ったんじゃないかなぁ?」
「なんで言葉が疑問形なんだ?」
「ああ、実は昔の事だったからよく覚えてないんだ。
よく筋トレはしていたかなぁ……体を動かすのは好きだったし」
「フーン、昔からなのか……」
「(俺が)スポーツ好き?」
「うん」
「ああ、そうかもなぁ……
でね、ある日叔父に会ったんだ。
前話したっけ?母方の叔父が聖騎士団のアルバルヴェ騎士館の館長をやっているって」
「雑談で聞いた事がある気がする」
「その叔父に初めて会った時……今から10年近く前なんだけど。
カッコいいなぁ……って思った。
もしかしたらそれの影響が大きいかも」
「ふーん」
そう言いながら俺は岩肌の荒々しい、山道を登る。
途中険しすぎる瓦礫のような道を越える為に、手を伸ばしてレミを引き上げた。
「……男の子だな」
そう言いながら微笑み、道の先を俺にひかれて登る娘……
そんな彼女に「もっと感謝しても良いんだよ?」と冗談めかして言うと、彼女は笑いながら怒ったように唇を噛み、ポコンと一つ俺の背中を叩いた。
「調子に乗るな!」
「アハハ、すんませぇーん」
こんな感じでじゃれ合いながら、山道の難所を登っていく。
道中色々話した。
貴族らしい生活をしていた幼少期の事、それから打って変わって厳しい日々を明るく前向きに過ごした、8歳からの修業時代。
俺の友人たち、そして“ママに花を贈れ”と言って死んだ、ゴブリンとの死闘の思い出。
とにかく自分のこれまでの事を色々だ。
ペッカー先生も懐かしそうに、ポンテスやセルティナの街、そして一緒に冒険して回ったガーブ時代の話に加わる。
レミちゃんは、それを興味深げに聞く。
こうして山道を登る事3時間……
話す内容も減り、そして口数も少なくなった。
俺達はまるで嘴か、角笛を想像させるようなフォルムで、天空に向かって伸びる巨大な岩山の下に出る。
(これをどうやって登るんだ?)
俺は、そのそびえる様な岩山を前に、思わず黙りこくった。
すると、レミちゃんが「やっと着いたか」と言って額の汗を、ハンカチで拭う。
「ここが目的地なの?」
「いや、目的地はあの岩山の上の方にある窪みだ。
あそこに一人の隠者が居る。
彼がお前に秘儀を授けてくれるだろう。
何せ過去何が起きたのかを全て知る者だ。
お前が見ているという夢の事も全て教えてくれるだろう」
そう言うとレミちゃんは近くの岩に腰を掛ける。
俺もその傍らに腰を掛けた。
……その眼下には、見事な光景が広がっていた。
煌めくベニート川と、その周辺の緑が帯の様に地平線の彼方まで続き。
その周囲を荒れ地と灌木が取り囲む。
そんな大地を雲の影が悠然と幾つも横切り、風が強く吹き荒んだ。
吹く風に煽られ、着ている服がはためく。
乾いた風と、潤いある大地。
……それを見ていると、先ほどまで流れていた汗が、みるみると乾いていった。
特に言葉も無く、そんな風景を見ていると、不意に彼女が俺の右頬にある、深い縦一筋の大きな傷跡に触れる。
「…………」
「ゴメン、どんな感じなのか気になった」
悪びれる様子も無く、だけど俺の感情を伺うように発せられるレミの言葉。
彼女の様子に、思わず胸が高鳴る。
「ああ、傷跡か……
さっき話したゴブリンにつけられたんだ。
あまり綺麗じゃないよね……手当てが遅れたからさぁ、治らなかったんだ」
「綺麗じゃない?」
「ほら、カッコ悪いだろ?
左の頬の方がさぁ……」
「私は右の方が好きだぞ?」
「……そう?」
「うん……うん」
そう言われて再び胸が高鳴った。
そしてレミの顔を見る。
ツンツンとして見える、冷たい美貌が優しげに微笑んだ。
これを見た瞬間、なぜか全身が熱くなりなぜか彼女の顔が見れなくなる。
そして再びドキッとした俺は、ニヤケが止まらなくなり、そして「見ないでよ」と思わず心にもない事を言った。
「アハハは、可愛いな、お前!」
「…………」
リアクションも取れず、うつむく俺に、彼女は「可愛い、可愛い!」と言って頭を撫でまわす。
……これにどう反応したら良いのだろう?
良く分からないから、なすがままにされる。
彼女にとって、俺は弟のような存在なのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎる。
「じゃあ行こう。これ以上休憩してもしょうがない」
不意にレミがそう言ったので「ああ」と言って、俺は立ち上がった。
「ペッカーに聞いたが、以前お前は体にロープを巻き付け、それをペッカーに持たせることで空を飛んだらしいな」
「え、ああ……そんなこと知ってるんだ」
「それを今回もやってもらおう、私は一足先に、あの嘴の様に曲がっている部分の岩肌……見えるか?」
そう言うと彼女はレプレンツ山の頂上付近の一部を指さした。
見るとそこは横一文字に長く黒い影が続いている。
「ああ、あの黒い線の様な所?」
「そうだ、あそこには昔ジスパニオの神殿があった」
「え?」
あんな場所に神殿?
思わず目を見張った俺にレミちゃんは言った。
「今はもう集落としては滅び去ったが、かつてはあそこに100人近くが暮らしていた。
今はただ一人、世の中から隠れるように隠者が住む。
彼はあまりにも多くの事を知りすぎて、サリワルディーヌ達に従う事を拒絶しているのだ。
なのであそこでただ一人、サリワルディーヌ達……
つまりこの世界の支配者から遠ざかり、薬神ジスパニオの庇護下で暮らしている。
そして、たまに来る旅人に英知を授ける」
「なぜ彼はそんな事を?」
「分からん……世界の不確実性に備える為で、その時世界を治療する為だそうだ。
そんな彼は、これまで使命を帯びて転生した多くの者に秘儀を授けた。
……たぶんお前も自分の事を知る良い機会ではないのか?
どうしてあんなに躊躇いも無く人を傷つけるのか?とか、いろんなことが知れるだろう。
少なくとも、多くの王剣士や聖剣士が、彼の手によって自分の事を深く知り、そして目覚めたものだ。
せっかくだ、お前も彼に過去を尋ねてみると言い」
「え、ああ……」
それはどんなモノ?とさらに質問しようとしたところ、レミちゃんは「先に行って待ってる」と言って、魔導の力で宙を舞い、そして空に飛び立った。
こうして取り残された俺……
あ、パンツ見えた。
「げぇーげぐわぁぐわ、げげぇーぐぁぁ?(あの女飛べるならさ、あの道中の難所を飛べば良かったんじゃない?)」
「……そうだね、むしろどさくさに紛れて抱きつけば良かった」
俺が正直に言うと、ペッカーは俺の頭髪にあるつむじに、思いっきりその鋭く尖った嘴を突き立て……
痛い痛い痛いッイタィッッ!
「なにしやがんだテメェ!」
「ぐわぐわぁっ!ぐわぁーぐうぇあっぐわっ!(チャラチャラしてんじゃねぇぞカス野郎!修行に来てるんだぞっボケナスがぁッ!)」
確かに言っている事は正しい。
そこで俺は憮然としながらも特に何も言わず、黙って体にロープを縛り付ける。
……何度やっても亀甲縛りを思い出すな。
「げーぐわ?ぐわぁぐわ(さぁ準備できたか?そろそろ行くぞ)」
腰に吊った剣を確かめ、肩にかけたカバンと太腿のダガーホルダーを確認した俺は、ペッカーに摑まれて空を飛ぶ。
緑色に輝くペッカーは強い風をものともせず、力強く羽ばたいて俺を空へと運んでいく。
宙吊りの体は風に煽られ、横に激しく振られる。
ロープが切れたら墜落死するのだと……その事が頭をよぎった。
撓むロープの様子を見て、もっときつく縛ればよかったと考える。
ペッカーはそんな俺の事を見もしないで、まっすぐ目的である岩の窪みへと飛んで行く。
こうして岩の窪みへとたどり着いた。
「えっ?」
そこには予想もしていなかった風景が広がっていた。
……町が存在していたのだ。
岩肌をくりぬいて作られたと思われる家々が軒を連ね、入り口の外光が差し込む部分には小さいながらも段々(だんだん)畑がある。
よく見ると、何本もの金属の柱がこの窪みを支えていた。
そして周囲を見回すと、一人の壮年男性の前にレミちゃんが座っているのが見えた。
「ラリー、こっち」
俺が気付くのを待っていたようで、彼女はじっと俺を見ていた。
そして俺と目が合った瞬間いたずらっ子の様な顔で俺を呼び寄せる。
俺は「ああ」と答えて、二人の傍に近寄る。
壮年の男性は、中肉中背の特に特徴の無い恰好をした人だった。
隠者と言うからもっと粗末なものを予想していたが、本当にごく普通にルクスディーヌに居ても違和感がない服を着ている。
少しほうれい線が目立つ40歳ぐらいの容貌で、目に輝きが宿っているのが普通とは違う位だ。
彼は俺を見るとにっこりと微笑み、レミちゃんの隣を指さして言った。
「ようこそラリー、久しぶりの来訪者だ。
歓迎しますよ。そこへどうぞ……」
俺は促されるまま、微笑むレミちゃんの隣に腰を下ろす。
座る俺に彼は早速語り掛けてきた。
「ああ、ラリー……今しがたスマラグダ様とあなたの話をしていたところです。
驚きました……アキュラに連れていかれ、この世から消えたと言われた人が私の前に現れたのですから。
可哀想な姫君をお救い下さりありがとうございます」
「へっ?ああ……別に俺は」
「フォーザック王に庇護されていた身としては嬉しい限りです。
王家の血筋は絶え無くて済んだ、礼を言いますよ」
次の瞬間、俺はかつて聞いた、消えた姫君の話を思い出す。
(……やっぱりあの伝説にあった、砂漠に消えた姫って、レミちゃんなのかぁ)
そう思った俺は(第83部分の問題児のラリー参照)静かに頷く。
この壮年の男は自分の胸に手を当て、そして俺の目を覗きながら言葉を続けた。
「スマラグダ様が私の元に連れてきたという事は、きっとあなたは心が汚れていないのでしょう。
そうでなければスマラグダ様が私の元に、あなたを案内するはずがありませんからね。
ああ、そうだ……申し遅れました。
私の名前はプレティウム……古のプレティウムと申します」
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