幕間 破滅の担い手たち 2/2
「スーロニューム来たか」
その声を耳にし、一人の白髪のこれまた威厳に満ちた男が、語り掛ける。
「セクレタリスか、こんなところに……と思ったが、見るだけの価値はある」
「ああ何故呼ばれたかと思ったか?」
「そうだ」
「ここは前々からビブリオにやらせていた現場だ、我々が摂政様に協力している原因でもあるしな。
リヴァイアサンだ……
こいつは港湾都市を4つも破滅させたそうだ。
これならどんな海軍でも太刀打ちは出来ない。
陸の上では無敵の我等も、海の上ではそうはならないからな。
こいつを蘇らせて、あのうるさいマルティ―ル同盟を屈服させる……」
「言う事を聞くのか?この怪物は……」
「その術式はビブリオにやらせる。
あ奴の話では造作も無いらしい」
「それは良いな」
「だが2つ問題がある」
「うん?」
「一つはこのリヴァイアサンを蘇らせるには、僅かに残った生きた細胞を元に体を作り返すしかない。
つまりエリクサー以外では無理だという事だ。
その為にバルドレに聖地でエリクシール誕生の為の、儀式に介入するように伝えたが、あ奴はどうやら失敗ったようだ」
「……情けない、戦うしか能がない男だ」
「ああ、だが今更聖地に誰か向かわせる余裕も無い。
あそこは此処から地の果てにある。
召喚の義で呼び寄せるのは簡単だが、派遣するのは難しい……
バルドレにやらせるしかない。
逆に言えばリヴァイアサンさえ蘇らせれば、他の神獣たちの復活も容易だという事だ。
恐らく全てエリクサーで蘇らせる事が出来る。
少なくともリヴァイアサンはこれで蘇る事が確実だ」
「なるほど……」
「それにどうやら無事エリクシールは誕生したらしい。
バルドレからパネムに報告は上がっているようだ。
だがパネムから私に何の報告も上がって無い」
「……庇っているのだろう」
「だろうな、パネムは慈愛を司る優しい男だ。
つまりバルドレは失敗したのだ。
そうでなければ奴の事、自分の手柄を吹聴する……
そこでビブリオに相談したら、彼は早速誰かを派遣する手筈を整えていたよ。
相変わらずアイツは仕事が早い。
そこで今度派遣する連中は私の直轄にして、聖地の動向を探らせることにした。
バルドレに預けるのも不安なんでな」
「ああ、それが良い」
「これで情報も分かってくるようになるだろう。
……そしてもう一つだが、王剣の行方だ」
「ほう、旧エルワンダル大公家の話かと思ったが……」
「大公家の生き残りは見つからん、どこに居るのか皆目見当もつかん。
稀に偽物が出るが、真実を暴けばどうってことない。
それよりも我等が聖地から離れた目的の方が今は大事だ。
今見つかった古の大神殿の内、我らが手に入れた大神殿は此処だけだからな。
二つはマルティ―ル同盟の中にある、3つはヴァンツェル・オストフィリア、そしてもう一つがダナバンド……」
「こんなものまで7つ分かれさせるとは、サリワルディーヌはなんと臆病なのか……」
「剣に変える訳にはいかなかったのだろう。
グイジャールや、ルシーラの様に……
だがサリワルディーヌ大神殿は、中身から汚染するようにゆっくりと乗っ取った。
あれだけ強大な力を誇ったサリワルディーヌも、今や消えたかのような存在でしかない。
大神殿がああなっては、力も出ないからな……
後は復讐と復活の為に、テンプスの力を借りるだけ。
その為にもフィロリア世界を征服する必要がある。
その為にも、フィーリアを殺せるグイジャールが必要だ」
「それはそうだが、グイジャールの行方は?」
「分からん……だが、ニールの話によれば彼の元に“辿り着いてない”から、この世のどこかにあるそうだ」
「ほう」
「カレットが見つかれば、あの女から全てを聞く事が出来る」
「カレットはどこに?」
「さぁ、ただテュルアク帝国のサリワルディーヌ大神殿に、フトゥーレが居る。
今はシャイヤーレと名乗っているから、あの女に聞けばわかると思う。
ただし言えばビブリオを夫に迎えると言い出すに決まってる。
……ビブリオが良い顔をしないな」
「ふぅ、ビブリオ一人差し出せばいいと言うと思ったが」
「ビブリオが面倒だと思うと、気が引ける……」
「どうかな……」
「それを証拠に今回お前を呼んだ、これからテュルアク帝国の、フトゥーレに会って欲しい」
「半年は掛かるぞ?」
「だが、それしかない。
フトゥーレに会ってこう言うのだ。
“ビブリオをそちらの国に送る事は出来ないが、あなたを迎える用意はある”
そう言ってくれれば良い」
「ビブリオは了承したのか?」
「ああ、来るならば良いとな。
『子供が出来ない我を伴侶にしたいのか?』
と言っていたがな」
「そうか、それなら婚礼の使者に赴こう」
「失敗も織り込み済みだ、気軽に頼む。
あの女は此処に来る事はたぶんできまい……
それよりもひとつ頼みがあって、北の草原地帯を抜けてテュルアクに向かって欲しいのだ」
「なぜ?海を越えて聖地より向かった方が近いぞ」
「ああ、実はエルワンダルの財政が危険だ。
ヴァンツェルの交易制限が厳しく、いよいよ楽観視できなくなった。
そこで北と東のタンプラン地方の蛮族と、直接毛皮の交易をしようと思う。
……伯爵になぞ成るモノではないな、こんな事にも手を煩う。
だが摂政殿のお力なくして、望みが叶う事はない、我慢するしかない」
「なるほど、だから寄り道をして欲しいという事か」
「すまないが商人共のお守りも頼む。
兵士も300人は連れて行ってくれ。
何かあったら現地の部族を討伐しても構わん」
「分かった“伯爵殿”行ってくる」
スーロニュームはそう言って、少し企んだかのように笑って見せた。
彼がこの日見せた、渾身の冗談である。
それを知るセクレタリスはニヤッと笑うと「お前は伯爵と呼ばなくていい」と言い、あの階段を上ってこの場を立ち去った。
こうして一人光虫が鮮やかに飛び交うこの場に残った、スーロニューム。
彼は目の前で恐ろしげな顔で横たわる、リヴァイアサンの骨を前に呟いた。
「死ねないとは厄介だな。
……だが、お前も我々と同じで記憶があるのか?
昔一柱だった神の頃の記憶を……」
骨は何も答えない、ただそこに佇む。
やがてスーロニュームは此処から離れ、あの階段をまた登って行った。
過去がまた一つ、厄災となるべく姿を現す。
混乱は常にエルワンダルを揺るがし、そこに住む人々は、自分達が危険な場所に住んでいる事を知らない。
絡み合う様々な思惑と意思が、この土地を汚染する。
坂道を転がる様に、ダメになるエルワンダル。
盗賊は跋扈し、そして誰も知らない場所では怪物の復活が画策される。
この土地の者が、かつてそんなことに煩わされたりしなかった、エルワンダル大公が居た時代を懐かしむのは、当然の事なのかもしれない……
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