幕間 破滅の担い手たち 1/2
―ラリーが旅立つ同時期、エルワンダル地方
聖地が雨季に入って少し経った頃と言うのは、エルワンダルでは夏に入ったばかりである。
あの、荒れ地が広がる聖地やガルアミア……つまりラリー達がいる世界とは対照的な、フィロリアの風景。
そんなフィロリアの中にある、初夏を抜けたばかりのエルワンダルは、緑が濃かった。
大河アウベンの水面は煌めき、そして身を焦がすような強い日差しが地上を焼く。
そしてこの時期だけは、農夫は午睡の時間を取り、夕方までは仕事の手を休める。
だから正午のこの時間は、荘園の畑にも、そして道に人っ子一人居ない。
その道を一人の、恐ろしい顔つきの男が汗もかかずに歩いていた。
彼の容貌は?と言うと、人間ではなく南方に居る巨大な猿を想像させる。
蓄えた顎髭も男らしく、そして長めの茶色の髪はオールバック。
体つきも厚みが凄く、一目で強い男、戦える男だと、会った人なら誰にも思わせた。
男の名はスーロニューム、現在のエルワンダル公爵にして、大国ダナバンド王国の摂政、ヴァーヌマに仕える騎士だ。
ヴァーヌマは大領エルワンダルの統治者らしく、万を越える軍勢を動員する貴族である。
……これほどの動員兵力だと、ヴァーヌマの軍事力は、貴族と言うよりも国王や国家の実力と近い。
だからその配下にある騎士団組織も、他の貴族とは違い東西二つの館を構え、それぞれ別の組織として動いていた。
そしてこの東西の騎士館のうち、東の騎士館の館長が、この供もつけずに一人で道を行く、スーロニュームなのである。
……フィロリアと言えども夏は暑い。
水辺のエルワンダル。蜃気楼が路上で揺らぎ、吹く風すら呪わしいほど暑いこの時間……
この誰も居ない荘園を横切る道を歩くのは、最近治安が悪くなったエルワンダルでは安全な選択ではない。
「うん?」
やがてそんな彼は、足を止めて道の先に目を止める事になる。
なぜなら彼の道を塞ぐように、武装した3人の男が現れたからだ。
そしてスーロニュームを挟むように、道の後方に二人の男が現れる。
「へっへっへっ……」
「おい、そこの偉そうなの、金をよこしな……」
「エルワンダルを開放する為に、資金提供の協力をしてもらいたい。
正義に協力してもらおうか」
スーロニュームはその様子を見ると、面倒臭げに鼻息を吐き、そしてつまらなさそうに言った。
「乞食どもか、ならこれを受け取れ」
そう言うとスーロニュームは銅貨一枚を足元に投げ出した。
「這いつくばって拾え、俺は道の先を行く」
『なんだとテメェ!』
この言葉に男達は激高した。
「これっぽっちで道を通れると思ってんのかっ!」
「全部だッ、有り金を全部置いて行けっ!」
するとスーロニュームは「うるさい男だ……」と呟き、そして腰の剣を抜き払った。
それを見て男達も“ヤル気だ”と思い、それぞれの武器を手にし始める。
やがてまだ距離も詰める前、スーロニュームは腰の剣を背後に隠すように、両手で構えたまま後ろに深く持って行った。
無防備にも程がある、理の無い構え。
見た男達はこの構えの意味を測りかねて、首を傾げた。
訝し気な男達の前で、スーロニュームの筋肉は盛り上がり、そして首に青筋を浮かび上がらせていく。
漲っていく筋肉の緊張。
そしてスーロニュームは遠くから剣を横に激しく、轟音を立てながら薙ぐ様に振り払った!
「…………」
首を傾げる目の前の3人。
その首元に、今しがた振るわれた剣の風が届く。
『?』
風切り音と主にやってきた、剣風に思わず怪訝な表情を浮かべる3人。
そして彼等の首が後ろに倒れた。
次の瞬間、頭と体……普段引っ張りあうようにして繋がっている血管が、体の内側にめり込み、そしてしばらくして血管が体の外に出始めると同時に血が吹き上がる!
「悪いな、セクレタリスに会う前に服を汚す訳にはいかぬ……」
ドサ、ドサ、ドサ……
たちどころに倒れる3人。
乾いた大地が血に染まる。
むせるほどの血の匂いが辺りを包み、その中でスーロニュームは静かに背後の2人に目を向けた。
「…………」
何が起きたか分からぬうちに、死んだ3人。
その存在に、後の2人はむしろ困惑した様子だった。
彼等は呆気にとられ、3人の首の消えた仲間と、スーロニュームを見回す。
やがて2人だけの生き残りになったと自覚すると、彼等は互いに目を合わせてジリジリと後退を始めた。
……彼らの顔つきに、少しずつ恐怖の色が浮かんでいく。
それを見たスーロニュームは「戦わぬなら消えろ」と言って剣を鞘に戻した。
『あ、ありがとう!』
2人はそう言うとこの場を走り去った。
「はぁ、ここの統治は難しい……」
スーロニュームはそう言うと、そのまま足元の銅貨を見た。
……コレは先程挑発するように、彼らに投げ与えたモノである。
スーロニュームは、それを拾おうとして、一瞬手を伸ばしかけて止めた。
そしてこの場で無念そうに、地面に転がる首にこう言う。
「これはお前達にやったものだったな……」
そう言うと彼は銅貨を地面に転がしたまま、血で汚れる地面を避けて道の先へと向かった。
……荘園は午睡の時間。
全てを焼く様な日差しの下、何事も無かったように、惨劇は終わる。
死体以外に人っ子一人、居ない道。
日常が返って来て、ハエが首に止まる……
やがてスーロニュームは道の先にある、朽ち果てた神殿に辿り着いた。
そして神殿の入り口に朽ちて横たわる石板を見て、懐かしそうに「テンプスの神殿とは……」と呟く。
そして神殿の中に入った。
神殿は入るなり早速下降する階段があった。
その階段を躊躇いも無く降りていくスーロニューム。
階段の先から海の匂いが、風と一緒に上って来る。
「……光を」
外からの明かりが届かなくなりそうだと思ったスーロニュームは、魔法の光で階段を照らした。
こうして道のその先、冥界へと続く様なこの階段を彼は静かに下りる。
どれ程下りて行っただろう……
長い長い時間をかけて下りて行くと、光虫の煌めきが溢れる広場に辿り着いた。
「ほう……」
スーロニュームは辿り着くなり感嘆の声を上げた。
目の前には、骨だけとなった巨大な肉食竜の遺体があったからだ。
更新に時間がかかり申し訳ございません。
次回のアップロードですが、27日12時から1時の間となります。
よろしくお願いします。