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俺の騎士道!  作者: 多摩川
幼年期編
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キリング・キャット(後)

翌日は、昨日のことが何だったのか?と思うほどに通常通りだった。

マリーが仕事に来たのも普通だし、爺さんが庭で作業しているのも普通。

やがて主だった面々以外の使用人たちが、いつものように退出した。


『…………』


使用人がいなくなった後、静寂が不気味に広がるヴィープゲスケ邸。


(来る……きっと何かが来る)


俺はそんな第六感のささやく声に従い、注意ぶかくママさんの動きをこっそりと見張っていた。

廊下に置かれたソファーの下に隠れ、ママさんの部屋の前で張り込む俺。


……そしてその時が来た。

ママさんが不気味に微笑みながら、メイドさんが着る服を着て、そして体格が良い5人の男の使用人を連れてついに部屋を出て行ったのだ。

……変装かぁ、ママさん今日……()る気だ。

彼女はそのまま屋敷の片隅にある、納屋へと向かって歩いていく。

人を引き連れたその姿が、まるで将軍と、兵士のようである。

俺はそれを見届けると、誰にも見つからないように納屋の裏に回り、そして中へと侵入した。

ママさんは黙って連れてきた男たち一人ひとりを、様々な場所に隠れるように、指先で指示していく。

やがて全員が隠れ終わった後、マリーがこの納屋に現れた。


「奥様、今回は誠に申し訳ございません」


そう言ってまずは詫びたマリーにママさんは言った。


「気になさらないでマリー、あなたが悪いのではありません。

悪いのはあなたの兄であり、ミランダであり、そしてグラニール(パパさん)なのですから」

「そ、そんな旦那様は悪くなんか」

「いいえ、マリー私に何度も言わせないで。

グラニールは罪が深いのですよ……」


パ、パパさぁぁぁぁん、逃げてぇぇぇっ!

昨日に引き続き殺人鬼のような目で、ここにいないパパさんに死刑宣告をしているママ。

……怖い、二度と逆らわないようにしよう。

やがて納屋の入り口からヘーゼル爺さんの声で「早くしろっ、他の使用人にばれたらどうするんだ!」という声が響き渡る。

そんな声とともに、幾つもの樽を乗せた大きな荷馬車が納屋に入ってきた。


「おう、わりぃな。それじゃあチャッチャと済ませちまうぜ」


荷馬車の上には体格のいいガラの悪そうな男が三人乗っていて、それが樽を次々と納屋に降ろしていく。

そして最後の一つは、特に重そうに降ろす。


「へへっ、今回の仕事は楽でいいな。

分け前は期待するぜ、終わったらしばらく都から離れなきゃならんのでな」


三人のうちの一人がそう言うと、男達はまた馬車に乗ってこの場所を後にした。

ヘーゼル爺さんはやがて溜息を一つ吐くと「もう出ていいぞ」といった。

その言葉とともに、降ろされた最後の樽が勝手にゴトゴトと動き出し、そして樽の中から手が伸びて、そして蓋が開いた。


「ふぅ、揺れがひどくて酔っちまうところだったぜ。

だけどこれはうまくいったぜ、貴族様の家に、こんなに簡単には入れるやり方があるなんざ、盗賊の神でも知らねぇだろうな」


樽から出るなりそうのたまったのは。

そう……マリーの兄貴である。

その様子を見ながら、にっこりとほほ笑んだのはママさんだ。

ママさんは誇らしげにマリーの兄貴に言った。


「まぁそうでしょうね、貴族の家にも空樽が必要な事があります。

空樽ならば中身を改めるなんてしませんから、これなら門番も欺けます。

入っていく人の顔ぶれと人数、出ていく人の顔ぶれと人数以外は、門番だって確認しませんから樽の中に人が入れば分かりはしないでしょうね」


マリーの兄貴はママさんの顔を見て一瞬動揺を見せた。

ママさんは「初めまして、私はメイド長のガルーナと申します」と自己紹介……

いきなりぶっこんだ!


「メイド長さんが今回の手引きをしてくれたのかい?」

「ええ、私もいろいろ物入りなんですよ。

育ち盛りの子供がいてね……」


す、すみませんママさん。

同じ世代の子の二倍の量のご飯食べています、今度改めます……


「へぇ、旦那さんの稼ぎは悪いのかい?」

「稼ぎは悪くはないけど。

どうもほかに女を作ったらしくて、そっちのほうにお金がかかるようなんですよ」


パパぁ、もうやめて……

なんか聞いているといたたまれなくなってきました。


「へぇ、こんないい女を放っておいて悪い旦那だねぇ。

どうだい、当てつけに奥さんも遊んでみちゃぁ……」

「結構です!私はよき母でありたいので……」


マリーのクソ兄貴は肩を気障(キザ)にすくめると、近くにいるマリーのほうを見ていった。


「おい、マリアゼル!

屋敷のお宝はどこだっ!」


マリーは納屋の片隅にある汚い樽を指さして言った。


「兄さん、これで最後にしてください。

宝物はあそこに用意しました」


少女マリーが指さすその樽は……

ただの樽というには汚かった。

ただ大きくて分厚くて、

樽と呼ぶには非常に大雑把な

……糞便回収業者が使う樽だった。


ベルセルクな感想だけど、うんそんなもんですな。


「なんだよ!こんな汚いものに何で入れるんだっ」


絶叫するマリーの兄貴。

ガルーナ役を務めるママさんは、その問いに答えるよう言った。


「逆をお考えなさい、屋敷から出す荷物は必ず調べられてしまいます。

だけど唯一中身を調べない荷物があります。それが糞便回収業者が回収する、この屋敷の排泄物です。

つまりこの樽の中のものは、誰も調べずに屋敷から搬出できる唯一のものなのですよ」

「し、しかしだな!」

「黙りなさい!

先程から聞いていればできないとか汚いとか……あなたは大金を手に入れる泥棒でしょうがっ!

何を迷うのかっ!さっさと中を改めなさいっ!」


一瞬殺人鬼のような目でマリーの兄貴を叱責した僕のママさん。

遠くで聞いている俺もブルブル震えたが、マリーの兄貴も、ママさんの有無を言わせない迫力に思わず黙りこくり、そしてしぶしぶといった感じで、糞便回収用の樽を開けた。

彼が樽を開けた瞬間、中の宝石の反射で、壁が輝いた。


「う、うおおおおおおおおおっ!

これはすげぇ、これは、これはぁぁ……」

「どうです、中にはさすがに糞便は入っていません。

一応音が鳴らないように、捨ててもいい衣服などが敷き詰められています。

これならご満足いただけましたか?」

「あ、ああ……これほどのお宝を拝めるなんて夢のようだ」

「そうですかよかったですね、では中に何が入っているのか確認してもらってもいいでしょうか?」

「あ、ああそうだな……」


マリーの兄貴はそういうと樽の中に頭を突っ込んで、宝石や金貨を一つ一つ数え始める。


『…………』


メイド服を着たママさんは、スーッと目を細めると、黙ったまま浮かれるマリーの兄貴を指さした。

次の瞬間、隠れていた体格のいい使用人たちがぞろぞろと現れ、そしてマリーの兄貴の足を持って、彼を糞便回収樽の中に投げ込んだ。


「ぐ、ぐわぁっ!」


使用人たちは、迷いのなき動きで糞便回収樽に蓋をつけると、近くに転がっていた麻縄でふたがあかないように樽をぐるぐる巻きにしていく。


「開けろぉぉぉぉ、開けろてめぇ、だましやがったな、てめぇぶっ殺してやるぞ!」


ママさんはその声を聴きながら「ふん、やれるのならやってみるがいい」とうそぶき……

あの人は僕のママさんじゃない、あんなに怖い人は僕のママさんじゃない!

やがて狙いすましたかのように、我が家の門番が、先ほど出て行ったばかりの荷馬車を操縦しながらこの納屋にやってきた。


「奥様、お申しつけの通り、あの男どもは全員捕縛いたしました」

「ご苦労様、それではこの汚い樽を、その汚い荷馬車に乗せて”アノ”住所に運びましょう。

業者の方をお呼びして!こんな汚いモノ、いつまでもこの屋敷に置いておくのは不愉快です。

……何も心配することはありません。

中に入っている下着も、そして陛下より賜った財貨も、持ち主のもとに返すだけなのですから」

「はっ!かしこまりました」


門番の一人はママさんに言われるままに外に飛び出す。

やがて、門番さんは一人の汚い身なりの男を伴って納屋に戻ってきた。

男は見覚えがある、確か昨日見た汚い身なりの男だ。

彼は現れるなりママさんに頭を下げる。


「奥様、今回はありがとうございます」

「いいえ、礼には及びません。

あなたの協力には感謝いたします、兄上もあなたのように信頼ができる、業者との取引を望んでおります。

バルザック家の糞尿回収もよろしくお願いいたしますよ」

あ、あの人はたまにうちのトイレから糞尿を回収する回収業者さんか!

つまりママさんは実家の糞尿回収の権利と引き換えに、彼をこちら側に引き込んだんだ!

……ママさん、頭が良いんだな。

門番と回収業者はみんなでこの宝物とクソ兄貴が詰め込まれた樽を荷馬車に乗せる。

マリーのクソ兄貴はそんな樽の中でさんざんに叫び、疲れることも知らずに他人を散々にののしり続けた。

この糞便回収樽は、マリーの兄貴を乗せてやってきた、荷馬車に乗せられてこの納屋から運ばれて行く。

馬車は糞便回収業者が御者を務め、そして3人の屈強なウチの使用人が荷台に飛び乗り、都合4人と、ギャーギャーうるさい樽一つで、にぎやかに屋敷の外へと走り出した。

馬車がいなくなってからしばらくすると、入れ替わりに兄貴が一つの水晶玉をもって納屋へとやってきた。


「お母様、言われたとおり、遠見の術式を水晶球に込めて、あの家のそばに置いてきました」

「シリウス、ご苦労様です、次期当主のあなた様にご足労をおかけして申し訳ございません……」

「いえ、お構いなく。

息子として当然のことをしたまでです」


オッ、ママさんと兄貴がぎくしゃくせずにお話ししている。

あれだね、今回のことは雨降って地固まるってことになったかもね。

何となく友好的な二人を見て、満足した俺。

俺が見ているとは知らずに、二人は遠見の術式……

それが何なのかはさっぱりわからないが、とにかくそれが施されたという水晶球を納屋に荷運ばれた空樽の上に置く。


「水晶よ、我が声に応え、その”つがい”の見たモノをここに映せ……」


兄貴がそうつぶやくと、彼とその水晶の周りから濃厚な気配がこぼれる。

水晶は青白く輝き、そしてその球の中に見た事がある風景が映し出され……

すげぇ!カメラとモニターみたいな技術があるんだ!

魔法すげぇ、マジですげぇよ!

ミランダの家を見下ろす位置に定点カメラがあるよ。

水晶がその映像を映して居るよ!

……あ、パパさんがミランダの家に居るやん。

それを見てママさんが「ふっ……」と殺人鬼のような目で笑い……


ああ、あれだ。

ママさん、パパさんが今日ここに来るのを知っていたんだ。

……怖い女やぁ。

今日この日のためにいろいろと企てをブチ込んだんだね……きっと計画はかねてから温めていたんだろうね。手際が良いもんね。

……僕はどんなにきれいな人でも、ママさんみたいな人とは結婚しないようにしよう。

……恐ろしい人やで、僕のママさん


やがて定点カメラはウチから発進した、糞尿回収業者と、いつの間にやらタオルで顔を隠したうちの使用人たちが乗った荷馬車を映した。

彼らはたどり着くなり飛び跳ねるように、ギャーギャーと泣き(わめ)く樽に飛びつき、そして瞬く間にミランダの家の前に置いた。

次の瞬間、異常を察知したミランダが「何っ?あんた達っ!」と叫びながら家から出てくるが、そんな彼女をしり目に、馬車で彼らは走り去った。

後に残るのは汚くてうるさい樽と、あっけにとられたミランダ。

そして何が起きたのかさっぱりわからなくて、とりあえず外に出てきたパパさんだけである。


『…………』


納屋の中に響く、奴の叫び声。

薄ら笑いを浮かべて水晶を見つめる僕のママさん。そしてかたずをのんで見守る俺の兄貴、そして俺。

気が付くとほかの使用人はみんな外に出て行った。

さすがにママさんか、兄貴のどちらかが、此処から退出するように促したのだろう。

たぶんみんな見えない所で、聞き耳を立てているだろうけどね……

夕暮れの時刻に響く、樽の中の叫び声。


「開けろぉぉぉ、だれか開けてくれぇ。

金ならある、此処にたくさん持っているんだ、頼むから誰か開けてくれぇぇぇっ!」


金と聞いたからなのか何なのか、ミランダが家の中からペティナイフを持ち出して、樽を縛る縄を切り裂き始めた。

ブツン、ブツンと鈍い音を響かせながら樽から外される縄。

やがて樽の蓋は外され、そして中からクソ兄貴が現れた。


「ミランダ!お前が俺を助けたのか!」

「な、なんであんたがここにいるのっ!」

「あ、ああ詳しいことは中で話そう。

前に言ったように、俺はついに大金持ちになったんだ!」

「いや、ちょっと……あんたと私は何の関係もないからっ」


パパさんの目が気になるからとっさに嘘をついたミランダ。

でもそれ……無理じゃない?


「何言ってるんだ、昨日あれだけかわいがったじゃねぇか。

こんな腐った掃き溜めなんざおさらばして、俺と新しい人生を歩むんだ」

「ぃ、いやよ!」

「何言ってるんだよ、てめぇがそそのかした話じゃねぇか。

俺は成功したんだよ!

なぁミランダ、俺と一緒に来いよ。

一生お前に不自由はさせないからよぉ」


ああ、ミランダ。

お前は危険なおバカさんを相棒に選んで、恐ろしい(くわだ)てを、たくらんでしまったんだね。

後ろでは(すご)い目をしたパパさんが、愛人の裏切りを真っ赤な顔で見つめていた。

鬼のような形相(ぎょうそう)で、マリーのクソ兄貴の元に歩いていく、俺のパパさん。

それを知っていきり立つ、マリーのクソ兄貴。


「アン?なんだてめぇ、見せモンじゃねぇぞコラァ!」


下半身がいまだに樽の中の兄貴が、パパさんにすごんで見せるが、そんなのお構いなしのパパさんは、樽ごと相手を蹴り飛ばし、相手を路上に叩きつける!

ミランダは悲鳴を上げ「やめて、やめてよぉ!」とパパさんにすがるが、怒り心頭のパパさんはミランダを払いのけ、樽から転げ出たクソ兄貴に、次々と足蹴を食らわせる。

そして樽からこぼれ出た財貨と、衣服に目をとめた。


「こ、これは陛下からいただいた……

そしてこれは……私の下着?」

「う、うう……」

「ミランダ!これはどういうことだっ!」

「知らない、私何も知らない!」

「嘘をつくな貴様らぁぁぁぁっ!」


次の瞬間、パパさんの怒りとともに巨大な火球がパパさんの頭上に現れる。


「知らないんです!信じてくださいヴィープゲスケ男爵、お願いしますからっ」


次の瞬間火球は発射され、そして水晶はノイズを響かせて映像を映すのをやめた。


『…………』


納屋の中に静けさが戻る。

それを破るようにママさんが言った。


「ふぅ……実に面白いモノでしたね」


ママさんは、青ざめた表情の兄貴に同意を求める。

兄貴は否定とも同意ともつけるように“スー”っと、ことさら音を立てて息を吸い込んだ。

俺は絶句し、パパさんが意外に強いのと、ママさんが恐ろしい性格の持ち主であることを胸に刻み込み、そして震えながら身じろぎ一つせずに隠れ続けた。

やがて二人は出ていき、そして俺は裏から外に出て行った。

今日の事は一生忘れることはないだろう。

……あまりにもインパクトがありすぎたよ。


◇◇◇◇


この後だが、マリーのクソ兄貴と、その支援者であった男達は逮捕され、警察に引き渡された。

どうやら余罪がたくさんあった盗賊団のようで、パパさんは警察から表彰された。

……パパさんはあまり嬉しそうじゃなかったけどね。


マリーのクソ兄貴は重労働の刑に処せられ、港にドナドナされた。

……北の海で(たら)を捕ってくるらしい。

彼にはぜひとも頑張ってほしいです。


マリーはおとがめなしだ、これは兄貴も俺も頼み込んだ結果である。

……まぁ、もともと無実だからね。


そしてミランダは、都から追放され、どこかに消えた。

こうしてパパさんの浮気事件は幕を下ろしたのである。




しかし、ママさんとパパさんの仲は完全に冷え込んだ。

と、言うかパパさんが家族の中で孤立してしまっています。

兄貴と俺以外とはろくに話をしていないんだ。


自分で蒔いた種とはいえ、パパさんは重過ぎる代償を払っている。

そうこうしているうちに、春になり、俺はパパさんに連れられて、王様の別荘に赴くことになった……

俺はその間に六歳になる。


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