イェカチェリーナ二世vs沖田総司
「ここで交渉の席についたのは、私達を釣り出して、首都を無防備にするため、ということ……?」
ケイトからはさあっと血の気が引いていた。
交渉の席で沖田総司がどんな手を打って来るのか? という点では様々な想定はしていたしそれに対してどういった対応をするのかも考えていた。
しかし、和睦交渉自体が罠、というのは想定していなかった。
「シャーロット!」
ケイトは鋭く声をあげた。
名前を呼ばれたシャーロットの身体が驚いたようにびくりと跳ねる。
「あなた一人で、モスコに帰還して防衛について頂戴、シャーロット」
「わかった! 任せて!」
シャーロットは外套を手に立ち上がる。
「でも、ケイトはどうするの?」
「……私は」
ケイトは額にじっとりと汗を浮かべて、苦悶の表情を浮かべる。
「私は戻らない」
「どうして?」
「理由は二つある。今から馬を潰すつもりで飛ばしても、モスコまで一日はかかる。つまり、急いでも防衛には間に合わない可能性が高い」
「だからって、行かないわけには……」
「わかってる」
ケイトはシャーロットの言葉に被せるようにして言った。
「だから、あなたには首都に戻ってもらう。あなたさえいれば、そうイースキールに好き勝手される、ということにはならないはず」
土方歳三やシモ・ハユハクラスの人材を相手にシャーロットがどこまで戦えるのかは不明な点もあるが、相手の攻め手を大幅に遅らせるぐらいの役には立つだろう。
シャーロットが到着するまでは、なんとしても耐えてもらうしかないが。
一応、イザベラ、ジャック、芭蕉といった戦える人材は首都にいるものの、沖田総司との戦いで負った傷が充分には癒えていない。
首都は、丸裸も同然だ。
「二つ目の理由としては」
ケイトは言葉を切って、じっと沖田総司を睨みつけた。
「私はここに残る理由は、ここで沖田総司を倒すためよ。ここで沖田総司を倒し、魔法国イースキールとの戦いに終止符を打つ。ルドウィジアに平和を取り戻す」
「……!」
「本来ならば、ここで沖田総司を攻撃するのはフランシスコのメンツを潰すことになるから避けたかったのだけど、沖田総司のほうから武力行使にでたわけだから言い訳は立つ」
ケイトは執事のほうに顔を向けて、
「ティアグロ連邦としても、よろしいですね?」
「……やむを得ませんな」
執事は苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「我が主も同意なされることでしょう」
「だそうよ、沖田総司」
シャーロットが弾かれたように飛び出すのを見送ってから、ケイトは沖田総司を挑発した。
ここでシャーロットが辞しても、沖田総司一人に対して、自分サイドにはハイパティアを加えて二人がいる。
しかも、この屋敷の中では天井につかえてしまうために日本刀を充分に振るうことができない。せいぜいできるのは突きだけで、動きが制限できるならば回避は容易だ。
沖田総司のスペックを大幅に限定することができる。
「あなたの味方はもうここにはいない」
「愚かだな、イェカチェリーナ」
乾いた声で沖田総司は言った。
「なんですって?」
「愚かだと言ったのだよ」
子供をあやすように、沖田総司は繰り返した。
「貴様は愚かな決断をしたのだ、イェカチェリーナ。俺を殺すという目先の目的のために、国民が蹂躙される様を看過したのだ。貴様は手遅れになるかもしれないとわかっていても、モスコに帰還して仲間を救うべきだった」
「……かもしれないわ」
ケイトは敢えて、沖田総司の言葉を受け止めた。
「私は、後悔するかもしれない。あの時、全てを投げ出してでも仲間を助けに走るべきだったかもしれない、と一生悪夢にうなされるかもしれない」
「かもしれない、ではないぞイェカチェリーナ」
沖田総司は断言する。
「フハハハハ、イェカチェリーナ。貴様は、俺を殺すために無辜の国民を大量に死に至らしめるというわけだ」
「……構わない」
ケイトは決意を込めて言った。
「私は、無辜の民を殺してでも、平和を作る。民に恨まれる覚悟も、後悔に苛まれる覚悟も前世からずっとしてきたことだ」
これが、私の罪だ。
自分がルドウィジアに堕とされた理由。
自分は暗君でも暴君でもなかった。
ただ、正義と大義のために無辜の民を踏みにじった。
国土を広げるために兵士に死を命じたし、国家の安定のために一部の民を踏みにじった。
将来の大の虫を生かすために、今苦しんでいる小の虫を殺すことになんの躊躇も抱かなかった。
そして、それは今も同じ。
こうした一部の民を踏みにじってでも国の隆盛のために尽力したということが悪業と見なされているのならばそれは受け入れる他ないし、そうして民を蹂躙したことがルドウィジアでの自分の力に変わっているのだとしたら、皮肉としか言えない。
「今の私の為すべきことは、ルドウィジアに混乱をもたらすあなたを倒すこと。それだけよ」
ケイトは袖の中から取り出した鋼糸を転がし、部屋中に張り巡らせた。
「……ほぉ」
自身を取り囲んだ糸の檻を見て、沖田総司は関心したように息を吐く。
「ワイヤーか。そういえば、カフリンを相手にもこういう武器を使ったらしいな」
それだけではない。
たっぷりと毒液をしみ込ませた、改良版。
以前の、ただの鋭い糸でも当たりどころ次第で一撃必殺の威力はあったがあれはあくまで暗器で、相手に看破されると弱いという欠点があった。
それに対してこちらの毒線は危険で扱いづらいという欠点こそあるものの、どこに当たっても致命傷になるという強みがある。さらに、危険度が増したことで、牽制として相手の動きを制限する、という使い方がより効果的にできるようになった。
相手にばれても強い、というのがポイントだ。厳密には改善版というよりも別側面からのアプローチという面が強いか。
もちろん、毒線で相手の注意を引きつけて、通常の鋼糸で相手の首を掻き切るという動きもできる。
「二種類の鋼糸を使いこなすことで、さらに多角的な攻めが可能になったというわけか」
くくく、と毒線に囲まれたままで沖田総司は笑い声を上げる。
「何がおかしい? 沖田総司」
「別におかしいというわけじゃないさ……いや、この程度の檻で俺を閉じ込めたつもりの貴様らの頭がおかしいかな」
沖田総司は椅子に腰を下ろしたままで、日本刀を一閃した。
「この程度の糸で、俺の動きが制限できるわけがないだろ?」
毒線の檻が一瞬で解かれる。
ケイトの視界に、弾丸のように踏み込んでくる沖田総司の姿がスローモーションのように映った。




