和平交渉
フランシスコ・ピサロが和睦交渉の場を取り付けた、と連絡があったのはやりとりの五日後。
和睦交渉開始の日時はさらに十日後。
まさに電光石火の手際の良さだった。
流石は伝説のコンキスタドール。
機を見るに敏、という言葉だけでは言い表せないほどのネゴシエーション能力だった。
「全く、巧くやったものだよね〜ケイト」
隣の馬からそう声をかけてきたのは、シャーロットである。
「それはフランシスコが、という意味? シャーロット」
手綱で馬を操りながら、ケイトは答えた。
「や、ピサロ様じゃなくてケイトがね。巧くピサロ様を使って交渉の席を設けさせたよねって話だよ」
「どうかな……私自身、自信が持てない。私はここから、和睦を締結できるかどうか」
「ケイトなら大丈夫だよ。自分を信じて」
二人が今向かっているのは、和睦交渉を行う場としてピサロがセッティングした屋敷だった。
立地としては、ティアグロ連邦の領土にある。
つまり、アグリア帝国にとってもイースキールにとっても第三国ということで、手荒な真似は簡単にはできない……はずだ。
仮に無茶なことをしたら、ケイトたちアグリア帝国のみならず、ティアグロ連邦のことも敵に回すことになってしまう。
そういう意味では、安心して和睦交渉に臨むことができる、というわけだ。
「状況では、という意味だけどね……」
状況はいいが、条件は悪い。
客観的に見れば、イースキールだって和睦は悪い話ではない、とは思うのだが沖田総司が何を考えているのかわからないのが痛恨だ。
相手がどんな価値観で動いているのかわからない、ということは交渉にも準備のしようがない。
「ケイト、お茶でも飲みますか?」
馬を隣につけたハイパティアが水筒を示した。
「落ち着く成分のハーブティーです」
「ありがとう、助かるわ」
ピサロのセッティングした条件では護衛は二人まで、という話だったため、ケイトが連れてくることに決めたのはシャーロットとハイパティアの二人だった。
イースキールや沖田総司との戦いのせいで戦える人材がほとんど残っていないのもあるが、この二人を起用した理由は他にもある。
二人とも、絡め手に長けた人材だということだ。
前世では暗殺者だったシャーロットと科学者だったハイパティアである。
和睦という名目で呼び出して暗殺を企む……という流れを阻止できるというのもあるし、相手の機微を読むことにも長けている。
なにしろ、沖田総司がどういった考えを抱いているのかがわからないのだから情報収集が大切だ。
「……ん。ありがとう」
ハイパティアから受け取ったハーブティーを飲んで、ケイトは口元を拭った。
「落ち着きましたか? 陛下」
「大丈夫……だと思う」
プラシーボ効果かもしれないが、いくらかは気持が落ち着いた。
あとは、いかにして有利な条件で和睦をまとめるか、が勝負だ。
馬上から、遠くに交渉の場である屋敷が見えてきた。
ケイトはぐっと姿勢を正し、馬を進める。
「ようこそ見えられました」
屋敷にたどり着くと、執事のような男が三人を出迎えた。
ケイトは使用人に馬を委ねて、屋敷の中へと歩を進める。
どうやら、あらかじめこの世界にあった砦を再利用した建物であるらしい。建物事態はぼろぼろだが、調度品などは品がよく、ピサロの趣味の良さが伺える。
「こちらの部屋で和睦の交渉を行って頂きます」
執事に勧められて、ケイトはその部屋へと足を踏み入れた。
「息災のようだな、イェカチェリーナ」
既にイースキールからの使者は交渉の席についていた。
愛用の菊一文字則宗を抱きかかえるようにして椅子に腰を下ろしている。
「皇帝陛下本人が交渉の場に姿を現すとはな」
「それが一番話が速いでしょう」
ケイトはまっすぐに相手の目を見据える。
「そうでしょう? 沖田総司」
「違いないな」
沖田総司はにやにやと粘ついたような笑みを浮かべて言った。
「元気そうで残念だよ、イェカチェリーナ」
「そうですか。私はあなたが健在で嬉しいわ」
「そうかよ」
沖田総司の他に人がいる様子はない。護衛はつけていないらしい。
もっとも、沖田総司と一振りの日本刀さえあれば、護衛など不要か。沖田総司より腕が立つ護衛など存在しない。
「沖田総司、あなたがこの席についているということは、イースキールの外交決定権はあなたにあるということでいいのね?」
「無論だとも」
沖田総司は大きく頷いた。
「俺の言葉はイースキールの決断だと思ってもらって結構」
薄々察してはいたが、魔法国イースキールは沖田総司が事実上の最高司令官になっていると判断にしていいだろう。
厄介だな、とケイトは唇を噛んだ。
チャールズ・カフリンのような人外の魔法の力はないにしても、軍人がトップというのは今までとは違った強さを発揮するはずだ。
同じく軍人の、ジャック・チャーチルの意見に耳を傾ける必要がありそうだ。
「時間になりました」
話が途切れたのを見計らって、執事が切り出した。
「これより、交渉を開始して頂きます」
びしり、と空気が一番と硬くなる。
一人きりで傲岸不遜にふんぞり返る沖田総司と、ぴしりと折り目正しく椅子に腰を下ろし、背後にハイパティアとシャーロットを控えさせるイェカチェリーナ二世。
覇王と皇帝。
ルドウィジアを代表する二人の王が、視線を交錯させる。
「さあ、交渉と洒落込みましょうか。沖田総司」
「ふん」
沖田総司は顔色一つ変えない。
「俺がこの席についた動機は一つ」
「?」
「フランシスコ・ピサロを慮ってのことだ」
そう言ったきり、沖田総司は口を利かなくなった。
つまり、ティアグロ連邦とまでことを構えるのはごめんだから、ピサロのメンツを潰さないために交渉の席にはついたが、それ以上のやりとりを行うつもりはない、ということか。
ケイトは内心でため息をついた。
とはいえ、この程度の強硬さは想定していたことだ。
ここから状況を好転させるのが、自分の手腕だ。
「沖田総司。戦争を停止する気はない?」
「ない」
沖田には取りつく島もない。
まあ、いい。
これはまだジャブだ。
勝負はここから、いかに自分の権利を守りつつ、相手に得をしたと思わせるかが交渉の醍醐味。
「チャールズ・カフリンを失った以上、イースキールも継戦は困難なはずよ。ここで一度、和睦を結ぶのはあながち悪い話ではないと思うけれど」
ケイトの言葉はハッタリというわけでもない。
一度、魔法という超常の力を得てしまった以上、それを失ったことによる士気の減退は著しいはずだ。具体的にいえば、魔法で傷が治療されるという安心感に包まれていた兵士がその庇護を失えば死に対する恐怖はかつての比ではない。勇敢に戦えと言われても尻込みするケースも多いだろう。
しかも、カフリンの魔法は単に兵士の傷を治癒するのみに留まらない。兵站の確保もカフリンの魔法に依存していた部分が大きいと聞いている。
物理的にも、これ以上の継戦が可能とは思われない。
「論外だな」
だが、あっさりと沖田総司は切って捨てた。
「話にならん。俺たちの目的はアグリア帝国全土の奪取から全く変化がない。仮に交渉を行おうというのならば、どんな条件で降伏するかを考えろ」
見下し切った言葉に、ケイトの頭脳がかっと熱を持つ。
どんな条件で降伏するか、だと?
この期に及んで、どの口がここまで傲慢な言葉を吐けるというのだ。
「……陛下?」
背後に控えたハイパティアの言葉で、はっと気づいた。
どうして、沖田総司はここまで強気に突っぱねることができる?
ケイトの知るノーリと、イースキールに君臨する沖田総司。その二人のスタンスにあまりにも違いがあったためにうまく結びついていなかったが、ケイトの知るノーリならば意味のない交渉はしない。
このにべもないように見える交渉にも、なんらかの目的があって彼は動いている。
考えろ。
沖田総司は、何を得るためにこの交渉を行っている?
本気で、アグリア帝国を降伏せしめようと思っているということはありえない。
ピサロの顔を立てるため、というのは一部では本音だろうが、それだけのために来るとは考えにくい。
「……沖田総司」
ケイトは自然と口にしていた。
「まさか、あなたは……」
「フッフッフ、ハッハッハ」
突然、沖田総司は大きな笑い声をあげた。
まるで、壊れたオモチャみたいに。
その異様な姿に、ハイパティアとシャーロットも凍り付いたように表情を停止させている。
「ハッハッハ……ようやく気づいたか。イェカチェリーナ」
沖田総司は背中を丸めて日本刀を抱いたまま、けけけ、と妖怪のような笑い声を上げた。
「何が……何がおかしいの?」
ハイパティアが、悲鳴のような声をあげた。
「最初から勘違いをしているんだ、貴様らは」
それが愉悦だとでもいうように、沖田総司はケイトの瞳を覗き込んだ。
まるで、そこに何かの答えがあるかのように。
「俺の目的は、イェカチェリーナ。最初から決まっていたんだ。貴様をこの地に釘付けにすることだよ」
ケイトはさあっと血の気が引いていくのを感じた。
まさか。
沖田総司は最初からそのつもりで?
「ジャック・チャーチルを倒した今、アグリア帝国で最大の脅威は、濃厚に悪業を成してきたイェカチェリーナ。貴様ただ独りだからな。今頃、シモ・ハユハと土方歳三が貴様の本拠地を襲撃しているところだよ」
沖田総司はおかしくてたまらない、といわんばかりに怪鳥のように笑った。




