冒険王ピサロvsイェカチェリーナ二世(2)
「フランシスコ・ピサロ」
すっとケイトは顔を上げた。
その表情には微塵も動揺はない。
力強い瞳がじっとフランシスコ・ピサロを見据えている。
「なんだ? イェカチェリーナ。命の恩人たる俺に弁明でもあるか?」
「ないわ」
女帝イェカチェリーナは即答した。
「徹頭徹尾、私が悪い。あなたのメンツを潰したのも、あなたの部下を奪ったのも」
「ならば……」
「でも」
ケイトはピサロの言葉に被せるように言った。
「私は皇帝だ。生殺与奪。与えるのも奪うのも私の実力で成し遂げたことに他ならない」
「なんだと?」
「あなたの落ち度だと言っているのよ、フランシスコ・ピサロ」
ケイトの脳を、電撃のように思考が駆け巡っていた。
かつて、皇帝としてロシア帝国を治めていた時もまた、何度かこのような体験をしたこともあった。
逆境に置かれた時にこそ、否、逆境だったからこそ閃光のように思考が輝きを見せる。
今。
今、局面を乗り切ることこそ、政治家の力量が問われる。
チャールズ・カフリンから国を奪い返した時には、多くの仲間の力を借りた。
こうした政治的難局を乗り越えるのが、自分の役割だ。
「逆切れか? イェカチェリーナ。器の小ささが知れるぞ」
「それは逆というものよ、フランシスコ」
考えるよりも先に、口から言葉がまろびでる。
ケイト自身、自分の言葉がどこに着地しようとしているのかわかっていない。
ピサロが言う通り、逆切れというのもあながち間違いではない。
ここから、どうやってピサロのメンツを軟着陸させるのかが、政治家としての甲斐性。
「あなたは部下を調略されて、返せという話をしに来たというわけ?」
「む……っ」
ピサロが言葉に詰まったのを見て、ケイトはさらに畳み掛ける。
「あなたの部下が離反したのは、あなたの落ち度でしょう。それを、相手が悪いかのように言い募るのは子供の癇癪のようよ。自覚がある?」
「言うじゃないか。イェカチェリーナ。シャーロットを失ったのは俺の落ち度というわけか」
「もちろん、あなたがシャーロットを調略し返すのも自由だけどね」
ケイトは腕を伸ばして、隣の席にいたシャーロットの肩を抱いた。
「できるものならね」
「挑発するじゃないか。イェカチェリーナ」
ピサロは言葉に詰まりこそしたが、すぐに自分を取り戻した。
「しかし、その場合はわかっているな? 俺を敵に回すと宣言したことになるぞ」
さりげなく仕草で、ピサロは腰から下げた銃に触れた。
抜くつもりはないのだろう。
ただし、いつでも銃を抜く覚悟はあるという意思表示だ。
「今のアグリア帝国に、それを防軍事力があるかな」
「単純な軍事力では、ティアグロ連邦が一丸となって迫って来たら迎撃は困難でしょうね」
「自覚があるんだな」
「しかし、それは一丸になれたらという前提でだ」
「何?」
「ティアグロは連邦制をとっている。領主ごとの権限が強い。一部の領主がアグリア帝国の侵略を提唱しても意見が一致を見るとは限らないし、侵略を開始したとしても利害が一致しないから一丸になれるとは限らない」
「無駄なことを。そのために俺がいる」
「あなたが生きて帰れたらね」
会議に参加していた斥候が何人も立ち上がって、一斉にピサロに武器を向けた。
手裏剣、銃、スローイングナイフ、指弾、武器は様々だが、いくつもの飛び道具が一斉にピサロに狙いを付ける。
「なるほどな」
ピサロは感心したようにして言った。
「為政者として、一皮むけたようだな。イェカチェリーナ」
「でも、あなたのメンツを潰したのも事実」
ケイトは片手を挙げて武器を下げさせた。
「だから、そのぶんは支払いをするわ」
ケイトは覚悟を込めて言った。
「へえ。支払い? 何を払えるっていうんだ」
「商権」
と、ケイトは言った。
「ほぉ……」
ピサロは関心を寄せたように、声をもらした。
「首都モスコにおける商人の座を解体する。そこの後釜に、ティアグロ連邦の商人を優先的にいれてあげてもいい。どうかしら。あなたが失ったのはメンツだけど、私が返すのは実益よ」
「悪くはねえな。しかし」
眉を寄せたが、ピサロの口元には笑みが浮かんでいる。
「アグリア帝国の首都は壊滅状態じゃねえか。お前としちゃ、頼み込んででも新しい店舗が欲しいところじゃねえのか」
「バレたか」
ケイトはべろりと舌を出した。
「でも、悪い話ではないでしょ。あなたの息のかかった商人を送り込めば、アグリア帝国に強い影響力を及ぼすことができるわ。今後、復興でアグリア帝国はだいぶ景気がよくなる予定だから、思う存分稼ぐといい」
悪い話ではない、どころではない。
フランシスコ・ピサロと直に繋がった商人が首都に根を下ろすというのはとても痛い。
アグリア帝国の情報がピサロに筒抜けになるに等しい。
しかし、なんとしても、ピサロを懐柔しなければならない。
プライドを捨てる、というのは口でいうほど簡単なことではない。
こと国家においては一個人のそれを遥かに上回る。
尊厳を捨てた国家に、国民はついてこない。
どの足までならば、切り落としても格好が保てるか。
シビアに、ケイトは自分の身体を切り落とす算段をしている。
最悪の場合、ティアグロへの服従か国土の割譲までもケイトは視野にいれていた。
「ねえ、フランシスコ。確かに私はあなたに失礼なことをしたと思っている。けれど、あなたとはこれまで以上にいい関係を築きたいというのもまた事実。信じてくれ、というのは傲岸かもしれないけれど、ベットする相手としては悪くはないと思う」
「そこまで言うのならば聞かせてもらおうか」
乗って来た!
ケイトは見えないように、手を握りしめた。
話を聞いてくれるのならば、可能性はぐんと上がる。
「貴様は、イースキールとの戦争をどう進めるつもりだ?」
「当面の目標は、イースキールと和平を結びたいと考えているわ」
ここぞとばかりにケイトは口走る。
実のところ、今後のプランニングはまるでない。
今まで、そこまで考える余裕はなかったのだ。
「こちらとしてはイースキールと事を構える意思もないし、イースキールは頭領を失うという大打撃を受けている。ならば、和平を結ぶのが一番だと思う」
敢えて口には出さないが、継戦する体力もないし産業を再興するのにも時間がかかる。
イースキールと事を構える意思がないか、は本当のところはわからない。
しかし、イースキールにリベンジマッチを挑むとしても国家として体力を取り戻してからということにしたほうがよい。
「もちろん、和平するにしても条件次第だけど」
「だろうな。貴様らもイースキールも両方が勝ったのは自分だと思っていそうだ」
つまらなそうに鼻を鳴らして、
「……良いだろう」
フランシスコ・ピサロはマントを翻した。
「俺が、調停に出向いてやろう」
「助かるわ、フランシスコ」
「別に、お前のためではない。我が同胞のためだ」
ピサロは肩越しに振り返った。
「貴様が信用ならんことには違いがない。最悪の場合に備えて首都に楔を打っておくのは貴様へのいい薬になることだろう」
見透かされている。
ケイトの目標がルドウィジアの統一……つまりは、ティアグロ連邦の併呑が視野に入っていることが見透かされている。
「俺様をあまり舐めるなよ、イェカチェリーナ。次はない」
「でしょうね」
ケイトはふう、とため息をついた。
「あなたは気に入らないんでしょうけれど、フランシスコ。あなたには感謝しているわ」
「あん?」
「私のライバルとして、感謝してる」
「……ふん。天下の女傑イェカチェリーナ二世にそう言われるのは悪い気持しねえな」
そう言い残して、略奪と虐殺の冒険王、フランシスコ・ピサロは部屋を後にした。




