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冒険王ピサロvsイェカチェリーナ二世

「あなた……フランシスコ……ッ」

 蒼白な顔で、ケイトは口にする。

「やあ、イェカチェリーナ。元気そうじゃないか」

 冒険王フランシスコ・ピサロは、皮肉と嗜虐の入り交じった笑みを浮かべる。

 農業国アグリア帝国、魔法国イースキールに次ぐ第三の国、冒険と自由の国・ティアグロ連邦の盟主である。

 長いマントを羽織り、マスケット銃を携えてた精悍な姿はまさに大海原を駆けたコンキスタドールそのもの。

 同じ王を名乗っているものでも、生前から皇帝であったイェカチェリーナとは出自も思考も全く異なる。

 貴族として生まれ、皇帝として死んだイェカチェリーナは人の上に立つことが当然の振る舞いであり、責務であるとすら考えていた。

 それに対し、生前王ではなかったピサロにとって国民は臣下ではない。部下でもない。

 敢えていうなら同胞か。

 フランシスコ・ピサロは征服者である。かつてペルーのインカ帝国を蹂躙した冒険家。

 南アメリカ先住民から貴金属を奪い、命を奪い、王朝を奪い、文化を奪った最悪の略奪者。

 その一方で、仁義に厚い冒険者という一面もあるのがコンキスタドール・ピサロだった。

 仲間から厚い支持を受けるカリスマなくして、スペインから南米までの大航海は成り立たない。

 かつて大海原を共に駆けた同胞たちと同じように、ティアグロ連邦を構成する国民は飽くまで仲間、というのがピサロの価値観だった。

 農業と工業を生業とするアグリア帝国と、流通やサービス業を主産業とするティアグロとでは、国家間の経済的な結びつきが強かったために対立することはなかったが。

 為政者として決定的に対立することはなかったが。

 しかし。

 二人の価値観は別の世界に生きる、別の生き物のように異なる。

「俺の顔に泥を塗っておいて皇帝の座に返り咲くとは、なかなかじゃねぇか? イェカチェリーナ」

 今回、ケイトはピサロの顔に泥を塗ってしまった。

 一度、ピサロに庇護を求めておきながら、彼に一言の断りもなくティアグロ連邦を脱しアグリア帝国の皇帝に返り咲いた。

 これではピサロが憤るのも仕方ない。

「それに、シャーロット。てめェは何をしているんだ?」

 ピサロはかつての部下であったシャーロットに凄む。

「お前にはイェカチェリーナを連れ戻すように命じただろうが。何しれっとアグリア帝国の臣民面をしているんだ? 俺様をなめているのか?」

 ピサロの恫喝は堂に入ったものだった。

「俺様をなめているというのならば、俺様に殺されても文句は言うまいな?」

 現世でこそ、ティアグロ連邦の盟主という社会的地位のある立場にに落ち着いているが前世での彼は口にするのもおぞましい虐殺者であり略奪者という一面を持つのは否定しようもない事実である。

 ピサロがちょっと気まぐれを起こすだけで、想像もつかないような凄惨さに満ちた拷問を齎すことができる。

「フランシスコ」

 冷や水を浴びせられたようにピサロ以外誰も喋ろうとしない会議室で、ようやく口を開いたのはやはりケイトだった。

「あん? なんだ、イェカチェリーナ」

「我がアグリア帝国の民に、罵声を浴びせることはご遠慮願いたい」

「ふん」

 ケイトの言葉を、ピサロは鼻で笑い飛ばした。

「全く、貴様も恩知らずだなイェカチェリーナ。俺の顔に泥を塗ったばかりか、俺の民を盗んでおいて、開き直ろうというのか?」

「……フランシスコ」

 ケイトの白い頬を、冷たい汗が伝う。

 ここで、フランシスコ・ピサロを敵に回すのは望ましくない。

 それどころか、絶対に敵に回してはならない。

 最悪の場合では、沖田総司とピサロが結んでアグリア帝国が再び侵略に晒される可能性すらありうる。

 ここまでアグリアとイースキールの衝突には静観を保ってきたが、ピサロは、決して野心欲が乏しい男ではない。

 むしろ、前世が略奪者であったのだから、奪うことへの渇望というのならばケイトやカフリンを遥かに凌駕する。

 ここまで、隣国として平穏にやってくることができた理由には、経済的な結びつきが強かったこと以外にも、アグリア帝国のほうが圧倒的に強大であったことや、連邦という性質上ピサロが国内の意思を統一することが難しかったことによる。

 ティアグロ連邦は、アグリア帝国のようなトップダウンの性質は持っていない。逆に、多くの領主が林立し、その盟主としてピサロが束ねているという形になる。

 しかし、この二つの『アグリア帝国へ侵攻しない』理由は今、揺らいでいる。

 アグリア帝国の国力は著しく衰えているし、アグリア帝国が著しく衰えているのならそれに乗じてアグリア帝国の領土をかすめ取ろうという形で領主たちの意思を統一するのも難しくない。

 ほんのきっかけさえあれば、ピサロがひょいと号令をかけてアグリア帝国は侵攻の危機にさらされる。

 迂闊にもケイトは、ピサロがこうして尋ねてくる段になってようやくその事実に気づいた。

 イースキールにばかり目をとられて、ティアグロ連邦へのケアが不足していた。

 それにしたところで、いきなりピサロ本人が首都に乗り込んでくることは想定外だったが。

 いや、まだ可能性はある。

『本気でピサロがアグリア帝国への侵略を画策している』のならば、のんびりと首都を尋ねては来ない。

 ピサロがここを尋ねてきた以上、まだ和解の余地はある。

 ケイトが、受け答えを失敗しなければ、という前提ではあるが。

「あなたの顔に泥を塗ったことは謝ります、フランシスコ」

 ケイトは頭を下げた。

 頭を下げたせいで表情が見えない間に、唇を噛む。

 この会議中にピサロが乱入したというのは痛恨だった。

 今でさえなければ。

 会議中でなければ、ピサロと二人で話をすることができたのに、部下の眼前では打てる手が限られすぎる。

 二人きりでの話ならば、誰にも聞かせられないような裏の取引を持ちかけることができたのに。

「失礼なことをしたと思っています、ピサロ」

「謝られても、俺としてはなんのリターンもない」

 ピサロは取りつく島もない。

「どうこの落とし前をつけるつもりだ? イェカチェリーナ」

 下げたままの頭から、ぽたりと地面に汗がしたたる。

 どうしたらいい?

 どうしたら、フランシスコ・ピサロを味方につけることができる?

 ケイトの頭の中で、ぐるぐると思考が駆け巡る。

 沈黙は、何も答えてくれない。

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