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ルドウィジア動乱 第二幕開帳

 女帝イェカチェリーナが首都モスコを奪回してから三日。

 そう、既に三日が経過してしまっていた。

 最低限の建物だけを確保して、人員が生活するための食糧や家具を手配し、なんとか会議を召集する。

 それだけの準備で三日をも浪費してしまった。

 沖田総司が一度、首都から撤退して体勢を整え直すには充分な時間だ。

 トップを失って四散した魔法国イースキールの軍勢も、もう何日かすれば再軍備が整うだろう。

 つまり、この戦争はまだ終わっていない。

 チャールズ・カフリンを失ったイースキールにどれだけの継戦能力があるかは不明だが、継戦能力の話をするのならば、アグリア帝国のほうにだってほとんど残されていない。

 正確にいうのならば、全くない。

 かつて、この国に存在した軍はケイト自身が蹴散らしてしまったのだ。

 仮に、撤退するイースキールに……つまり、沖田総司に追撃をかけるのだとしたら、戦闘能力の高い個人に寄る散発的な攻撃をするしかない。

 能力的にはジャック・チャーチルが最も適任だが、既に沖田総司本人の攻撃で重傷を負っている。松尾芭蕉やイザベラの容態も大差ない。

 要するに、アグリア帝国がほぼ壊滅状態だということだ。

 発つ時の後足で、沖田総司はきれいにアグリア帝国の主要戦力をなめとっていった。

 アグリア帝国の内政においても、農業もどういった現状か改めて調査する必要があるし、商業分野においてもアグリア帝国の落陽を感じて逃げられてしまっている面があるので改めて政策をとらなければならないことは必至。

 最大都市・モスコの再建にはどれほどのコストがかかるのか、想像もつかない。

 それに、ノーリこと、沖田総司の思惑。

 彼はどんな意図があって、裏切ったのか。

 沖田総司の言う言葉を信じるのならば、彼は最初から心からケイトの部下であったことはない、ということいなる。

 ケイトはそれを信じることができないでいた。

 彼は、本当に『自分が気に入らない』そんな理由で造反したのだろうか?

 だったらもっと、別のやり方があったのではないか?

 第一、殺そうと思えば、自分の首なんていつでも獲れたではないか。

 ケイト自身、ノーリに対しては全面的に気を許していた。物理的にも政治的にも殺すのがそんなに難しいことだったとは思われない。

 その気になれば、殺した上でその罪を誰かに押っ被せケイトに代わる王として君臨することも容易だっただろう。

 それをしなかった……ということは、ノーリには別の考えがあるのではないか。

 そんな考えが浮かんでしまうが、これも希望的な観測でしかない。

 願望といってもいい。

『ノーリは自分を裏切るような人ではない』と思いたいがために、結論ありきのロジックを構築してしまっていい。

 なんにせよ、イザベラや芭蕉、ジャックを斬った時点で沖田総司は敵だ。

 その点は疑う余地がない。

 次にあったら、確実に殺す。

 殺さなければならない。

 仲間が、殺されるよりも先に。

「ケイト? だいじょーぶ?」

「うん……」

「ケイト? 会議だよ」

 思索から目覚めて目を開けると、そこにいたのはシャーロットだった。

「シャーロットか。身体は大丈夫?」

「うん。ぜんぜんへーきへーき。それよりもケイト、会議だよ」

 シャーロットが電撃に打ち据えられた時はどうなるかと思っていたが、幸いにも後遺症はなく軽傷で済んでいた。

 もちろん、芭蕉やイザベラに比べれば軽傷という程度で、全身包帯でぐるぐる巻きだが立って喋れるだけましなほうだ。

「そうか……そうだった」

 シャーロットの言葉で、自分が会議を招集していたことを思い出した。

「会議だったわね。ごめん、疲れていたみたい」

 見れば、動けるメンバーはだいたいそろっている。

 ジャック、芭蕉、イザベラは重傷で動けないので欠席だが、エドたちのような情報収集や諜報に従事するものたち、アグリア帝国に残ってイースキールの下でも執務を続けていた官僚、それにハイパティアらアスクレピオスの面々のうち、幹部級の面々である。

 今後の方針を確乎たるものにしなけらばならない。

 正直いって、ケイト自身も国の内情を全く把握できていないのに等しいのだが、それでも暫定的には指針を定めておかないとなにも決定することができない。

「……あら、珍しい顔がいるわね」

 疲れた目で顔ぶれを見渡していると、以前のアグリア帝国にはいなかった顔がいることに気づいた。

「坂本龍馬。耳が早いのね」

「松尾芭蕉より決行日は聞いておりましたので」

 勝手知ったる様子で会議に顔を出している坂本はにこやかに応じた。

「このたびの決起が成功を収めたこと、まずはおめでとうございます」

「それは嫌味?」

 ケイトはため息をついた。

「イースキールの残党は、まだ戦線を下げただけで戦争を継続しようとしていることはご存知だと思うけど、どうかしら? 坂本」

「もちろん、存じ上げております。しかし」

 と、坂本龍馬は切り出した。

「しかし、我々としてはその点は問題になりづらいと感じております」

「なぜ?」

 ケイトは鋭く問いかけた。

「商人としての意見を伺いたいわ。私にはなかった視点があるかもしれない」

「特に独自の見解を言えるわけではございませんが……仰せとあらば」

 坂本龍馬はもったいぶって語り始めた。

「沖田総司。彼に関しては、僕は生前より存じ上げております」

「ああ……そういっていたわね」

 ケイトは頷いた。

「なんだっけ。バクマツのシシだったのよね」

「そう捉えて頂いて問題ありません。子細は省略しますが、彼は僕を殺しました。剣客としてね」

「それで?」

「つまり、彼の前世は剣客だった……つまり、政治の素人だ。それもチャールズ・カフリンとは比較にならないほどにね。彼におなせるのはせいぜいが小隊長で、マクロな視点を持った為政者になれるとは思えないし、ならば当然脅威にはなりえない。放っておいても自壊するのではないか……というのが僕の見解です。それに、他にイースキールにカフリンの代わりになれる為政経験者がいるという情報もありませんしね」

「イエス。確かに、その通りね」

 ケイトは、坂本龍馬の意見を受け入れた。

「坂本龍馬。あなたの意見は全く正しいと思う。沖田総司と同じ時代を生きたあなたならばこそ、その意見には一層の説得力がある」

「ずいぶん持ち上げますね、女帝」

 坂本龍馬は方眉を持ち上げた。

「要するに、僕の意見には反論があるってことですか? なんでも仰ってください」

「確証があるわけではないんだけど……沖田総司は、私の間近で私のやり方を学んでいた」

 誰よりも近くで、女帝イェカチェリーナの政治ノウハウを学び取っていた。

「ならば、私と同等に近い政治手腕を持っていても不思議はない」

「理屈では、そうかもしれませんが」

 坂本龍馬は渋面を作る。

「政治というのは、なんの経験もなしに知識だけでできるというものではないでしょう」

「ええ、坂本龍馬。その通りよ」

「では何故、そんなに思い詰めているのです」

「それは」

 慎重に、ケイトは口を開いた。

「沖田総司は君主不在のイースキールを遅滞なく治めていた。しかも、幹部級が複数殺されるという異常事態を乗り越えて。これを軽視することはできない」

「ふむ……」

 坂本龍馬は鼻から息を吐き出した。

「要するに、沖田総司は強敵だ、というお話ですね。おっしゃっていることはわかりました、陛下。あなたがそこまで言うのであれば。我々としても、戦争は継続していてくれたほうが儲かるわけですしね」

 フッと坂本龍馬は笑い飛ばした。

「不謹慎なことを言うな! 外様が」

 官僚の一人が耐えかねたように怒声を飛ばしたが、坂本龍馬はじろりと睨んで

「僕は女帝イェカチェリーナの部下じゃない。勘違いするなよ。こうして意見を上奏してやっているのはサービスに過ぎん」

「やめて、二人とも」

 ケイトは頭が痛い、という風に額をおさえた。

「とにかく、当面の敵がイースキールということに違いはない。問題は、どういったスタンスで彼らに向き合うのか、ということよ」

 間隙を入れず攻撃するのか、それとも一度和平を結んで国家の立て直しを図るのか。

 もちろん、相手のあることだ。

 沖田総司がどう出て来るのかによっても事態は変わってくる。

「当面の目標としては……」

「お待ちください!」

 侍女の悲鳴が飛び込んできたのはそんな折りだ。

「お待ちください、大事な会議中でございます! 部外者はどうか!」

「そう騒がなくていい。俺はイェカチェリーナとは顔見知りなんだ。問題ないって」

「誰……?」

 疲れた顔でケイトは言った。

 今度はどんな狼藉者がやってきたというのか。

「見てきましょうか?」

 幹部の一人がそう言ったのを、ケイトは片手で制した。

「いえ、私が一言言えば帰るでしょう」

「おっ、この部屋か? イェカチェリーナがいるのは」

 侍女を引きずるようにして姿を現したのは。

「や。俺様の出番かと思ってな。直々に来てやったぜ」

 冒険王ピサロ。

 アグリア帝国、魔法国イースキールに続く第三国。

 ティアグロ連邦の盟主、ピサロが会議室に足を踏み入れた。

「よぉ、イェカチェリーナ。よくもまあ、俺のことをだまくらかしてくれたな」

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