極東最強の剣士 沖田総司(2)
「女帝イェカチェリーナ。我が主、チャールズ・カフリンの仇だ」
白刃をぴたりと向けたまま、ノーリは、沖田総司は言った。
「ねえ、どうして? どうしてなの? ノーリ!」
蒼白な顔で、ケイトはうわごとのように繰り返した。
全く意味がわからなかった。
ノーリは、自分の最初期からの仲間で、最も気の置けない側近の一人だったのに。
この期に及んで裏切る動機などないはずなのに、どうして。
「どうして、そんなことをいうの?」
はあ、と沖田総司はこれ見よがしにため息をついた。
愛想を尽かした、とでもいう風に。
「殺すぞ」
それが宣言だった。
ケイトの大きな瞳に、鋭い剣先が迫る。
長い日本刀の切っ先が迫ってくるのを、ケイトは呆然と眺めていた。
「……っとォ!」
イザベラがケイトを横抱きにして、剣の軌道から外す。
「危なっ。何やってんの、ケイト!」
「イザベラか」
じろり、と沖田総司が凍るように冷たい目線で見下ろす。
「生きていたのか? イザベラ」
「あんたこそ」
イザベラは吐き捨てるようにして言った。
「生きてたなら連絡ぐらいしてよ、ノーリ」
「済まないな」
沖田総司は剣を振り上げた。
「この一撃を持って俺の生存報告とするがいい」
風を斬る音と共に迫る一撃を、イザベラはケイトを抱きかかえたまま辛うじて避ける。
逃げ後れた金髪がパラパラと待った。
「やるな、イザベラ」
「知ってる。私が有能なのは知っている」
「俺も、イザベラがその程度動けることは知っている」
ぐっと沖田総司が鋭く踏み込んだ。
ケイトを抱えていたぶん、対応が一歩遅れる。
白刃が、迫る。
「うぎゃああああああ!」
身体を切り刻まれて、イザベラが悲鳴を上げた。
「ああ。やはり若い女を刻むのは気分がいい」
血に濡れた愛剣を、沖田総司は満足げに眺めた。
「次は貴様だ、イェカチェリーナ」
「……イザベラを斬るなんて、なんの真似よ、ノーリ」
「なんだ、ケイト……自分を取り戻したか」
血まみれのイザベラを守るようにして、ケイトは鞭を構えた。
ようやく、自分を取り戻せた。
あとは、ノーリに自分を取り戻してもらうだけだ。
「私としたことが、ぬかったわ」
ケイトは自分の頬をぱちん! と叩く。
「どういうつもりよ、ノーリ。なんの意図があって私に逆らうの」
喋って時間を稼ぎながら、背後のイザベラの様子を伺う。
弱々しいが、まだ息をしている。急げば、まだ治療が間に合うかもしれない。
そのためには、ノーリをなんとかしなければならない。
「そういうところだよ、女王様」
びしりと突き立てるようにして沖田総司は言った。
「最初っから、俺はあんたのそういうところが気に入らなかったんだ。お高くとまって、自分が王であることを疑いもしないというところがな。どうして貴様が皇帝なんだ?」
情け容赦のない口調で言い放たれ、ケイトは身を硬くする。
彼の言っていることが誤りだとは思わない。
確かに、アグリア帝国を建国する以前より、自分は皇帝として振る舞っていた。
しかし、それはルドウィジアにあっても、いや、不毛の地ルドウィジアであったからこそ、音頭をとる頭領が必要だと思ったからであるし、またケイトは皇帝としての生き方しか知らないからでもある。
女帝イェカチェリーナは何度輪廻を繰り返しても皇帝として以外の生き方を知らない。
故に。
イェカチェリーナの皇帝としての生き様を否定するというのならば、それはケイトという存在の全否定に他ならない。
「最初っから気に入らなかった……が、なにしろこの地ではあんたに縋るしかなかったんでな。当初は悔しさをかみ殺してあんたに仕えてやっていたというわけさ」
す、と沖田総司は愛用の菊一文字を掲げた。
たっぷりとしたたるイザベラの血がつうっと地面に落ちる。
「この三年間、殺すタイミングを逸してはいたが……今のあんたなら簡単に殺せそうだ」
視界が歪むほどの速度で、沖田総司が鋭く踏み込む。
身体をひねって攻撃をかわそうとして届かない。
沖田総司が速すぎる!
血みどろの剣先が、ケイトの首元に迫る。
これを、今度は松尾芭蕉とジャック・チャーチルが食い止めた。
「これ以上の狼藉は許さんぞ」
「事情はわかりませんが、ケイトをここで失うわけにはいきません」
クレイモアと忍刀に攻撃を阻まれても、沖田総司は顔色一つ変えなかった。
「死に損ないめ。無理にいい格好をしないほうが長生きができるぞ」
うっすらと、沖田総司は憫笑すら浮かべていた。
次の瞬間、剣が閃き二人は地面に斬り伏せられる。
「二人とも体調が万全での二人掛かりだったなら、勝負になったかもしれないな」
ケイトは次々に斬られる仲間たちに、絶望していた。
つい数分前まで、アグリア帝国を取り戻した喜びに満ちていたはずだったのに。
どうしてこんなことになるんだ?
私の、何が間違っていた?
「安心しろよ、イェカチェリーナ。この国は俺が頂く。あんたのルドウィジアを統一する野望は、俺が引き継いでやるから」
ぷるぷると、身体が震える。
身体を駆け抜けるこの感情は一体なんだろう。
屈辱と、怒りと、悔恨と、絶望。
様々な感情がないまぜになって、身体中を雷のように駆け巡る。
ケイトは感情に整理がつかないままで、ふらりと鞭を手に立ち上がった。
「まだ戦うつもりか? イェカチェリーナ」
「このまま……座して死ぬのは嫌よ」
勝てるだろうか?
わからない。
最初に会った時の彼と、今の沖田総司はまるで別人に見える。
あの時は勝てたけれど……。
「む」
沖田総司が背後へと目線を動かした。
「あれは毒婦ハイパティアか。厄介だな」
シャーロットに肩を貸しながら、ハイパティアが近づいてくるのが見えた。
「接近戦なら敵はないが、彼女は科学者だからな。俺の思いもしない手を打ってくるかもしれない……というリスクはある」
沖田はぱっと飛び退った。
「歳三さん、ハユハ。モスコを捨てましょう。戦線を下げます」
沖田総司は、日本刀を油断なく構えたまま言った。
「猊下を失った時点で、我々の不利であることは認めざるを得ない」
「しかし……」
「俺の判断に従ってください」
渋る土方に対し、沖田総司はぴしゃりと言った。
「待ちなさい、ノーリ……いや、沖田総司」
逃げを打とうとする沖田総司に、ケイトは待ったをかける。
「逃げるつもりなの?」
「下手な挑発だな、イェカチェリーナ」
沖田総司はケイトの言葉をせせら笑った。
「ここで戦っても貴様らは勝てないことがわかっているはずだが?」
ケイトはぐっと唇を噛んだ。
確かに、今の自分たちでは沖田総司を倒せない。
沖田総司が逃げを打つのは、ケイトたちに勝てないからではないのだ。
いつでも勝てるからこそ、体勢を立て直した上でより傷の少ない勝利をしようという判断を下したのだ。
「では、さらばだイェカチェリーナ」
そう言い残して、沖田総司は去って行った。
迷う様子を見せながらも、土方歳三、シモ・ハユハもそれに続く。
その場には、瀕死の仲間達と、満身創痍のイェカチェリーナだけが取り残される。
こうして、ルドウィジア全土を巻き込む大戦。
後の歴史に第一次ルドウィジア動乱と呼ばれる戦争は一度、幕を閉じるに至ったのだった。




