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暗殺者・イザベラという女

 目覚めた俺が見たのは、見覚えのない天井だった。

 生きていたのか。

 身体を動かそうとすると、ぎしぎしと痛みが走ったが、まあ動けないほどではない。

 生きているのか。

 持ち上げた自分の掌を眺めながら考えた。

 一度死んで、この世界に転生したという経緯がある以上、この世界で死んだらどうなるのか、試せなかったのは少し残念だが、まあ生きているものは生きているのだから儲け物、と思うべきなのだろう。

「あ、目覚めた?」

 身体を起こそうとした俺に気づいたのは、驚いたことにイザベラだった。

「まだ起きちゃダメ。身体、ズタズタなんだから。生きているほうが不思議なくらい」

「ケイトとジェリィは?」

 周囲にケイトとジェレミーの姿が見えない。

「あの二人なら、一度前の拠点に戻るって言っていた」

「前の拠点?」

「えっと」

 俺の傍らに座り込んだイザベラはええと、と考える仕草を見せて、

「この砦のほうが拠点として適当だから、こっちに拠点を移すって。だから、その連絡のために一度戻ったみたい」

「俺はどのぐらい寝ていた?」

「丸一日……かな。そのぐらい」

 俺はそんなに意識を失っていたのか。驚愕している俺を、イザベラは無理矢理床に寝そべらせた。

「安静にしていて。動いちゃダメ」

 確認したことは山ほどあったが、身体は思った以上に言う事を聞いてくれない。言われるままにすることにした。

 その代わりに、聞けることはイザベラに質問する。

「何から聞けばいいのかわからんが……なあ、イザベラ」

「なに? ノーリ」

「どういうわけであんたは俺の仲間ヅラしているんだ?」

 一番聞きたかったのはここだ。俺は意識を失う前に、イザベラと命を削り合うような闘いを繰り広げていたような気がする。

「仲間ヅラだなんて、あたしはノーリの仲間なのに」

 何故か、イザベラは頬を赤く染めた。

「は?」

「身を呈してあたしを守ってくれたじゃない」

 しばらく考えて、彼女が言っているのが『崩れる武器庫から彼女を助け出したこと』なのだと理解した。

 あれで俺に行為を持ってしまったらしい。

 単にケイトが『彼女が人材として欲しい』と言ったから殺さないようにしただけなのだが……雰囲気から察するに、どうやらケイトはイザベラが俺に好感を持ったのをいいことに丸め込んで仲間にしたらしい。

 全く、抜け目がないことだ。

「それで、俺の傷を癒すために砦に残って看ていてくれたってことか……」

 経緯はわかったが、さっきまで殺し合っていた二人をその場に残して出発するケイトの肝の太さには驚嘆する他ない。イザベラが気まぐれで俺を殺すとは思わなかったのだろうか?

 ケイトならば、死んだら死んだで仕方ない、と割り切りそうな気もする。

「ここはどこだ?」

「砦の本丸みたいなところ。万一、侵入者が入って来ても時間は稼げるよ」

 なんなら撃退もできる、とイザベラは胸を張る。

「敵が来たらわかるようにトラップを張ってあるから」

 俺と戦った時とは違う、『相手を感知するための罠』というのを張ってあるようだ。

 改めて彼女のレンジャー素質はプロだ、と感じる。

 たまたま、彼女が罠の近くに潜んでいたからいいものの、仮に彼女が本気で罠を駆使して俺を殺そうとしたのなら、歯が立たないどころか、彼女の顔さえ拝めていなかった可能性が高い。

 ケイトが欲したのも確かに首肯できるところだ。

 狩猟にも防衛にも使えるし、単に戦闘担当の俺とは汎用性が違う。

「イザベラも俺たちと同じように前の世界からこっちに転生したんだよな?」

「うん。その話はケイトたちとした。一週間前から、こっちの世界にいる」

「前の世界では何をしていたんだ?」

 そう問いかけたのは、単なる興味からだ。

 どういったところでレンジャーとしての経験を積んだのかを知っておきたい。

「ええと……」

 だが、イザベラは俺の質問に表情を曇らせて、もじもじと髪をいじりはじめた。

 大した質問のつもりはなかっただけに困惑する。

「ケイトや、他の人には言わないでくれる?」

 しばらく逡巡する様子を見せてから、ようやくケイトは口を開いた。

「言わないよ。なんなら俺も聞かなくてもいい」

「やだ。二人だけの秘密にして」

 不審に感じたが、頷いてみせる。

「あたし、フランス人だったんだけど……斥候だったんだよ」

「斥候って……戦場で偵察をする?」

「正確に言うと、スパイをしていたの。情報種集とか暗殺とかが仕事で」

 視線をこちらに向けず、しきりに泳がせながらイザベラは言う。

「ここだけの秘密ね! 誰にも言わないでね」

「ああ。そういう事情ならな」

 スパイというのは、誰にも明かさないのが常道だ。俺の同僚にもそれを得意とした仲間がいたからよくわかる。情報収集を得意とするスパイならば、罠や暗器に精通している上、戦闘もこなせるのも納得がいく。

「でも、謀のプロが仲間になってくれるなら助かるよ。これからよろしく」

 床に寝そべったまま、手を差し出した。

 イザベラは小さな手でそれをぎゅっと握る。

 戦っていたときは気づかなかったが、こんな小さな手をしていたのか。

 こんな地獄のような環境に、小さな女性を送り込んだこの世界の『神』は何を考えていたのか。

 ふ、と突然イザベラがネコのように顔をあげた。

「どうした?」

「侵入者がいる……!」

 ちりん、と小さく鈴のような音が聞こえた。

「あれが鳴ると、侵入者が入ってきたことがわかるようにしてあるの」

 イザベラは壁にかけた鈴を示す。

「ちょっと見てくるね」

「いや、俺も行くよ」

 無理矢理身体を起こした。仮に侵入者が攻撃意図を持っていたとしたら、二人で行動したほうがいい。

「でも……」

「大丈夫だから」

 身体を起こし、傍らに立てかけてあった日本刀を携える。

 それを見て俺を安静したままにすることを諦めたのか、イザベラは先に立って走り始めた。

 流石に身体がびきびきと痛むが、これで済むだけで幸運なのだろう。

「あ、こっちから見えるかも」

 城門へ向けて走る途中で、イザベラは窓を示した。

「あれが……侵入者ね」

 窓の隙間から見ると、確かに男が一人、城門にいるのがわかる。

 イザベラは侵入者、と言ったが、風貌はその言葉が似つかわしくないものだった。

 敢えて言うのならば逃亡者。あるいは脱走者、落ち人のようにも見える。

 傷だらけ、泥だらけで満身創痍の青年が、辛うじて門を越えたところで倒れ伏している。

「まずいな……」

 神経質そうにイザベラは髪の房をいじる仕草をした。

「まずいって?」

「あれの傷、わかる?」

 イザベラは男の姿を指差す。

「あの傷跡は獣に襲われたものじゃない。武装した人間に襲われた傷」

 それは、つまり……。

「人間に追われている。追討隊がここへ向かっている可能性がある……ここが戦場になるかもしれないってこと」

 どうする? 彼を助ける? とイザベラは嗜虐的な笑みで俺に問いかけた。

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