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魔を統べるもの チャールズ・カフリン(4)

「このままくびれて死ね! イェカチェリーナァァァ!」

 暗い、暗い。

 視界が海の底に沈む。

 視覚が失われたままで、首を締め上げるカフリンの指と、轟くカフリンの怒声。

 その二つだけがケイトの世界に残されていた。

 ここまでか。

 ああ。

 かすれる意識の中で、最期にケイトの脳裏によぎったのは、仲間たちのことだった。

 ノーリ、イザベラ、ハイパティア、坂本龍馬、松尾芭蕉、シャーロット、ジャック、浅右衛門……!

 どうか、彼らには生き延びて欲しい。

 自分の暴政に付き合わせて、彼らに命をかけさせておいて。

 今際の際に、こんなことを願うのは自分勝手に過ぎるとは思っているけれど、そう思わずにはいられない。

 どうか、生きて。

 意識が薄れて、カフリンの指の感覚さえも消えていく。

 ルドウィジアで死ぬと、魂はどこにいくのだろう。

 ここが地獄だったというのなら、浄化された魂は輪廻に返るのだろうか。

 だとしたら。

 一瞬でも、彼らには長く生きてもらいたい。

「……なんて勝手な真似は許さない」

 懐かしい、声が聞こえた。

「ねえ、ケイト? あたしたちを巻き込んだ以上、勝手に死ぬなんて身勝手は許されない。そうでしょ?」

 首の圧迫が緩み、べしゃりとケイトはその場に倒れ込んだ。

 激しく咳き込み、なんとか呼吸が戻ってくる。

「随分、手ひどくやられたみたいじゃない? らしくもない。いつもの傲岸不遜なお高く止まった態度はどうしたわけ?」

 目をごしごしと乱暴にこすって、辛うじて視界が戻ってきた。

「あなた……イザベラ?」

 少女のような小さな身体に、二つ結びの金髪。

 愛くるしいフェミニンな容姿の中で、両手に光る大振りなナイフだけがひたすらに異質だ。

「久しぶりじゃないの。ひどい姿ね」

 暗殺者、イザベラ・ド・リムイユ。

 かつて、ノーリと共に、魔法国イースキールに派遣した斥候。

 ずっと長い間行方不明だったのに、こんなところで再会するとは。

 いや、それより、も……。

「カフリン、は……」

 のどをおさえて、ケイトは言う。

「カフリン? こいつのこと?」

 イザベラは足下に転がった生首を遠くへと切り飛ばした。

「ケイトを殺すことにご執心だったみたいだから、背後から殺しちゃった」

 てへ、とイザベラはピンク色の舌を出して大振りなナイフを閃かせた。

「持つべきものは寝首をかける友というわけね」

 確かに、カフリンは『もう一人仲間がいたら、勝負はわからなかった』というようなことを言っていたが、こんな土壇場で行方不明だった仲間が駆けつけるなんて。

 話ができ過ぎている。

 生前も含めて、自分の人生で『偶然うまくいった』なんてことはほぼなかったのに、こんなところで紡ぎ上げた人間関係が、功を奏すなんて。

 まるで、物語のようだ。

「おのれェェェぇぇ」

 頭部を失ったカフリンの肉体が吠えた。

「イェカチェリーナァァァァァ」

「うるさいな」

 首の断面から、めりめりと肉が盛り上がろうとするところを、ケイトはナイフでまっぷたつに叩き割った。

「無駄、無駄……ハイパティア! 出番!」

「はいっ」

 物陰から肉感的な美女が飛び出した。

 こちらも見覚えがある。

 ローマの毒婦ハイパティア。

 アグリア帝国と協力関係にあった、職人ギルド・アスクレピオスの長だ。

 自分がティアグロ連邦に落ち延びた後は、カフリンに従っていたと思っていたが。

「久しぶりですねっケイトさん!」

 ハイパティアは手にした大きな壷を、力一杯カフリンに投げつけた。

 陶器が砕ける音がして、中の液体が飛び散った。

 途端、しゅうしゅうとカフリンの肉体が溶け始める。

「何を……かけたの」

「硫酸です」

 汗ばんだ顔でハイパティアは笑みを浮かべた。

「チャールズ・カフリンの『魔法』は際限のない治癒が可能……という話は聞いていました。ただし、これはポル・ポトの『不死』とはかなり性質が違います。『不死』は文字通りに死なない、という天恵ですが、それに対して『魔法』は法です。つまり、発動して初めて効果がある。すなわち、発動者が自我を失う速度で殺傷すれば再生できない……と考えました」

 硫酸をまともに浴びたカフリンの肉体は、みるみる溶けて小さくなっていく。

 意識さえあれば『魔法』による回復が追いつくということならば、再生を発動できないほどの速度で殺してしまえばいい。

 事実、カフリンの肉体が蘇る様子はなかった。

「それはいいんだけど……二人はどうしてここに?」

 地面にうずくまったままケイトが聞くと、イザベラとハイパティアは顔を見合わせた。

「そんなに改めて聞かれても……敢えていうのなら、仲間だから、ではないでしょうか」

「別にあたしはケイトの仲間のつもりはなかったんだけどね。あたしはあくまでノーリの仲間だし」

 ハイパティアは微笑み、イザベラは口を尖らせた。

「ただ、ケイトさんの遺体が見つかっていない時点で恐らく復帰の機会をうかがうことはわかっていましたので、わたくしたちはカフリンに従うふりをしつつチャンスを伺っていました」

「あたしも、混乱の中でどうしようかってなったんだけど、色々あってハイパティアのもとに身を寄せて反撃のタイミングを伺っていたというわけ」

「一揆が頻発した時点で、ケイトさんが企図したんだろうなとは読めていましたので、動こうとは思っていたんですが……場所がわからなくて、こんなにギリギリになってしまいました」

「そう……」

 自分が知らないところで、仲間達がそんなにがんばっていてくれたとは。

 面映いような、くすぐったいような、不思議な気持だ。

 ともかく、これで勝った。

 晴れて、魔法国イースキールからアグリア帝国を取り戻すことに成功したというわけだ。

「そうだ……ハイパティア」

「なんでしょう? ケイトさん」

「そこに倒れているドレスの彼女……シャーロットというんだけど、彼女の容態を看てあげて。カフリンの魔法の直撃を受けてしまったから……」

 息も絶え絶えに伝えて、ケイトはその場に倒れ込んだ。

 慌てた様子で、イザベラが抱き上げてくる。

「ケイト! ちょっと、ここで死なないでよ!?」

「いや、大丈夫だから。ちょっとしんどいだけ」

 汗だくで顔を覗き込むイザベラに、ケイトはうっすらと微笑んだ。

「ごめん、イザベラ。休みたいとこなんだけど、まだ大通りで私の仲間が戦っているはずだから……助けてあげないと。そっちまで、肩を貸してもらえるかしら?」

 松尾芭蕉と、ジャック・チャーチル。

 彼ら二人を死なせるわけにはいかなかった。

 各地にはまだカフリンの近衛兵長クラスが何人も生き残っているのだから、戦士は重要な人材だ。

 ゆっくり休む時間はまだまだありそうにない。

「おっけー、任せて」

 即答して、イザベラは肩を貸して歩き始めた。

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