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魔を統べるもの チャールズ・カフリン(3)

 ルドウィジアの技術で手榴弾を作るのは、間に合わなかった。

 火薬を作るだけの労働力もなかったし、信管を作るだけの技術もなかった。

『自分とチャールズ・カフリンが相対する』その一瞬のために全力を尽くした一方で、その一瞬を必勝にするにはなにもかもが足りていなかった。

 ケイトはそれを失敗だとは思わなかった。

 そもそも、最初はなにもなかったのだ。

 辛うじてフランシスコ・ピサロのもとへ身を寄せた時には、全く将来への希望の光が見えていなかった。

 いくら生き延びたとはいえ、自分は取引の材料に使われるだけで終わりなのだろうと思っていた。

 良くて蟄居。

 悪ければ斬首。

 どうあっても、光り輝く未来は望めない。

 それが敗軍の帥の勉めだ。

 世界普遍のルール。

 オールイン。

 敗者はすべてを失うのだ。

 それを思えば、ここまでカフリンを追いつめたこと自体が大成功だと言える。

 仮に、ケイトが皇帝在位の間に炸薬の精製を命じていたのならば、それは充分に可能ではあっただろうし、手榴弾どころかグレネードランチャーの作成すら可能だったかもしれないけれど、もちろん、当時としてはこんな状況は想定していなかったし、想定したとしてもやはり農業作物の増産に国力を割いただろう。

 ともかく。

 今のケイトが隠し持つことができた、奥の手の武器としては一本の火炎瓶が精一杯。

 壷状の陶器に燃料を充填しただけの、簡素な代物だ。

 しかし、それでも、効果はてきめんだ。

 再生する相手には、油をかけて焼くのが有効だということはポル・ポトとの戦いで既に証明されている。

 エネルギーが仮に無尽蔵であり、永久機関のように再生するのだとしても、再生する筋肉や皮膚はタンパク質であることには変わりがない。

 焼ければ爛れるし、燃えれば炭化する。

「燃え尽きろ、扇動者!」

 悪鬼のような形相で叫び、ケイトは鋼糸を引いてカフリンの肉体を輪切りにした。

 このまま、攻撃を重ねて押し切る。

「ぶへはっ」

 頭部を炎上させたままカフリンは絶叫し、四分五裂した肉体を掴んで無理にくっつけようとしたい。

「させないわ!」

 右手で糸を繰りながら、左手で鎖鞭を振るう。

 達磨落としのようにして、輪切りになった肉体を弾き飛ばした。

 魔法は、どうやら一度に複数を発動することはできないのだ、とこの段になって気づく。

 つまり、回復に専心させれば攻撃は受けない。

 攻め続けることが、突破口になる。

「このまま倒れて……!」

 血がにじむほど強く歯を食いしばって、糸を操って縦横にカフリンを切り刻む。

 糸もそれほど潤沢な量があるというわけではない。一度使った糸はもう巻き直せないため、使い切りの武器でしかない。

 だが、確実に効いている。

 バラバラの肉体になったカフリンは再生しようとうごめき、もがくようにして集まろうとするのを左手の鞭が薙ぎ払い、弾き飛ばす。

 仮に魔法に抵抗する手段があるのなら。

 それは、困難を打開しようとする意思なのかもしれない。

 魔法で解決できる力も、魔法がなければ工夫と試行錯誤で突破する他ない。

 人間は魔法も天恵も持たないが故に、未知に向けて挑戦することができるのだ。

「お前達ィィィィィ」

 炎に包まれたままで、カフリンは叫び声を上げた。

 まるで地獄の餓鬼のような怒声が響く。

「その女を取り押さえろ!」

 その叫びを受けて、周囲を取り囲んでいた近衛兵がケイトに殺到した。

 本来ならば、近衛兵など問題にならない相手だった。

 ケイトは左手のチェーンを振るって近衛兵を薙ぎ払う。

 イェカチェリーナ二世の生前の悪業によって大いに勢いを増した鎖が、近衛兵の身体を紙細工のように易々と引きちぎった。

 が、遅かった。

「そこまでだ。女帝イェカチェリーナ」

 ぬっと炎の中から腕が飛び出した。

 大きく広げられた手が、ガッとケイトの首を掴む。

「一歩足りなかったな……! この場にもう一人、貴様の仲間がいたらわからなかったかもしれん」

 燃え盛る片腕だけのチャールズ・カフリンがケイトの首を締め上げる。

 その腕からめりめりと吹き出るように肉が溢れ、それが胴体の形になり、足が伸び、もう一方の腕が生える。

「しかし、これで今度こそ私の勝ちだ」

 カフリンが頭を振ると、ぼふっと小さな音を立ててへばりついていた炎が掻き消えた。

 むき出しだった筋肉組織も、みるみる肌に覆われていく。

 ローブこそ燃えてぼろ布のようになっているが、肉体そのものは火炎瓶を喰らう前のカフリンと何一つ変わりがない。

「化物め……!」

「化物ではない。私こそこの世界の王だよ、イェカチェリーナァァァ!」

 ギリギリと万力のような握力で首を締め上げられる。

 気管が圧迫されるだけではなく、首の骨ごとへし折りそうな金剛力だ。

 仮に、前世の肉体だったら即死していたに違いないほどの握力だ。

 霞む視界に、周囲には亡骸になった近衛兵が転がっているのが見えた。

 誰もいなくなった世界に、魔法だけで君臨する、独りきりの王。

 チャールズ・カフリン。

「消えろ、イェカチェリーナ!」

 視界が暗くなる。

 カフリンの腕を掴む力にも手が入らない。

 ここまでやったのに。

 ここまで食い下がることができたのに。

 ここで終わる。

 のか……?

 ずぷり、とケイトの耳の奥のほうで、肉が裂ける音がした。

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