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魔を統べるもの チャールズ・カフリン(2)

「貴様、毒使いか。厄介だな。私の可愛い部下が死んでしまうではないか」

 チャールズ・カフリンの目がぎらりと光り、シャーロットの手の中にある鉄扇をねめつけた。

「手癖が悪い小娘は、先に死んでもらおうか!」

 カフリンが錫杖をかざすが速いか、カッと閃光が走り、雷が走る。

 一瞬でシャーロットがぱたり、と人形のように倒れた。

 まさに一瞬、であった。

 驚愕する暇も恐怖する隙もない。

 電光石火。

「……!」

 ケイトに考える猶予は与えられていなかった。

 ほとんど反射のようにして、鞭を握りしめてカフリンに飛びかかっていた。

 動かなければ殺される。

 その衝動が肉体を突き動かしていた。

 今、カフリンが放った雷光が魔法だというのなら。

 電撃を発生させる魔法……ということになるのだろう。

 ならば、距離さえ詰めてしまえば自分が感電するのを防ぐために発動できない。

 もちろん、それは後付けの理屈だ。

 そこまで理屈で考えていたわけではない。

 とにかく、動かなければ殺される。チャールズ・カフリンは指の一本すら動かす必要なく、自分を殺すことができる。

 この段に及んでケイトの身体を突き動かしていたのは、とにかく生きることへの執着であった。

「……そう来るよな」

 飛燕のように、カフリンの錫杖が閃く。

「恐怖した人間の動きは直線的になる……ふん。偉大なる女帝イェカチェリーナでも、命の危機に瀕して、根っこのところはただの人間だな」

 目の前に迫った錫杖が、したたかにケイトのこめかみを打ち据え、さらに翻った石突きがケイトの腹部を貫く。

「げぼッ」

 目の前が真っ赤に染まる。

 潰れたカエルのような声を上げて、ケイトの軽い身体は軽々と吹き飛んで石壁に叩き付けられ、動かなくなった。

「あ……」

 だらりと頬を伝う液体が、血なのか汗なのかすらわからない。

「煽動というのが生前からの私の得意技でね。相手の行動を釣り出すのは得意なのだよ」

 扇動者、チャールズ・カフリン……。

 前世においては、アメリカを狂気の渦に陥れた男。

 為政者としての拙さに目を奪われて、実力を見誤っていたか。

 この男は、強いのだ。

 ノーリやジャックとは別の、粘つくようなしたたかさと鋭利な狡猾さを備えた、彼だけの強さを持っている。

「ここまで手間をかけて状況を整えていたというのに、一撃で倒れてしまうとは拍子抜けだな。イェカチェリーナ」

 嘲るように言われても、今の自分にはどうすることもできない。

 動かすことができるのは、指一本がせいぜい。

 人を生き返し、雷撃を操る魔法使いのチャールズ・カフリンに勝ち目はない。

「さあ、とどめを刺そうか」

 チャールズ・カフリンがゆっくりと歩み寄ってくる。

「これで私の野望は結実する。先の女帝イェカチェリーナにとどめを差し、禊を終えることでな」

 ふと、カフリンの足が止まる。

「これは……」

 ケイトは、ぎりっと歯を噛み締めた。

「糸……か?」

 カフリンの目の前を、蜘蛛の糸のようなものがきらめいている。

 いや、蜘蛛の糸ではない。

 鋼の糸……か?

「……惜しい」

 乱れた髪の隙間から、ケイトは肉食動物のような笑みを浮かべた。

「もうちょっとで首を掻き切れたのに」

「なるほどな」

 カフリンが腕を伸ばして糸に触れると、指先に血がにじんだ。 

 鋭く研ぎました鋼線を、蜘蛛の巣のように張り巡らせているのだ。

「勝ったと確信して、近づいてくれたらラッキーだったんだけどね」

 山田浅右衛門に頼んで作成してもらった、弾性、切断力に優れたとびっきりの鋼線だ。

 製鉄技術の限界から強度は限定的だが、そのぶん隠匿性は高い。

 気取られなければ、一撃必殺の威力を秘めている……はずだった。

 魔法による『再生できる』というアドバンテージがある以上、罠に対する油断はどうしても生じると踏んでいたが、これもダメか。

「いくら魔法使いのあなたでも、首さえ落ちれば、流石に動きは止まるでしょう?」

 ひけらかすように右手を広げてケイトは堂々と言ったがその背中には滝のように汗が流れている。

 ここまで切り札を温存していたのに、一撃すら与えられないというのは想定を越えている。

 いよいよ、追いつめられた。

「なるほどな。先ほどの、長々とした冗舌ぶりはこれを仕込むための時間稼ぎだったか」

 カフリンはあごに触れて、じろりとケイトを見る。

「貴様の側近からも情報を絞ったが、糸を使うという情報はなかったな。そもそも、こうした罠じみたまわりくどい手を使うという情報自体がなかった」

「そりゃ、まあ、あなたのためにわざわざこんな曲芸を覚えたわけだから。愛がこもっていると思って、喰らってもらえると嬉しいのだけど」

「そのラブレターは届かないな」

 カフリンはせせら笑って、錫杖を掲げた。

「なるほど、鞭使い、鎖使いと来て糸使いか。延長線上にある技術ではあるか。短期間で技術を修得したのも理解できる」

 だが、とカフリンは手をかざした。

「所詮はハリガネ。焼けば途切れる」

 ばちっとカフリンの手の中に火花が生じ、四方八方に張り巡らせた鋼糸を焼き切る。

「大道芸に過ぎない。一国の君主が使う戦術ではないな」

「あら、そう」

 血まみれの顔でケイトは微笑んだ。

「では、これはどうかしら?」

 懐から取り出した瓶を力一杯放り投げた。

「無駄だよ」

 豪速球にように迫る瓶を前にしても、カフリンは表情一つ変えなかった。

「私の魔法に敵はない」

 宙に生じた雷が瓶を撃ち落とす。

 瞬間。

 火炎瓶が炎上して、勢い良くカフリンの肉体を包み込んだ。

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