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魔を統べるもの チャールズ・カフリン

「マジっすか……」

 芭蕉は血まみれの姿で片膝をついた。

「済まないな。忍者の人よ」

 シモ・ハユハは足下からマシンガンを拾い上げた。

「こんな形で勝つのは不本意だった……魔法に頼ることになるとはな」

「いやー、あれは反則でしょう」

 あの時、芭蕉は確実にハユハを為留めていたはずだった。

 それは間違いない。

 頸動脈を掻き切ったというあの感覚は今でも確かに腕に残っている。

 にも関わらず、ハユハは当然のような顔でその場に立ち、マシンガンを手にしている。

 これも全て、チャールズ・カフリンの魔法に手によるものだ。

 近衛兵長は、全て遠隔で復活する、そんな魔術を施している……ということか。

 一度、シモ・ハユハを倒したことですら、棒手裏剣を釣りに使って毒を塗った十字手裏剣を視界の外から飛ばしたことによる毒殺という初見殺しだったのに。

 それでも再生されてしまうとあってはお手上げだ。

 一度目が通ったのもほとんど奇跡だというのに、手札が晒されてしまった今はますます打つ手がない。

 あとどれだけ動いていられるだろうか?

 銃弾で貫かれた胸と腹から溢れ出る血は、止まる気配がない。

 あるいは、失血死よりも先に自分の身体がマシンガンで薙ぎ払われるほうが速いか。

「そっちはどうっすか、ミスター・チャーチル」

「流石の俺も、無限に再生する奴を相手取るのは初めてだな……」

 ジャック・チャーチルは全身血みどろで、傷がついていない場所のほうが少ない有様だった。

 膝をついてこそいるものの、剣を握れているのが不思議なほどの重症だ。

 滴る血が足下に血だまりを作り、くるぶしまで浸かっている。

「降参する……つっても許してはくれないよなあ」

「申し訳ないですが、受けいられませんね」

 土方は油断なく日本刀を向けて言う。

「これ以上、我々に油断はありません。今、確実にここで殺します」

「はーぁ。そんじゃまあ、やるだけやってみっか!」

「あ〜あ〜。ボク、こういうキャラじゃなかったんだけどなあ」

 ジャックの叫びを受けて、松尾芭蕉も両手で手裏剣を構える。

「仕事は仕事だ。やるだけやるしかないっすね!」

 ここで時間を稼いでおかないと、ケイトとシャーロットが挟み撃ちになる。

 ここで時間を稼いでおけば、ケイトがチャールズ・カフリンを倒すことで土方やハユハの再生の輪廻を断ち切ることができるかもしれない。

「最終ラウンドだ! 勝負をかけるぞ!」



「ジャックと芭蕉、大丈夫かしら?」

 周辺に群がる雑兵を鎖鞭で薙ぎ払いながら、ケイトは呟いた。

「大丈夫だよ〜」

 シャーロットは笑顔でケイトを励ました。

「芭蕉は計算高いからね。死ぬまで戦ったりはしないよ。要領よく生き延びる」

「そう……かな?」

「第一さ」

 シャーロットも手にした鉄扇で雑兵の頭を叩き割っている。

「どっちにしろ、ケイトがカフリンを倒さなくちゃいつかは負ける。だったらさっさとカフリンを倒すこと。じゃない?」

「……。それもそうね」

 今、自分がすべきことは意味もなく仲間を心配することではない。

 一刻も早くチャールズ・カフリンを倒して、アグリア帝国の皇帝の座を奪還することだ。

「……追いつめたわ」

 チャールズ・カフリンを追うのはさほど難しいことではなかたった。

 モスコの街はケイト自身が立てたのだから逃走ルートは自然と想定できる。

 加えて、カフリンの周囲には大量の近衛兵がいるのだから、ケイトにとって追撃を行うのはのんびりと朝の散歩をするのにも等しい行為だ。

 考えながら鞭を振るえば、袋小路に追い込むのは簡単なことだった。

「ここが年貢の納めどころというものよ、カフリン」

 カフリンと、それを取り囲むようにしている十人程度の近衛兵を、街の片隅へと追い込んだ。

「初めましてになるわね、チャールズ・カフリン」

「こちらこそ、イェカチェリーナ二世」

 ルドウィジアに君臨する二人の王は静かに向かい合った。

 チャールズ・カフリンと初めて会った印象としては、思ったよりも繊細そうな顔立ちの壮年だ、ということだった。もっと老獪で狡猾な風貌を想像していた。

 しかし、これだけの計画を立ち上げ、計画したのだ。

 もちろん、為政者クラスであるケイトにとっては充分とは言えないものであったとしても、その実行力が非凡であることは間違いない。

 いや、繊細さと大胆さ、その二つを併せ持つからこそ今までこの国を支配できていたというべきか。

 ただの扇動者ではあれほど手練の戦士たちを飼いならすことはできない。

 まだ、油断してはならない。

 この男は、終わっていない。

 ここまで追いつめても、まだまだ終わりではないのだ。

「ふん。初めてお目にかかるな、イェカチェリーナ。先の帝よ」

 豪奢なローブを揺らして、カフリンは切り出した。

「先の帝が、こんなに若々しい美女とはな。話には聞いていたが、目の当たりにすると驚きを隠せないよ」

「お上手ね」

 ケイトはシャーロットに目配せをしながら、挨拶に応じる。

「いかにも先帝、イェカチェリーナ二世よ。そして、あなたもすぐに先帝にしてあげる」

「ふぅむ……」

 カフリンはあごを撫でると、片手をあげて周囲の近衛兵を制した。

「やめておけ。お前達の手に負える相手ではない……ここは私が相手をしよう」

 と、部下をかばうようにして先に進み出た。

 手には身長ほどもある大きな錫杖がある。

「良いの?」

「何がだ?」

「部下を下げてしまっていいの? と言っているの。時間を稼げば、土方歳三やシモ・ハユハが追いついて加勢をしてくれるかもしれないわ」

「異なことを」

 ケイトの言葉を、カフリンは一笑に伏した。

「それは逆であろう。そちらの仲間が追いつく可能性を考えればもっと時間稼ぎをしたいのではないか?」

「……それは」

「そうだよ」

 被せるように、カフリンは言った。

「先の女帝イェカチェリーナ。貴様より私のほうが強いと言っているのだよ」

「……ッッ」

「貴様は私をここまで追いつめたと考えているのだろうが、それは順番が逆だ。私が貴様をここまでおびき寄せたのだ。私の治世において最大の障碍になる貴様を消すためにな」

 ハッタリだ。

 本気でそう考えているのならば、もっと確実に自分を殺せる算段を計画していたはずだ。

 そう思ってはいても、ケイトの額を、脂汗がつうっと流れる。

 確かに、以前の戦争においてもカフリン本人についての情報は少ない。近衛兵長クラスを全面に押し出して、本人は魔法によるバックアップに専念していたからだ。

 カフリン本人をようやく引きずり出した……というのは事実だが、彼に関する情報はゼロに等しい。

 自分は、勝てるのか?

「ケイト」

 シャーロットの言葉に、ハッとケイトは自分を取り戻した。

「前世から、煽動で鳴らした人なんでしょ。まともにとりあっちゃいけない」

 そうだった。

 ケイトは、目線でありがとう、と伝える。

「……さあ、さっさと決着をつけましょう、カフリン」

 そのケイトの言葉を、カフリンは聞いていなかった。

 カフリンのねめつけるような視線は、まっすぐにシャーロットを射抜いていた。

「小娘……毒を撒いているな」

 ローブで口元をおさえて、カフリンは言った。

 どくん、と心臓が爆発しそうなほど高鳴った。

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